邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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四城戦(下)
悪の組織は笑う


 それは私としても予想外だったと言うか、あの程度の事で怨まれているとは思わなかった。

 スロウスが言うには片腕を失った者のほとんどが生活に困り、金銭的な問題から義手を買う事すら出来ない。

 この世界に於けるそれは一種の魔道具であり、性能はいいのだがそれなりにお金もかかる。

 

 

 要するにある程度の地位にいるものならいざしらず、ただの労働者階級には難しいという事だ。

 それこそ怪我の治療からその後のリハビリも含めて、彼等にかかる精神的な負担も相当なものだろう。

 そしてそう言った行き場のない不満が私へと集まり、これほど分厚いリストが完成したわけである。

 

 

 全く、私に言わせれば完全な逆恨みなのだが、それを主張したところで彼等は納得しないだろう。

 これには私としても頭を抱えたが、今更嘆いてもこの状況は変わらない。

 取りあえずはそう言ったものを一度清算し、その上で今後の対策を練り直す必要がありそうだ。

 

 

 

「なるほど、では片腕を失った者達全員に新しい義手と見舞金、加えて当面の生活費を援助しましょう。

 それでこのリストに載っている者の一部……いや、その半分は消えるでしょうからね。

 後はそこら辺の福祉施設に援助金でも送り、私という人間を上流階級の人間にアピールする」

 

 

 彼等が金銭的な問題を抱えていると言うなら、それを解決する事によって恩を売るとしよう。

 たとえ全ての元凶が私だったとしても、そうする事によって彼等の不満を反らすことは可能だ。

 後は適当な施設に援助金でも送って悪い噂を払拭し、そして私と御姫様の関係をアピールする。

 

 

 御姫様が建てたとかいう孤児院、そこに匿名で援助金を送る事によって周りを勘違いさせる。

 一部の貴族や軍人が調べればわかるように、敢えて私という存在をちらつかせるとしよう。

 表向きは善意の第三者から送られた寄付金、しかしその中身は同じクラスの男子生徒から送られたものだ。

 

 

 私を調べる過程でそういった繋がりを発見し、そして私達の仲を勘違いでもすれば十分だ。

 御姫様は私から送られた寄付金で多くの孤児を救い、私は御姫様という肩書きを利用してその抑止力とする。

 王家との繋がりを知れば大抵の者は諦める筈で、たとえどんな人間であってもそれを無視することは出来ない。

 

 

 

「ハハハ、確かに面白い手だとは思うけどね。

 だけど今の君には人手が足りないというか、それをやるにはラースのカテドラルは小さすぎる。

 たとえその計画を私に頼むとしても時間はかかるし、なによりこの間みたいに無償というわけにはいかない」

 

 

 スロウスの言う通り私の組織はあまりにも小さく、その規模は人魔教団の中でも最弱である。

 彼の性格からしてただの嫌味でもないだろうが、それでもその言葉には思わず苦笑いしてしまう。

 私の計画が進めば教団内のパワーバランス、特にプライドに対する立場は逆転するだろうがね。

 

 

 しかし今のところはスロウスに頼るしかなく、どんな計画を立てようともそれを実行するだけの力がない。

 なんとも情けない話ではあるが、それが私の置かれている現状だ。

 むしろそんな私に付き合ってくれている彼は、それだけ面倒見がいいといえる。

 

 

 

「それに君はまず可愛いプリンセスを救う為に、この……そう、とても可哀想な悪党と戦う必要がある。

 ほら、この男が君のメイドを攫った小悪党だ。

 君の事だからその名前を見て気づいたと思うけど、彼はそのリストに載っている者とはわけが違う。

 これと言ってお金に困っているわけでもないし、周りの評判だってそんなに悪くはない」

 

 

 そう言われて私はリストに載っていた最後の人物、一人だけ身分の違うその男のページで指が止まった。

 そこに書かれていたのは御立派な血筋と経歴、無駄に長い家系図やその性格に思わず感心してね。

 どうしてこれほどの男がシアンを誘拐したのか、個人的にはそちらの方が不思議だったよ。

 

 

 しかし彼に言われるがままその名前を見て、そして聞き覚えのある単語を呟いた瞬間納得した。

 そう言えば彼女の名前もこの男と同じだったと、そう思いながらリストに載っていた顔写真に視線を移す。

 

 

 

「確かに一部の貴族たちからは嫌われているけど、それは彼の打ち出した政策が門閥貴族の反感を買ったからだ。

 貴族にしては珍しく領民よりの考えというか、少なくともあんな事がなければ君のメイドを攫ったりはしなかっただろうね。

 ちなみに君のメイドは彼が最近建てた別荘、そこに幽閉されているようだけど、そこには彼の他に君の顔なじみも住んでいるようだ」

 

 

 顔なじみ……か、まさかスロウスがそんな言い方をするとは思わなかった。

 確かに顔なじみと言えばそうなのかもしれないが、これほど皮肉染みた言い方もないだろう。

 

 

 おそらくは療養の為に建てたのだろうが、辺境にあるそこは私としてもやりやすい。

 周りに民家がないので余計な邪魔が入らないし、なにより街から離れているので応援を呼ぼうにも時間が掛かる。

 

 

 

「貴族に怨みを持っている人間、それを二十人ほど貸していただけませんか。

 あくまで使い捨てる事を前提として、出来ればBランクくらいの冒険者でお願いします」

 

 

「別に構わないけど、一応それなりの見返りはあるんだよね?」

 

 

 取りあえずは彼から最低限の人材を借りて、その上で私は全ての見返りとしてとある契約を結ぼう。

 契約の内容はスロウスに取って魅力的なもの、つまりは私が提示できる最高のもので取引する。

 

 

 

「無論です。さすがにある程度の制限は設けますが、それでもスロウスさんの言う事をなんでも一つだけ聞きましょう。

 これは単なる口約束ではなく、あくまでギアススクロールを用いた契約です。

 ですから今回だけは私のわがままを聞いて、その上でなにも言わずに協力して欲しい」

 

 

 私の不利益にならない範囲で彼の命令を実行する――要するに一回限りの主従関係、これほどの好条件であれば彼も断らないだろう。

 一応ある程度の制限は設けているが、これを失くしては色々と問題があるからね。

 

 

 スロウスは奴隷達を使ってリストに載っている者、そして御姫様が経営している孤児院に金を送る。

 後は使い捨てのコマを二十人ほど用意して、私が散らかすだろうゴミの処理もしてもらう。

 その見返りに私は一回限りの主従関係を結び、私の不利益にならない範囲で彼の命令を聞く。

 

 

 

「ふーん……まあ、私としては大歓迎だけどさ。

 ただ、獣人の子供を救う為にそこまでするなんてね。

 私は君の事をもっと冷たい人間だと思っていたけど、この場合は褒めた方が良いんだろうね。

 だけど本当にこんな事でギアススクロールを使うの?君も知っていると思うけど、一度結んだら契約を果たすまで解除出来ないよ?」

 

 

 

「はい、私にとってはとても大事な事ですからね。

 一応孤児院に対する寄付はスラム街にある最近建てられたもの、おそらくはコスモディア学園の生徒が出入りしている筈です。

 そこに毎月一定の金額を私だとバレないように送り、その裏で私の痕跡をいくつか残してください。

 こんな事を言うのも変ですが、その道の人が調べれば簡単にわかるような形で……まあ、その辺りの采配はお任せします」

 

 

 ふむ、なんともわかりやすい関係だ。

 少しばかり釣り合いが取れていない気もするが、その辺りは私からのサービスという事にしよう。

 彼が私という人間に好感を持ったならそれもよし、たとえこの件で評価が下がったとしても問題はない。

 

 

 

「君の言っている孤児院には心当たりがある――確か……そう、リヤンだったか。

 スラム街の中でも一際大きな建物、孤児院にしては妙に小綺麗だったから覚えているよ。

 大方貴族連中が道楽で建てたと思っていたけど、君の様子を見るからにどうやら違うようだ」

 

 

 そんなのはいくらでも挽回できるし、そもそも私の計画は始まってすらいない。

 私はスロウスの言葉を聞きながらこれからのこと、どうやってその小悪党を成敗するのかを説明してね。

 その上で彼の口から小悪党の屋敷がどこにあるのか、そしてその準備にかかる時間を算出して口を開く。

 

 

「では、準備が出来次第私は行くとします」

 

 

「昨日の今日で人殺しか、とても学生さんが言うような言葉じゃないね。

 だけど……まあ、そんな君も私は嫌いではないけどさ。

 君は王都の端にある森の入口、そこで私の用意した馬車が来るのを待っていてくれ。

 人手の方はすぐに用意できるし、その後のことも気にしなくていい」

 

 

 私の言葉にスロウスはため息を吐いていたが、彼もこうなる事は予想していたのだろう。

 そうでなければこれほど早く準備できるわけがないし、そもそも彼の声はどこか楽しそうだったからね。

 こうして私達は立ち上がって握手を交わすと、そのまま渡されたリストを近くの松明で燃やす。

 

 

 資料室の中で不気味な仮面した男たちが笑い、そして軽快な足音を響かせながらそこを後にする。

 掲げられた松明が私達の気分を高揚させ、美しいステンドグラスがそれに彩を添える。

 アーメン、ハレルヤ、オーバーキル。目的を達成するのに必要なのは御大層な志ではなく、情報通な同僚とポケットからはみ出る程の大金である。

 

 

 

「それじゃあスロウスさん、私は御人形さんが届くのを待っています」

 

 

「ああ、返品されても困るから処分の方は頼んだよ」

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 馬車の車輪が荒っぽい音を立てながら、暗い森の中を突き進んでいく。

 私は同席している目の前の女性、スロウスが用意した御人形さんに視線を移してね。

 青色の瞳と髪の毛をした女性、着ている鎧はそれほどいいものではないが、それでもそこに刻まれた傷がなんとも凛々しかった。

 

 

 スロウスから提供されたBランク冒険者総勢二十名、その全てが数台の馬車に別れて私達の後を追いかける。

 窓から差し込む月明かりが女性の髪を照らし、私はそれを見ながら口を開いてね。

 一応この女性が冒険者たちを統率するリーダーであり、全ての命令は彼女を通して指示する事になっている。

 

 

「君達は屋敷の周りを取り囲んで、そこから逃げ出そうとする者を殺せ。

 他の者は私の方で処分するから、合図を出したら屋敷に火を放ってそのまま待機だ。

 最低限の見張りを配置して、残りの者は屋敷の入口でのんびりしていればいい」

 

 

「畏まりました。我等はラース様の剣となり、必ずやその役目を果たしましょう」

 

 

 今更言うまでもないと思うが、彼女達はギアススクロールでその魂を縛られている。

 本来であればスロウスの言う事しか聞かないのだが、彼からの命令で私とも契約を結ぶ事となった。

 しかしこういったやり方はある種の裏ワザというか、正規のやり方ではない分その効果も弱まるそうでね。

 

 

 スロウスの様に直接契約したわけではないので、ある程度の抵抗は覚悟してほしいと言われた。

 抵抗と言っても一時的なもので、私の命令を理解するのに数分ほど時間がかかるらしい。

 これに関してはどうにもならないので、彼女達を屋敷の中で使うのは難しいだろう。

 

 

 そもそも彼女達の役目は全ての人間を殺した後、つまりは屋敷を燃やした後の予定だ。

 それならば屋敷から逃げようとする者を標的に、私の邪魔にならない範囲で楽しんでもらおう。

 

 

 

「邪魔だと思う者、もしくは予想外の存在と出くわしたら例外なく排除しろ。

 それが女や子供、たとえ赤ん坊であっても例外はない。全てを殺してその首を屋敷へと投げ込め、後のことは全てが終わった後に指示する」

 

 

 そして車輪の音が聞こえなくなったと同時に、私はそこから降りて道なりに突き進む。

 すると月明かりに照らされた大きな建物、石造りの外壁と無駄に大きな入口が見えてね。

 よく見れば二振りの刃が暗闇の中で揺れており、そこには鎧を着た門番が辺りを警戒していた。

 

 

 あれは(パイク)?――だろうか、それは私の身長よりも遥かに大きく、夜中だというのにその装備もかなりのものだ。

 あの身なりからして冒険者ではなさそうだし、おそらくはこの屋敷を警護している私兵だろう。

 そして私の存在に気づいた彼等は素早く武器を構えて、そのまま敵意のこもった視線を向けてくる。

 

 

 なるほど、相手が貴族だからと侮るのは止めようか。

 門番でこれほどの動きが出来るなら、屋敷の中にいるだろう兵隊もかなりのものだ。

 いきなり攻撃してこなかっただけマシだが、それは私の見た目が子供だという事もあるのだろう。

 

 

 

「聞きたいのだが、この屋敷はパウロス=アドルフィーネの屋敷で間違いないかな?」

 

 

 私の言葉に門番の二人は驚いたのか、一瞬だけお互いの顔を見つめ合ってね。

 その瞬間に私は持っていた魔道具からお気に入りの一品、敬愛する上司から頂いたそれを取り出したのさ。

 私の身長よりも大きくて歪な形をした武器、全てが真っ黒なそれは死神を彷彿とさせる。

 

 

 プライドが欲しがっていた禍々しい大鎌、教皇様から与えられたお気に入りであり、これを使うのもかなり久し振りだ。

 私は鈍い光を放つそれを一閃すると、目の前の二人は時間が止まったかのように固まる。

 そして暖かい血飛沫が私の顔を濡らし、切り落とされたそれが虚しく転がった。

 

 

 綺麗な赤色が辺り一帯を染め上げて、強烈な血生臭さが私の鼻を刺激する。

 出来の悪い人形がゆっくりと倒れ、それと同時に足元の液体が辺りに飛び散ってね。

 私は持っていた大鎌――クロノスを死体の心臓に突き刺すと、そのまま目の前の扉をノックしてこう言ったのさ。

 

 

 

「こんにちは、皆さんを殺しに来た正義の味方です」

 

 

 私の声は静かな森に響き渡り、屋敷の中から激しい怒号が聞こえる。

 真夜中だというのに窓ガラスが一斉に灯り、私はそれを見ながら彼等に祈りを捧げた。

……ん?だれに祈りを捧げたかって?そんなの決まっているじゃないか、勿論ケン〇ッキー・フライ〇・チキンにだよ。


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