夜に降った霧雨はまだ止まない   作:平丙凡

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prologue
“はじまり”のプロローグ


  見るがいい。これが夢に敗れたモノの末路。それはとうの昔に燃え尽きた屑。その流星にかつての輝きなど残ってはおらず、そこにはただ燃え滓があった。

 

 それでも。それでも少年は、その燃え尽きるだけの余映に夢を見たのだ。もう輝くこともなく、緩やかに消えていくだけの光が、少年に夢を魅せた。

 

 夢のキッカケなんか、本人以外にとっては、案外どうでもいいようなことが多い。

 

 少年の場合はその光。その日から、少年の夢は始まった。

 

 そもそもこの少年、霧雨夜霧は恵まれた環境で育ったいわゆる“おぼっちゃま”だ。人里の中で有名な商店の長男として生まれ、幼い頃から確かな才覚を発揮して、ついでとばかりに運動神経も良かった。

 完全無欠、言うことなし。それが里の大人たちの評価だった。そしてその評価は、そっくりそのままに少年を才気溢れる神童と決めつけた。……彼は里の大人たちに、夜霧は神童として丁寧に、慎重に、ワレモノを扱うみたく接されて来た。

 ――それは、弱冠八歳程の少年の世界を殺してしまうことと同義だった。

 

 外に出れば必ず、目障りで口うるさい付き人がいる。木登りをしようとすれば必ず大人に咎められる。これを窮屈と言わずなんと言う。夜霧の世界は狭かった。あらゆることを制限され、幼さ故の無邪気さを剥奪された夜霧には、周りの同年代の子供が浅ましく見えていた。

 

「どうしてあんな事が平気で出来るのだろう」

 

 それが彼の口癖。神童として縛られた少年は、周りの子供が謳歌する自由を、冷ややかな目で見下していた。

 

 ――夜霧には、ある感情が決定的に欠落していた。それは『好奇心』という名の、ヒトがヒトらしく生きるための感情。それが欠落した彼は夜霧という一人のヒトではなく、単純に物事を客観的に捉える、人間らしからぬ機械。

 

 そんな人としての粗悪品(夜霧)を変えたのは、ある一冊の本だった。

 

『魔法の森の***』

 

 そんな一冊の御伽噺。魔法の森に住まう魔法使い『***』が色々な事件を魔法で解決して行くと言う、単純で子供騙しなお伽話だったが……彼は不思議と惹かれていった。

 

 別に魔法に憧れたわけでは無い。別に物語が好きだったわけじゃ無い。なぜか、なぜか、惹かれたのだ。

 

『著者:霧雨魔理沙』

 

 それを知るのに大した時間はかからなかった。霧雨魔理沙は、自分の遠い親戚であること。……そして紛れもない、()()()()の魔法使いだったこと。

 

 夜霧は聡明な少年だった。

 それ故にわかっていたのだ。

 

 ――この幻想郷なら、そんな馬鹿げた話も本当のことに出来る。逆説的に、この幻想郷なら、どんなことだって起こり得てしまう。

 

 この幻想郷なら、魔法使いにだってなれるのだ、と。

 

 霧雨魔理沙は、心に空白を持った少年にたった一つ、感情を与えた。それが『好奇心』。その日確かに夜霧は手にした。初めての好奇心と共に、確かな夢を――。

 

「魔法使いになる」という、馬鹿げていて最低で最高な夢を。

 

 ――そして時は経ち、今に至る。

 

 魔法の森の中の奥深く。そこに建っている……というよりは放置してあったと言うべきだろう。誰も住んでおらず、誰も手をつけていなかったらしいこのオンボロの小屋の中に彼らはいた。

 

 現在夜霧は魔力コントロールの修行に取り組んでいた。その手法とは、自身の体内を巡る魔力を限界以上の速度で――つまり、魔力のサイクルを人為的に異常なほど加速させるのだ。本来ならば修行開始一週間で耐えられる様なことではない……無論、()()()()()だが。

 

「百七十秒経過。あと三十秒踏ん張ってみせな」

「――は、はい……!」

 

 苦悶の表情。それもそのはず。夜霧は今、常人ならば既に発狂するほどの集中を強いられていた。というのも魔力が身体中を絶えず巡りまくるこの状況で少しでも集中を切らしたならば……たちまち魔力は逆流を始め夜霧の体は物の見事に爆裂四散するだろう。

 しかも魔力は外部――師匠からも流れている。言うまでもなく師匠の魔力は高出力のエネルギーを含んでいる。それが体内を逆流したならば……まさしく、骨の一片すら残らないのだろう。

 

「おおぉ……」

「九、十、終了だ。力を抜きな」

 

 師匠からの魔力の流れが遮断され、夜霧の体内で巡っていた魔力も一定の落ち着きを取り戻す。

 

「ハァ、ハァ……」

「さすがというか、やはりというか……呑み込みが早い様だね。既に変化が起きてやがるぜ」

「え? よくわからんのですが……」

「そういう変化はすぐにはわからないものなんだ」

 

 確かにそう言われてみると、さっきよりも力がみなぎる様な。そんな気がしないでもない。しかしさっきの修行はあくまでも魔力コントロールの修行。それで力がみなぎるわけは無いので、気のせいだろう。

 

「あの、師匠」

「なんだ、気になるもんでもあったか?」

「はい、それのことなんですけど――」

 

 夜霧が指を指す。それは適当に師匠が食器棚の上に置いた私物のうちの一つ。

 八角形の中心に太極印が記された、年季の入って錆びれた、でもよくわからない存在感がある。そんな不思議な物体。

 

「これか? これはな、私の宝物だ」

「宝物?」

 

「そう、こいつはミニ八卦炉と言ってな。魔法の触媒、火の元、光源、いろんなもんに使える優れもので……何より非非色金(ヒヒイロカネ)製だ」

 

「ヒヒイロって……そんな高価な金属、どうやって?」

「私が魔法使いとしてまだまだだった時に、知り合いに頼んでさ。……ま、もうあまり必要ないんだが」

 

 必要ない、とは言葉の通り。師匠は魔法使いとしての成長により、魔法の触媒をほとんど必要としなくなった。つまりどんな魔法にも使える万能触媒も彼女にとっては無用の長物……それでも思い出の品ということでとって置いたものだが。

 

「……そうだな。おい夜霧。それ、使えよ」

「え、いいんですか?」

「別にいいぞ。別に私は無くても大丈夫だし……そいつも使われた方がいいに決まってるからな」

「へ――。あ、ありがとうございます!」

 

 宝石を手に取るようにして八卦炉を持つ夜霧。

 それを見た師匠は思い出す。自身の幼き頃のことを。

 

 ――ああ、まぁ。そんな頃もあったな。もうだいぶ昔の話だけど。

 

 八卦炉を片手に、初めてオモチャを買ってもらった子供の様に喜ぶ夜霧を見て師匠は、自分の魔法使いの原初を思い出していたのだった。

 

「……ああそうだ、夜霧。お前紅魔館って知ってるか?」

「紅魔館? あの悪魔が住んでいるとか言う離れ小島のお屋敷のことでしょうか」

「大体合ってるよ。……そこに住んでる魔法使いのこともか知ってるか?」

「いえ、それは知りませんね」

 

 ほう、と師匠は笑う。

 ――その表情はまるでいたずらを思いついた子供のような、無邪気なそれ。

 

「じゃ、良いこと教えてやるよ……」

 

 師匠は話し出した。……紅魔館に関してのあることないことを。

 それを自分なりのハッピーサプライズだと、本気で思っているから余計にタチが悪い。

 

「――ま、そんなもんさ。行ってきな、夜霧」

「はい。では、失礼します」

 

 礼儀よく礼をして、夜霧はボロ小屋を後にする。

 

「……ふう」

 

 誰もいなくなった部屋に、ため息はよく響く。――それが他ならぬ()()のため息だということを、夜霧も、誰も、彼女自身でさえも、知ることは無い。

 

 

 




滲み出る厨二臭さに震えを禁じ得ない。

師匠って誰だろうねー。()

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