11話
あの時から長い時間が経過していた。どれほどの時間が流れたのかはわからない。彼はこの闇の世界を今も歩き続けていた。元の世界へ戻る手掛かりを探しながら。
(何年・・・・何十年・・・・この世界をさまよっているのだろうか)
この世界には、何もなかった。あるのは荒れ果てた大地と薄暗く輝く真っ赤な空、そこに住まう異形の化け物たち。
普通の人間なら数日もたたないうちに、気を保てなくなるような場所だった。だがカインは耐え続けていた。
なぜカインはこの気が狂ってしまうような世界で正気を保ち、なお元の世界に帰ることだけを考え続けられるのか。
それは元の世界に残してきた未練が彼を突き動かしていた。
(それでも・・・・俺は帰る‥・・!必ずアイツがいる所へ・・・・!)
彼は進み続ける。必ず帰るために。
彼が荒野を歩き続けていくと、その先に崖が見え、行き止まりかと思い崖の先の景色を見ると、信じられない光景がひろがっていた。
「ここは・・・・一体・・・・?」
闇の世界に来てから、荒れ果てた荒野ばかりだったのに彼の目の前に広がっていたのは、廃墟になった都市だった。
「なんで、こんなものがこの世界に?」
カインは都市の様子を見ようと、崖から降りていった。
都市にあった建物はどれもボロボロになっていて、今にも崩れそうだったが、これほどの建造物は元の世界にも見られないほど立派なものだった。
「かなりの年月がたっているな、少なくても700年・・・いやもっとか?」
もしもここにライフィセットがいたら、喜んだだろうな。そんなことを考えていると周囲からいくつも気配を感じ、カインは聖剣を出現させた。
「また奴らか」
建物の影からいくつもの魔物が現れ、カインに襲いかかってきた。カインは特に焦る様子もなく聖剣を上空にいる魔物達に向けて構えた。するとカインの姿が魔物達の視界から消えると、魔物達の体がバラバラに切り裂かれていた。
「魔神瞬連斬」
魔物達は何が起こったかわからないままバラバラになったまま地面に落ちていった。
そのまま地面に着地したカインは自分の持っている聖剣をじっと眺めていた。
(この世界に来てからだいぶ力が上がってきた気がする)
昔は術技を扱うだけで体力をもっていかれて、まともに力も使えなかったのにいまじゃまったく消耗を感じなくなっていた。
(あの時から・・・・あの"緋の夜"から力が急激に強まったんだ)
あの時のアルトリウス達との戦いだって、かつての自分なら一方的に負けていたはずなのに、それなりに戦えていた。それがこの世界にきてからも力が上がってきた感覚がする。
この力がようやく馴染んできたってことなんだろうか
(いや、というよりは体が思い出してきたという感覚に近いか)
カインは自分の今の状態を確認しながら、廃墟になった都市を調べていった。
もしかしたらこの都市に元の世界への手掛かりがあるかもしれない。
根拠は何もなかったが今までこの世界をさ迷い続けて何一つなかったのに、なぜこんな都市がこの世界にあるのかがどうしてもカインは気がかりだった。
(もしも、この都市が俺と同じようにこの世界にやってきたのなら、手掛かりの1つくらいあるかもしれない)
調べてみる価値は十分にあった。そうやって廃墟を捜索しているとカインはあることにきがついた。
(おかしい・・・・こんなにも広い都市だったのに、ここに来るまで死体が1つも見当たらない)
骨の1つでもあってもおかしくないと思っていたんだが住民が全員別の場所に移動したのか?それとも長い年月が経過して死体が風化してしまったのか?
「考えても仕方がない、とにかくなにかないかさがしてみるか」
などと独り言をいいながら廃墟の捜索を再開した。
カインは魔物達を倒しながら廃墟を捜索しているとひときわ立派な神殿を見つけた。
他の建物とは違う感じがしたカインはその神殿に入ってみると、そこはとても広い空間がひろがっていた。天井は崩れて無くなっており、赤い月が中を照らし、神聖な場所のはずが何か悪いものに見えた。左右には神殿を支えるための柱が何本も立っていて、いちばん奥には銅像がそびえ立っていた。カインはそのまま神殿の奥まで歩いていき、その銅像を見上げ見てみると、それは戦士の銅像だった。立派な兜をかぶり、大きな大剣を地面に突き立てていた。ここはこの戦士を祀った神殿だったんだろうか。
カインが銅像を見ていると背後から殺気を感じ、咄嗟に横にかわすと巨大な尻尾がカインのいた場所に叩きつけられていた。
「いきなり不意打ちとは、やってくれるな」
尻尾の正体を見てみると、巨大な大蛇がカインを今も食らいつくさんと睨んでいた。どうやらこの神殿は奴の巣だったようだ。
「ヘビはもうこりごりなんだがな」
ヘビを見るとどうしてもあの時のことを思い出してしまう。カインは聖剣を携え、大蛇に向けて構えた。
大蛇は大きな咆哮をあげながらカインに向けて突っ込んできた。カインはなんなくそれを上空に飛んでかわし、大蛇の尻尾に向けて切っ先を向けた。
「鳳凰天駆!」
カインの体が炎を纏い、そのまま大蛇に向かっていったが大蛇こちらを見ずにカインの攻撃をかわした。
「何!?」
大蛇がそのまま尻尾を振るうとカインは避けきれずに攻撃を食らい、柱に激突した。
「いって~くそっ!」
咄嗟に剣でガードしたおかげで余りダメージはうけなかった。大蛇は壁にめり込んでいるカインに向けて口から大きな火の玉を吹き出した。
「はぁ!?」
カインはなんとなその攻撃をかわしたが、完全には避けきれなかったようで、ただでさえボロボロの服が所々黒ずんでいた。
「ヘビが火を吹くってどういうことだよ!」
カインは大蛇への不条理を口にしながら剣を構えたが、再び大蛇はカインに向けて、火を吹いた。
「魔神剣!」
なんとか術技で相殺させたが、その時の勢いの爆煙で周りが見えなくなってしまい、大蛇を見失ってしまった。
「こんのっ!」
カインは煙をなくすために、聖剣を思いきり凪ぎ払うと煙は一瞬で無くなったが、大蛇の姿は何処にもなかった。
「何処に!?」
大蛇がいた場所を見てみると、大きな穴が空いており、どうやらそこに潜ったようだった。カインは周囲を警戒しながら、剣を構えた。
(逃げた?いや・・・逃げるわけないか)
すると地中から上ってくる気配を感じたカインは咄嗟にそこから離れると、大蛇が勢いよく地面から口をあけながら上ってきた。
そしてそのまま再び地中に潜ると、またカインのいた場所から大蛇が現れた。カインはなんとかそれをかわし続けていたが、それもギリギリだった。
「なんで!こっちの居場所がわかるんだ!?」
地中に潜っている間はこちらの居場所は分からないはず、ならどうして?
この時カインはアルトリウスとの修業を思い出していた。
「ピット器官?」
「ああ、ヘビは夜行性の生き物だからな。視力を補うためにその器官で獲物の熱を感知し、捕らえることができる」
「へぇ~よく知ってるな、そんなこと」
「前にヘビの業魔と戦ったことがあってな。その時調べたんだ」
「どうやって倒したんだ?」
「ヘビには熱を感知できることはさっきいったな、ヘビの感知範囲は通常数十センチ離れたものを0.1℃単位で知ることができる。業魔になるとその精度も格段に上がってくる」
アーサーはヘビの能力を説明しながら、カインの前に適当な石を2つ拾い地面に地面に並べた。
「例えばヘビに目隠ししたとする。仮にこの石の片方に熱がこもっており、もう片方は冷たい石だとする。ヘビはどちらに噛みつくと思う?」
「それは、熱がこもってる方だろ?」
「そうだ、視界が見えなくてもヘビは温かい方へ迷わず迷わず食らいつくだろう。おまけにヘビはかなり素早くてな、攻撃をしようにも感知されてすぐにかわされてしまう」
「じゃあ、どうやって・・・・」
「そういうときこそ聖隷術を使う」
アーサーは両手をだし右手に火を、左手に氷を出した。
「火と氷の聖隷術を使って、辺りの温度を操作し、ヘビが混乱してるうちに倒したということさ」
「なるほど、それなら感知もされないってことか」
「聖隷術は応用しだいで攻撃以外にも使うことができる。業魔との戦いでは特にな」
「う~ん、でも俺まだ聖隷術はあまり得意じゃないからなぁ」
アーサーがカインの肩をポンと手をおいた。
「そういうときこそ修業あるのみだ」
「うん!俺頑張るよ!義兄さん!」
(そう言えばそんなこと話してたな)
カインは昔アルトリウスにそう言われていたのを思い出していた。
「って!俺聖隷術使えねぇじゃん!」
アルトリウスは昔聖隷術を使って倒したと言っていたが、俺には聖隷術どころか、聖隷が側にいないから話にならない。
「くそっ!どうすれば・・・・!」
カインが頭を悩ませていると、ふと手に持っていた聖剣が目に入った。
「・・・・熱がこもっているもの・・・・そうか!」
カインはなにかおもいつくと、柱を足場がわりに蹴り、崩れた天井の屋根の上に上り下を見上げた。
するとカインは聖剣を思いきり地面に投げつけ突き刺した。
「聖剣と俺は繋がっている・・・・なら!」
カインは聖剣に意識を集中させると、聖剣がどんどん熱を帯びていった。
そして、聖剣のあった場所から再び大蛇が上り、聖剣を飲み込んでしまった。
「ヘビは熱に反応するんだろ?ならこいつにも食らいついてくるだろ!」
カインはさらに聖剣に力を込めると、今度は大蛇の方がもがき苦しみだし、大きな尻尾をジタバタと暴れ始めた。
「そんなに熱いの大好きなら、存分に食らわせてやる!」
カインは天井から飛び降り、ヘビに向かって突っ込んでいった。そしてすぐに聖剣を自身の手に戻し、その刀身が蒼い光を纏っていた。
「闇に還れ!龍虎滅牙斬!!」
大蛇を中心に魔方陣が出現し、カインが剣を大蛇に降り下ろした瞬間、何体もの龍が魔方陣から現れ、大蛇を飲み込んでいった。
大蛇はそのまま地面に倒れ、動かなくなった。
カインは地面に着地し、倒れた大蛇をじっと見ていた。
「まさか、アイツの言葉を思い出すなんてな・・・・」
今になってアルトリウスの言葉を思い出したことに自分でも意外だと思っていた。心の何処かではまだ奴のことを師と思う自分がいるのだろうか。
カインはもうここにはようはないと判断し、神殿から出ようと背を向けたが、その瞬間、大蛇がガバッと起き上がりカインに食らいついてきた。
「こいつ!?まだ!?」
カインは聖剣を出したが、僅かに反応が遅れ、大蛇に食われる寸前だった。
(くそっ間に合わない!)
「ホーリージャッジメント」
食われるかと思ったその時、純白の柱が大蛇を包み、一瞬で大蛇は消滅した。
カインは一瞬何が起こったかわからず、声が方へ振り向いて見ると、そこには男がたっていた。茶色い古びたトレンチコートを着ており、下には白いシャツと黒いズボンを着ていた。
「この世界で油断とは、ずいぶん余裕だな」
「ア、アンタは?」
「私の名はカスティエル。光の天族カスティエルだ」
人間カインと天族カスティエル。それがこの二人の出合いの始まりだった。