邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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化物との道

「私のところにいる使用人は、触れられると嬉しそうに笑うのだがな。

 あの子の反応が正しいのか、それとも単に変わり者なだけか――――――」

 

 

「ふざけんな! 私の初めてを強引に奪っておいて、今更言い訳したって絶対許さない!」

 

 

 正直、自分でも呆れてしまうほど混乱していて、その太刀筋は本当にひどかったと思う。

 振り返りざまに一閃しただけなのに、感情が先走り過ぎて体勢を崩してしまったの。

 大事な一戦だというのに感情をコントロールできず、ただがむしゃらに剣を振るい続けてさ。

 

 

 顔を真っ赤にして剣を振るう私とは裏腹に、彼は忌々しいほど平然としていたの。

 それがより一層私の感情を逆なでして、冷静になろうとすればするほど空回りしていく。

 パートナーがいながら他の女に手を出すなんて、そんなのは最低最悪の浮気野郎だもの。

 しかもその相手が使用人だなんて、弱い立場を利用しているところが許せなかった。

 

 

 右足を軸にしながら一閃すると同時に、その踏み込んだ足からも雷撃を飛ばす。

 私の間合いから彼が逃げたとしても、放たれた雷撃はそう簡単にはいかない。

 二段構えの攻撃。雷撃が彼の動きを制限して、私の一閃が更なる抑止力となる。

 

 

 

「ひゃ!?」

 

 

 ええ、この変態に尻尾を引っ張られるまでは……その、私だって逃がすつもりはなかったのよ。

 だけど、彼の厭らしい手つきに集中力が途切れてしまい、気がつけば恥ずかしい声を出してしまった。

 こんな大勢の前で何度も穢されるなんて、これ以上ないというほどの屈辱だったわ。

 

 

 

「落ち着いてくれたかな? これもその使用人から教えてもらったのだが、尻尾を撫でられた獣人は大人しくなるそうだ。

 彼女曰く、穏やかな気持ちになれると言っていた」

 

 

 きっと、今の私はとても酷い顔をしている。

 私の初めては結婚相手に捧げようと思って、誰にも触らせず守り通してきた。

 それなのにこんな不気味な仮面をつけた男に、私の乙女(ヴァージン)は奪われてしまったの。

 

 

 その使用人は彼のことが好きだからこそ、触らせることを許可したのだろうが私は違う。

 まだ出会ったばかりで彼のことをなにも知らないけど、それでも私は大っ嫌いだと言い切れる。

 

 

 

「言っておきますけど、私はあんたのことなんて好きでもなんでもないの!

 その子はあんたのことが好きなんでしょうが、私は嫌い。大っ嫌い!」

 

 

「シアンが? いやいや、君は色々と誤解していると思う。

 そもそも彼女の年齢は十歳ほどであり、幼女と言っても差し支えない見た目だ。

 彼女の拙い知識を私なりに解釈したのだが、それが間違っているというなら――――――」

 

 

 十歳ほど? 幼女と言っても差し支えない見た目?

 この男はそんな幼い女の子を騙して働かせ、更には性的行為にまで及んでいるというの?

 私の冷たい視線を感じ取ったのか、彼は言い訳ばかりしていたけどね。

 ただ、本当に獣人の女の子を囲っているなら、今すぐ助け出さないと手遅れになってしまう。

 

 

 

「わかってもらえたかな? だから、決して君たちの文化を蔑ろにしたわけでは――――――」

 

 

「もういい、あんたの特殊な性嗜好なんて聞きたくもない」

 

 

 今更綺麗な言葉を並べられても、私の中にある彼のイメージは変わらない。

 こんな変態野郎と一緒にいるだけで、私という存在が穢れていくような気がした。

 私の雰囲気が変わったことに気づいたのか、慌てて距離を取る彼だったけどもう遅い。

 

 

 私を中心として青白い閃光が走ったかと思えば、それは上空へと舞い上がり巨大な雷撃となって降り注ぐ。

 不規則な攻撃を広範囲に亘って続けるその魔法は、対軍魔法と呼ばれるとても強力なものでさ。

 彼という点を狙うから避けられるのであって、彼のいる空間そのものを攻撃すれば関係ない。

 

 

 点ではなく面を狙い、個人ではなく空間を狙う。

 それはまるで私の感情を表現しているかのように、全てのものを破壊しながら取り込んでいく。

 死なない程度に痛めつければいいだなんて、この時の私はそんな風に考えていたの。

 

 

 

「なんと言えばいいのか、これだからこの世界は嫌なのだ。

 私の不手際に関しては謝罪するが、それを一時の感情によってふいにするとはな。

 利己的な者はこれを機会に見返りを求めるものだが、なにも要求せずただ暴れるだけなら子供にだって出来る。

 合理性の欠片もない考え方、この世界の者は実に短絡的だ」

 

 

 だけど、決まればAランク冒険者だって太刀打ちできない魔法、降り注ぐ雷撃の中で彼は平然としていたの。

 飛んでくる雷撃を鬱陶しそうに弾くその姿は、とてもこんな場所で殺し合いをしているようにはみえなくてさ。

 どうしてこんな男がこんな場所にいるのか、気がつけば見とれている自分がいた。

 

 

 

「くっ、だったら戦法(スタイル)を変えるまでよ!」

 

 

 電撃による攻撃は、その性質上変則的な攻撃は行えない。

 なぜならこの速さこそが最大の強みであり、速度を上げるために軌道(ベクトル)を犠牲にしている。

 大半の人は雷撃の速度についていけずやられてしまうけど、ある程度の実力者ならば対応できるのも事実でね。

 

 

 Sランク並の実力者であればいけるでしょうけど、まさかそれほどの実力者がこんなところにいるなんてさ。

 確かに予想外ではあったけど、だからといって万策尽きたわけでもない。

 雷撃が当たらないのならば、接近戦まで持ち込んで直接叩き込めばいい。

 

 

 雷撃で彼の動きを牽制しながら、私は双剣の間合いまで一気に詰め寄ってね。

 私の動きが変わったことに驚く彼を見ながら、私は自分の勝利を確信して微笑んだの。

 

 

 

「全く、こんな感情的な女性がこれから部下になると思うと憂鬱だ。

 この様子だと合理的思考はおろか、その倫理観にしても期待できんだろう」

 

 

 彼がなにを言っているのか私にはわからなかったけど、それでもひとつだけハッキリしたことがある。

 それは私の想像を遥かに超えた実力者だということ、放たれる雷撃を防ぎながら私の剣すらも避けてみせた。

 初めての経験だったと思う。レッドフェザーにいたときもこの戦法を駆使して上り詰めたけど、ここまで完璧に対処されたことはなかった。

 

 

 どれほど小さなかすり傷であってもこの剣が触れた時点で感電し、それはどんな大男であっても耐えられないだろう。

 当たれば一瞬で気を失うような電圧の嵐、そんな中で全ての雷撃を防ぎながら私の剣撃すらも避けてみせた。

 

 

 

「くっ……なんで、どうしてよ」

 

 

 汗一つかかずに平然とそれをこなしている姿に、気がつけば私の方が焦っていたのよ。

 一切の魔法を使わず己の身体能力だけで戦い続ける彼に、私はある種の恐怖を感じていた。

 まるで生き物のように動く大鎌が全てを防ぎ、私の剣撃なんてそのついでと言わんばかりに対応してくる。

 

 

 凄かった。純粋に、笑っちゃうほど凄かったよ。

 

 

 

「これはまた、更には判断能力の欠如とはいよいよもって度し難い。

 セレスト=クロード、君はこんな茶番をいつまで続けるんだ」

 

 

 その一言は私を動揺させるには十分で、思わず頭の中が真っ白になってしまった。

 どうしてこの男が私の名前を知っているのか、先ほどの言葉がやまびこのように何度も響いている。

 たぶんそれは、時間にすれば一秒にも満たなかったと思うけど、それでもその一瞬は私にとって致命的だった。

 

 

 それはあっという間の出来事で、私にもなにが起こったのかわからなくてさ。

 脇腹に感じる強烈な痛みと背中越しに感じる壁の厚み、強烈な痛みに目の前がくらくらして立ち上がるのも億劫だった。

 おそらくは何らかの攻撃を受けて吹き飛ばされたのだろうけど、まさかこれほどの力を持っているなんてね。

 

 

 壁の瓦礫に揉まれながらようやく私は理解したの。

 その衝撃に血反吐を吐きながら今までのことを振り返り、そしてあの男に騙されていた事実に気がついた。

 私が登録したギルドや仲介役を買って出たあの男も含めて、最初から最後まで全てが繋がっていたとしたら――――――そっか、私にはもう逃げ道がないんだ。

 

 

 

「ねぇ、あんた何者よ」

 

 

 これほどの恐怖を、私は未だかつて経験したことがなかったと思う。

 あの大火の日も怖かったけど、それでもここまで悪意というものを直接感じたことはなかった。

 ゆっくりとした足取りで一歩ずつ近づいてくる彼に、そんなどうしようもない質問をしてしまうほど恐ろしかった。

 

 

 

「何者? ああ……自己紹介がまだだったか、これは私としたことが失念していた。

 勤めている会社が少し特別なせいか、なにぶん様々な名前を使い分けていてね。

 ヨハン。道化師。原罪(げんざい)司教。まあ、親しい同僚は皆私のことを憤怒(ラース)と呼んでいるがね」

 

 

 目の前にいる敵はあまりにも強大で、思わず笑っちゃうほど絶望的だった。

 漆黒の大鎌を肩に担ぎながら不気味なくらいに冷静で、自分の名前だというのに全く興味がなさそうでさ。

 もしもこの状況が仕組まれていたものだとしたら、一体いつから私は踊っていたのだろうか。

 

 

 観客は彼のことを道化師と呼んでいたが、結局のところ本当の道化師(ピエロ)は私だったらしい。

 激痛に気が遠くなりながらももう一度双剣を握り絞めて、今も私の帰りを待っているだろう妹の姿を思い出す。

 私がいなくなったらセシルはどんな顔をするだろう。あの子、ああ見えて泣き虫だものね。

 

 

 

「さて、本来であれば名刺のひとつでも渡したいところだが、生憎と場所が場所だからね。

 雇用契約などの具体的な話はここではなく、一度屋敷に戻ってから話すとしよう」

 

 

 こんなところで負けるわけにはいかない。妹を悲しませることだけはしたくなかった。

 彼が誰の指示で動いているかはわからないけど、もしもその全てが繋がっているなら私にも勝機はある。

 彼が私の実力や得意とする魔法を知っているなら、私が取るに足らない存在だと思っているはずだもの。

 

 

 だからこそ、そこにほんの僅かな勝機が生まれる。

 もしもその慢心をつくことができれば勝てるかもしれない。

 彼の持っている武器に関して、あの大鎌を使うにあたり剣術的要素を必要とするのかはわからない。

 

 

 だけど、彼の動きを見ている限り剣術を学んでいるようにはみえなくてね。

 彼の卓越した身体能力がその実力を支えているような気がしたから、私はそこに僅かな可能性を見出したの。

 

 

 私の身体能力は彼に遠く及ばないけど、それでも剣術に関しては私の方が優れている。

 だったら剣術勝負に持ち込んでしまえば、少なくとも一方的にやられることはないはず。

 肉を切らせて骨を断つ、もはや私にはそうする他に道はなかった。

 

 

 

「なるほど、少しばかり認識を改めた方がよさそうだ。

 確かにその判断は合理的だし、倫理的観念からみても優れていると言えるだろう。

 ただ……悲しいかな。それは自殺行為にも等しい、とても危険(リスキー)な戦法だと言わざるを得ない」

 

 

 雷撃を操る私は少なからず電気に対しての耐性があってね。

 だからこそできる芸当というか、私は私自身を基点として電流の渦を作り出せたの。

 本当に小さな……でも、触れたら気を失うほどの電圧を流し続けることができる。

 

 

 

「あんたの言う通りだけど、こうでもしないと勝てそうにないんだもの。

 これだけの覚悟を前に逃げ出すだなんて、そんなつれないことは言わないわよね?」

 

 

 彼の言う通りこの技はとても危険を伴うもので、あまり褒められた技術ではなかった。

 私自身が渦の中心なのだからその電流は私さえも蝕み、電気に耐性があると言ってもそう長くはもたないの。

 正に自爆覚悟の攻防一体の大技であり、だからこそ彼に逃げられては困るのよ。

 

 

 私の力が尽きるまで逃げられたらもはやどうすることもできない。

 あくまでも私は取るに足らない存在であり、彼の慢心を私への興味へと変換させる必要があってね。

 だからこそ彼の油断を誘うためにはどうすれば良いのか、そこが一番の問題であり難しいところだったの。

 

 

 

「ふむ。私の主義には少々反するが、それでも上下関係をハッキリさせるには良い機会か。

 いいだろう、未来の部下に戦いというものをレクチャーしてやろう」

 

 

 だけど、まさか正面から突っ込んでくるなんてね。

 彼の傲慢さには驚かされたけど、それでもそれは私にとって都合の良い結果をもたらした。

 相変わらず器用に雷撃を弾きながら私の剣を躱していたけど、それでもその動きに陰りがみえ始めたの。

 

 

 当然よね。直撃こそしていないものの、これだけの電流を前に戦っていれば影響は出てしまう。

 そしてその影響こそが私が狙っていたものであり、正に致命的ともいえるのよ。

 彼のような身体能力に依存している人にとって、その些細な影響は積もり積もって大きな変化へと変わる。

 

 

 

「父上との約束を果たすためにも負けてはいけない。

 たった二人っきりの家族だもの、あの子を守るためにも負けられない!」

 

 

 卑怯者だと罵られても構わないし、今更過去の栄光にすがりつこうとも思わない。

 この戦いに勝つためだけにどんな痛みにも耐えて、そしてその絶好の機会は私の前に現れた。

 彼の動きが目に見えて衰えた瞬間、その刹那を狙って私は双剣を突き立てたの。

 

 

 飛び散る鮮血と舞い散る火花、私の剣は彼の肩を深々とえぐりその威力を存分に発揮した。

 最後の力を振り絞って更なる追撃を行おうと、直接雷撃を叩き込むとしたけど……結局、そんなことをするまでもなかった。

 きっと、このときの私は狼狽していたでしょうね。笑っちゃうほど酷い顔だったと思う。

 

 

 

「う……そ、嘘でしょ」

 

 

「気は済んだかい? 先ほども言ったと思うが、こんなのは茶番に過ぎないのだよ」

 

 

 全ての魔力を使い果たした私は体力的にも、勿論精神的にだってこれ以上戦えそうになかった。

 私の手からこぼれ落ちていく双剣と振りかぶられた大鎌、その瞬間私の視界は黒く染め上げられてしまった。

 結局、私は最後の最後まで哀れな道化師(ピエロ)だったのよ。

 

 

 化物。こうして私は彼の所有物となったの。


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