邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「そんな思いつめた顔をしなくても、私は貴女を責める気はありません。
簡単に負けてしまった彼らが悪いのですし、それにこのような混乱を招いた学園側にも原因があります」
謝罪の言葉と共に相応の罰を申し出たけど、私の言葉はその学生さんに否定されたの。
彼女の言葉は素直に嬉しかったけど、だからと言ってこのまま終わらせるわけにもいかなかった。
どんな罪にも相応の罰が必要であり、ただ一方的に許されたのでは誰も納得しない。
中々引き下がらない私に彼女は呆れていたけど、ここで引き下がるのだけは絶対に嫌だった。
「では、妹さんが私たちの手助けをしてくれたこと……それとこの件は相殺ということでお願いします。
貴女の妹さんには随分と助けられましたから、この程度のことで相殺というのも図々しいですが。
ただ――――――おめでとうございます。生徒会を代表してセシルさんに感謝を、そしてこれからの活躍を期待しています」
そのときの私は固まっていたと思う。
色々なことが起こりすぎて頭が追いつかず、どんなに考えてもその答えは出てこなかった。
彼女が誰でなにを言っているのか、そもそもあの会場でなにが行われていたのかも知らない。
だけど、私の想像以上に成長していた妹の姿が、どこか誇らしくもあり寂しくもあってね。
もう子供扱いするのはやめよう……って、そんなことを考えながら私はセシルの頭を撫でたの。
次に妹が言うであろうその言葉を期待して、セシルの頑張りを心から祝福していた。
「お姉ちゃん、私――――――」
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――――――
そこから先はあっという間でさ。
合格した妹を祝うためにその日の食事は奮発して、おかげさまで明日からの仕事は大変そうだったけどね。
だけど、学園から送られてきた書類に目を通す妹を見ていたら、そんな疲れも一瞬で吹き飛んでしまった。
妹が学園に通い始めてからは色々なことを教えてくれて、毎日の食事がとても華やかになったの。
同じクラスにいるこの国の御姫様についてや、新学期からずっと来ていない問題児の話はよく聞かされてね。
こんなにも楽しそうな妹を見るのは久し振りで、私もそんな妹の話が大好きだった。
この国に来てから初めて見る妹の姿に、私はちょっとだけ舞い上がっていたのだと思う。
このまま学園に通い続ければ昔のように、あの陽だまりの空間を取り戻せるかもしれない――――――ってさ。
「ほう? お金が入用……っと、ならばこの私がなにか紹介しましょう」
だからこそ今ある空間を守るためにもがむしゃらに働いて、どんなに安くて退屈な仕事でも進んで引き受けたの。
多少強引な日程であっても無理を押し通して、そういったものを積み重ねていけば報われると信じてね。
だけどそうして働き続けてもギルドランクはDのまま、一ヶ月が過ぎてもCにすら上がれなかった。
「お気持ちは嬉しいのですが、Dランクの私にできる仕事は限られています。
高額な討伐クエストやダンジョンの調査など、そういった仕事はギルド側から禁止されていまして――――――」
「いやいや、この一ヶ月貴女のことを見ておりましたが、ギルドボードを見る姿がなんとも不憫でしてな。
本来であればAランクに進んでいてもおかしくないのに、なぜかずっとDランクのままくすぶっておられる。
なにやら御入用のようですしここはひとつ手助けを……と、そう思い至った次第です」
藁にもすがるとはこのことだろうか、そんな怪しい話を聞いてしまうほど私は焦っていた。
これが赤の他人であったなら、私もそこまで頼ったりはしなかっただろう。
だけど、彼がギルドに出入りしている業者の一人だったから、私は警戒しなかったのだと思う。
そして私は王都の
お金に困ったら行ってみればいい――――――その言葉の意味に気づいたのは観客席に座ったとき、この闘技場の趣旨を理解するのにそう時間はかからなかった。
飛び交う怒号に舞い散る鮮血に、私がなにを感じたかは言うまでもないと思う。
こんなものを作った人間もそうだけど、これを見に来ている人も含めて私には理解できなくてさ。
こんな殺し合いに一喜一憂するなんて、私は人間という種族に対して恐怖を抱いたの。
ここにいる彼らが魔物以上の化物に見えて、込み上げてくる嫌悪感を誤魔化すので必死だった。
「そうですか、それは残念です。
もしもお気持ちが変わりましたら、いつでも私を呼んでください」
この国の人間が抱える黒い感情と醜い欲求を目の当たりにして、私は少しだけ落胆していたと思う。
それはこの国に対する感情というよりも、人間という固有種に対する失望だった。
お金のためだけに殺し合いの技術を磨き、血にまみれながら魔物のように戦う。
観客は飛び交う鮮血や哀れな断末魔に興奮し、それを一種の見世物として彼らは提供していたの。
そこに誇りや名誉といったものは存在せず、死ねば命を落として生き残れば大金を手にする。
人間という種族に対して素直に幻滅した。だけど、今の私には彼らを攻めることもできない。
お金があれば幸せだとは言わないけど、お金がなければ幸せになることはできない。
今までの私がどれだけ甘えていたか、それをこの歳になってようやく理解した。
相変わらずギルドランクはDのままで、ここ最近は妹の顔を見るどころか家にすら帰っていない。
「なんだか……その、最近のお姉ちゃん元気ないね。
そんなにお仕事が大変なら、私も学園を辞めて一緒に働こうかな――――――」
久し振りに食べる家族そろっての食事は、今思えば少ししょっぱかったような気がする。
いつもは嬉しそうに学園のことを話すのに、この日だけは気まずい沈黙に包まれていた。
もしかしたら数日前に学園から届いた手紙を、セシルは知っていたのかもしれない。
「なに言ってるのよ。前にも言ったけど、あんたがそんなこと心配しなくても良いの」
机の中に閉まっていた学費に関する書類は、既にその期限は大幅に超えていてね。
妹が学園に通い始めてから三ヶ月ほどたったけど、未だに私はその学費を用意できなかったの。
このままで遅かれ早かれ妹は退学となり、やっと手に入れた幸せも失われてしまう――――――やるしかない。もう、その選択肢しか残されていなかった。
「安心してください、貴方ほどの実力があれば誰が相手でも負けないでしょう。
それに今回貴女が参加するのは殺し合いではなく、純粋な試合でありできるだけ
私が彼を頼るのは必然だったと思う。
闘技場でプレイヤーとしての登録を済ませた私は、試合に関する説明を受けながら父上の言葉が甦る。
こんな大勢の前で動物のように戦う日が来るなんて、このときの私はどうかしていたと思う。
彼に殺し合いの舞台ではなく、純粋な決闘を用意させたのは私なりの抵抗だろう。
お金のためだけに人を殺すなんて野盗と変わらないし、それが無理だと言うなら諦めるつもりだった。
そのときは妹に本当のことを伝えようと思って、それなりの覚悟もしていたけど結局は杞憂と終わったの。
彼は私の望み通りの舞台を用意してくれて、私はその
ただ、私が必要とする金額を用意するにはそれなりの対価、負けたときの代償を用意しなければならなくてさ。
「これは
この羊皮紙に書かれた内容は戒律となって、その契約者自身の魂に刻まれます。
一度刻まれた戒律は解くことができませんが、反故にできないからこそ価値があるのです」
一度契約すれば二度と破れないなんて、それだけでもこの術式がどれだけ強力なものか想像できた。
突然の提案に私も不安を覚えたけど、彼の説明を聞けばそれも納得だったの。
要するに純粋な殺し合いであれば賭ける対象は己の命であり、それに見合った賞金をブックメーカーが出すそうでね。
だけど今回のような戦いに於いては、御互いが賞金を出し合って奪い合うそうだ。
一応多少の手当ては支給されるそうで、勝者は互いが出し合った金額とそれを手にいれる。
誰も死なないからこそブックメーカーからの賞金は少ないが、それでも誰かを殺すくらいならその方がマシだった。
それに彼から聞かされた金額はとても大きく、学費を払ったとしてもかなりの額があまっていてね。
だけど私にはそれだけの金額を用意できないし、お金が用意できないなら相応の担保が必要となる。
クロード家の紋章剣ならば対価として十分だろうけど、さすがにこれを担保として差し出す気にはなれなかった。
なにを担保とするか悩んでいた私に彼が提案したのは、このギアススクロールによる相手との契約だったの。
「どうでしょうか、貴女が負けた際は自らの全てを明け渡す。
要するに隷属関係を受け入れるということですが、賞金を用意できないのであればこうするしかありません」
初めから信用なんてしていなかったし、なによりあんな闘技場に出入りしているような人間だ。
この人が普通じゃないこともわかっていたけど、それでも今の私には彼しかいなかったの。
何度も羊皮紙に書かれた文面を確認して、契約に見落としがないか一字一句調べてね。
そして彼の言う通りこれが私の敗北を条件として、その効果を発揮する類いの術式だとわかってさ。
私が見た限りこの国のAランク冒険者は、レッドフェザーでいうところのBランク止まりでね。
冒険者に対する認識がそんなにも違うなら、相手が誰であろうと勝てる自信があった。
「貴女が勝利した暁には少なからず手数料を頂きますので、それだけはご了承ください。
では、御武運を――――――」
全ての準備を終わらせた私に対して、彼は形ばかりの
聞けば元々こういった仕事を紹介している仲介業者だそうで、その報酬に応じて彼の取り分が決まるらしい。
あくまで仕事としてやっているならば、彼がこんな契約書を持っているのにも納得できたの。
そういうことならば私としてもわかりやすいし、変に警戒しなくてもいいので助かった。
私は彼との再会を約束して闘技場の門をくぐり、握りしめた双剣の感触を確かめながら大きく踏み出してね。
これは殺し合いではなく純粋な決闘であり、父上の言葉には決して背いていないはず――――――砂埃が舞うだだっ広い空間の中で、私は大歓声に包まれながらその時を待っていたの。
「来たぞ、道化師だ!」
「道化師、今日も俺たちを楽しませてくれ!」
「我らが愛する道化師、無敗の
変な奴――――――私が彼?に対して抱いた第一印象はそれでね。
ボロボロの黒いローブを身にまとって、自分の背丈ほどもある大鎌を持ったそいつは趣味の悪い仮面をつけていた。
道化師。彼の登場に沸く観客たちは一様にその言葉を、まるで呪文のように叫び続けていたの。
それはこの闘技場が揺れるほどのもので、こんな私でも彼が人気者だということはわかった。
突然響き渡る銅鑼の音色と熱狂する観客たちが、この狂った
先手必勝。たとえ誰が相手であろうと、私という存在を賭けたこの戦いは譲れない。
殺さない程度に威力を抑えた雷撃を、私はその道化師と呼ばれる彼に放ってね。
おそらくSランク冒険者にだって避けられないはずの一撃、私がもっとも得意とする魔法だった。
「きゃ!?」
「ふむ……やはりその耳は本物だったのか。
私のところにいる使用人もそうだが、まさか獣人がターゲットだったとはな」
最初、私はなにが起こったのかわからなかったの。
私の放った雷撃が壁へと激突して、無数の閃光と共に火花を散らしている。
先ほどまで目の前にいたはずの彼が消えて、その氷のように冷たい声だけが聞こえてきた。
耳から伝わる感触が私に警報を鳴らし、それと同時に彼の気配が濃くなっていく。
あの攻撃を避けた彼に対して、初めは驚きもしたし困惑もしたよ。
だけど、それは胸の中から湧き上がってきた感情にかき消されて、気がつけば私は黒い感情に支配されていたの。
「私の耳を……父上や母上にも触らせたことがないのに――――――許さない、絶対に許さないから!」
獣人族にとっての耳や尻尾はとてもデリケートであり、そこに触れてもいいのは限られた
将来を誓い合った二人が互いの愛を確かめ合うために……その、体を重ねる意味合いもあってね。
だからこそ、私みたいに結婚するまで家族にも触らせず、大事に守っている人だっているのに――――――こいつは、この変態野郎は私の許可なくそれに触れたのよ!
「なにをそんなに怒っているのか、相変わらず獣人の考えていることは理解できん」
それなのにこの男は全く悪びれず、ただ呆れたように笑うだけだった。
私の大事なファーストタッチを奪っておいて、謝ろうともしないこの変態野郎は絶対に許さない。
こいつが他の獣人たちにも手を出す前に、この私が責任もって去勢してやらないと!