邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
人間とは好き嫌いが激しい生き物であり、どんな博愛主義者であっても全ての人間を平等に扱う事は出来ない。
自分が可愛がっているペットを傷つけられれば怒るし、大切な人を貶されれば剣だって向けるだろう。
たとえその感情が一時のものであっても、人間の脳はそれをある種の情報として記憶する。
「仮に君の言葉によって私が考えを改めたとしようか、そうすると君は私の手助けでもするつもりかね?
ハハハ……全く、冗談も休み休み言ってくれないか?
君のペットを傷つけた私を助けるなんて、そんな出来もしない事を軽々しく言うべきではないな」
ではそれを踏まえた上で目の前の男はどうだろうか。そう言った感情や記憶を度外視した上で行動する人間、誰よりも正しい行いをしようとする化物である。
私は精神科医ではないので詳しい事はわからないが、それでも目の前の男は異常だと言い切れる。
なぜならよくわからない感情論を振り回し、その上で自ら矛盾した行動を取ろうとしているからだ。
「それがヨハン君の望みだと言うなら、その時は全力でやらせてもらうよ。
こう見えても彼女とは顔見知りだし、あんな真っ直ぐな子がつらい目にあっているなら助けたい」
どこの世界に大切なペットを傷つけられ、更には大切な人を貶されても気にしない人間がいる。
それこそ顔も見たくないと思うのが普通であり、どんな聖人であっても自らその男を助けようとは思わない。
むしろそういった状況を知って嬉しがるのが人間というか、少なくともこんな言葉を口にする者はいないだろう。
気持ちが悪い――それが目の前の男に対する率直な感想であり、私が抱く彼という男のイメージでもあった。
アニメやライトノベルの世界では重宝されるだろうが、現実的に考えてこれほど気持ち悪い人間もいない。
「では聞くが相手が剣を抜いて来た時、話し合いでどうにもならない時はどうするつもりだ。
相手を殺すのかそれともただ逃げ惑うだけか、私やお前のような学生に出来る事など知れている。
それこそ探偵ごっこならぬ冒険者ごっことしか言いようがない。どうしてそこまで首を突っ込みたがるのか、個人的にはそちらの方が知りたいのだがね」
なにかしらの思惑があるというならわかるが、それがないとなればもはや人間ではない。
私の言葉にヒーロー君はその力を緩めてくれたが、それは彼自身がその言葉に反応したからだろう。
どう答えたらいいのか悩んでいるようで、目の前の化物は出かかった言葉を何度も呑み込む。
そう言えばセシルが彼の事をわけありだと言っていたが、その辺りにヒーロー君の本質が眠っているのかもしれない。
どうしてこんなにも歪んでしまったのか、病的なまでに正しくあろうとするその理由だ。
個人的には御姫様との関係について知りたかったが、この化物が喋ってくれるとも思えない。
「とある事件がきっかけで僕の家族、そして故郷だった村はなくなってしまった。
当時の僕は姉さんと一緒に村を離れていたから助かったけど、両親はその事件に巻き込まれてしまってね。
それから僕達は一緒に暮らしていたけど、ある日を境にその姉さんも帰って来ないようになった」
そうしてやっと口を開いたかと思えば、彼は曖昧な表現と意味深な言葉を連発する。
その漠然とした内容に思わず苦笑いしたが、もしかしたらこれ以上詳しい事は言えないのかもしれない。
全く、その事件とやらさえわかれば調べる事も出来るが、この様子だとそれを聞いても濁されるだけだろう。
「姉さんはその事件をずっと調べていて、その過程でとある重大な事に気づいたんだ。
それは僕達なんかが面白半分で首を突っ込んでいいような――そんなレベルではなくて、だから姉さんは僕を守る為に姿を消した。
一応姉さんの友達から事情は教えてもらったけど、本当に突然の事だったから反応に困ってさ。
ただ、その時その冒険者さんが僕にこう言ったんだ」
その事件が彼の価値観を狂わせたのは間違いなく、自分達だけが助かったという罪悪感がこの化物を生み出した。
おそらくは両親の死を切っ掛けに少しずつ歪み、そして突然いなくなった姉が最後の決め手となった。
なるほど、頼るべき人間や拠り所とすべきものが消えてしまい、当時の彼はそれをその冒険者に求めたのである。
「胸を張って受け入れろ、そして誰よりも真っ直ぐ生きるんだ」
全く、君は本当に気持ちが悪い男だ。それこそよく知らない冒険者の言葉を真に受けて、そんなどうでもいい慰めを糧に強くなろうとした。
ある種の強迫観念にかられながら生き、気がつけば最低限の人間性すらも手放した。
正しくあろうとするばかりに感情論を優先させ、そのせいで自分が矛盾している事にも気づかない。
「代表戦に於いて、確かに君は僕の大切にしているものをいっぱい傷つけた。
だけど僕の処分を撤回させる為に頑張ってくれたし、ターニャにだって王族としての道を示してくれた。
だからヨハン君のそう言った部分を信じたいというか、僕は他の人達が思っているほど君の事を悪くは思っていない。
確かに色々とズレている部分はあるかもしれないけど、そんなのはこれから変えていけばいいんだ」
やはり彼の言っている事は異常だ。全ての原因は私にあるというのに、それを度外視するなんて普通ではない。
そもそも私のそう言った部分を信じたい……なんて、中々面白い事をいうお猿さんじゃないか。
信じるもなにも私は化物に興味などないし、君が目の前で殺されたとしても笑って見送るだろうね。
「だから僕は君が変わると信じているし、今だって間違った行動を取ろうしている君に怒っている。
君はどうして僕がこの件に首を突っ込むのか、それを不思議がっていたけどそんなのは簡単だ。
僕自身がシアンちゃんを助けたいから……それこそお金だとか効率の問題じゃなくて、ただ単に助けたいから助けるんだ。
君の言うように足手まといになるかもしれないけど、それでもなにもしないよりはマシだからね」
自分自身の異常性は棚に上げて、その上で私が間違っていると言わんばかりの態度……これにはさすがの私も呆れてしまった。
彼や彼の周りにいる人間は気づいていないのだろうか、それとも気づいているからこそ逆に利用しているのか。
ただ単に正しくありたいという理由で行動する化物、そこに個人的な感情や目的は存在しない。
いや、存在するかも知れないがそれはあくまでもオマケだ。
彼の行動はある種の強迫観念から始まっており、そういったものはただの理由づけに過ぎない。
まさかこれほどまでに重傷だったとは、もはや可哀想というより哀れでしかない。
「そうか、そこまで言うなら私も考え方を変えよう」
だからこそ彼の一人芝居というか、その奇声が私の神経を逆撫でしたのも当然である。
私は掴んでいた彼の手首をひねると足を払い、そのまま地面へとたたきつけて襟首を掴む。
小さなうめき声と共に私達の立場は逆転し、私は彼を見下ろしながら教えてあげたのさ。
「なるほど、確かに君は可哀想な人間だろう。
幼くして両親と故郷を失い、更には唯一の身内である姉も消えてしまった。
頼るべき人間や帰る場所がなくなった時、君がその冒険者とやらの言葉にすがりついたのもわかる。
そしてその言葉がある種の支えとなって大きくなり、遂には君という人間を作りだしたのだろう」
彼の人間性について率直な意見を述べると共に、その考えがどれだけ歪んでいるかを説明した。
私に言わせれば過去のトラウマから己の行動を正当化し、更には個人的な感情を他者に押し付ける時点で普通ではない。
無自覚な悪意ほど質の悪いものはないというが、どうやらそれ以上のものを見つけてしまったようだ。
「だがな……だが、その程度の不幸話などいくらでもある。
それこそこのスラム街に住んでいる人間、あそこでゴミを漁っているガキ共の方がよっぽど壮絶だ。
貴様のやっている事はただの御節介であり、褒められるような事でも……ましてや正しい行いなんてものとは程遠い。
自分が気に入らないものには口を出し、相手が止まらなければ実力行使に訴えかける」
人間の形をしたなにかが口を開き、そしてよくわからない言葉を発している。
個人的にはさっさと終わらせたかったが、このまま犯罪者予備軍を放置するわけにもいかない。
「いいから聞けよ小僧、私は別に怒っているわけではない。
むしろそう言ったものとは真逆の感情、要するに貴様を見ながら楽しんでいるだけだ。
真っ直ぐ生きようとするあまりに道を踏み外し、そして間違った方向へと歩き続ける貴様は見応えがある」
空虚な瞳に逃げ惑う視線、私の腕を掴むその手も震えていたように思う。……全く、化物の分際で動揺しているのか、そんな彼を見ながら私はため息を吐いてね。
彼の反応を伺う為に少しだけ間隔をおいて、その上で頃合いを見計らって譲歩する。
これ以上の会話は時間の無駄でしかなく、この後のことは御姫様辺りに任せるとしよう。
「しかし喜べ、私は今日学園にはいかない事にしたからな。
貴様の説得に感化されたと思うもよし、ただ単に別の用事を思い出したと考えても構わない。
少なくとも君の目的は達成されたので、この後は楽しい学園生活を送ってくれたまえ」
私の言葉に彼は一瞬だけ口を動かしたが、結局はなにも言わずに黙り込んでしまった。
おそらくは今までの人生で初めての経験というか、目の前の男はその異常性を指摘されたことがなかったのだろう。
だからこそその動揺は想像以上に大きく、それはどんな魔法よりも彼にダメージを与えた。
ふむ、それに今頃学園では私達の事が噂になっているだろうし、そんな中で戻ったとしても余計な面倒事が増えるだけだ。
それならば全ての説明は彼に任せて、その上で私は彼の敷いたレールに便乗するとしよう。
この様子だと私に干渉してくることもないだろうが、もしもの時は今と同じように古傷を抉ればいい。
私は地面に倒れたまま動かない彼を尻目に、そのまま踵を返すと来た道を戻っていく、後のことはこの化物にやってもらおうか。
おそらくは話を聞いた御姫様辺りが騒ぐだろうし、それならば私が説明するよりも彼にやらせた方がいい。
私は一足早く本社へ向かうとして、生徒会長様や御姫様への報告と対応は彼に任せよう。
「あっ……そうそう、君は私の事が嫌いだと言っていたが、私は少しだけ君の事を好きになったと思う。
今日は私の分まで美味しいご飯を食べて、その後は御姫様にここで会った事を説明するといい」
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
※※※※※※※※※※
「おや、これは私としたことが少し遅れてしまったかな?」
その声は黒い夜に関する資料を漁っていた私の、その疲れ切った頭を覚醒させるには十分だった。
あの後ヒーロー君と別れた私は一度屋敷へと戻り、そして昨日と同じように資料室の中で調べものをしていた。
ただ、黒い夜に関する資料が想像していたよりも多かったせいで、私の周りには大量の本が山積みになっていた。
「いえいえ、少し調べものをしていただけですよ」
「ふーん……まあ、君がやろうとしている事に口出しするつもりはないよ。
一応君のところにいた獣人のメイドとそれを攫った相手、可愛いプリンセスと間抜けな悪党は見つけたしね。
個人的にはいい退屈しのぎになったし、たまには人助けをするのもいいかもしれない」
そう言ってスロウスは持っていたそれを渡すと、そのまま私の正面にあるソファーに座る。
私はその数十枚から成るリストに目を通しながら、そこに記載されている人物と経歴に目を通してね
職業、年齢、経歴、そして家族構成。あらゆる情報が詰め込まれたそれはある種の武器であり、数多くの奴隷を従える彼にしか作れないだろう。
しかしこの量にはさすがの私も驚いたと言うか、リストに載っている人間には共通点がほとんどなくてね。
中にはスラム街で生活している者までいるし、このリストがどういったものなのかがわからない。
私は一通り目を通した上で顔をあげると、そのままスロウスにこれがどういったものなのかを訪ねた。
「これは君の事を怨んでいる者やその家族、つまりはそのメイドを探す過程で浮上した人間だ。
君は知らなかったかもしれないけど、これだけ多くの人間が君の事を怨んでいる。
職業や年齢、その家族構成だってバラバラだけど、このリストに載っている者の大半にはある共通点があってね。
その身内のほとんどが君の通っている学校、コスモディア学園の入学テストとやらを受けている。
まあ、ここまで言えば後はわかると思うが……要するに可愛い娘や息子を傷ものにされた親、又はその身内がほとんどという事だ」