邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
どうして殺人は罪が重いのか、諸君は考えたことがあるだろうか。
くだらない感情論を抜きにして、これを倫理的に説明しろと言われたら、おそらくこれほど難しい問題もないだろう。
しかし、私はこの世界に来てからその理由に気づいた。
いや、気づいたというよりも、気づかされたという方が正しい。
つまり殺人を認めてしまえば、それだけ文明の発達が遅れるのである。
資本主義における争いとは、強者がより大きくなることを推奨し、その後押しを法律が行なっている。
法律とは強者が作ったルールであり、弱者を救済するためには作られていない。
ではそれも踏まえたうえで、殺人が合法化されるとどうなるか。
ふむ、とても簡単なことである。企業同士の争いは株式の買収ではなく、文字通りの殺し合いで決着する。
ライバル企業が少しでも業績を伸ばしたら、その利益を奪い取るために殺すのだ。
失敗したら殺せばいい。邪魔な奴は殺せばいい。無能どもは殺せばいい。
そんなことでは優秀な人材は淘汰され、企業はその方向性を見失ってしまう。
暴力団のような組織が生き残り、サービス業というものが失われる。
人々は戦うことで生計をたてて、一部の人間がそれに従うような世界。
とある漫画にもあるように、それこそ世紀末というべき惨状である。
ではそれを踏まえたうえで、私のいるこの世界はどうだろうか。
冒険者とかいう無法者が賞賛され、ギルドとかいう組織がそれを牛耳っている。
子供たちはペンやノートではなく、剣や魔法を鍛えて大人となる世界、見渡す限りの絶望である。
高校の入学試験で殺し合いを行い、それに勝った方が入学できるのだ。
これほど野蛮な世界はないだろうし、私が調べた限り殺人に関する定義も曖昧だ。
要するに、この世界の法律は歪んでいる。それは先ほども言ったように、一部の殺人を許容していると言ってもいい。
その内容が「国家に対する重大な背任行為」――なんていう曖昧なものだから、本当に狂っているとしかいえない。
だから……というわけでもないが、私はこの世界にやってきた瞬間、それを教皇様に願ってよかったと思っている。
人間の適応能力はとても発達しているが、どんなものにだって限界はあるのだ。
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「そろそろ来る頃だと思うけど、これからどうするつもり?」
風に揺れる木々とあたたかな光、見渡す限りの緑が私たちを包んでいた。
ここはクローデンの森と呼ばれる巨大な森林。レムシャイトとの国境近くにあり、その大きさは王都の数倍にも及ぶ。
私たちはそんな辺境で時間を潰しつつ、とある冒険者チームの到着を待っていた。
数日前に多額の金銭と共に結ばれた契約、内容は森に生息する魔物の調査である。
彼女の知り合いを通じてギルドへ依頼を出し、必要な資金については私の方で用意した。
サラマンダーギルドに所属する特定の冒険者を、多額の指名料を払い雇ったのである。
「どうするもなにも、私の屋敷にベナウィを連れ帰るだけだ。
抵抗するようなら四肢を切り落として、二度と固形物が食べられないようにする」
冒険者ベナウィが所属するチーム、名前は確か
彼を含めた男女4名で構成され、それぞれがAランク以上の冒険者である。
サラマンダーギルドでも有名な彼らは、王都でもそれなりに名前が売れている。
彼らに頼んだ内容は三カ月間の調査であり、現地の協力者と共に生活することとなっていた。
こちらでガイドと宿泊施設を手配し、彼らは与えられた仕事に集中する。
無論、ガイド役を務めるのは私たちで、宿泊施設なんてものも存在しない。
むしろ、彼らが到着した時点で攻撃を加えて、ベナウィ以外の人間には退場してもらおう。
私たちの制限時間は三カ月であり、それを過ぎればギルドも不審に思うだろう
個人的には一カ月ほどで次の段階へと進み、二カ月以内に全てを終わらせたい。
プライドがこちらの動きに気づく前に、彼女を味方にできれば私の勝ちだからね。
「悪いけど、あんたにベナウィの相手は厳しいと思う。
サラマンダーギルドのSランクは伊達じゃないし、私でも簡単に倒せるような相手じゃない。
だから私がベナウィを倒すまでの間、あんたは残りの冒険者を引きつけてほしい」
遠くから歩いてくる人影に、彼女は用意していた仮面を取りだす。
私はただの学生でしかないが、横にいる彼女は相当な有名人だからね。
トライアンフ最強の冒険者、緋色の剣士という二つ名は誰もが知っている。
皮肉にもあの事件が彼女を有名にし、辺境のギルドをここまで有名にさせた。
おかげさまで私の計画は順調だが、ここまでくると少し面倒でもある。
彼女の顔を見れば大抵の人間は気づくし、口を開けばそれだけで注目の的だ。
要するに、存在そのものが悪目立ちするのだ。
今回だって彼女がその素顔をさらしたなら、おそらくベナウィは一瞬で剣を抜くだろう。
それがたとえ勘違いであったとしても、攻撃してくるのは確実である。
「幸い他の冒険者はAランクどまりで、ベナウィのように戦闘に特化した人間はいない。
後方支援の
だから少しの間時間を稼いでくれれば、その間にお姉さんがなんとかしてあげる」
だからこそ私は屋敷にあったもので、丁度使えそうなそれを渡していた。
真っ黒な仮面に白い瞳とこぼれる涙、サーカスのピエロを彷彿とさせるそれは、彼女のような人間にはお似合いである。
本人はあまりいい顔をしなかったが、それは教団の仮面に似ていたからだろう。
「そうか、ではその言葉に甘えよう。
私がその三人を倒すまでの間、貴女は時間を稼いでくれればいい」
私たちの元へ四人の男女が近づいてくる。一人は巨大な大剣を背負い、一人は巨大な狼に跨っていた。
そしてその後ろからやってくる残りは、装飾の施されたワンドとスタッフを持ち、どこか儀式じみた衣装を着ていた。
「ん? あんさんたちが依頼人の言ってたガイドか? なんか……えらいけったいな服装やな。
ワイが言うのもなんやけど、初対面の人間と話すときはもう少し愛想良くせな」
「こらミミィ! すいません、この子誰に対しもこんな感じで、いつも注意してるんですけど直らないんです。
ただ、あなた方が依頼人の言っていたガイドの方でしょうか? 私たちはサラマンダーギルドから派遣された者で、シルバーファングという名で仕事をしてます」
狼に跨る少女が喋ったかと思えば、横にいた青年がそれを注意する。
右手に持ったスタッフでその頭を小突き、何度も誤ってくる姿は手馴れており、おそらくこういったことはよくあるのだろう。
頭を押さえながら涙目の少女と、その横で頭を下げ続ける青年に対して、私は微笑みながら言葉を返す。
できれば彼らが油断している隙に、一人ずつ処分したいと考えていた。
目の前の少女から初めて、次にこの青年を殺せばいい。最後にその後ろで苦笑いする女性を殺し、後はベナウィを捕らえて屋敷へと戻る。
ビーストテイマーさえ殺せば、残りは簡単に排除できるだろう。
だから焦る必要はない。ここはできるだけ穏便に、その機会が来るのを待てばいい。
この様子だと私たちの正体も含めて、そこまで警戒しているようにも見えない。
取りあえずは打ち合わせ通り、ベナウィと残りの連中を分断させよう。
「おっ……おいおい、どうしてお前が――」
しかしここでずっと黙っていた男、ベナウィがその口を開いてね。
ああ、もしも神様とやらが本当にいるなら、おそらく休暇中だったに違いない。
ハンバーガーを片手に私たちを見て、Lサイズのダイエットコー〇を飲んでいるのだ。
「なっ……なんでお前が生きてんだよ、クロノス!」
突然ベナウィが叫んだかと思えば、背中の大剣が振り下ろされてね。
派手な轟音と共に砂ぼこりが舞い、私も含めてその場にいた全員が驚いていた。
黒い塊が私たちの足元を揺らし、そばにいた彼女が一瞬で姿を消す。
「私は向こうで戦ってるから、後の奴らは頼んだわよ」
その言葉と共に無数の光が現れ、黒い塊が吹き飛ばされたのである。
砂ぼこりが晴れればそこに彼の姿はなく、巨大なクレーターだけが残されていた。
「ええっと……なあ、これはどういうこっちゃ?」
状況が呑み込めない三人と一匹に、私は頭を抱えるしかなかった。
ベナウィがなにに反応したのか、どうして焦っていたのかはわからない。
しかし、結果として私の計画は破綻し、こいつらを利用する選択肢もなくなった。
「まあ、この程度なら修正は可能か」
遠くから聞こえてくる轟音に、私は苦笑いしながら拍手する。
近くで彼女が戦っている以上、クロノスを使うわけにもいかない。
だから魔道具の中から双剣を取りだし、目の前の冒険者に謝罪したのである。
「申し訳ないが、クロノスが使えない以上君たちに価値はない。
その体を利用することもできないし、自殺してくれると助かるのだがね」
巨大な狼がその牙で威嚇し、残りの二人も無言で構える。
彼らを中心に魔法陣が形成されて、あふれ出た光に彼らは包まれた。
おそらくは身体能力を向上させる魔法、もしくは魔法攻撃への耐性だろう。
前衛はビーストテイマーである少女に任せて、残りの二人は後方支援といったところか。
少女と狼が負傷すれば怪我を癒し、常にエンチャンターが身体能力をサポートする。
確かに厄介な相手ではあるが、今回に限って言えば問題はない。
なぜなら彼らを殺すことで、私の憎しみを証明するのが目的だ。
彼らの首を切り落としたうえで、一秒でも早く彼女と合流する。
そうすることで実力が認められ、教団への憎しみにも信憑性が増す。
「何者かはしりませんが、私たちと敵対するつもりなら――」
本当に可哀そうな奴らだ。世界がその色を失ったと同時に、彼らもその動きを止めてしまう。
王都でも有名な冒険者チームの最期が、まさかこれほどあっけないとはな。
さすがの私も同情すると言うか、もう少し戦いたかったとも思う。
彼らと戦うことで経験が生まれて、新しい知識だって増えたかもしれない。
しかし、物事には優先順位というものがある。要するに、その程度の価値しかなかったのだ。
彼らの一生は私の一秒と同等であり、彼らの命は私のため息と同じである。
「敵対するもなにも、最初から敵とも思っていない。
君たちはただの小道具であって、脇役にすらなれない存在だ」
世界がその色を取り戻したとき、私の周りだけ酷く汚れていた。
気がつけば全身が真っ赤に染まり、足元には血だまりができている。
空はこんなにも晴れているのに、その一帯だけ別世界のようだった。
「さて、こんな茶番もさっさと終わらせよう」
私は強烈な血なまぐささを感じつつ、血だまりに浮かぶ彼らを見つけた。
ふむ、これなら持ち運びも便利だし、彼女にみせるにも丁度いいだろう。
私は血だまりの中から拾いあげると、そのまま彼女たちの方へと歩きだした。
手元で揺れる三人と一匹、これを見れば彼女も納得するはずだ。
私の憎みやその実力について、この小道具にはそれだけの価値がある
これも私の出世と将来のため、彼らにはもう少し付き合ってもらおう。