邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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正義の味方と楽しい交渉

 おそらく魔術師協会の中でも彼女は異端というか、彼女の両親が引き起こした黒い夜とかいう事件、そして彼女自身の特異体質がその原因だろう。

 そうでなければこれほどの魔道具を発明した彼女を冷遇し、更にはこんな結界を張ったりはしない。

 それに彼女の言葉からはある種のコンプレックスを感じるというか、この手のタイプはサラリーマン時代に何度も見てきた。

 

 

 上司や取引先に睨まれて窓際に追いやられた人間、どんなに有能であっても活躍できなければただの置物だ。

 そしてそんな彼女を私は唆しているわけだが、たとえ断ったとしてもこの試合を見ている協会の人間はどう感じるか……ふむ、それこそが私の狙いであり交渉する時のコツである。

 

 

 なぜなら王党派の人間にこんな提案を持ち掛けられた時点で、たとえ断ったとしても彼女は協会から批難される。

 おそらく彼女を嫌っている人間がよくわからない形式を踏んで、その上で目の前の幼女に首輪を付けるだろう。

 そうなれば彼女の立場はより一層悪くなり、どんなに頑張っても魔術師協会(ラッペンランタ)にいる限り状況は変わらない。

 

 

 一応私は彼女の事を評価しているつもりだ。私をここまで追い詰めたのは彼女が初めてであり、あの魔道具にしてもかなりのものである。

 私の言葉に対する彼女の返答は痛烈なものだったが、それにしたって当然の反応と言わざるを得ない。

 彼女の背後を埋め尽くす魔法陣と放たれる光、それは魔弾と呼ばれる圧縮された魔力の塊。

 

 

 

「君ほどの人間ならわかっていると思うが、このままラッペンランタにとどまっても未来はない。

 これほどの魔道具を作った君を冷遇し、更にはこんな鳥かごを用意した時点で明白だろう。

 おそらくは君の魔道具が暴走する事を彼等は望み、そして自分達にはその被害が及ばないよう結界を張ったのだ」

 

 

 仮に彼女の魔道具が暴走したとしても死ぬのは私達であり、魔術師協会はそれすらも踏まえた上でセフィロスの使用を許可した。

 最悪の場合全ての罪を彼女にきせればいいし、それでも駄目なら真っ白な紙に綺麗な言葉でも綴ればいい。

 彼女が勝てば優勝争いから脱落せずにすみ、魔道具が暴走すれば邪魔な小娘を排除できる。

 

 

 協会の人間はあの魔道具を見てこう考えた筈だ。セフィロスさえ暴走しなければ残りの試合に全て勝ち、その上でもう一度奉天学院と優勝争いが出来る。

 どうして最初の試合で使わなかったのかはわからないが、大方準備が間に合わず一部の人間がそれに反発したのだろう。

 もしも国王様がその暴走に巻き込まれでもしたら、それこそ魔術師協会だって言い逃れは出来ない。

 

 

 しかしこの結界が用意出来た時点でそれを考慮する必要がなくなり、もはやセフィロスの使用を止める必要がなくなったのである。

 彼女と戦っている私だからこそわかるが、あの魔道具は明らかに学生の領分を超えている。

 私でさえもこれほど苦戦しているのだから、おそらくセシルや御姫様では相手にならないだろう。

 

 

 それこそ私にあの力を使わせた時点で異常というか、彼女の性格はともかくとしてその頭脳は貴重である。

 仮にあの魔道具が量産出来たらどうなるか――――――ふむ、私の計画は大幅に進展するだろう。

 組織(カテドラル)を大きくするために必要なのは人材と物資、人材に関しては問題ないが物資に関しては当てがなかった。

 

 

 しかし目の前の幼女を仲間に引き入れ、その上であのセフィロスを量産すればその問題も解決である。

 どんな間抜けもあれさえ使えばある程度のお使いは出来るし、なにより彼女という人間は今の内に囲っておくべきだ。

 なぜならヒーロー君とは違って敵に回られると厄介というか、彼女の頭脳をこのまま腐らせるのはあまりにも惜しい。

 

 

 

「御主の言いたい事はわかる。……ああ、わっちとてそれくらいわかっておるさ。

 しかし御主にわっちが望むだけの設備や資金、それにこの国の一角を担う協会と対立するだけの力があるとも思えぬ。

 わっちの望みは家名の復興と名誉の回復、黒い夜などという不名誉な事件を清算する事じゃ。

 そうでなければ犠牲となった数万の領民たち、そしてわっち等一族を信じていた国王様に顔向けできぬ」

 

 

 彼女の言葉はおおむね予想通りだったが、私に言わせればそんなのはただの自己満足である。

 こう言った人間の多くはある種の感情を抱いており、機会さえあればいくらでも唆す事が出来る。

 彼女の言い分をわかりやすく説明すると、私には協会と対立するだけの力や資金があるようにはみえない。そして、彼女の望みである家名の復興や名誉の回復、つまりは黒い夜とかいう事件の真相を調べるのに私では力不足だ――――――と、つまりはこういう事である。

 

 

 しかし裏を返せばその条件さえ満たせば可能性はあり、現状に不満を抱いているからこそ彼女は言ったのだ。

 魔術師協会にいても彼女の目的は果たせないだろうが、それでも全く望みがないというわけでもない。

 

 

 今の私は少しばかり強いただの平民であり、彼女の目的を叶えるのに必要なのは権力と金だからね。

 ここにいたのが私ではなく御姫様であったなら、おそらくは彼女の答えも違っていただろう。

 しかし私だってなんの勝算もなくあんな提案をしたわけでもないし、ある程度の折り合いというかその算段はついていた。

 

 

 原罪司教である私はそこら辺の貴族よりも力があり、人魔教団は魔術師協会よりも遥かに優れている。

 彼女の要望くらいならいくらでも応えることが出来るし、なによりその結果次第では教皇様に掛け合ってもいい。

 ただ、こんなところで私の素性を教えるわけにもいかないので、ここは王家の威光とやらでも借りて説得するしかないだろう。

 

 

 私が右手嵌めている指輪は一種の魔道具であり、この中には様々な武器が収納されている。

 そしてこの中にある武器のほとんどが会社から支給されたもの、私の敬愛する上司が用意してくれたものでね。

 そのほとんどが一級品の剣や刀といったものであり、中には少しばかり面白いものも混じっている。

 

 

「まだわっちは負けておらんし、なによりセフィロスの翼を切り落としたくらいで勝った気になるな。

 わっちは勝たねばならん。勝って……そして国王様に謁見を果たして全てを伝えるのじゃ。

 もう一度あの事件を調べ直してほしいと――――――じゃからコスモディア学園の大将、御主にわっち等一族の悲願は邪魔させぬぞ!」

 

 

 その言葉と共に足元に小さな魔法陣が現れ、彼女はそこから飛び出した光に包まれる。

 私は右手に持っていた刀を指輪に収納し、その上でとある剣を出したところでそれに気づいた。

 その光が魔力の塊でありそれを右胸の宝石が吸収していること、そして切り落とした筈の翼が修復されている事にね。

 

 

 まさかこんな事まで出来るとは、翼の修復に時間はかかっているものの驚きである。

 おそらくは魔力を与える事で壊れた部分を修復し、更には失ったパーツすらも復元しているのだ。

 これにはさすがの私も苦笑いというか、ますます彼女という人間が欲しくなったのは言うまでもない。

 

 

 翼を直そうと少しでも時間を稼ごうとする彼女、降り注ぐ魔弾はとても鬱陶しかったけどね。

 私が飛んでくるそれを弾いて距離を詰めれば、彼女は魔術壁を展開してそれを防ごうとする。

 その一生懸命な姿は少し気の毒だったが、このまま放置してそれを修復されても困るからね。

 

 

 私の能力は一日にそう何度も使えるものではないし、なにより体への負担がとても大きいのが特徴だ。

 ある程度の時間さえおけば問題ないが、それを無視するとそれなりのペナルティが発生する。

 だからこそここは立体的な攻撃で彼女を牽制し、その上でもう少し具体的な御話をしよう。

 

 

 展開される魔術壁を避けながら魔弾を切り裂き、そのまま私は目の前にいる幼女との距離を詰めた。

 彼女が魔術師としても優れているのはわかるが、この場合は相手が悪いとしか言いようがない。

 セフィロスさえなければ所詮は学生であり、魔法が使えない私だからこそ飛び回る彼女に手間取ったのである。

 

 

 しかしこうして地上に降り立った今、彼女の攻撃はそれほど脅威でもなかった。

 この手の戦いはあの闘技場で嫌という程行ったし、なによりあの時は文字通り命がけだったからね。

 こんなお遊びで後れを取るようでは原罪司教などと、そんな風に呼ばれて多くの人間に恐れられてはいない。

 

 

 

「申し訳ないが翼を失った時点で君の負け、この程度の攻撃では時間稼ぎにもならんよ」

 

 

「なっ……!?」

 

 

 翼の修復が終わる寸前、私はその一瞬の隙を衝いてその障害物を突破した。

 魔弾を切り裂き魔術壁を掻い潜りながら肉薄し、そしてもう一度翼を切り落としてその肩を貫く。

 彼女の右肩に剣を突き立てたまま走り、私はリングを包む結界の端まで一気に駆けた。

 

 

 そして彼女の肩を貫いたまま剣を結界に突き刺し、聞こえてきた悲鳴と共にゆっくりと顔を上げてね。

 深々と突き刺さった剣は彼女にはどうすることもできず、この距離では魔法を使う事すら出来ないだろう。

 もはや誰のものかもわからない血を拭いながら、私は結界に縫いつけられた彼女に微笑んだよ。

 

 

 

「さて、これでゆっくりとお話が出来る」

 

 

 真っ赤な液体が刀身を伝って流れ落ち、目の前の幼女は必死にその痛みと戦っていた。

 剣を引き抜こうと暴れる姿は酷く滑稽で、代表戦で戦ったヒーロー君の召喚獣(ペット)を彷彿とさせる。

 その細い腕ではどう足掻いたって無理だろうが、それでも私は彼女が諦めるまでそれを眺めていた。

 

 

 磔というには些か御粗末な代物だが、生憎とローマ産の釘は持ち合わせていないからね。

 それに彼女を磔にすることが私の目的ではなく、これはちょっとした自己紹介も兼ねた交渉なのである。

 だからこそ私は未だ諦めていない彼女の首を掴み、そのまま耳元へと口を寄せてどす黒い言葉を吐いた。

 

 

 

「確かに私一人では協会に太刀打ちなど出来ぬが、こう見えても御姫様とは親しい間柄でね。

 彼女に戦い方を教えたのも私だし、なによりその御礼としてこの剣を戴いた。

 君がなにを心配しているかは知らないが、私に言わせれば今の君は死人と同じだ」

 

 

 私の言葉に彼女はもう一度左手を伸ばすと、その刀身に刻まれている紋章にやっと気づいてね。

 赤く染まったそれは御姫様の大剣と違って小さくなんの装飾もなかったが、それでもその部分に触れて彼女の表情が変わった。

 それはある種の希望というか願望に近かったと思う。少し考えれば私の発言と行動が伴っていない事、それに気づけそうなものだが今の彼女には難しいだろう。

 

 

 この戦いで彼女は大量の魔力を消費し、尚且つこれほどの血を一度に失った。

 その顔色は御世辞にも良いものとはいえず、そんな彼女に冷静な判断を求める方が酷である。

 私は一端距離を取ると少しだけ時間を与え、彼女がどんな風に謳うのか無言で見つめてね。

 

 

 

「もし……も、もしもわっちが断ったらどうなる?全てを知った上でそれでもわっちが拒絶したら、その時はわっちを殺すのかえ?」

 

 

「殺す?これはまた、さすがの私もそこまでするつもりはないさ。

 ただ君の頭脳とその魔道具は脅威だ……だから君の体からセフィロスを引きはがして、その上でもう少しこの試合を続けようと思う」

 

 

 私はそう言って彼女の肩に突き刺さっているそれ、王家の紋章が刻まれた剣を一気に引き抜いた。

 飛び散る鮮血と苦痛の歪む表情、悲鳴をあげなかったのは彼女なりの抵抗だろう。

 そして真っ赤に染まったそれを何度か振るい、私は跪く彼女へとその悪意を向けたのである。

 

 

 ここで私の提案を断ればどうなるか、それくらいの事は彼女だってわかっている筈だ。

 しかし右肩を抑えながら見上げる姿はどこか儚く、そしてその答えを躊躇(ためら)っているようにも見えた。

 目の前の男を本当に信じていいのか、あまりにも出来過ぎてはいないか……なんて、おそらくはそんなところだろう。

 

 

 

「さて、そろそろ返答を聞かせてもらおうか。

 君が降参してくれるなら私が全てを保証しよう。君の生活から研究に必要な材料や設備、そして君の邪魔をする全ての人間から守ってやる。

 私はそれを君に強制しないし、なにより魔術師協会の老害どもと違って評価もしよう」

 

 

 差し出された手はどんなものよりも冷たく、それでいてとても魅力的だっただろう。

 この機会を逃せば彼女を待っているものは絶望であり、怪しいとわかっていてもすがるしかない。

 ここでその言葉を宣言すれば明らかな裏切り、もはや魔術師協会(ラッペランタ)に戻る事は出来ないからね

 

 

「わ……わっちは――――――」

 

 

 そして四城戦第二試合、ラッペンランタ魔導学園との大将戦はこうして終わったのである。

 私は有能な人間と面白そうな玩具を手に入れ、目の前の幼女はそれを宣言したと同時に気を失った。

 家名の復興と事件の真相を探る小娘メディア=ブラヴァツキー、君がこれから先どんな風に踊ってくれるのか楽しみである。


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