邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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ギルド設立編(序)
試験官と愉快な受験者達


 さて、ごきげんよう諸君。

 

 そちらは今、木枯らしが吹きつける寒い冬だろうか?

 それとも、眼がくらくらするような夏の炎天下だろうか?

 こちらかい? こちらは新生活がスタートする季節とだけ言っておこう。

 

「新入生の皆さん初めまして、当学園の生徒会長を務めておりますニンファ=シュトゥルトです。

 まずは数ある魔導学園の中からここ、この王立コスモディア学園を選んで頂き――」

 

 

 真新しい制服に身を包んで興奮冷めやらぬ生徒たち、そんな子供たちの前に三十も中頃を過ぎた私が立っている。

 犯罪じゃないか?……失礼な。

 この状況を私自らが望んだなどと、そんな素敵すぎる勘違いだけはやめてほしい。

 

 私だって好き好んでここにいるわけではないし、なにより生徒会長様からのお願いでなければ、こんなところで彼らを見下ろしてもいない。

 去年までは彼らと同じくように座り、同じようにその説明を聞いていた私も、気がつけばこちら側に立っているのだ。

 この一年間、思い返せば色々なことがあったともいえる。

 

 

「皆さんも知っての通り、この学園はレムシャイトでも有数の名門校です。

 近年、この国で頻発しております凶悪な事件、それに対応するため当学園も本年度からその方針を変更しております。

 その例として挙げられるのが、従来の入学テスト撤廃に伴う新しいテスト方式の導入です」

 

 私がここにいる理由は数日前、生徒会長様のとある御願いが原因だった。

 あの事件以降、どこから情報が漏れたのか、彼女と共に戦っていたことを多くの人間に知られた。

 しかもその事をこの国の情報誌に掲載され、おかげさまで私は有名人の仲間入りである。

 

 

 闇ギルドの真実を暴いた英雄、王都の救世主、緋色の剣士と灰色の参謀。

 聞いているだけで恥ずかしくなるような、そんな言葉が今の私を包んでいる。

 全てはあの日彼女と共に戦ったこと、あの孤児院での戦いが原因である。

 

 

 彼女と共に王城へと向かったこと、国王(あいつ)とのやりとりも影響しているだろう。

 あそこには各派閥の人間がいた為、多くの者が私という人間を宣伝したはずだ。

 私自身がそれを狙っていたわけだが、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 

 

 おかげさまで私は行動を制限されて、国王(あいつ)からは身辺警護の名目で護衛がつけられた。

 むしろ、私の行動を監視する為にあの男が情報を流した可能性もあるが、今更後悔したところでおそいだろう。

 素性が知られたために気軽に外出することもできず、強引につけられた兵士が四六時中監視している。

 

 

 唯一の救いは屋敷の中には入ってこないことだが、そのせいで本社に行くこともできず、未だにスロウスとも話せていない。

 一度だけ中立者(ハイブ)が私の前に現れたが、それも状況が落ち着くまで待機とのことで、教皇様に報告すらできていないのだ。

 

 

 メディア=ブラヴァツキーがその身分を回復し、旧ブラヴァツキー領を与えられたこと。貴族派から接触を受けていることや、緋色の剣士が屋敷に居ついていることなど、報告しなければいけないことが山ほどある。

 そんな悩ましい問題が山積みの中で、突然生徒会長様はやってきたわけだ。

 

 

「ここには我が学園を代表する教職員と共に、学園内でも特別な地位にいる生徒が集まっています。

 受験生の皆さんには、実践により近い入学テストを受けていただきます」

 

 

 私の屋敷に来たかと思えば、今回の入学テストについて話し始めたのである。

 それはあの不気味女性、生徒会長様の母親である彼女の提案であり、今年度から導入される新しい入学テストについてだった。

 

 

「ここにいる私たちが持つ、この腕輪を手に入れてください。

 私たちはそれぞれが一定数の腕輪を持っていますので、それを奪い取れた方が合格というわけです。

 その方法について手段は問いませんが、武器については学園側から支給させていただきます。

 ここにいる私たちも同様ですが、最低限怪我をしないようにするための処置ですので、希望の武器があれば申し出てください」

 

 

 これまでは受験生同士の戦いであったが、今回から学園の教職員と戦鬼と呼ばれる一部の生徒、その者たちが採点を行う側となって、受験生の合否を判断する形式らしい。

 私たちはそれぞれが一定数の腕輪を持ち、見込みがあると判断した者にそれを渡せばいい。

 生徒会長様は奪い取ると表現したが、それはあくまでも方法の一種であって、それ以外の方法でも構わないのである。

 

 

 ここにいる私たちは、事前に生徒会長様からある程度の説明を受けている。

 それは実力が足りなくても見込みがある者、集団能力に秀でた者や交渉力に長けた者など、それぞれに秀でた能力があれば、たとえ負けたとしても腕輪を渡していいというものだ。

 

 

 従来のテスト方式では測れなかった能力、ふるい落とされていた逸材を拾うため、あの蛇に似た女性が決めたらしい。

 個人的には少なからず思うところはあるが、これまでの野蛮な方法と比べれば、確かにまともな方法と言えるだろう。

 生徒会長様の母親が提案したものでなければ……なるほど、おそらくはその者を評価したに違いない。

 

 

 

「御母様から、貴方を今回の入学テストに参加させるように言われました。

 入学テストで今話題の英雄を紹介すれば、受験生のやる気もあがるだろうと……ですが、御母様の考えはわかりますが個人的には反対なのです」

 

 

 屋敷にやってきた生徒会長様は、全ての事情を話すとうつむいていた。

 ただでさえも考えることが多いというのに、この時の彼女の言葉に混乱したことはいうまでもない。

 個人的には生徒会長様がなにを考え、私になにを求めているのかがわからなかった。

 

 

 彼女という人間を考慮するのであれば、おそらくは受験生の数人を見せしめに、その他大勢の奮起を促すべきだろう。

 しかし、あの蛇女が関わっているなら別である。

 この時の私はどう返答すべきか悩んでおり、突然聞こえてきたその言葉は幸運だった。

 

 

「久しぶりに誰か来たかと思えば、なに面白そうな話をしてるのよ?」

 

 

 久しぶりの来客にその姿を現したのは、あの日以降私の屋敷に住み着いている居候……いや、ここは敬意も込めてギルドマスターとでも呼ぶべきか。

 そう遠くない内に彼女は新しいギルドを設立し、その規模はこの国でも指折りのものとなるだろう。

 孤児院での戦い以降、私に対する彼女の態度は一変していた。

 

 

 一変したと言っても大きく変わったわけではなく、なにかというと私の行動に口を出すようになった。

 彼女の場合は私以上の有名人であり、外を歩けば人だかりができるほどで、あの日王城から戻って以降は屋敷に住み着いている。

 落ち着いたら新しい家を探すように言っているが、その度にはぐらかされているので対応に困っていた。

 

 

「本当に言ってるの? 彼に試験官のまねごとをさせるなんて、それこそオーガに任せる方が現実的だと思うけど」

 

 

 基本的には王城と私の屋敷を行き来して、これまでの経緯について再度王党派に説明している。

 暇なときはシアンの相手をしてくれるし、実力も申し分ないので道具としては有用である。

 貴族派の弾劾にも役立っているそうで、最近では私に接触しようとする人間も増えてはいた。

 

 

 しかし、彼女がいるせいで表立って会うわけにもいかず、兵士がこの屋敷を監視していることもあって、最近ではその存在がマイナスでしかなかった。

 だからこそこの時ばかりはその登場に喜び、少なからず彼女に期待していたのである。

 あわよくば私の代わりに断ってくれないかと、私自身が口にすると不評を買うかもしれない。

 

 

 蛇女の考えがわからない以上、生徒会長様の人間性だけを考慮するのは浅はかだろう。

 この状況下で問題が増えるのは好ましくないし、なにより人集めの道具はごめんである。

 彼女の登場に生徒会長様は驚いていたが、その瞳はどことなく輝いていた。

 

 

「はあ……仕方ないわね。

 それじゃあこういうのはどう? 彼には腕輪をひとつしか渡さず、そのことを受験生全員に伝える。

 前にアルから聞いた事があるけど、学年首席?だったかしら、こいつの腕輪を奪った者にはその権利をあげるの。

 その代わり……ってわけでもないけど、彼に認められることが条件とする。

 これならこいつに挑む馬鹿は減るだろうし、なにより貴女が考えている可能性もなくなると思う」

 

 私の知らないところで話が進み、気がつけば鋭い視線を向けられた。

 まるで私の窓口だと言わんばかりに、勝手に話をまとめようとするのだ。

 

 

 全く、本当に扱いづらい人間である。

 彼女を利用している立場上、無碍に扱うこともできない。

 メディア=ブラヴァツキーの件もそうだが、彼女との関係を追及されただけでなく、会いに行くときは同行すると言ってきた。

 

 

 

「ちょっと待て、私は――」

 

「それと、あんたも相手を見ればそいつの実力くらいある程度わかるでしょ?

 だったら、あんた自身が戦うのも一人だけ。それ以外は……まあ、適当にあしらっちゃいなさいよ。

 勿論、戦うといっても相手を無駄に痛めつけるのはダメだからね」

 

 

 まるで決まったと言わんばかりに、気がつけばこの私が押されていた。

 生徒会長様は彼女のことを見つめ、その視線は相変わらず輝きを帯びている。

 この光景をスロウスが見たらなんというか、想像しただけでため息がこぼれたよ。

 

 

「どう? これなら大丈夫だと思うけど?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 こうして私はこの場に立つこととなった。生徒会長様が帰られた後、彼女からは謝罪の言葉を貰ったがね。

 もう少し人との付き合い方を考えたほうがいいと、出しゃばったことは悪かったと言われた。

 個人的にはどういう心境の変化か、その辺りを詳しく教えてほしいがね。

 

 

 もしも孤児院での戦いで言っていたあの言葉、それを実行する気なら面倒である。

 私を変えて見せるなどと、監視は国王の兵士だけで充分足りている。

 

 

 

「それでは、最後に我が学園の生徒である――」

 

 気がつけば生徒会長様が説明を終えて、遂に私の出番が回ってきたわけだ。

 これも彼女が提案したことであり、私という人間を知ってもらうべきだと、そう言って生徒会長様に提案したことでね。

 特にこれと言って話すこともなかったので、私はとある独裁者のまねごとを行ったのである。

 

 

「私は、私自身を特別などと思ったことはない。

 私は私自身にできることをやり、それを周りの人間が評価してくれただけに過ぎない。≫

 私自身は空っぽの人間であり、触れれば崩れてしまいそうな真鍮製(メッキ)だ」

 

 多くの偉人がそのスピーチを参考として、多くの人間がその研究を行った人間。

 彼は歴史的にみても特異な経歴の持ち主であり、その生涯は今でも語られている。

 

 

「私は私自身を英雄だと思ったことはないし、ましてや英雄と呼ばれる人間でないこともわかっている。

 だが、私はここにいる誰よりも高みを目指している。そして、おそらくは誰よりも高みへと上るだろう。

 触れれば崩れるようなメッキでも、人によっては黄金以上の価値があるからだ」

 

扇動の天才であり、その声には不思議な力があったのかもしれない。

 

「何度も言うが私は英雄ではない。だが、私は私自身の価値を知っているし、おそらく誰にもその価値はわからないだろう。

 だから、興味がある者はこの学園に入るといい。

 おそらくこれから先の二十年より、もっと価値のある二年間がそこにはあるはずだ」

 

 

まあ、ただのサラリーマンでしかない私にはこれが限界だろう。

 

 

「来い、話はそれからだ」

 

 響き渡る歓声の中で私は踵を返し、ただ求められた役を演じるだけである。

 これから始まるのはこの広大な学園を使ったテスト、時間は全ての腕輪が奪われるか陽が落ちるまで、私は背後から聞こえる歓声を尻目にため息をこぼす。

 どれだけの人間が来るか見当もつかないが、今日という日をさっさと終わらせよう。

 

 

 メディア=ブラヴァツキーとの会談、貴族派連中との付き合い方、ギルドの設立にクロノスの正体。

 緋色の剣士や今後の目標も含めて、私には考えることが多いのである。

 こんな些事に付き合っている余裕はないし、なにより時間の無駄でしかないのだ。


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