邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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英雄は小道具を手にする

 どうして殺人は罪が重いのか、諸君は考えたことがあるだろうか。

 くだらない感情論を抜きにして、これを倫理的に説明しろと言われたら、おそらくこれほど難しい問題もないだろう。

 しかし、私はこの世界に来てからその理由に気づいた。

 

 

 いや、気づいたというよりも、気づかされたという方が正しい。

 つまり殺人を認めてしまえば、それだけ文明の発達が遅れるのである。

 資本主義における争いとは、強者がより大きくなることを推奨し、その後押しを法律が行なっている。

 

 

 法律とは強者が作ったルールであり、弱者を救済するためには作られていない。

 ではそれも踏まえたうえで、殺人が合法化されるとどうなるか。

 ふむ、とても簡単なことである。企業同士の争いは株式の買収ではなく、文字通りの殺し合いで決着する。

 ライバル企業が少しでも業績を伸ばしたら、その利益を奪い取るために殺すのだ。

 

 

 失敗したら殺せばいい。邪魔な奴は殺せばいい。無能どもは殺せばいい。

 そんなことでは優秀な人材は淘汰され、企業はその方向性を見失ってしまう。

 

 

 暴力団のような組織が生き残り、サービス業というものが失われる。

 人々は戦うことで生計をたてて、一部の人間がそれに従うような世界。

 とある漫画にもあるように、それこそ世紀末というべき惨状である。

 

 

 ではそれを踏まえたうえで、私のいるこの世界はどうだろうか。

 冒険者とかいう無法者が賞賛され、ギルドとかいう組織がそれを牛耳っている。

 子供たちはペンやノートではなく、剣や魔法を鍛えて大人となる世界、見渡す限りの絶望である。

 

 

 高校の入学試験で殺し合いを行い、それに勝った方が入学できるのだ。

 これほど野蛮な世界はないだろうし、私が調べた限り殺人に関する定義も曖昧だ。

 要するに、この世界の法律は歪んでいる。それは先ほども言ったように、一部の殺人を許容していると言ってもいい。

 

 

 その内容が「国家に対する重大な背任行為」――なんていう曖昧なものだから、本当に狂っているとしかいえない。

 だから……というわけでもないが、私はこの世界にやってきた瞬間、それを教皇様に願ってよかったと思っている。

 人間の適応能力はとても発達しているが、どんなものにだって限界はあるのだ。

 

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※※※※※※※※※※

 

 

「そろそろ来る頃だと思うけど、これからどうするつもり?」

 

 

 風に揺れる木々とあたたかな光、見渡す限りの緑が私たちを包んでいた。

 ここはクローデンの森と呼ばれる巨大な森林。レムシャイトとの国境近くにあり、その大きさは王都の数倍にも及ぶ。

 私たちはそんな辺境で時間を潰しつつ、とある冒険者チームの到着を待っていた。

 

 

 数日前に多額の金銭と共に結ばれた契約、内容は森に生息する魔物の調査である。

 彼女の知り合いを通じてギルドへ依頼を出し、必要な資金については私の方で用意した。

 サラマンダーギルドに所属する特定の冒険者を、多額の指名料を払い雇ったのである。

 

 

 

「どうするもなにも、私の屋敷にベナウィを連れ帰るだけだ。

 抵抗するようなら四肢を切り落として、二度と固形物が食べられないようにする」

 

 

 冒険者ベナウィが所属するチーム、名前は確か銀牙(シルバーファング)……だったか。

 彼を含めた男女4名で構成され、それぞれがAランク以上の冒険者である。

 サラマンダーギルドでも有名な彼らは、王都でもそれなりに名前が売れている。

 彼らに頼んだ内容は三カ月間の調査であり、現地の協力者と共に生活することとなっていた。

 

 

 こちらでガイドと宿泊施設を手配し、彼らは与えられた仕事に集中する。

 無論、ガイド役を務めるのは私たちで、宿泊施設なんてものも存在しない。

 むしろ、彼らが到着した時点で攻撃を加えて、ベナウィ以外の人間には退場してもらおう。

 

 

 私たちの制限時間は三カ月であり、それを過ぎればギルドも不審に思うだろう

 個人的には一カ月ほどで次の段階へと進み、二カ月以内に全てを終わらせたい。

 プライドがこちらの動きに気づく前に、彼女を味方にできれば私の勝ちだからね。

 

 

 

「悪いけど、あんたにベナウィの相手は厳しいと思う。

 サラマンダーギルドのSランクは伊達じゃないし、私でも簡単に倒せるような相手じゃない。

 だから私がベナウィを倒すまでの間、あんたは残りの冒険者を引きつけてほしい」

 

 

 遠くから歩いてくる人影に、彼女は用意していた仮面を取りだす。

 私はただの学生でしかないが、横にいる彼女は相当な有名人だからね。

 トライアンフ最強の冒険者、緋色の剣士という二つ名は誰もが知っている。

 

 

 皮肉にもあの事件が彼女を有名にし、辺境のギルドをここまで有名にさせた。

 おかげさまで私の計画は順調だが、ここまでくると少し面倒でもある。

 彼女の顔を見れば大抵の人間は気づくし、口を開けばそれだけで注目の的だ。

 

 

 要するに、存在そのものが悪目立ちするのだ。

 今回だって彼女がその素顔をさらしたなら、おそらくベナウィは一瞬で剣を抜くだろう。

 それがたとえ勘違いであったとしても、攻撃してくるのは確実である。

 

 

 

「幸い他の冒険者はAランクどまりで、ベナウィのように戦闘に特化した人間はいない。

 後方支援の付与魔術師(エンチャンター)であったり、回復系魔法のヒーラーであったり、一応前衛にビーストテイマーはいるけど、そこまで強くはないと言ってた。

 だから少しの間時間を稼いでくれれば、その間にお姉さんがなんとかしてあげる」

 

 

 だからこそ私は屋敷にあったもので、丁度使えそうなそれを渡していた。

 真っ黒な仮面に白い瞳とこぼれる涙、サーカスのピエロを彷彿とさせるそれは、彼女のような人間にはお似合いである。

 本人はあまりいい顔をしなかったが、それは教団の仮面に似ていたからだろう。

 

 

 

「そうか、ではその言葉に甘えよう。

 私がその三人を倒すまでの間、貴女は時間を稼いでくれればいい」

 

 

 私たちの元へ四人の男女が近づいてくる。一人は巨大な大剣を背負い、一人は巨大な狼に跨っていた。

 そしてその後ろからやってくる残りは、装飾の施されたワンドとスタッフを持ち、どこか儀式じみた衣装を着ていた。

 

 

「ん? あんさんたちが依頼人の言ってたガイドか? なんか……えらいけったいな服装やな。

 ワイが言うのもなんやけど、初対面の人間と話すときはもう少し愛想良くせな」

 

 

「こらミミィ! すいません、この子誰に対しもこんな感じで、いつも注意してるんですけど直らないんです。

 ただ、あなた方が依頼人の言っていたガイドの方でしょうか? 私たちはサラマンダーギルドから派遣された者で、シルバーファングという名で仕事をしてます」

 

 

 狼に跨る少女が喋ったかと思えば、横にいた青年がそれを注意する。

 右手に持ったスタッフでその頭を小突き、何度も誤ってくる姿は手馴れており、おそらくこういったことはよくあるのだろう。

 頭を押さえながら涙目の少女と、その横で頭を下げ続ける青年に対して、私は微笑みながら言葉を返す。

 

 

 できれば彼らが油断している隙に、一人ずつ処分したいと考えていた。

 目の前の少女から初めて、次にこの青年を殺せばいい。最後にその後ろで苦笑いする女性を殺し、後はベナウィを捕らえて屋敷へと戻る。

 ビーストテイマーさえ殺せば、残りは簡単に排除できるだろう。

 

 

 だから焦る必要はない。ここはできるだけ穏便に、その機会が来るのを待てばいい。

 この様子だと私たちの正体も含めて、そこまで警戒しているようにも見えない。

 取りあえずは打ち合わせ通り、ベナウィと残りの連中を分断させよう。

 

 

 

「おっ……おいおい、どうしてお前が――」

 

 

 しかしここでずっと黙っていた男、ベナウィがその口を開いてね。

 ああ、もしも神様とやらが本当にいるなら、おそらく休暇中だったに違いない。

 ハンバーガーを片手に私たちを見て、Lサイズのダイエットコー〇を飲んでいるのだ。

 

 

 

「なっ……なんでお前が生きてんだよ、クロノス!」

 

 

 突然ベナウィが叫んだかと思えば、背中の大剣が振り下ろされてね。

 派手な轟音と共に砂ぼこりが舞い、私も含めてその場にいた全員が驚いていた。

 黒い塊が私たちの足元を揺らし、そばにいた彼女が一瞬で姿を消す。

 

 

「私は向こうで戦ってるから、後の奴らは頼んだわよ」

 

 

 その言葉と共に無数の光が現れ、黒い塊が吹き飛ばされたのである。

 砂ぼこりが晴れればそこに彼の姿はなく、巨大なクレーターだけが残されていた。

 

 

 

「ええっと……なあ、これはどういうこっちゃ?」

 

 

 状況が呑み込めない三人と一匹に、私は頭を抱えるしかなかった。

 ベナウィがなにに反応したのか、どうして焦っていたのかはわからない。

 しかし、結果として私の計画は破綻し、こいつらを利用する選択肢もなくなった。

 

 

 

「まあ、この程度なら修正は可能か」

 

 

 遠くから聞こえてくる轟音に、私は苦笑いしながら拍手する。

 近くで彼女が戦っている以上、クロノスを使うわけにもいかない。

 だから魔道具の中から双剣を取りだし、目の前の冒険者に謝罪したのである。

 

 

 

「申し訳ないが、クロノスが使えない以上君たちに価値はない。

 その体を利用することもできないし、自殺してくれると助かるのだがね」

 

 

 巨大な狼がその牙で威嚇し、残りの二人も無言で構える。

 彼らを中心に魔法陣が形成されて、あふれ出た光に彼らは包まれた。

 おそらくは身体能力を向上させる魔法、もしくは魔法攻撃への耐性だろう。

 

 

 前衛はビーストテイマーである少女に任せて、残りの二人は後方支援といったところか。

 少女と狼が負傷すれば怪我を癒し、常にエンチャンターが身体能力をサポートする。

 確かに厄介な相手ではあるが、今回に限って言えば問題はない。

 

 

 なぜなら彼らを殺すことで、私の憎しみを証明するのが目的だ。

 彼らの首を切り落としたうえで、一秒でも早く彼女と合流する。

 そうすることで実力が認められ、教団への憎しみにも信憑性が増す。

 

 

 

「何者かはしりませんが、私たちと敵対するつもりなら――」

 

 

 本当に可哀そうな奴らだ。世界がその色を失ったと同時に、彼らもその動きを止めてしまう。

 王都でも有名な冒険者チームの最期が、まさかこれほどあっけないとはな。

 さすがの私も同情すると言うか、もう少し戦いたかったとも思う。

 

 

 彼らと戦うことで経験が生まれて、新しい知識だって増えたかもしれない。

 しかし、物事には優先順位というものがある。要するに、その程度の価値しかなかったのだ。

 彼らの一生は私の一秒と同等であり、彼らの命は私のため息と同じである。

 

 

 

「敵対するもなにも、最初から敵とも思っていない。

 君たちはただの小道具であって、脇役にすらなれない存在だ」

 

 

 世界がその色を取り戻したとき、私の周りだけ酷く汚れていた。

 気がつけば全身が真っ赤に染まり、足元には血だまりができている。

 空はこんなにも晴れているのに、その一帯だけ別世界のようだった。

 

 

 

「さて、こんな茶番もさっさと終わらせよう」

 

 

 私は強烈な血なまぐささを感じつつ、血だまりに浮かぶ彼らを見つけた。

 ふむ、これなら持ち運びも便利だし、彼女にみせるにも丁度いいだろう。

 私は血だまりの中から拾いあげると、そのまま彼女たちの方へと歩きだした。

 

 

 手元で揺れる三人と一匹、これを見れば彼女も納得するはずだ。

 私の憎みやその実力について、この小道具にはそれだけの価値がある

 これも私の出世と将来のため、彼らにはもう少し付き合ってもらおう。


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