「カイ・・・・」
―聞こえる―
「起きてよ・・・・」
―あいつの声が聞こえる―
「あたしを一人にしないで・・・」
―そうだ・・・・俺はまだ―
「カイ!!」
―死ねないー
「どうやら、終わったようだな」
闇の中から一人の老人がアルトリウスの背後から表れた。
「メルキオルか」
メルキオルと呼ばれた老人はアルトリウスの元へ歩みよると、聖隷に抱えられたベルベットを見ながら答えた。
「これが"喰魔"か、なるほど奇怪なものだな。よもや腕だけが変化するとは」
ベルベットの腕を興味深く観察したあと、血まみれで倒れているカインの方へ視線を移した。
「そして、あれが聖剣の担い手。お前が特別気にかけていた少年か、アルトリウス」
「・・・・・・」
アルトリウスは無言で倒れているカインの方を見つめていた。アルトリウスは元々情の深い男だ、やはり思うところがあるのだろう。
「あの少年については詳しく調べておきたかったのだがな、あれほどの力を宿しておるのだ。殺しておかなくては後々厄介な存在となっていたはずだ」
メルキオルは少々惜しい気持ちも内心あった。だが、先程のカインのあの力。聖隷も使役せずに聖隷術に似た力を行使し、霊応力に関しては自分やアルトリウスをも凌ぐ素質をもっていた。あのまま生かしておいてはあまりに危険な存在だった。
「貴様も彼には期待をしていたのではないか?マーリンよ」
ローブの男―マーリンは視線をカインの方へ向けたまま、メルキオルに告げた。
「ああ、期待しているさ。今もな」
「何?」
メルキオルはマーリンの言葉に疑問を持ちながら、カインの方へ視線を向けると、そこには信じられない光景がうつった。
「・・・・うっ・・・・ぐっ」
なんと死んでいたはずのカインが立ち上がり始めたのだ。メルキオルは陰でカインとマーリンの戦いを見ていたが、確実にカインは急所を剣で貫かれたはずだ。そして確かにカインの霊応力の消失も確認した。それなのに、カインの霊応力は復活し、傷も完治していた。
「なんと・・・これは・・・!」
「・・・カイン・・・まだ立ち上がるか」
メルキオルは目の前の事態に驚愕し、アルトリウスはあまり驚いた反応はせず、立ち上がろうとしているカインの姿をじっと見ていた。
「あれが"刻印"の呪いだ」
「呪いだと?」
マーリンは何故カインが復活したのか知っている様子で、メルキオルはマーリンに質問した。
「"刻印"は封印の鍵穴だ。その封印が破れれば、世界が滅びるほどの大厄災が起きるといわれている。そしてその封印を永遠に守らせるため、その"刻印"を刻まれた者は不死の呪いがかけられた」
「はぁ・・・!はぁ・・・!俺は・・・・一体どうなって・・・・」
カインは自分の貫かれたはずの腹を触るが傷か跡形もなくなくなっていた。
「お前が長い間力と記憶を失っていたおかげで、"刻印"が表に現れずずっとお前の体の内に隠れてしまっていた」
「お前は・・・!」
「やはりカノヌシの解放で刻印の出現はなったな」
マーリンはカインにそう告げながら、魔剣を片手に歩みよってきた。
すると、カインはマーリンの後ろにいるベルベットの姿が目に入った。
「!ベル!!」
ベルベットは聖隷に抱えられており、ピクリとも動いていなかった。どうやら気を失っているようだ。
カインは聖剣を出現させ、ものすごい速度でベルベットの所へいこうとしたが、マーリンがその行く手を阻み、カインはそのまま聖剣を降り下ろすが、マーリンの魔剣で塞がれてしまった。
「どけぇぇぇぇ!!」
「悪いが、あの娘には我々の計画の礎になってもらう」
「なんだと?どういうことだ!」
カインは一度距離をとり、マーリンと向き合った。
「あの娘にはお前と同じ絶望を味あわせる、怒りと憎しみに染まったかつてのお前と同じにな」
「かつての・・・・俺だと・・・?」
目の前にいる男は自分のことを知っているのか?ベルベットに絶望を与えるというのはどういうことなんだ?
(いや、今はそんなことはどうでもいい)
カインは聖剣を再び構え直し、その切っ先を目の前の敵に向けた。
(今は!ベルを助け出すことだけ考えろ!)
カインは再びマーリンに切りかかかり聖剣を降り下ろした。マーリンは魔剣でその攻撃を防ごうとするが、カインは一瞬だけ聖剣を自身の体に戻し、攻撃は空振りになった、虚をつかれたマーリンは一瞬動きがとまり、カインはそのまま隙ができた脇に潜り込むと、再び聖剣を出現させそのままマーリンの体を凪ぎ払った。
「ぬっ!」
マーリンはそのまま吹き飛ばされ岩盤に叩きつけられた。
その隙にカインはベルベットの元へ向かおうとしたが、
そばにいたメルキオルが手を合わせるとそこから黒い球体が出現し、それをカインに放った。カインはその球体を聖剣で切り裂き、そのままメルキオルを斬った。
「邪魔をするな!」
「そうはいかない」
「何!?」
斬ったはずのメルキオルが今度は背後にいた。カインはすぐに背後にいたメルキオルも切り裂いたが、今度は何体も現れ、カインの周囲を囲んでいた。
(幻術?いや確かに手ごたえはあったはず!)
カインはこのまま斬っていてもらちがあかないと判断し、剣を脇にとり剣先を後ろに下げる構えをとると、刀身が炎を纏っていった。
「魔王炎撃波!」
そのまま周囲にいたメルキオルたちを一度に消し去ると、再びベルベットの元に走り出した。
「どうやら、今までのお前ではないようだな」
「アーサー義兄さん・・・・!」
カインは目の前に立ち塞がっているアルトリウスを睨み付け、その切っ先をアルトリウスに向けた。
「あんたがなんでこんなことをしたのか、なんでライフィセットを殺したのか・・・・知りたいことは山ほどある・・・・だけど」
カインが剣を構えると、剣が再び光を纏い始めた。
「ベルを傷つけるなら・・・・俺の敵だ!」
「それがお前の覚悟か・・・」
カインは思いきり地面にを蹴って、アルトリウスに向かって切りかかっていった。
「はぁぁぁぁ!!」
アルトリウスは手に持っていた長剣を構え、カインの攻撃を迎え撃ち、カインの斬撃とぶつかろうとしていた。
その時、上空から突如二人の間に光の球体が落下し、二人はその衝撃で後方へ吹き飛ばされた。
「!!」
「な、なんだ!?」
二人はなんとか態勢を立て直すとそのまま球体に対して警戒心を抱いた。
「ようやくか」
「これで世界の"理"に一歩近づいた」
カインの後ろにいたメルキオルとマーリンはすでにあれがなんなのかがわかっているようだった。
いや、本当はカインにもわかっていた。目の前にいるあれがなんなのか。
7年前に感じたあの気配だった。
「来たか」
アルトリウスは待ちわびたかのような口調で球体をみていた。
「うん、ごめんね遅くなっちゃって」
すると、球体の中から声が聞こえてきた。その声はカインにとってとても聞きなれた声だった。
(まさか・・・・いや、そんなはずはない・・・・だってあいつは)
少しずつ球体が縮んでいきその姿を表した。その姿にカインは構えていた聖剣を下ろし、驚愕の表情を浮かべながら目の前のやつをみていた。
「やぁ、お義兄ちゃん」
それは紛れもない、アルトリウスに殺されたはずのライフィセットだった。
「ライ・・・・フィセット・・・・?」
カインは構えていた聖剣を下ろし、目の前にいるライフィセットを信じられないような目で見つめていた。
ライフィセットの姿は髪が少し長くなり、白い衣装を身に纏っていた。
カインは聖剣をしまって、ゆっくりとライフィセットに歩みよっていき、その頬にふれた。それは間違いなくライフィセットの顔だった。
「ここにいるのか・・・・?ライフィセット・・・・」
「うん、僕はここにいるよ」
カインは嬉しさのあまり目に涙を浮かべ、ライフィセットを抱き締めた。
「ライフィセット・・・・!」
だがその時、カインは全身に悪寒が走った。とっさにライフィセットを突き放してしまい、ライフィセットは驚いた顔をしていた。
「どうしたの、お義兄ちゃん?」
この感覚は、ライフィセットから発せられた寒気だった。
「・・・・違う」
「え?」
「お前は・・・・誰だ?」
姿も声も仕草も何もかもライフィセットそのものなのに、なにか決定的なものが欠けているような感じがする。
「何いってるの?お義兄ちゃん?僕はライフィセットだよ」
「違う!」
カインは聖剣を出し、そのまま刀身をライフィセットの首もとに向けた。
「お前からは、ライフィセットとは違うものを感じる。そうだ、この感じは7年前のあの時の・・・・」
あの日も今のような嫌な感じかした。その気配が今は目の前にいるライフィセットらしき者から感じる。
「ひどいよ、お義兄ちゃん。なんでそんなこというの?」
そいつは目に涙を浮かべながら顔を俯かせて、手で涙を拭っていた。
「そんなこと言われたら僕・・・・悲しくて・・・・悲しくて・・・・」
「食べちゃいたいよ」
「!?」
カインは上空に気配を感じると、巨大な口が上から落ちてきた。間一髪かわすと、それは巨大なヘビのような形をしており、上を見ると魔方陣が出現しており、そこから出てきたようだった。
「こいつは!?」
その化け物はいまなおカインを食らおうと、目の前にせまってきた。カインは一度上空に飛び、ヘビの攻撃をよけた。
「このまま、叩き込む!」
カインは両手て聖剣を握りしめて、腕に力を込めて、落下の衝撃に合わせて思いきり聖剣をヘビに向けて降り下ろした。
「剛・魔神剣!」
ものすごい衝撃がヘビに叩き込まれたが、思った以上に頑丈でたいしてダメージを与えられず、態勢を崩されたカインは、そのままヘビに体当たりを食らい、地面に叩きつけられてしまった。
「ぐはっ!!」
カインは急いで立ち上がり、ヘビとの距離をとった。
「くそっ!たいして効いてないとはな」
カインは胸を抑えながらそういった。さっきの攻撃がかなり効いたようでダメージもこちらが上だった。
(あれが効かないとなるとこちらも一か八かで大技をぶちこむしかない)
カインは聖剣を構え直し、刀身に力を込め始めた。すると聖剣が今までにないくらいの強いな輝きを見せ始めた。
(仕留める必要はない、あの上空にある魔方陣に押し込みさえすれば)
切っ先を目の前にせまっている、ヘビに向けた。
「これで終わりにする!光竜滅牙槍!!」
カインが聖剣をヘビに突き刺すと刀身から何体もの竜が出現し、ヘビに食らいついていき、そのまま魔方陣の中へと押し戻し魔方陣とともに消え去っていった。
「まさか、カノヌシを押さえ込むとは」
「これくらいはやってもらわんとな」
メルキオルは驚愕の表情で先程の戦いを見ており、対するマーリンはさも当然のように見ていた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・!」
「あ~あ、押し戻されちゃった」
ライフィセットらしき者は残念そうに、頬を膨らませまるで拗ねた子どものようだった。
「お前は一体・・・・」
「聖主カノヌシだ」
アルトリウスはカインにそう告げながらライフィセット―カノヌシの側まで歩みよってきた。
「カノヌシだと?」
「そうだ、ライフィセットの魂はカノヌシとして転生を果たしたのだ」
転生―聞いたことがある、人間だった者があるきっかけで聖隷に転生すると。だがそれなら説明がつく。この目の前にいるライフィセットのことが。
「お前たちは・・・・ベルベットに絶望を与えると言っていたな。あれはどういう意味だ」
「それはね、僕がお姉ちゃんを食べるためだよ」
こいつ・・・・今何ていった?食べる?ベルベットを?
「お姉ちゃんには絶望や憎しみに心がいっぱいになってほいんだ。そうすれば僕もお腹一杯になるし、お姉ちゃんともずっと一緒になれるんだよ?」
ただひたすらに無邪気に、残酷に、そうカノヌシは答えた。ライフィセットの姿と声で。
「それってとっても幸せなことだよね?だからさお義兄ちゃんも一緒に行こうよ」
カノヌシはカインに手をさしのばしながら答えた。
カインは顔を俯きながら必死に歯を食い縛り、手にもつ聖剣を血が滲むまで握りしめていた。
「・・・・村の皆を殺し、業魔に変え、ライフィセットを変え、ベルベットを傷つけ、あげくのはてに食べる?一緒に来い?何をいっているんだ?」
カインの体が光の粒子が包んでいき、聖剣も光を纏い始めた。
「お前たちは一体!!何をいっているんだ!!!」
カインは思いきり地面を蹴り、カノヌシに向かって剣を降り下ろした。
だがカノヌシに剣が当たる直前、急に悪寒がはしり、一瞬で後方へ下がり、上空に待避するが、空間から鎖が出現しカインの体に巻き付いてきた。
「っ!?これは・・・・!?」
「天の鎖、あらゆる者を縛り、力を封じ込めることができる」
見るとマーリンがやったもののようで、奴のいうとおり一切の力が出なかった。聖剣も維持できず、すぐに手放してしまい消え去ってしまった。
「くそっ!こんなもの!」
「無駄だ、それから逃れることはできん。すぐにこのままお前にふさわしい場所へ送ってやる」
すると背後から、黒い穴のようなものが浮かび上がり、そのまま穴の中へと引きずりこまれていこうとしていた。
「お前はこれから魔界ニブルヘイムへといざなわれる。永遠の闇をさ迷い続け、二度とこの世界の大地を踏みしめることはないだろう」
なんだと・・・・ふざけるな・・・・俺がいなくなったら誰がベルを守ってやるんだ。
なんとか鎖をとこうともがくが、鎖は解けず、それどころか力を失っていくばかりだった。
「もう・・・・お前とも会うことはないだろう」
アルトリウスはカインにそう告げながら、冷めた目で見つめていた。カインはそのアルトリウスの目に悔しさと怒りが込めあげて喉が焼けるほど叫んだ。
「くそっ!!くそっ!!くそがぁぁぁ!!!」
カインは気を失っているベルベットに手を伸ばしながら悔し涙を浮かべていた。
「ちくしょおがぁぁぁぁぁ!!!」
カインの体は闇の中に引きずりこまれてしまった。
アルトリウス達はすぐにその穴へ背中を向け、その場を去ろうとすると―
ガァァンという鈍いおとが響き、振り向くとそこにはカインの姿があり、今なお鎖に抵抗していた。
「アーサー!!アルトリウス!!!」
カインはアルトリウスに、いやこの場にいる全員につげた。
「俺は必ずここへ戻ってくる!!この世界へ戻り、ベルベットを取り戻す!!!そして!必ずお前たちをぶっ飛ばす!!!」
カインは宣言をした、この場にいる者たちに。自分は必ず戻ると。愛する人を取り戻すと。自分たちを倒してみせると。高らかに宣言した。
「だからそれまで・・・・待っていろ・・・・!!」
カインは人指し指を向けながら、そのまま闇の中へ消えていき、穴は完全に閉じた。
「ああ、待っているぞ。カイン」
その中の誰かがそう口にした。