邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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英雄は旗印を手にする

「裏帳簿……そう」

 

 

 小さな呟きとこぼれ出るため息、それは本当に一瞬のことだった。

 凛とした態度は不安の現れ、呟きとため息は困惑の証である。

 どうやらあの情報は正しかったようだ。さすがは金糸雀というべきか、ホロとかいう女には感謝だな。

 

 

 これで帳簿の記憶があることはわかった。どこまで覚えているかはわからないが、それでもこちらとしては都合がいい。

 私は全ての答えを知っている。なぜなら殲滅戦の前に直接話したのだ。

 あのホワイトボードすらない会議室の中で、それこそ被害者(プライド)の口から全てを聞いた。

 

 

「ああ、君たちはサラマンダーギルドに所属していた人間、シチーリヤを説得することで帳簿を手に入れた。

 しかしその過程で彼女はプライドに殺され、君たちはなんとか都市へと戻った。

 そして事件の数日前に連絡を受けた私は、直接グリフォンから帳簿を受け取る予定だった」

 

 

 グリフォンから事前に計画を教えられ、私は裏帳簿を守るために行動した。

 ふむ、完璧な筋書きである。トライアンフの人間は私たちが殺し、関係者の名前とその経緯はプライドから聞いた。

 たとえ彼女が思い出したとしても問題はなく、中途半端に覚えているなら逆に好都合だ。

 

 

 どっちに転んでも信憑性が増すだけで、私たちの関係が悪化するとは思えない。

 そう、なんてことはない。それこそ答案用紙を持っている人間が、学校のテストで百点を取るようなものだ。

 私の作り話は全ての経緯を知ったうえで、さらに矛盾がないよう構成されている。

 

 

 記憶が曖昧な彼女からすれば、私の話で全てを補っているのである。

 点と点を繋ぐために言葉を聞き、その点がひとつでも間違っているなら、その時点で私の嘘が露見するだろう。

 しかし残念かな、彼女は人魔教団という企業をなめている。

 

 

 

「都市へと向かう途中で傷ついた君を見つけ、偶然通りかかった行商人に後を頼んだ。

 こんなことを言うのも変だが、裏帳簿を失うわけにはいかなくてね。あの時は君の命を守るのではなく、帳簿を優先させてもらった」

 

 

「そう……まあ、私でもそうするでしょうね」

 

 

 そこから先はただのエピローグである。グリフォンの死体を見つけて、私と関わりのあった者も殺されていた。

 多くの魔物が徘徊する都市で、一通り状況を確認してから脱出した。

 一応親切心から金糸雀が全滅したこと、都市に生き残りはいなかったと説明したがね。

 

 

「!?」

 

 しかしその瞬間、彼女は私の服を掴んだのである。

 これにはさすがの私も焦ったが、それも彼女の口元を見て理解した。

 震える唇と頬を伝う涙――なるほど、確かにこの女は主人公君と似ている。

 

 

 

「ねぇ、あんたはそれでなにも思わなかったの? 

 誰も助けず、そのまま逃げてきたって言うつもり? ねぇ、答えて……いや、答えなさい!」

 

 

 私たちと戦っていた時はとても冷静で、それこそなんの容赦もなかったのにな。

 こちらが彼女の本質というか、素敵なくらいに偏執的である。

 ここで模範的な回答をするのもいいが、それだと今後の予定が狂ってしまう。

 

 

 少し計画を修正するとしよう。彼女の中にある私という人間について、その立ち位置と人間性を変える。

 私はトライアンフの人間でもなければ味方でもなく、あくまで共通の敵と戦う友人だとね。

 

 

 

「逆に聞きたいのだが、私にできることとは一体なんだ?

 まさかあの魔物が徘徊する都市の中で粘り、生き残りを見つけるまで戦えというのか?

 それとも、仲間たちの遺品だけでも持ち出せと?――ほう、それを貴女が口にするとは思わなかった。

 都市の外で倒れていたお前が、命がけで情報を持ち帰った私に言うとはな」

 

 

 彼女の手首をひねると同時に、私はその右足を蹴りとばす。

 バランスを崩した彼女が地面に倒れ、それを見下ろしながら口を開く。

 

 

 

「私はトライアンフの人間でもなければ、正義の味方でもない。

 ただ人魔教団という組織を憎み、誰よりも滅ぼしたいと思っている男だ。

 私は無意味な人助けはしないし、貴女のように泣きわめいたりもしない」

 

 私と戦ったときの彼女なら、こんな無様な姿は晒さなかっただろう。

 それだけ混乱していると言うことか、それはそれで都合は良いが、少し冷静になってもらわないと困る。

 このままでは話が進まないし、肝心な部分もまだ伝えていない。

 

 

「なにも思わない? そのまま逃げてきた? ほう、だったら聞きたいのだが、貴女はなにをしたんだ?」

 

 

「わっ……私は――」

 

 

 彼女の瞳からこぼれ出る涙と、震える唇が教えてくれる。

 結局、いくら強がっていても所詮は小娘だ。記憶を失ってから今日まで、多くの不安と戦っていたはずだ。

 絶望の淵に立たされた彼女が見つけた光、それが私という存在であり未来だ。

 

 

 ふむ、気の緩みから叫びたいのはわかる

 まあ、不安から八つ当たりだってしたいだろう。

 それに、絶望から泣いてしまうことだってあるさ。

 

 

――しかし、そんなことは他でやってくれ。

 

 

「貴女が私を信じられないのもわかる。だが、貴女が私を信用していないように、私だって貴女を信用していない。

 だから、私たちが馴れあう必要はない。それこそお互いに監視しながら、少しでも疑わしければ殺せばいい。

 私の言いたいことがわかるか? 君が納得できないと言うなら、私の行動をその隣で監視すればいい。

 こう見えても私は今後の行動について、ある程度の方針を決めている」

 

 

 

 涙を流しながら睨みつけてくるあたり、一応言いたいことは伝わったらしい。

 私が差し出した手を払いのけて、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 そこにはあれほど感情的だった面影はなく、程よい緊張感と殺気が漂っていた。

 

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

 

 ああ……そうか、今のは私を試しただけで、先ほどの涙もただの演技か。

 ここまでくるとまさに女狐だな。主人公君とは違うタイプの人間、どちらかと言えば私に近いだろう。

 平然と近くの椅子に座る彼女を、私は苦笑いしながら見つめていた。

 

 

「それじゃあ、その方針とやらを聞かせてよ」

 

 

 生徒会長様と同じ……いや、それ以上に注意すべき人物だ。

 これから彼女がどういう手に出てこようと、私は私の役目を忠実に果たせばいい。

 既に物語は進んでいる。彼女は知らず知らずのうちに舞台へと上がり、残りの配役も好き勝手に踊っている。

 

 

 私は彼女と向き合いながら口を開き、簡単にその概要を伝えた。

 小学生にもわかる内容だ。要するに取られたなら取り返せばいい、私は敵側の人間についても知っているのだ。

 

 

 

「裏帳簿を奪い返す。私がギルドマスターから聞いた話では、とある冒険者がその在処を知っているはずだ。

 確かベナウィ――だったか、その男にギルドを通して依頼を出し、彼を待ち伏せして誘拐する。

 その後は屋敷の地下に幽閉して、喋るまで問い詰めればいい」

 

 

 プライドの右腕である男、冒険者ベナウィ。

 帳簿の存在を知る人間はほとんど殺されたが、彼だけはその腕を買われて生きていた。

 あの会議室でプライドが自慢げに言っていたが、それが彼にとっての不運である。

 

 

 本来であれば穏便に進める予定だったが、こうなってはしょうがない。

 私が人魔教団と敵対する理由、それを復讐によるものと匂わせた時点で、彼が生き残る道は途絶えてしまった。

 私の憎しみを演出するためにも、ただ誘拐するのはリアリティに欠ける。

 

 

 彼女を信用させるためにも、できるだけ過剰に……それこそ家畜同然に扱うべきだ。

 そこまでして初めて信憑性が生まれ、彼女という人間を騙せるのである。

 

 

「いいわ、そこまでわかってるなら手伝ってあげる。

 あんたが逃げないとも限らないし、ベナウィのことなら私も知ってる」

 

 

 依頼内容は数カ月かかるものがいい。例えば、遠方の森に生息する魔物の調査。

 誘拐に成功した後も、それに気づかれないだけの時間が必要だ。

 仮にベナウィが知らなかったとしても、私が裏帳簿を持っているから問題ない。

 

 

 数歩先に彼女が欲しがっているもの、必死に守っていたものが置いてある。

 しかし、残念ながら彼女には見えていない。

当然だ、私に縋った時点で見えるはずがない。

 それこそ私という人間が眩しすぎて、すぐそこの真実に気づいていない。

 

 

 

「それと、私もこの屋敷に泊まらせてもらうわよ。

 元々行く当てもなかったし、なによりあんたには興味がある」

 

 

「ああ、お好きにどうぞ」

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

「なっ……ななななっ!?」

 

 目の前の美人さんを前に、シアンの尻尾が自然と膨らみました。

 ご主人様に呼ばれてきてみれば、そこにはまたしても新しい女がいたです。

 

 

「それじゃあシアン、彼女をゲストルームに案内しなさい」

 

 

「あの、この方はご主人様のなんなのです?」

 

 

 今にも倒れそうでしたが、シアンは必死に耐えたです。

 もしかしたらただの友達で、これから帰るだけかもしれません。

 だから神様にお祈りしながら、ご主人様の言葉を待っていたです。

 

 

「ああ、この人と私は特別な関係にあってね。

 当分この屋敷に泊まるから、私と同じように彼女も扱いなさい」

 

 

 最低です!えっちです! あのバインバインを入れれば二人目、たったの一年で二人目なのです!

 ちょっと冷たい感じがする美人さんに、シアンは必死に対処法を考えました。

 だってこの女の人、シアンがいるのにずっと無視するです。だからシアンはご主人様にしがみついて、そのうえで正妻としての威厳を見せつけるです。

 

 

 以前バインバインが来たときは……その、あまりの衝撃になにもできなかったですが、シアンも同じ過ちは繰り返しません。

 まずはご主人様との関係をアピールして、正妻としての立場を示すことが大事なのです。

 

 

 

「どこの誰かは知りませんが、ご主人様の正妻は――」

 

 

「それと、このケーキはみんなで食べるといい」

 

 

 はぅ! そう言ってシアンの前に現れるケーキ、そう、ケーキなのです!

 ご主人様がその大きなケーキをテーブルに置いて、そのまま食器を取りに行きました。

 白くてふわふわなケーキ。一度だけバインバインが買ってきてくれましたが、あの時のことは今でも覚えているです。

 

 

 

「話には聞いていたけど、本当に獣人の女の子がいるのね」

 

 

 シアンがこの屋敷に帰ってきたとき、あのバインバインが泣いていました。

 シアンは親切なおじさんにお菓子を貰って、ただお昼寝をしていただけなのにです。

 

 

「よかった……本当に、よかった――」

 

 

 それなのに泣きながら抱きついてきて、本当に大げさだと思いました。

 あの日は突然馬車の車輪が外れて、通りかかったその人に助けてもらったです。

 その後のことは覚えていないけど、それでもお菓子をたくさんもらいました。

 

 

 そして気がつけばご主人様が傍にいて、屋敷に帰ってくるまでたくさんお喋りしたです。

 それで屋敷に帰ってきたらバインバインがいて、なんだかわからないけど頭を撫でられました。

 

 

 

「ねぇ、どうして貴女みたいな女の子がここにいるの?」

 

 

「ふん! そんなの、ご主人様がシアンを大好きだからです!

 ご主人様は寂しがり屋だから、悲しまないようにシアンはいるです」

 

 

 シアンは嘘をついていません。うん、嘘じゃないから問題ないです。

 だってご主人様はいつも笑わないけど、シアンが近づくと笑ってくれます。

 最近読んだ本に男の人が笑うときは、なにか嬉しい事があったときだとありました。

 

 

 だから、ご主人様はシアンがいれば嬉しいのです。

 ご主人様はシアンが大好きで、だからシアンといる時は笑顔なのです。

 

 

 

「お姉さんにはわからねーと思いますが、シアンとご主人様はとっても深い関係なのです。

 あれです……そう、でぃーぷな関係ってやつです!」

 

 

 ご主人様はいつも忙しそうだけど、それでも数日に一回は三人で訓練するです。

 それは本当に突然のことで、あの日屋敷に帰ってから言われました。

 とっても厳しくて辛かったけど、訓練が終わって頭を撫でてくれる瞬間が、シアンにとってはなによりの力だったです。

 

 

 

「そう、あんな気持ち悪いやつのどこがいいんだか」

 

 

 だから、その言葉だけは許せなかったです。

 気がつけば目の前のケーキを投げつけて、シアンはそのお姉ちゃんに言っていたです。

 

 

 

「なにも知らないくせに、シアンのご主人様を馬鹿にするな!」

 

 

 またご主人様に怒られると思ったです。でも、いきなり現れた女の人が、ご主人様のことをそんな風に言うのは嫌でした。

 だから目の前のお姉ちゃんに、シアンがこの屋敷で働くまでを教えてやりました。

 地面で寝るのがどんなにつらいか、カビの生えたパンがどんなものか。全部……ぜーんぶ教えてやったです。

 

 

 気がつけば頭の中も真っ白で、なにを言っていたかもわかりません。

 そのお姉ちゃんは困ったように笑って、それでシアンの頭を撫でてくれました。

 最初は嫌だったけど――途中から嫌じゃなくなっていて、たぶんシアンは泣いていたと思うです。

 

 

 

「ごめんなさい……小さな勇者様」


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