邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
どうしてこんなことになったのだろうか、あの時のことを思い出すたび私は後悔していた。
この国の建国から続く名門貴族、王家の血筋も入っている名家に私たち姉妹は生まれたの。
超がつくほどの親バカだった両親に愛されながら、可愛い妹と過ごす毎日はとても恵まれていたと思う。
貴族としての
むしろこの家に生まれたことが私の誇りだったし、将来は父上のような立派な貴族になるのが夢でさ。
ちょっと抜けている父上としっかり者の母上、家族想いで意地っ張りな妹との毎日が私の幸せだったの。
あの幸せな日々を思い出すたび悲しくなるけど、今となってはそんな感情にも慣れっこだ。
私の宝物がバラバラになってしまった一年前、白い雪が睡眠薬のように降り注いだ冬のこと。
父上が治めていた領地が炎に包まれ、一夜にして焼失したことを境に私達の日常は一変した。
震える妹を抱きながら眠った夜のこと、あのとき聞いた叫び声を私は一生忘れないと思う。
真夜中だというのに外は昼間のように明るく、大人たちが武器を片手にせわしなく動いている。
一晩中聞こえた叫び声と大人たちの怒号は、まるで出来の悪い群像劇を見ているようだった。
当時、手持ちの兵力ではどうしようもないと判断した父上は、急いで王都へと使者を送り軍の派遣を求めてね。
貴族領の大火を鎮めるために軍を動かすとも思えなかったけど、そんな予想に反して国王様は派兵を即決したらしい。
王都から帰ってきた使者に喜ぶ父上であったが、今思えばそのときから少しおかしかったのよ。
こんなことはあまり言いたくないけど、現国王ネウロ=フランツベルグは優柔不断にしてちょっと頼りない御方だった。
国の政策は彼の側近である宰相様が担い、軍事に関しても将軍達に丸投げしているような御人だ。
そんな彼が即決した時点で疑うべきだったけど、今更後悔したところであの幸せは戻ってこない。
国王様からの返事に父上は喜んでいたが、私は国王様のことが正直好きではなかった。
国を治める立場でありながらその方針は人任せなんて、こんないい加減な人もそうそういないからね。
初めは宰相様が世間体を気にして動かれたのだろうと、国王様ではなく宰相様に対して感謝していたもの。
以前、宰相様と御会いする機会があったのだけど、御飾りの国王様とは違ってとても聡明な印象を受けた。
だから、国王様が即決したと聞いてちょっとだけ見直したの。
救援に来たはずの軍隊が――――――私たちの屋敷に乗り込んでくるまではね。
「違う、なにかの間違いです!……そんな、父上がそんなことするはずありません!」
領土内の大火が沈静化したと同時に現れた彼らは、罪状をでっちあげてそのまま父上を拘束したの。
私たちの主張は受け入れてもらえず、父上は事情聴取の名の下に王都へと連れて行かれた。
私は彼らの後を追いかけようとしたけど、母上に説得されて未だ復興途上にある領地を押しつけられてね。
そして母上が一族の代表として王都へと、父上の無実を証明するために向かう事となったの。
私は焼け野原となった領地を見ながら、言われた通り犠牲者の弔いと領地の復興に尽力したわ。
全ては父上と母上が帰ってきたときのために、少しでも力になりたくて一生懸命頑張った。
だけど、それも王都から届いた一報によって全てを失ったの。
王都からやってきた使者は仰々しい口調で、私達に王家の刻印が打たれたそれを手渡した。
罪状――――――領地二於ケル領民ノ虐殺及ビ第一級指定禁術ノ使用。
以下ノ者ヲ、絞首刑二処スル。
ルイス=クロード。
アデーレ=クロード。
以下ノ者ハ、国外ニ追放スルコトトス。
セレスト=クロード。
セシル=クロード。
尚、上記ノ者ガ保有スル財産及ビ領地ニ関シテハソノ全テヲ没収スル。
認めるわけにはいかなかった。
私たちは何もしていないのに、こんな理不尽を許すわけにはいかなかった。
私は父上と交流のあったとあるギルドマスターに妹を託して、そのまま王都へと不眠不休で馬を走らせたわ。
書状には具体的な日にちが書かれていなかったから、私は一日でも早く辿り着かなければならなかった。
間に合わないのは嫌だった。こんな形で幸せが奪われるなんて、そんなのは絶対に嫌だったの。
「そんな……なんで、どうしてそんなにも早いのですか!
あの大火はつい先日のことではありませんか、それを碌に調べもせず処刑するだなんて――――――それに、どうして無関係の母上まで処刑するのです!」
結論から言うと私は間に合った。私達の家は元々王宮に出入りしていたこともあって、面識のあった宰相様に取り次いでもらえたのが幸いしてね。
だけど国王様への謁見は認められず、そして両親の処刑が
「セレストさん、御気持ちはわかりますが落ち着いてください。
情けない話ですが、国王様の決定に我々とて困惑しているのです。
今回の件は全て国王様の一存によって決められましたが、主な側近たちはその裁定に納得しておりません。
私も含めて大勢の者が説得にあたっていますが、国王様が頑なに拒絶しているのです」
私がどれだけ訴えかけても所詮は一介の貴族であり、一度下された決定を覆すほどの力は持っていない。
頬を伝う涙は無力な自分に対する怒りであり、もはや立つことすらままならなかった。
人目もはばからず泣き崩れた私に、宰相様はその温かい手を差し伸べてくれたの。
この国の政体は絶対君主制であり、どんなに理不尽な命令でも従わなければならない。
宰相様はとても悲しそうな顔で私を支えると、そのまま王宮の一室で介抱してくれたわ。
惨めだった。一方的に奪われるだけで抗うこともできずに、ただ泣くことしかできない己に腹がたっていたの。
「御願いです宰相様、刑が執行される前に両親と話させてください」
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「セレストか……参ったな。父さんはここ数日風呂に入ってなくて、こんな事なら身だしなみを整えればよかった」
宰相様の取り計らいによって、父上の処刑前に少しだけ時間が与えられたの。
こんなときでも変わらないマイペースな父上を前に、私は溢れ出る涙を誤魔化すので必死だった。
父上が拘束されてから実に三ヶ月振りの再会、私の憧れていた人は冷たい鉄格子の中で笑ってた。
「ほらほら、そんな顔してたら美人が台無しだ」
独房の中にいた父上は少しだけ痩せていたけど、その中身は三ヶ月前となにも変わっていない。
もうすぐ殺されてしまうというのにどこか抜けていて、私を
聞きたいことや相談したいことがたくさんあったけど、楽しそうに話す父上を見ていたらなにも言えなかった。
少しでも口を開いたら涙がこぼれてきそうだったから、私は相槌を打つことしかできなかったの。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに、なんでこんなにも離れているんだろう。
微笑む父上を見ているのがなんだか辛くて、いつの間にか目をそらしている自分がいた。
母上のことや私たちのこれからについて、聞かなければいけないことがたくさんあったのにね。
それなのに私は家族の思い出話を持ち出して、過酷な現実と向き合おうとはしなかった。
最後の最後まで父上に優しさに甘えて、本当にどうしようもないくらい子供だった。
「我が国最大のギルド、
セレストはレッドフェザーのAランク冒険者、それに私とフェルディナント=ハンスは古くからの付き合いだ。
この王都を離れたら彼のもとを訪ねるといい、ハンスならば良い知恵を貸してくれる」
「わかりました。レッドフェザーの本部には妹もいますし、父上がそうおっしゃるのであれば相談してみます。
ただ、私も今年で成人ですから――――――」
どれだけ逃げても時計の針は動き続けて、私のささやかな願いすら聞き届けてはくれない。
宰相様から与えられた時間はあまりにも短く、世界は憎たらしいほど今まで通りだったの。
父上との別れを受け入れることさえ許されず、私は憲兵隊によって独房から連れ出されてね。
「クロード家の名に恥じぬ行いを、私はいつだってお前たちを見守っている」
それが私の中にある父上との最後の思い出、さすがに刑の執行には立ち会えなかった。
後に憲兵隊の人から父上の遺言と双剣を渡されたけど、どうにも実感が湧かなくてさ。
だって、本当にあっという間の出来事だったから――――――でも、我が家の紋章が刻まれた双剣を受け取った瞬間、私は言いようのない寂しさに襲われたの。
クロード家の当主にのみ帯刀を許された双剣が、私に過酷な現実をつきつけてくるのよ。
失われてしまったあの陽だまりのような空間、私の宝物がバラバラになってしまった現実……泣かないと決めていた筈なのに、どうしてこんなにも溢れてきちゃうのかな。
「そっか、私ってこんなにも幸せだったんだ」
父上の遺言には色々なことが書かれていた。
この事件を詮索するなという文言から始まり、今後の生活や書類上の手続きに関して――――――そのほとんどが助言や注意事項だったけど、私はそんなものよりも遺言の最後が気になった。
まるで書き殴ったかのような荒い文字に、その文脈も他とは違っていたからだと思う。
国王様を怨んではいけない。……配慮せよ、人魔教団にはかかわるな。
※※※※※※※※※※
「どうぞ、ギルドマスターがお待ちです」
それから私は身の回りの整理をするためにも、一旦屋敷へと戻り領地に関する手続きを行ったの。
結局妹を迎えに行ったのは太陽の日差しが眩しい季節、あの大火から半年ほどたった夏の炎天下だった。
レッドフェザーの本部へと出向いた私は、すぐにギルドマスターのいる部屋へと通されてね。
久し振りにあったハンスさんは相変わらず気さくで、貴族としての地位を失った私にも真摯に対応してくれた。
私はこれまでの経緯を簡単に説明すると、そのままこの国を出て行くつもりだと伝えたの。
「私はレムシャイトに行こうと思っています。
レムシャイトは治安も良いと聞きますし、なによりあの国には獣人がいないそうですから」
この国の隣国にして人間の王が治める土地、私たち獣人とは国交すら結んでいない国だった。
私の考えにハンスさんは反対していたけど、その理由を話したら渋々納得してくれてね。
元々国外退去を命じられていたのもあるけど、今回の一件を聞いた国民が騒ぎ始めていたの
数万にも及ぶ領民を虐殺した呪われし一族。
大禁術を完成させるために陵辱の限りを尽くした
こんな根も葉もない噂が広まったせいで、私たち姉妹が暮らせる地域は限られてしまった。
私はともかくとして妹を守るためにも、できるだけ噂の広まっていない国に行きたかった。
誰かの手によって意図的に流された悪評、そんな十字架を妹にまで背負わせたくはない。
だからこそこの国とは国交を結んでいない地域、比較的治安の良いと聞くレムシャイトを選んだの。
「あの、ハンスさんは人魔教団という組織を御存じですか?」
「なっ、どこでその言葉を! ルイスの野郎が嬢ちゃんに教えたのか!?」
ふと、私はあの遺言にあった言葉を思い出して、この国最大のギルドを管理するハンスさんに聞いてみた。
父上の身になにが起こったのか、それを知る手掛かりになるならどんなことでも良かったの。
「いいか嬢ちゃん、このことは一部の人間しかしらない
嬢ちゃんがそこら辺の奴よりも強いのは知ってるが、これはそういったレベルの話じゃねぇ」
ハンスさんが言うには人魔教団とは闇ギルドの類いであり、その力はレッドフェザーを遥かに凌ぐそうだ。
時の権力者たちを勧誘したり国家の中枢に潜り込んだり、数ある闇ギルドの中でも突出した存在らしい。
「奴らに関する案件はSSSランク、どこのギルドにも公式には存在しないネームドだ。
これはAランクの嬢ちゃんには少し荷が重い。
必ずおじちゃんたちが仇を取ってやるから、嬢ちゃんはこの一件から手を退いてほしい。
大人気ないのはわかってるが、嬢ちゃんになにかあったら天国のルイスに顔向けできねぇんだ」
それは頼み事と言うよりも懇願に近くて、私はそんなハンスさんの厚意を無下にはできなかった。
このことを人が聞いたらなんと言うか、もしかしたら臆病者と罵られるかもしれない。
だけど今の私には守るべき家族がいて、私の個人的なわがままに妹を巻き込むわけにはいかない。
「レムシャイトにはレッドフェザーの支部もなければ、国内に住んでいる獣人も数える程度だろう。
確かに嬢ちゃんたちのことを知る者は少ないだろうが、それはつまり頼るべき仲間もいないってことだ」
ハンスさんがレムシャイトへ行くのに反対した理由を、私はこのときになってようやく理解した。
いくらこの国最大のギルドであっても、国交のない国にギルド支部を建てることはできない。
要するに困ったときに助けようにも、ギルドが大きすぎるために対応が遅れてしまうのだ。
ギルドにはギルド同士の繋がりがあるものだけど、おそらくレムシャイトのギルドとレッドフェザーは不仲なのだろう。
ハンスさんはレムシャイトに住んでいたという冒険者を呼んでくれて、私に最低限の知識とある程度の情報を与えてくれてね。
他にも、ギルドを旅立つ前日に餞別として十分すぎるほどの金銭まで頂けて、豪快に笑うハンスさんを尻目に私は申し訳なさでいっぱいだった。