邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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御姫様は英雄を知る

「御父様!これはどういう意味ですか!」

 

「あっ、それは……な?余の老婆心というか、可愛い娘に変な虫を近づけるわけにもいくまい。

 要するに……あれじゃよ。仮にお前が彼を選んだとしても、余が反対することはないということじゃ」

 

 

 たぶん、今の私は顔が真っ赤だろう、自分でもわかるほどに、体温が上がるのを感じたもの。

 でも、それは照れているとかそういった感情ではなくて……むしろ、御父様の勘違いに怒っているだけだと思う。

 うん、怒っているだけ――怒っていると言いきれる。私のタイプはアルみたいな人だし、あいつみたいな男はこっちから願い下げだ。

 

 

 たとえ彼が私を助けてくれたとしても、この感情だけは変わらない。

 そもそも、私の孤児院を支援している? その文字を見たときから私はもやもやしている。

 心当たりがないわけじゃない。むしろ、彼が援助しているなら納得できることもあった。

 

 

 定期的に孤児院へと届く寄付金、それは世間知らずな私でもおかしいと思うほど、あまりにも多かったから戸惑っていた。

 さすがに多すぎるお金を返そうと、周りに相談したこともあったけど、結局誰が寄付をしたのかはわからなかった。

 まさか、こんな形で知ることになるなんてね。嬉しいような、悲しいような……少なくとも、次に会った時どんな顔をすればいいか、私はそんなことばかり考えていた。

 

 

「あーもう、こんなことなら知らない方がよかったわよ」

 

 その言葉が誰に対してのものなのか、私自身もよくわかっていない。

 気がつけば頭を抱えている自分がいて、御父様はそんな私を見ながら微笑んでいた。

 できれば今すぐ訂正したいけど、それすらも憂鬱なほどだったわ。ええ、私と彼の関係を表現するとしたら、たぶんこの光景がその答えだと思う。

 

 

 憂鬱。一番わかりやすくて便利な言葉、おかげさまで御父様は勘違いしているし、私自身それからのことはあまり覚えていない。

 酷く疲れてしまったことと、あいつのことばかり考えていた。

 それは御父様と別れた後も、学園にいる時だって同じだったわ。

 

 

 唯一の救いはあいつが学園にいないことだけど、それもあと数週間もすれば関係ない。

 御父様との話し合いがどうなったか、私はあの二人に伝えないといけないもの。

 

 

「ねぇ、私どんな顔してあいつと会えばいいのよ」

 

「そんなの簡単じゃないか、会ってお礼を言えばいいだけだ。

 ターニャだって彼のことを……その、あの時ほど嫌ってるわけじゃないだろう?

 だったら君がすべきことはひとつだよ。彼と会った時にお礼を言う、とても簡単なことだと僕は思うけどね」

 

 

 だからその日もアルの横で悪態をついていた。この時の私は学園が終わった後に、あの孤児院へと向かうのが日課だった。

 スラム街に行くのを御父様には止められたけど、自分一人では行かないことを条件に許してくれたもの。

 だから今日も隣にはアルがいて、少し遠回りしながら安全な道を通っている。

 

 

「無理!絶対に無理よ!あの男にお礼を言うなんて、あいつと戦う方が現実的だわ!」

 

 

「どうしてそうなるのさ。本当に素直じゃないというか、ターニャが無理なら僕から言ってあげようか?」

 

「それも嫌よ!」

 

 

 子供たちと遊びながらそんな風に悩み、アルはそんな私に苦笑いをしていた。

 それはこの数週間繰り返されてきた光景で、その日もいつもと変わらない毎日だった。

 

 孤児院の中を子供たちが走り回り、そんな光景を見ながら私たちはあいつのことを話す。

 いつもと変わらない……そう、あの音が聞こえるまではいつも通り、代わり映えのない日常だったと思う。

 

 

「あれ?なんだろうこの音?」

 

 

 それは本当に突然のことで、大きな鐘の音が響いたかと思えば、それがスラム街の中心に現れたの。

 気がつけば孤児院にいた人は全員、アルも含めてそれを見上げていた。

 とても気持ち悪くて大きな扉。それがなんなのかはわからなかったけど、妙な胸騒ぎを感じたのは覚えている。

 

 

「みんな、すぐに逃げて!」

 

 絶対に見たことなんてないはずなのに、自分でも不思議なくらい焦っていた。

 私が叫ぶのと同時に扉がゆっくりと開き、中から黒い塊が飛び出してくる。

 始めはなんなのかわからなかったけど、すぐにその答えを知ることとなった。

 

 

「そんな……まずい、あれは魔物だ!」

 

 

 外にいた子供たちを避難させて、私たちは武器を片手に向かい合う。

 スラム街を一瞬にして轟音が包み、無数の悲鳴が辺りを支配する。

 これ以上ないというほど最悪だった。子供たちを守ろうと剣を振るい、時折やってくる魔物と戦うけど、それもただの時間稼ぎにしか過ぎない。

 

 

 時間が経つにつれて大型の魔物が現れ、その数も泣きたくなるほど多かった。

 一人でも多くの人を受け入れて、一匹でも多くの魔物を倒そうと剣を振るった。

 ボロボロになりながら逃げてきた人、助けを求めている人もできるだけ助けた。

 

 

 だけど、私たちは魔物との戦いに慣れていないし、全ての人を助けられるほど強くもない。

 ええ、少しは成長していたつもりだったけど、私もアルも酷い状態だったのは覚えている。

 終わりの見えない戦いと悲鳴に、見た目以上に私たちはボロボロだったの。

 

 

「ベル姉!」

 

「お姉さま!」

 

 だから、お姉さまと会えた時は涙がでそうだった。

 私たちと同じくらいボロボロで、それでも凛としているその姿が眩しくて、ここが戦場だということを忘れそうになった。

 

 

 私たちがあれだけ苦戦した魔物を、それこそ一瞬でお姉さまは倒してしまう。

 まるで幼いころに憧れた英雄のように、お姉さまは魔物を相手に剣を振るっていた。

 疲れを感じさせない動きに鋭い一閃、お姉さまが剣を振るうたびに魔物は倒れていった。

 

 

「さて、これはどういうことかしら?」

 

 私たちも負けていられない。お姉さまを助けようと私たちも頑張ったけど、最後の一匹を倒した瞬間表情が変わった。

 気がつけば目の前にお姉さまがいて、突然私たちを乾いた音が包んだの。

 呆然とする私と頬を抑えるアル、あまりのことになにが起こったのか、私だけでなくアルも混乱しているようだった。

 

 

「お姉さま違うんです!アルは私を助けに来ただけで、全部私が悪いんです!」

 

 今更言っても仕方ないかもしれない。それでも、アルは私のわがままに付き合っただけだ。

 御父様との約束を守るためにアルを連れて、子供たちを守ろうと剣を振るった。

 それからは一人でも多くの人を助けようと、私たちは多くの人を受け入れた。

 

 

 その全てが私のわがままであって、悪いのは彼を振り回してしまった私の方だ。

 だからこれ以上お姉さまが怒るのは……ううん、そんな風にアルだけを責めてほしくなかった。

 たとえ私が王族であったとしても、たとえアルが普通の身分であったとしても、こんな風に彼だけが怒られるのは嫌だった。

 

 私だけが特別扱いされるなんで、そんなのは死ぬよりも嫌だった。

 

 

「そう……わかったわ」

 

 

 そこから私がなにを言ったのか、どんな風に説明したかは覚えていない。

 気がつけば私の頬が濡れていて、お姉さまが優しく頭を撫でてくれた。

 まるで本当の御母様のように、どこまでも温かく優しい瞳だった。

 

 

「ターニャちゃんを守りなさい。たとえどんなことがあっても、あの孤児院から出てはだめよ」

 

 

 だから、その言葉にしても頭では理解できた。ただ、理解できても認めたくはなかった。

 私は子供のように泣きじゃくり、お姉さまの優しさに縋るしかなかったの。

 たとえ掴んでくれないとわかっていても。私は必死にその手を伸ばした。

 

 

「泣かないの。そんな風に泣いてたらアルに嫌われるよ?

 私のことは大丈夫だから……だからあんたは安心して待ってなさい」

 

 

 微笑むお姉さまが私を突き放し、アルが私の手を掴んで走りだす。

 お姉さまから遠ざかる彼に、私は声を枯らしながら言い続けた――まだ戦える、お姉さまを見殺しにしたくない。

 だけどアルは黙ったままでなにも喋らず、孤児院に入ってからも放してはくれなかった。

 

 

 私を近くの部屋に押し込めて、自分も部屋に入ると出口を塞いだ。

 まるでこの部屋からは出さないと、そう言わんばかりの態度だった。

 

 

「私は行く、お姉さまが戦っているのに私だけ休むわけにはいかない。

 たとえ足手まといだったとしても、ここで行かないと私は私でなくなる」

 

 

「ターニャには悪いけど、僕は絶対に行かせないよ。

 それがベル姉との約束だし、君を無駄死にさせるわけにはいかない」

 

 

 それは初めてのことだったと思う。いつも付き合ってくれる彼が、苦笑いしながら受け入れてくれるアルと対立した。

 理由はわかる。アルの言いたいことも理解はできた。だけど、やっぱり理解するのと認めるのは違うと思う。

 気がつけば剣を彼に向けて、私はアルに対してもう一度言ったの。

 

 

「そこをどいて、どかないなら強引に通るわよ」

 

「たとえ殺されたとしてもどかない、今回ばかりは僕も譲る気はないよ」

 

「あっ……あんたは!」

 

 

 私は彼の真っすぐさが好きだった。どこまでも真っすぐで、決して曲がったことを許されない……そんな彼の生き方が好きだった。

 だから、今もこうして私の前に立つ彼を、どこか羨ましいと思う自分がいた。

 アルのように真っすぐ生きられたらなんて、そんな馬鹿げたことを考えたこともある。

 

 

 だけど、それを私ではなく私の周りが許さない。この国の王族である限り、私はターニャ=ジークハイデンとして生きられない。

 そんなことはわかっていた。誰よりも私自身がわかっていたし、今更それを嘆くつもりもなかった。

 だけど……いや、だからこそ私は剣を向けている。彼がどいてくれることを信じて、私は剣を振るうしかない。

 

 

「彼と出会ったことで、僕も少しだけ成長したんだ。

 みんなを救えるなら僕はなんだってやるよ。たとえ死ぬことになったとしても、それで助かるならどうなっても構わない。

 だけど、僕が死んでも救えるのが一握りなら、僕は僕が大切な人に生きてほしいと思う」

 

 

 この時間が永遠に続くと思っていた。一秒が一分に、一分が一時間に感じるような空間の中で、私は自分自身と向き合っていた。

 目の前にいるのは昔から知っている男の子、私の憧れであり一緒にいたいと思っている。

 私はそんな彼に剣を振りあげ、そしてこの感情をぶつけようとしている。

 

 

 微笑む彼はどこまでも真っすぐで、私の方が震えていたかもしれない。

 彼の首筋へと向かっていくそれに、たぶん意味なんてないと思う。

 だって、初めからわかりきっていたことだ。私に殺すつもりがないなんて、そんなことは出会った時からわかっている。

 

 

「おい、あんたたちなにやってんだ!

 凄いぞ、変な男が来てから一気に押し返し初めた、もしかしたら助かるかもしれねぇ!」

 

 

 だから、突然現れた男に救われたわけじゃない。アルの首筋から流れる赤い雫も、結局のところそれ以上深くなることはなかった。

 ただ、男の言葉に私たちはあいつのことを想像して、そして部屋の中から勢いよく飛びだした。

 変な男。確かに、あいつは変な男だと思う。私を痛めつけるだけ痛めつけて、馬鹿にしたかと思えば道を示してくれる。

 

 

 今回だってそうだ。こっそり私の孤児院に寄付なんかして、更には私たちを助けに来てくれた。

 孤児院にいる大勢の人間が歓声をあげて、視線の先には一組の男女が剣を振るっている。

 それは物語に出てくる英雄のように、どこまでも近くて遠い存在だったと思う。

 

 

「あーあ、私もあんな風になりたいな」

 

 

 私の英雄とあの男が剣を振るっている。私に見せたことがないような笑顔で、二人は周囲の魔物を圧倒していた。

 悲鳴は歓声へと変わり、歓声は称賛へと変化していく。私もいつかあんな風に……なんて、そんな子供みたいなことを口にしていた。

 一人は二つ名を持つほどの冒険者で、その実績は御父様だって知っている。

 

 

 だけどもう一人の方は私たちの同級生。一部の人が知っているだけで、お姉様ほど有名でもなければ冒険者ですらない。

 ただの学生、私たちと変わらないはずの学生だった。それなのに、どうしてこんなにも遠いのだろうか。

 もしも私が……ううん、私たちが目指すべきものがあるとすれば、きっとあんな感じだろうと思った。

 

 

「遠いね」

 

「ああ、遠いかもしれないけど諦めたりはしない。絶対に追いついてみせる」

 

 

 その日、二人の英雄が生まれた。掲げられた剣が朝日に照らされ、その二人は楽しそうに笑っている。

 まるでお互いを分かり合っているかのように、ただ無邪気に、それでいて夜明けを噛みしめるように笑っていた。

 

 

 私はこの光景を一生忘れない。掲げられた剣の輝きだけでなく、二人を祝福する歓声も含めて忘れないと思う。

 だって、私は初めて目標にすべき相手を見つけた。それは私だけでなく私たちが目指すべき場所、二人で目指そうと心に決めたんだもの。

 

「うん、私もあいつに追いついてみせる」

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

「そもそも、さっきのドレイクの件はどういうことよ!

 私はあんたの功績なんていらないし、なによりどうしてあんなことを言ったの!」

 

 二人の英雄がいた。一人は怒ったように口を尖らせ、もう一人は困ったように笑っている。

 まさかこんな光景を見る日が来るなんて、私はその二人にこっそりと近づくと、困ったように笑う彼に視線を向ける。

 

 

 どうせ私が聞いたとしても、こいつは絶対に認めないと思った。

 いつもみたいに適当な言い訳をして、さっきみたいに苦笑いするだけだろう。

 だから私はそんな彼に対して、一番反応に困るだろう言葉を口にしたの。

 

 

「ありがとう」




これで赤い月編は終わりになります。次回以降は新しい章に入りますので、ご期待ください。

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