「殺人ドール!!」
先に仕掛けに出たのは咲夜だった。スペルが掲げられ、数えるのもバカらしくなるくらいの無量のナイフが、夜霧に向かって放たれる。
自動追尾型の
「……よっと!」
その合間、夜霧のローブを、頬を、皮膚を、鋭く冷めたナイフの切っ先が何度も掠めていくがそんなことは気にしていられない。前ばかりを見て、
いける、十分に撃墜可能だ。
魔導書内部に無数に書き込まれた魔法陣を左右に展開する。魔力も十分。スペルも手元にある。
「掲げ唱えたるは七色の隷属……」
スペルカードを掲げる。
さあ、弾幕ごっこはここからだ。
「『ノンディレクショナルレーザー』!」
その宣言を合図に、夜霧の左右の魔法陣から色とりどりの使い魔が顕現する。月、火、水、木、金、土、日。七元素を操るそれらは強く発光し、同時に多方向へとレーザー照射を始める。
放たれた魔力の奔流は、あくまでも咲夜の手から放たれただけのナイフを一本二本と容易く撃ち落としていく。
咲夜は驚いた。ただし反撃にではなく、その使用した魔法に。予想外の反撃。しかしその魔法自体は初見じゃない。
「その魔法はパチュリー様の……イヤ、でもそれは、」
――魔理沙の魔法ではないか。
そう言おうとした口は閉じて、一瞬だけでも動揺した心は捨てて、代わりにスペルカードを
幻符『殺人ドール』。その技は、ただ対象を追いかけるナイフを放つだけではない。――その真価は。
「な、」
突如、ナイフの軌道が全く変わった。右に進んだナイフは上から落ちるように、正面から来るナイフはいつの間にか左側へと移動している。
さまざまな方向から追ってくるだけだったナイフが。――いつの間にか包囲するように、その刃の先を夜霧へと向けているのだ。
幻符『殺人ドール』。その真価は、咲夜自身の能力である『時を止める程度の能力』との併用で初めて発揮される。無数に対象に向かって投げつけたナイフを、時間を止めて、その軌道を死角を突くように変えてしまう。その結果出来るのはナイフで出来た円形ドーム。上から下から、右から左。ナイフで埋め尽くす密室空間の様な弾幕は、美しいというよりもえげつない。
そう、これは――咲夜の世界。
ドームは
だからこの技は
しかしこれは弾幕ごっこ。ルールに従い、殺しはせずとも半殺しは避けられない。だけど避けられる。意図的にナイフの密度が狭い空間を作ってある。多少の
隙間から死に物狂いで出てくる夜霧……想像は出来るが、出てくるのだろうか。
夜霧の話を私は信じてはいない。信じてはいないが、一考の価値はあるかもしれないと。そう感じている。彼の話はまるで遠い夢物語。遠い遠い未来の、知るはずのない時の話。……なのに、私は生きている。主と同じ存在になって、のうのうと生きている。
きっと何かがあったのだろう。きっとそうでもしなくてはならない事情があったのだろう。――それでも私は、そのことを信じられないのだ。
咲夜自身、心のどこかでわかっていた。夜霧の話は全て本当で、信じられない方が信じられないのだと。彼の語った未来は、別に突飛な話でもなかった事。
もしかしたら明日にでも幻想郷は崩壊するかもしれないと日常的に考える咲夜からすれば、夜霧の話は『やっぱりそうだったのか』と、予想通りだったと思えるくらいだろう。
それなのに、咲夜は夜霧と戦う。未来の話を信じられないと言う。彼の事を信用しきれないと突き放つ。主の命に背いてまで彼の前に立つ。
――なぜ戦う? それは、信じられないのではなく、信じたく
だから戦う。誰のためでもなく、自分のために。何を思われようと関係がない。……なぜならこれは、咲夜の八つ当たりでしかないのだから。
そんな言い訳をまとめた私は、一秒にも満たない瞬間をいつまでも見続ける。凶器で形作る悪趣味な醜いドーム。その中で足掻く少年に……ごめんなさい。そんな、場違いな感情を持ちながら。
「……秘伝」
しかし、そんな咲夜の憂いは、文字通り吹き飛ぶ。
文字通り光ったのだ。あのドームの中が。眩しく照らす黎明の如き光は魔力の収縮。肌に感じるこの熱気は八卦炉からの放射熱。無数のナイフで隠れて、咲夜には見えていないがスペルカードが提示される。咲夜にとっては、見飽きたとも言えるくらい、お馴染みのスペルカード。
普通の魔法使いを、
「――なっ」
「マスター、スパァァァクッ!!」
煌めくは閃光。薙ぎ払われるのは咲夜のナイフ。そして八卦炉から放たれた圧倒的熱量放つ
その姿、喩えるなら星。――
その光景を見てわかった事がただ一つ。
「……スペルブレイク」
咲夜がそう宣言すると、落とされずしぶとく残ったいくつかのナイフが地に落ち、夜霧を狙おうとはしなくなる。
ええ、そうだ。思えば唐突でもなんでもなかった。彼が語る未来も正直信用ならない。彼の事も、全部を全部信じるなんて無理な話だ。――しかし、それでも、だ。
それでも、それでもこの少年が、確かにあの『普通の魔法使い』の系譜を受け継ぐ魔法使いだと、確信できたから。
「認めましょう。あなたが魔理沙の弟子だって事、そしてあなたの語る未来も嘘ばかりじゃない事も」
――しかしそれは、この勝負には関係ない。
「だからあなたを落とすわ。あと一枚のスペルカードでね」
「……上等さ」
残ったスペルは互いに一枚。勝負も残りあと少し。しかし両者は笑い合う。彼らは楽しんでいる。すでに意義を失った――最初から不毛な戦いだったのは確かだが――この勝負は、彼らにとっての戯れ。
油断すれば死ぬかもしれないのに、それでも彼らは
スペルカードが掲げられた。
雲の切れ間に光る月と重なって、幻想的に仄か光る咲夜の姿が、未来の彼女と重ねる。
そう。全く一緒だ。でも、違う。
まずは瞳。今の彼女の瞳は紅くない。遥か澄み渡る、淡く青い瞳だ。次に髪型。今の彼女の髪は長くない。ショートヘアが少しはねた銀髪だ。――そして何より、彼女は満ち溢れている。
未来の彼女の姿を夜霧は知っている。そのヒトはとても強く、とても人間離れしている、と言うか人間では無いのに……人間であろうとしていた。人間らしく振舞って、食事も振る舞いも、人間よりも人間らしかったけども、結局それは人間みたいなだけ。結局彼女は、吸血鬼だった。
自分を、人間をどこか羨望した目で見る、元人間で未練まみれの吸血鬼。それがの知ってる
でも、いま目の前にいる彼女は違う。未来の彼女よりも、吸血鬼の彼女よりもきっと強い。それぐらいの活力に溢れる彼女と、自分は戦っている。その揺るぎない事実に、彼は心震わして笑う。
――ああ、最高に楽しい。
「今日は満月のようね。――それなら丁度いい。このナイフの切っ先に裂かれて、月下の元に美しく散りなさい」
月のような輝きを彼女自身から感じながら、夜霧は箒に跨ったまま、柄を強く握る。……そして咲夜が叫ぶ。
「傷魂、ソウルスカルプチュア!」
宣言。それと同時に咲夜の瞳が
「はあっ!」
振りかざされたのは、紛う事なき
「うわっ!」
もはや弾幕などではない。自分自身を高速移動によって弾幕とこじつけた『弾幕モドキ』だ。それを見て、夜霧は想起する。
(そう言えば師匠も、よく箒で突進してきたなッ……!)
それを全力で飛び退く事で回避する。しかし、かろうじてだ。
咲夜はすぐに次の動作へと移る。彼女は左の壁面へ移動すると、そのまま壁面を蹴り上げ、俺の方へと飛び出してくる。いまや彼女は、高速で刃をこちらに向ける弾丸――!
「速いッ……!?」
それこそ、
咲夜は現在、自分自身の時を加速させている。時間とは万物を等しく支配する概念。それを操る力は即ち世界を支配する力。時間が止まればあらゆるモノは運動を停止し、認識を止め、活動しなくなる。
しかしそれは一時のモノに過ぎない。咲夜が止められる時間は約五秒。確かに決め手には欠けよう。だが咲夜は時間を操る。世界の時間を操ることは難しい。――ならば、自分の時間を操ってしまえ。
彼女の時間は、現在三倍近く他のモノよりも速く進んでいる。加速はつまり強化と同義。咲夜の身体能力は、とても人間とは呼べぬ程に強化されているのだ。
「――チッ、」
しかし、その分の疲労は計り知れない。
そして一方、咲夜の超スピードに戦慄を抑え切れない夜霧は箒に跨ることを、――やめた。そして魔導書第百二十五頁、『物質強化』の頁を開き、詠唱を始める。
「木は鉄の如し、あらゆる万物は鋼よりも
――強化完了だ。それを経た箒はいまや、木材特有のしなやかな脆さと引き換えに、鋼のような強靭で力強い性質を、この箒は一定期間のみ手に入れた。
こんなもので何をするのか。向かってくる咲夜と箒。そのコンビが――夜霧を迷走させた。
「オラッ!」
野球のストレートよろしく、直線的かつ豪速に飛んでくる咲夜……もとい、弾丸を――文字通り箒で打ち飛ばす。
箒をバットに、咲夜をボールに見立てて。
「痛ッ――!?!?」
異常な速度で迫った咲夜に、思いっきり振られる鋼の強さを持った箒は、容易く彼女を吹っ飛ばした。
「よっしゃ、ホームラン!」
しかし、そうも言ってられない。彼女の時間は三倍、なら回復にかかる時間も――。
「甘いわよッ!」
――無論、三倍だ。
浮かれた夜霧の背中に、ナイフは襲いかかる。
「回復も速いのかよ!」
ご名答。突き立てられたナイフを、箒を使った棒術で払う。そしてこれは言うまでも無いことだが、夜霧に棒術の心得など無い。ただの勘と思いつきの稚拙な技術で精一杯箒を振るう。
「ほらッ!」
鉄のような硬度を持たせていたのが幸いし、箒の柄はナイフの刃を払う。
しかしナイフを一度払うくらいなら容易いが……問題は二度目の方だ。
「はぁっ!!」
ここぞとばかりに咲夜の攻撃の手数が目に見えて多くなる。一撃目は箒の柄を刃元に当てて、力一杯押し戻す。二撃目は真っ直ぐ突き立てられた切っ先を上手く身を翻して躱す。交わす言葉などなく、ただ刃と箒がぶつかるだけで、何もなく、ただ延々とそれを繰り返す。押して押されて、刺され躱して。しかし箒で払うのにも限界が訪れ、ついには壁際にまで追い込まれてしまった。
「――はぁ、はぁ、……はぁ、」
目の前には、息を切らしナイフを突きつける咲夜。
――イヤ、まだチャンスはあるかもしれない。目の前には疲労を顔に滲ませる咲夜。防戦一方で慣れない棒術を扱ってばかりの夜霧と、体力の消耗具合はトントンといった具合か。
「これでッ……トドメ!」
咲夜がナイフを大きく振りかぶり、夜霧の中心、心の臓を狙う。
これがおそらく、咲夜の最後の攻撃。これが弾幕ごっこである以上死にはしない。だがそれでも当分起き上がれはしないだろう。死なない。負けても、死にはしない。
だがいまの彼には、倒れてはならない理由がある。止まっていてはならない理由がある。
――フランドールを、助ける為に。
だから夜霧は、この攻撃を
「らぁぁぁ!」
思いっきり、ガラ空きになった咲夜の腹部目掛け、飛び付いた。壁を蹴り上げ、相手を吹っ飛ばす程度のチカラ。万全であれば、避けることなど容易い直線的な攻撃を――。
「なっ……!」
咲夜はモロに受ける。身体に鞭打って無理矢理動かしている身体は、その不意打ちに対応できなかったのだ。そしてその程度の衝撃は、無理を重ねて疲労困憊の咲夜の意識を、一瞬奪うことに成功する。
咲夜はナイフを手放した。つまり、それは
「俺の……勝ちだ!」
「あ、し、しまっ……」
咲夜が目を見開き、すぐにその場から離脱する。しかしスペルブレイクしているので先程までのスピードは無い。つまり、
「ラストスペル、歯を食いしばれッ!」
最後のスペルカードを掲げる。八卦炉に魔力収縮を確認。放出範囲も一点集中。――喰らえ必殺。
「マスタァァ……スパークッ!!」
叫びと共に魔力の奔流はただ一点、咲夜を目指し放たれる。巨大な光が咲夜を包んでいく。そして、その瞬間に咲夜は目にする。
「――あぁ、」
自分に迫り来る巨砲の先、その光の出発点。こんなに激しく戦って、もう力なんて使い果たしているはずなのに……無邪気に、楽しそうに笑う、普通の魔法使いの姿を。
――勝負がついた。月下、誰も知らない二人の戦いの終わりを、二人の間に吹き抜けた静かな風が告げていた。
殺人ドールは『メイド秘技』の方だと時間停止があって、幻符の方はナイフを発射するだけ……だっけ? 正直自信がない。もし違ったら修正しますが、これ違うといろいろ変えなきゃいけない部分が多くなりそうで震えがとまらねぇ。
箒と咲夜ホームランのくだりはアレだ。深夜テンション。
ぶっちゃけなくても良かっ(ry