邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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原罪司教は己を知る

「さて、後はあの女を見つけるだけだな」

 

 

 最後の冒険者が倒れると同時に、私の興味は彼女たちから離れていた。

 私の足元で死んでいる一人と、少し離れたところにいる二人、これでカナリアメンバーはあの女性だけだ。

 緋色の剣士。彼女をどう扱うかで私の今後、つまりは教団内での立ち位置も変わる。

 

 

 目の前で死んでいる冒険者からは、いろいろと面白いことが聞けたので、とりあえずは計画通りに進めるとしよう

 私は持っていた双剣を投げすてて、その三人にもう一度拍手を送った。

 彼女たちには聞こえていないだろうが、それでも本当に助かったからね。

 

 

 特に目の前にいる彼女、ホロと呼ばれていた冒険者は最高だ。

 私が最も欲していた情報を、その詳細まで話してくれた。

 元々サラマンダーギルドに所属していたらしいが、おそらく帳簿を持ち出した女と知り合いだったのだろう。

 

 

 ただ、トライアンフの連中がどうやって裏帳簿を盗み、そしてなにをするつもりかはどうでもいい。

 そんなことに興味はないし、知ったところでなんの価値もない。

 しかしこいつ等がいつプライドの正体に気づき、そして帳簿の存在を知ったかは重要だ。

 

 

 

「そう遠くには行ってないと思うが、あいつ等に止められるとも思えない。

 ふむ、やはり急いだほうが良さそうだ」

 

 

 足元のそれを蹴り飛ばせば、それが甲高い悲鳴をあげてね。

 まるで泣いているようにも聞こえたけど、残念ながら彼らはもう死んでいる。

 個人的には彼らも私のコレクションに加えたかったが、それはしないと約束してしまった。

 

 

 クロノスが物欲しそうにしていたが、こればかりはどうしても譲れない。

 たとえ不幸な行き違いだったとはいえ、この女性は十分な対価を支払ったのだ。

 それならば一介のサラリーマンとして、その約束を破るわけにもいくまい。

 

 

 私はクロノスを構えて踵を返すと、そのままあの女を追いかける。

 彼女がどこへ逃げたのか、それがわからなくなるのが心配だった。

 しかしスロウスの兵隊が目印となり、私に彼女の足取りを教えてくれる。

 

 

 最初は悪趣味なオブジェだと思ったが、よく見ればスロウスの兵隊でね。

 なにをどうしたらそうなるのか、無数の剣が体中に突き刺さっていた。

 人間というよりハリネズミに近く、そしてその者の周囲にもそれがあってね。

 

 

 形や長さが全く同じの剣が、それこそ数えきれないほど刺さっていた。

 おそらくはあの女の仕業だろうが、どういう理屈でこうなっているのかがわからない。

 おかげさまでその後を追うのは簡単だが、この量にはさすがの私も警戒してしまう。

 

 

 

「なにかしらの魔法だろうが、明らかに物理法則を無視している」

 

 

 何人もの人間が同じような姿で死に、その全てに同じ剣が使われていた。

 死体の周囲に突き刺さっていたものも、そして体中に突き刺さっていたものも同じだ。

 見かけによらず容赦がないと言うか、中には原型をとどめていないものまであった。

 

 

 

「全く、これだから魔法は嫌いなのだ。対策を立てようにも、その能力がわからなければどうしようもない」

 

 

 そうやっていくつもの死体を目にし、無数の剣を確認しながら私は走ってね。

 ついに目的の女性を見つけたのさ。無数の剣が突き刺さる大地の上で、丁度最後の一人を殺しているところでね。

 もはや見慣れた光景ではあったが、その中心に立っている彼女だけは別だ。

 

 

 トライアンフ最強の冒険者、その称号は伊達ではないということか。

 久しぶりに動いている人間と会って、この私としたことが安心していた。

 まあ、彼女の方は私に気づいた瞬間、その殺気を隠そうともしなかったがね。

 

 

 

「どうして……なぜあんたがここにいる――」

 

 

「ふむ、逆に聞きたいのだがね。君が馬鹿じゃなければ、その質問に意味などないはずだ。

 私がここにいるということは……つまり、そういうことなんだろう?」

 

 

 彼女の声は本当に弱弱しくて、とてもこの惨状を作りだした者とは思えなかった。

 無数の死体と共に私たちは睨み合い、そしてその言葉が引き金となる。

 

 

 彼女が走りだしたかと思えば、近くに刺さっていた剣を引き抜き、そのまま私の方へ突っ込んでくる。

 なるほど、認識力及び判断能力は合格点だ。

 少しばかり感情的な気もするが、無駄口をたたかないのは好感がもてる。

 

 

「なにをそんなに怒っている? これは殺し合いであって、どちらかが死ぬまで終わらない。

 君たちは私たちのことが嫌いで、私たちは君たちが邪魔だと思っている。

 今回のことがなかったとしても、いずれはこうなるとわかっていたはずだ。

 プライドの素性を掴んだだけでなく、その証拠となる帳簿まで盗んだのは凄いがね」

 

 

 いつもの不協和音が私たちを包み、クロノスがその口を大きく開ける。

 その姿は魔物よりも化物じみていたが、彼女の方は動揺していなかった。

 クロノスの動きに最初は足が止まったが、それも本当に最初だけでね。

 

 

 あっという間に対応して、的確にクロノスの弱点をついてくる。

 この様子だと突破されるのも時間の問題――ああ、そんな風に私は思っていたのだ。

 しかし、現実は私の予想よりも遥かに早く、そして意外な形でやってきた。

 

 

 

「ねぇ、あんた本当に原罪司教なの?」

 

 

 クロノスはその性質上、どうしても攻撃が直線的になる。

 生きていると言っても知能はないし、その凶暴性だけが強みと言える。

 

 

 だから彼女のように立体的な動き、そして挑発するような行動は効果的でね。

 ただでさえも直線的なものが、さらに単純化してしまうからだ。

 

 

 

「ほう、それはどういう意味かな?」

 

 

 だからこそ突然の動きにクロノスは彼女を見失い、私は突っ込んでくる彼女に舌打ちした。

 ふむ、これは今後の課題として対策すべきだ。

 クロノスが突破されたときに、それに代わるなにかを用意しよう。

 

 

 一々魔道具の中から武器を出しては、それこそ突然の攻撃に対応できない。

 私は近くに突き刺さっていた剣、彼女が使っているそれを同じものを引き抜いてね。

 そのままその攻撃を防ぐと、気がつけば口が動いていた。

 

 

 

「ハッキリ言って、あんたは他の奴らよりも弱い。

 昔戦ったことのある原罪司教よりも、明らかに戦い慣れしていない」

 

 

「それはそうだ。私が教団に入社したのは一年ほど前で、それ以前はただのサラリーマンだったからね。

 君たちのように剣を振るうことや、魔法なんてものも見たことがなかった。

 だから、君のような強い人間が必要なのさ。私の地位を守るために……いや、正確には教団での発言力を強めるためにね」

 

 

 お互いの息遣いがわかるほどの距離で、私たちは初めての会話を楽しんでいた。

 粗悪な剣がその力に耐えきれず、その刀身に無数の亀裂が生まれる。

 

 

 

「ごめん、私の言い方が悪かったわ。

 だからもう一度聞く、あんたみたいな人間がどうしてそっち側にいるの?」

 

 

 彼女の声はとても小さかったが、妙に透き通っていたような気がした。

 それは私の動きを止めてしまうほどに、ある種の戸惑いを与えるには十分でね。

 気がつけば私は宙を舞い、指先が反対方向に曲がっていた。

 

 

――ギャギャギャギャギャギャ。

 

 

 そして背後から聞こえてくる声に、彼女は持っていた剣を投げ捨ててね。

 そのまま近くにあった剣を引き抜くと、クロノスと正面からぶつかっていた。

 

 

「せっかくいいところなのに、私の邪魔をするなんていい度胸ね」

 

 

 彼女の右足がその反動で地面に埋もれ、クロノスがその口を大きく開く。

 しかし彼女はその剣技によって、目の前の化物を押し返してね。

 クロノスの口に剣を突き刺すと、その勢いを利用して地面に固定した。

 

 

 私は彼女の動きを見ながら苦笑いし、そして心の底から称賛した。

 まさかクロノスの動きを止めるとは、しかもその口に彼女は剣を突き立てた。

 一連の動きは私よりも早く、それでいて無駄がなかったと言える。

 

 

 先ほどの言葉にしても、私の動きを止めるためだったのか。

 背後からクロノスが迫っていることを知って、私の動揺を誘うためにあえてしたのだ。

 

 

 強い、この女は私が戦ってきた誰よりも強い。

 私は立ち上がると同時に、近くにあった剣を引き抜いて構える。

 既に利き腕は潰されているし、もう片方の指先も感覚がないがね。

 

 

 

「ねぇ、あんたを見た時から感じてたんだけど、どうしてそんな風に無理して笑うの?

 まるで泣くのを我慢してるみたいに、ずっと悲しそうにしてる」

 

 

 しかし、ここで諦めるのは面白くない。

 この世界に来てからというもの、ここまで追い詰められたことはなかった。

 クロノスを封じられて、さらには私自身もボロボロである。

 

 

 対して彼女は少しの切り傷と、多少の汗をかいただけだ。

 まさかここまで実力差があるとは、やはり最強の名は伊達ではないようだ。

 

 

 

「その仮面のせいでハッキリとはわからないけど、それでもなんとなく違うのはわかる。

 あんたのそれは妙に演技じみてて、なんだかとっても嫌な感じがする――やらされてるって言った方がいいかな。

 だからどうしてそんなあんたがそっち側にいるのか、私としては不思議なんだよ」

 

 

 だが、彼女はクロノスのことを甘く見ている。

 あんな粗悪品を一つで、あの化物を封じることなどできない。

 彼女は手ぶらのままやってくると、その答えを私に求めてきてね。

 

 

「やらされている? 全く、なにを言うかと思えばそんなことか。

 私は一介のサラリーマンに過ぎないし、社員である私に自由意志などない。

 上司の命令は絶対であり、私自身もそれを望んでいるのだ」

 

 

 クロノスが動けることを、この女はまだ気づいていない。

 あともう少し時間を稼げば、すぐにでも襲いかかるはずだ。

 私がやるべきことは彼女を牽制しつつ、クロノスの存在を気取られないこと、雑談をご所望とあらば付き合ってあげよう。

 

 

 

「会社の歯車となることを、そして同じ歯車でも重要なそれになりたいとね。

 無理して笑う? 泣くのを我慢している? ふむ、君には悪いが私にそんな感情はない……いや、正確には存在しないと言った方が正しい。

 なぜならそれが私と教皇様の契約であり、私がこの会社に入社した理由だ」

 

 

「そう、どのみち私にあんたを殺す気はない。

 金糸雀のみんなやギルドには悪いけど、私の目的はあくまで教団を破壊すること、そのためならなんだって利用してやる」

 

 

 

 私の言葉に彼女は興味を示し、その真意を伺っているのがわかる。

 それもそうだ。教団のトップである私の上司、教皇様の存在が出てきたのだから、彼女のような人間には最高のエサだろう。

 後は彼女の興味をこちらに引き寄せて、その間にクロノスを襲わせればいい。

 

 

 

「それこそが私たちの……トライアンフと、そして教団に家族を殺された者の悲願。

 たとえそれが洗脳された敵であっても、私はあんたを連れて王都へ向かう」

 

 

「ほう、やってみろよ小娘」

 

 

 私はクロノスの存在を確認すると、そのまま彼女を襲うよう合図する。

 ああ、確かにタイミングは完璧だっただろう。武器を持っていない彼女に、この攻撃を防ぐ手立てはなかったはずだ。……いや、ないはずだったのだ。

 

 

「ええ、あんたには悪いけどそうさせてもらう。

 全てが終わったら然るべき罰を受けて、その罪を償ってもらうからね」

 

 

 突然空間が歪んだかと思えば、なにもない空間に無数の光が現れる。

 そしてその中から現れたのは鋭利な、それでいで光沢のある物体だった。

 私にはそれがなんなのか一瞬でわかった。……そうさ、むしろわからないはずがなかった。

 

 

 なぜなら今も私が持っているものであり、ここに来るまで嫌というほど見てきたものだ――つまり、なんの変哲もない安物の剣だよ。

 

 

 

「なん……だと――」

 

 

 その切っ先が空間の中から現れ、まるで土石流のように降り注いでね

 クロノスの動きを封じるために、それは空間を切り裂いて現れたのさ。

 独特の金属音ともに全てを破壊し、クロノスの動きを止めるまでやむことはない。

 

 

 目の前の彼女は全てが終わるまで、一度も振り返ることはなかった。

 クロノスは無数の剣によって地面に固定され、非難めいた視線を私に向けてくる。

 なんとか脱出しようとしているが、あの様子だとさすがに難しいだろう。

 

 

 

「言ってなかったけど、私は剣士でもなければ魔法使いでもない。

 一応こう見えても召喚士なのよ。私の家系は召喚士の一族で、代々なんらかの召喚獣を使役してた。

 ただ私にはその才能がなくて、代わりにこの剣を生みだすことができる」

 

 

 そう言って近くにあった剣を引き抜き、それを私の足元に投げつける。

 確かに剣の形や長さに加えて、その材質や傷にいたるまで全てが同じだ。

 そして彼女の言葉が本当なのであれば、これほど厄介な能力もないだろう。

 

 

 先ほどの光景にしてもそうだが、三次元の空間で任意の場所を対象にできる攻撃。

 つまりは多角的な攻撃が可能であり、その兆候はあの空間のゆがみだけでね。

 投擲が可能ということは、おそらく罠を仕掛けることも可能だ。

 

 

 相手の逃げ道に剣の壁を作り、その行動を制限することもできる。

 全く、まさに反則的な能力である。これで兵隊の死因も納得できた。

 辺りに無数の剣が突き刺さっていたのは、彼女がその能力で剣による投擲を行ったから、そして兵隊が串刺しになっていたのもそのせいだ。


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