「・・・・魔族、それが奴等の呼び名か」
カスティエルから魔族についての話によると、奴等はこの世界で生まれた存在であること。
地上の生物にとっては穢れは毒となるものだが、魔族にとっては有益なエネルギーとなるらしい。人間が穢れに染まれば染まるほど、奴等にとっては非常に都合のよい器として利用される。対魔師達も聖隷に自身を器として一つとなることで力を行使していたが、聖隷が対魔師の体を乗っ取るということはなかったが、魔族たちのそれは全く逆のやり方だった。魔族達は人間を単なる自分達の力を引き出すための器としてしか見ていないという。
その性質ゆえに、大昔に人間と天族の両種族が魔族たちをこの魔界に追いやり、長い間幽閉されることになったという。
「この世界にある廃墟は何なんだ、業魔がいるってことは、魔族以外にも生き物がいたってことだろ?」
「稀に、この世界に堕ちてくる者たちが来ることがある。あの廃墟も数百年も前に住民ごと転位してきた」
カインが思っていた通りあの街も自分と同じようにここへ堕ちてきたようだ。
「あの街にいた人たちは・・・・」
「・・・・業魔になったか、業魔になった者たちに殺された」
カインの拳をぎゅっと握りしめ、表情を強ばらせた。
「・・・・そうか」
その人たちもきっと無念だったろう。訳も分からずに、理不尽に殺し、殺され、そしてその穢れが新たな業魔となる。そんな悪循環が続いていき、あの街は滅んだのだろう。
「・・・・話を戻すぞ」
カスティエルがそう話しかけると、カインはゆっくりと頷いた。
「・・・・・あぁ」
「さっき転位の話をしたが、これがこの世界から抜け出せる方法に繋がっている」
「!?本当か!」
カインは腰かけていた地面から立ち上がると、カスティエルが静止させるように、手のひらをこちらに向け落ち着くように促した。
「この世界は様々な世界と繋がっている。お前がいた世界以外にも他の世界の入口が存在しており、その入口もそれぞれランダムに閉じたり開いたりしている状態だ。だから何処にどの世界の入口が開くかはわからない」
「ならどうやって元の世界に・・・・」
「だが、一つだけ入口が開いた状態の場所が存在している」
「その入口は元の・・・・俺のいた世界の入口なのか?」
「あぁ、そうだ」
「なんで、断言できる?だれかいって確認してきたのか?」
「・・・・あぁ、かつて一人だけ・・・・・な」
カスティエルは何かを懐かしむかのようにそう話した。
カインはそんなカスティエルの様子を見て、昔なにかあったのかを聞こうとしたが、あまり踏み込みすぎるのはどうかと思ったのでそれ以上聞くのはやめた。
「ならさっさとその場所に―」
「だが、問題がある」
カインは今度はなんだよといった顔をしながら、カスティエルを睨んだが、カスティエルは構わず続けた。
「ひとつはその入口は人間と一緒でなくては入れない、これはお前がいることでクリアされたが、もうひとつの問題は、その入口を魔族達が管理しているというのはことだ」
「魔族達が?奴等統率されてるのか?」
てっきり、魔族は業魔と大差ない存在だと思っていたが、どうやら自分が思っていた以上に厄介な存在らしい。
「その統率している魔族が、そこそこ面倒なやつでな。地上にいたころも何度奴と関わったか」
カスティエルが珍しく心底うんざりしたような顔になりながら話していた。めったに表情を変えないような奴だと思っていたが、そんな奴をこんな嫌そうな顔にさせるとは、カインはその魔族の統率者に少し興味がわいた。
「どんな奴なんだ?そいつ」
「かつて地上にいたころは、取引の王と呼ばれていた男だ」
「取引の王・・・・」
その肩書きを聞いただけでもう面倒くさそうな奴だと、カインは察してしまった。
「奴の名はクラウリー、魔族一小賢しい男だ」
カインとカスティエルは隠れ家で一泊したあと、クラウリーのいる所へカスティエルが案内してくれることになった。
「何処にいるんだ?そのクラウリーってのは?俺も長い間この世界をさ迷ってるがそんな場所みたことねぇぞ」
「あの場所には特殊なルートへいかないとたどり着けないように細工されてある。我々が使う術と同じような力を使ってな」
魔族達にも聖隷術みたいなのがあるのか。天族と対をなしていたら使えてもおかしくないか。
カインがカスティエル後ろをついていると、急に霧が濃くなってきており、視界が遮られていった。
「私のそばを離れるなよ」
「あ、あぁ」
カインはカスティエルの姿を見失わないように、しっかり後ろについていった。
やがて霧が晴れていくと、目の前にはまさに王様が住んでいそうな大きな城がたっていた。外見は回りの淀んだ風景に似合わず、とても綺麗に整っており、まるで建てたばかりのような感じがした城だった。
「ここか?」
「あぁ・・・・ここだ」
カスティエルが心底嫌そうな顔をして頷くと、城の中へ入っていき、カインもカスティエルに続いていった。
城の中にはまるで人の気配がなく、魔族どころか業魔もおらず、もぬけの殻となっていた。カインは本当にここが魔族の王様がいる場所なのか不安になっていたが。カスティエルのあの様子を見ていたら、信じるしかなかった。
二人は大きな扉の前につき、その扉を開けると王の玉座が見えた。
「やっぱり誰もいない」
玉座には誰も座っておらず、やはりクラウリーとかいう魔族はいなかった。
「いや、いる」
カスティエルはそう断言した。カインがカスティエルにどういうことかと問おうとすると―
「やぁ、諸君」
背後から男性の声が響き、咄嗟にカインは聖剣で振り向き様に切り裂こうとしたがその刃は空を斬ってしまっていた。
「!いない!?」
「いきなり斬ろうとするとは、物騒なことをする」
すると今度は玉座の方から声が聞こえ、振り向くとその男はまるで最初からそこにいたかのように、玉座に座っていた。その男は小太りの無精髭をはやした中年男性のような外見をしており、服は黒一色のスーツで黒いコートを見にまとっていた。カインの想像していた姿とちがっていたが、その雰囲気は常に余裕を感じさせ、その瞳には人を見透かしたような、目をしていた。
「久しぶりだな、会いたかったぞ友よ」
「私がいつ貴様の友になった」
二人の再開の挨拶をしている所へカインがかまわず前に出た。
「アンタがクラウリーか」
クラウリーはカインに目を向け、不適に口元を歪ませた。
「いかにも、俺が魔界を統べる王、クラウリーだ」
「あんたは、向こう側の世界の入口を管理していると聞いた」
「あぁ、確かに俺が管理をしているが?」
「なら、俺を向こう側へ―」
「だが断る」
「あぁ!?」
カインが言い切る前にクラウリーは即座に断った。カインはクラウリーのその態度に少し・・・・いやかなりイラついたが、何とかこらえ問いただした。
「俺が地上でなんと呼ばれていたかカスティエルに聞いているだろう?俺は取引の王、俺は俺が得だと思ったことしかしない」
「くっ!この野郎・・・・!」
カスティエルに聞いていたとおりやはり嫌な野郎だった。カインは聖剣を出そうとしたが、その時クラウリーが指を鳴らすと―
「!!」
カインの回りに魔族が取り囲み体中を剣で突きつけられていた。
(さっきのクラウリーが突然現れたことにしろ、こいつらにしろ、一体どうやって・・・・!?)
カインもこの世界に来てからかなりの修羅場を経験してきたはずなのに、こいつらには全く気配を感じることができなかった。これも魔族の術によるものなんだろうか?
「やめろ、クラウリー」
カインが動けずにいると、さっきまで動いていなかったカスティエルが口を開いた。
「お前の取引を受ける、こちらもそのためにきた。」
「ほぅ、散々俺と取引するのを嫌がっていたというのに」
「こちらも本意ではないが、今はそれしかない」
「・・・・・・いいだろう、取引といこう」
クラウリーが部下に下がるよう、手をあげるとカインから離れ、再び姿を消した。
「では、クラウリーお前が得をする条件とはなんだ?」
「何、簡単なことだ」
クラウリーはカインに指を指しながら、告げた。
「その男の血がほしい」
「・・・・・・はぁ!?」
取引条件はカインの生き血だった。