邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「セシル、新しい土地でも一緒に頑張ろうね」
「はい、セレスト御姉様」
セシルと再会した私は両親のことを話しながら、隣国であるレムシャイトまでの道のりを急いでいた。
父上の身になにが起こったのか、母上がどうなったのかは私にもわからない。
だけど両親が処刑されてしまったのは事実であり、セシルが望まなければ私は話さなかっただろう。
元々セシルは私なんかとは比べ物にならないほど頭がよくて、その才能はハンスさんの御墨付でもあった。
セシルからすればいきなり父上が連れ去られて、更には王都に向かった母上までいなくなったのだ。
なにも教えられないまま故郷を離れることとなり、気がつけばこうして私と二人レムシャイトを目指している。
「ん? そんなに畏まっちゃってどうしたの?……はっはーん、まさか恋の悩み? それとも人生相談かな?
このこの、なにかあるなら素直に言いなさいよ」
「だって、御姉様がずっと泣きそうな顔をしてるから……あの、変な勘違いならごめんなさい。
でも、なんて言うかとっても心配で――――――」
妹の言葉に私は動揺していたと思う。だって、妹の前では笑顔でいようと決めて、ずっと私は笑っていたつもりだったから。
だけどそんな強がりも妹には通用しなくて、結局は見透かされてしまった。
今にも泣きそうな顔で私を気遣う姿が可愛くて、気がつけばセシルのことを抱きしめていたの。
「お姉……ちゃん?」
「ごめんね。少しだけ、少ししたらいつものお姉ちゃんだからね」
ほんのりと甘くてどこか落ち着く匂い、今日だけは少し湿っぽい香りが混じっていた。
今の私にはもうこの子しかいなくて、あの楽しかった日々は思い出の中に消えてしまった。
冗談好きの父上にそれを怒ってばかりの母上、それを見て笑う妹と呆れる私はどこにもいない。
レムシャイトがどんな国かは私にもわからないし、そもそも人間という種族を目にするのだって初めてだ。
不安な点を挙げ出したらきりがないけど、それでもこの子さえいてくれれば私は頑張れる。
私の宝物をもう一度強く抱きしめて、二度と妹の前で弱音を吐かないと決めてね。
私達は新しい土地で一からやり直せばいい、貴族のしがらみや王族との関係を捨てて生まれ変わろう。
父上と最後に交わした約束を思い出しながら、私はもう思い出に浸らないと心に決めていた。
こうして、私たちはレムシャルトの大地へと足を踏み入れたの。
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――――――
「お姉ちゃん、雨漏りしてる!」
レムシャイトでの生活は大変だったけど、最初の方は上手くやれていたと思う。
この国の人達は獣人を知らないのか、どこへ行っても好奇な眼差しを向けられたけどね。
だけど初めての暮らしはなにもかもが新鮮で、レムシャイトでの生活も一ヶ月ほどで慣れてしまった。
ただ、文化の違いや価値観のずれは確かに存在して、生活に慣れ始めた頃から少しずつ問題も出てきたの。
一番の悩みは物価の違いで、その次に直面したのは仕事の問題だった。
ハンスさんからはそれなりの金額を渡されていたけど、レムシャイトの物価は思いのほか高くてね。
それはこの国の流通網が安定していること、そして私たちの国よりも治安が良いからだと思う。
しっかりと整備された道なんて王都にでも行かなければないし、御店の種類にしてもここまで多くはなかったもの。
初めはレムシャイトの物価に驚いていたけど、それもこの暮らしぶりをみたら納得だった。
手持ちの金銭では心もとなかった私は、すぐに最寄りのギルドへと足を運んだの。
でも、登録したはいいけどあまり良い仕事は貰えそうになかった。
私が獣人族というのもあってか、紹介される仕事は安全面に考慮したものがほとんどでね。
たぶんギルドの人たちも初めて見る獣人に対して、どう接すればいいのかわからなかったんだと思う。
国交がないと言っても私たちの故郷は隣国であり、その強さもわからなければ無下にすることもできない。
そうなると紹介される仕事は比較的安全なもので、御給金にしても満足のいくものではなかった。
とてもじゃないけど姉妹で暮らすには難しくて、何度も交渉してみたけど結局はダメでさ。
ある程度の実績を積んでからじゃないと、私がやりたかった魔物の討伐やダンジョン探索はできないらしい。
レッドフェザーのAランク冒険者だと説明しても、まずは実績を積んでほしいの一点張りだった。
Fランクとして登録された私にできる仕事といえば、薬草の採取とか武器の手入れとかでね。
地道にやっていけば生活することもできたけど、そんな状態ではお金も貯められなかった。
魔物の討伐や未走破ダンジョンの調査も含めて、そういった危険を伴う仕事はBランクからできるそうでさ。
なんとか地道にランクを上げていったけど、Dランクから先は中々上がれなかったの。
やっぱり獣人というのが災いして、ギルドの人達も踏み切れなかったんだと思う。
しょうがないとは思った。全く関わり合いのない土地で、種族すら違うのだからそんな偏見もあるだろう……って。
だから私はそんな偏見に負けないためにも地道に通って、ギルドの人たちが認めてくれるまで同じ仕事をやり続けたの。
だけど妹の進学が近づいてきて、私は一向に突破できないDランクの壁に悩んでいた。
「私のことは気にしないでよ! 私はお姉ちゃんと一緒にいられるなら、それだけで十分幸せだもん」
私は妹が剣術の練習をするために、夜な夜な家を抜け出していることを知っていた。
本来ならば高校へ進学しているはずの年頃であり、妹だって心の中ではそれを望んでいるのだ。
だけど私たちの生活を気にして言い出せず、いつの間にか負担をかけていたの。
「全く、この子ったら……そんなのはあんたが気にしなくてもいいの。
行きたい学校があるならそう言ってくれれば、このお姉ちゃんが全部用意してあげる。
あんたがお金の心配をするだなんて、それこそ百万年早いのよ」
そう言って妹の頭を何度か撫でれば、セシルは不満気に口を尖らせていた。
たぶん子供扱いされたことが気に食わなくて、少し大袈裟に振る舞っているんだろう。
妹が私のことをよく知っているように私だってよく知ってるもの、その証拠にセシルの尻尾が嬉しそうに動いていたしね。
「ここなんてどうかな? ほら、とっても大きな学園で特待生制度もあるしさ!」
次の日、さっそく妹は学校のパンフレットを用意してきた。
王立コスモディア学園と書かれたパンフレット、そこに書かれていた内容はとても充実していたの。
学園内の設備からその教育課程に至るまで、私達の国にもここまでしっかりした学校はなかったと思う。
徹底した実力主義というのが謳い文句らしく、その学費にしてもかなり抑えられていた。
この子のことだから付近の学校を全て回って、それで一番安かったこの学校を選んだのだろう。
パンフレットには学園の行事なども記載されていて、それを見ただけでもこの学園がかなり特別なものだとわかった。
「どうかな! どうかな! 入学希望者はこの日に集まりなさいって!
他にも学年首席になれば学費が免除、無理だったとしても成績が良ければ減額なの!」
だけど、それでもその金額は今の私たちには大金で、少なくとも今の仕事だけでは厳しそうでさ。
私がBランクで上がればそんなに難しくもないけど、今のままではどれだけ節約したって足りなかった。
ただ、嬉しそうに尻尾を振る妹を見ていたら……なんて言うか、いつの間にか私の口が動いていたの。
「そうね。これなら頑張ればなんとか……よし、当日はお姉ちゃんもついていってあげる!」
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当日、私は妹と一緒に学園まで向かった。
学園内はこんな私でもわかるほど充実していて、初めて見る施設に私の方がはしゃいでしまったの。
まさかこの歳になって妹に怒られるだなんて、今思えば少し大袈裟だったかもしれない。
「ここが会場なの? なんていうか、他の建物に比べて全体的に大きいわね」
会場の入り口で受付を済ませた妹が、なにか腕輪?のようなものを私に見せてきた。
受付にいた職員に渡されたらしいけど、それがなんのかは妹も知らないようでさ。
会場には受験生しか入れないそうで、妹の晴れ舞台にわくわくしていた私はちょっぴり残念だった。
妹は呆れたように笑っていたけど、私からすれば家族の一大イベントだもの。
どこか緊張しているような妹を見ていたら、なぜか私の方まで心配になってきてね。
「私も頑張るからお姉ちゃんはここで待ってて、クロード家の強さを見せつけてやるんだから!」
今思えばあの子はそこでなにが行われるのか、それを知っていたような気がするの。
正直に話せば私に止められると思って、だからセシルはあんなことを言ったんだと思う。
「急げ、大至急怪我人を搬送しろ!」
「おい、誰でもいいから人手を回してくれ!
志願者の一人が……ああ、そっちは後回しにしても構わん。まずは怪我人の搬出を――――――」
私が異変に気づいたのは妹を見送った後、学園内を見学しているときだった。
学園の雰囲気が慌ただしいものとなり、学園の生徒だけでなく大人たちまで騒ぎ始める。
私の横を通り過ぎていった職員は、元が何色だったかもわからないほどに汚れていて、最初は事故でも起こったのかと思った。
止まらない喧騒と血まみれの職員たちに、私は嫌な予感と言うか妙な胸騒ぎがしてね。
そこで脳裏を過ったのは妹の不安げな表情で、気がつけば私の足は会場へと向いていたの。
「まだ暴れているのか、応援を呼びに行った者たちはなにをしている!」
そこは騒然としていた。血まみれの職員たちが慌ただしく動き回り、会場から多くの受験生が運び出される。
まるで地獄を体現したかのような有様、強烈な血生臭さと聞こえてくるうめき声に私の顔が歪む。
なにが起こっているのかはわからないけど、私にはとても他人事とは思えなかったの。
「俺の腕を、あの化物が切り落としやがった!
腕輪のためだけに、俺の腕ごと……あいつは、あいつは!」
搬送されていく受験生のほとんどが片腕を失い、その痛みに苦しみながら誰かを中傷していた。
もう存在しない片腕を必死に探しながら、見えないなにかに脅えているようでさ。
あの夜を彷彿とさせる地獄のような光景に、私の脳裏を過ったのは可愛い妹の姿だった。
「なにを――――――君、今すぐ止まりなさい!」
「怪我をしたくなかったら退いて、私の邪魔をする奴は誰であろうと許さない」
誰かが私のことを呼び止めていたけど、私にだって譲れないものはある。
地を這う雷撃が立ちはだかる全ての者たちを捕らえて、そのまま邪魔者たちを夢の世界へと誘う。
殺しはしない。ただ、私の邪魔さえしなければそれでよかった。
身体から発せられる雷撃が次々と襲い掛かり、気がつけば私を止める者はいなくなっていた。
うん、今の私は至って冷静だと思う。だって、妹を危険に晒した彼らを私は殺さなかった。だから今の私はとっても冷静。
「だけど、もしも妹になにかあったら――――――」
「お姉ちゃん!」
その時セシルの声が聞こえた気がしたけど、私はそれを空耳だと思って気にも止めなかった。
会場の中にいる妹の声が聞こえるはずないって、そう高を括っていたのだと思う。
だけど背後から誰かが飛びついてきて、その鼻をくすぐる甘い香りにやっと私は気づいたの。
ここへ来るまでに見てきた者たちと同じで、着ていた服は真っ赤に染まっていたけどね。
だけどセシルの両腕はちゃんとついていたし、これといって怪我をしている様子もなかった。
ただ、その両手で私の胸を何度も叩いてきて、私としてもどう反応すればいいのかわからなくてさ。
「バカ! アホ! お姉ちゃん、私を待っててくれるって約束したじゃない!」
泣きながら何度もポカポカと叩いてきて、それは痛いというよりもどこか心地良かったの。
こんなことを言うのは最低だけど、無傷の妹を見て私は心の底から安堵していた。
他の受験生のようになっていたらと思うと、想像しただけでもぞっとする。
「おや? これはまた珍しい光景だね。
まさかうちの職員がこうも簡単に負けるだなんて、最近ちょっとたるみ過ぎじゃないかな」
「マリウス、笑っている暇があるなら手を貸しなさい。
全く、コスモディア学園の職員ともあろう者が、まさか一般人に負けるとは思わなかったわ」
そう言って妹の後ろから現れた二人の男女は、気絶している人たちを見ながら呆れていたの。
胸の中で泣き続ける妹を尻目に、私は自分が犯してしまった過ちにやっと気づいた。
無関係な人を一方的に攻撃した事実と、己の身勝手な振る舞いに青ざめていたと思う。