邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者を取り巻く環境

 ビザンティン建築。日本ではビザンツ様式とも呼ばれる中世ヨーロッパの建築方式、その独特な造りと多種多様な壁画は黄金時代を彷彿とさせる。

 歩く度に軽快な音を奏でる石畳、左右に掲げられた松明が幻想的な世界を作りだす。

 これだけ大きな建物にも関わらずその中は殺伐としており、静かな空間に響く足音がどこか薄気味悪かった。

 

 

 人魔教団。この世界に於いて知る人ぞ知る複合企業(コングロマリット)、この建物は人魔教団の中でも一部の権力者しか知らない。

 とあるダンジョンの最下層に作られているらしいが、未だかつてここまで侵入した冒険者はいないそうだ。

 無数の魔物と数多くのトラップが人の侵入を拒み、私達でさえも転移物を使用してここへと来る。

 

 

 転移物とはその名の通り一定の場所へと転移する事が出来る魔道具、私のそれは王都郊外にある小さな森が入り口である。

 森の中にある一際大きな樹木に支給された転移物をかざし、そうして開かれた道を通ればこの場所へと辿り着く。

 私が今日ここに来た理由は仕事の完了を報告する為であり、数少ない同僚との交流を深める為でもあった。

 

 

 

「それで?君はそのまま表彰式にも出ず報告書をまとめていたのかい?」

 

 

 軽快な足音を奏でながら揺れる二つの人影、ア〇ニマスに似た仮面をつける同僚はどこか面白そうだった。

 怠惰を司る原罪司教。数多くの人間をギアススクロールによって従わせる奴隷たちの王、同じ原罪司教の中でも唯一仲の良い同僚だ。

 敬愛する上司の手によってこの世界にやってきた私は、目の前を歩くこのスロウスと呼ばれる男の手によって教育を受けた。

 

 

 初めはこの新しい法則とふざけた概念に困惑もしたが、彼のおかげで今では普通に暮らせている。

 教皇様自身が私の教育係に彼を任命したらしいが、おそらく私達が似た者同士だから配慮してくれたのだろう。

 ホムンクルスと呼ばれる仲間として、私も少なからず彼という人間を気に入っている。

 

 

 

「ええ、あんな馬鹿騒ぎに興じている暇はありません。

 個人的にはどうしてこんな事をやっているのか、出来る事なら今すぐにでもこの学生ごっこを辞めたいですよ」

 

 

「まあまあ、君をその姿にしたのもなにか理由あっての事だ。

 教皇様がなにを考えているのかはわからないけど、その内見えてくるものもあるだろうさ」

 

 

 教育係という立場上彼は私の素顔を知っていたし、今住んでいる屋敷だって彼が手配したものだった。

 教皇様を除けば私が最も信頼する人間であり、仕事の上でも頼りがいのある同僚である。

 私は彼の素顔を見た事がないしその素性も知らないが、それでもスロウスという人間は十分に頼もしい。

 

 

 

「取りあえず宝具殿までは案内するけど、ラースは新しい武器が欲しいの?それとも防具とか?」

 

 

 スロウスの案内によって地下へと下りていく私は、教団の者が宝具殿と呼んでいる場所を目指していた。

 宝具殿。それは人魔教団が収集した数多くの武具が置かれた部屋、私は見た事がないが要するに保管庫のようなものだ。

 どこの会社にでもある資料室のようなもの、私はその場所にちょっとした用事があった。

 

 

 用事と言ってもなにかを調べたりするわけではなく、ただ単に教皇様から与えられた報奨を取りに行くだけだ。

 先程まで教皇様と会っていた私は、報告書を提出するに際しお褒めの言葉をいただいてね。

 そして宝具殿にあるものをなんでも一つだけ持ち出してもいいと、そう言われたことからこうして向かっている。

 

 

「武器は教皇様から頂いたものがありますし、防具にしても必要だとは思わないのです。

 なにか面白い魔道具でもあればいいのですが、最悪適当な魔導書でも構いません」

 

 

「確かに、教皇様がラースにクロノスを渡した時は驚いたよ。

 プライドなんて顔を真っ赤にして抗議してたけど、あれがあれば武器や防具なんて邪魔なだけだからね」

 

 

 クロノスとは私が入学テストの時に使った大鎌であり、初仕事に赴く私に教皇様が手渡した武器である。

 あの時は片腕を切り落とす為だけに使ったが、今思えばあれを使うべきではなかった。

 クロノスの力が発動していたらどうなっていたか、おそらくはスプラッター映画よりも酷い惨状が生まれていただろう。

 

 

 

 教皇様と話した際に次の仕事も言い渡されたが、私はその仕事でもクロノスを使うつもりはなかった。

 上司から与えられた次の仕事――――――四城戦に於いて出来る限り派手に暴れろ。

 暴れろと言ってもそれは言葉通りの意味ではなく、私という存在を観客達に売り込みたいらしい。

 

 

 四城戦を見に来るのは上流階級でも一握りの人間達、言うなればこの国を牛耳っている各地の貴族や軍人たちである。

 その試合に於いて無名の一年生が派手に暴れれば、それだけ各派閥は私という人間に興味を示すだろう。

 将来有望な人間を手に入れようと接触し、そしてなにかしらの行動を起こしてくる。

 

 

 要するに私はハエを捕らえるラフレシアであり、匂いにつられてやって来た馬鹿共を捕食するのさ。

 今回の仕事も少々不明瞭ではあるが、代表戦の時とは違って余計な制約は一切ない。

 単純に私という商品を観客に売り込み、そして獲物がかかるのを待つだけだ。

 

 

 

「よし、やっと着いたね」

 

 

 突然スロウスが立ち止まったかと思えば、そこには無数の魔法陣に囲まれた巨大な扉があった。

 黒い光沢を放つ扉には様々な彫刻が施され、その扉を守るように魔法陣が浮かんでいる。

 周りの雰囲気と相成ってとても幻想的ではあるが、正直近づきたいとは思わなかった。

 

 

 スロウスが魔法陣に触れれば激しい火花が散り、無数の魔法陣が甲高い音をたてて重なり合う。

 遂には扉を覆いつくすほどのものとなって、最後には青白い光と共に消えてしまった。

 あまりの光景に呆然とする私だったが、そんな私とは対照的にスロウスは何食わぬ顔で手を伸ばす。

 

 

 

「それじゃあどうぞ、私もここに入るのは久し振りだけどね」

 

 

 木製の扉が奏でる独特の甲高い音と共に開かれる空間、宝具殿の中は私の想像を遥かに超えていた。

 大小様々な形をした武具に無造作に置かれた魔導書の数々、奥の方にはドラゴンと思しき巨大な骨格まで飾られている。

 不気味な笑い声を発する魔導書から白い光を放つ双剣まで、この空間にはありとあらゆる宝具が揃っていた。

 

 

 無秩序に並べられたそれは全てが一級品であり、これだけのものを揃えるのに一体何人死んだのだろう。

 血塗られた剣やドレスは当然として、傷だらけの防具にしてもなにかしらの因縁を感じる。

 試しに赤い刀身の日本刀を握ってみれば、その瞬間凄惨な断末魔が辺りに響き渡った。

 

 

 

「そうそう、教皇様と長話してたけど次の仕事は決まったのかい?」

 

 

 驚く私を尻目に平然と魔導書を読んでいる彼を見て、私はこのふざけた概念と法則性に舌打ちする。

 パーティープレゼントとしては有能だろうが、それ以外では使いたいとも思わない。

 この程度で驚いているようではまだまだ青いと言う事か、静かな空間の中でページをめくる音だけがいやにうるさかった。

 

 

 

「一応決まったのですが……なんと言うか、よろしければ相談に乗ってくれませんか?」

 

 

 スロウスの言葉に私は先程までのやりとりを思い出し、教皇様から与えられた次の仕事について相談を始めた。

 相談すると言ってもどんな風に戦えばいいのか、この国にいる貴族や軍人の思考がわからないからね。

 私という人間を売り込むために一番最適な方法、どの程度暴れればいいのか聞きたかった。

 

 

 

「だったら相手を降参させるのはどう?四城戦は各学校の名誉を賭けた戦い、過去の試合でも降参した者はほとんどいない。

 代表に選ばれた者は相応の矜持を持っているから、その御立派な精神を砕いてやれば目立つと思うよ」

 

 

 そこから先、スロウスは四城戦に関して色々と教えてくれた。

 国のお偉いさん方が集まる四城戦とは、有り体に言えば派閥争いの延長戦だそうだ。

 門閥貴族。魔術師協会。世襲派軍閥。そして私が所属している王党派。

 

 

 各勢力が管理している学校を数年に一度戦わせ、そうする事で派閥の優劣を決めているらしい。

 なんともドロドロな政治争いであるが、各派閥が正面から殺し合うよりかは健全である。

 表向きは学生達の意識改革、将来有望な学生達を戦わせることで向上を狙う。

 

 

 あくまでも四城戦自体は健全な試合であり、対戦相手への拷問及び殺害は禁止されている。

 各派閥の重鎮が試合を管理しており、代表戦の時みたいに一筋縄ではいかないだろう。

 幸いあの御姫様と戦った際にコツは掴んでいるし、切っ掛けさえ掴めれば後はどうにでもなる。

 

 

 

「なるほど、スロウスさんの助言にはいつも助けられます」

 

 

「そんな風に言われると照れくさいけど、まあ悪い気はしないかな――――――って、ハハ……まさかまだそんなものがあったなんてね」

 

 

 それは仰々しい木箱に入っていた二対の水晶、綺麗な光沢を放つ赤と青の小さな球体でね。

 ここにあると言う事はこれも魔道具なのだろうが、正直あまり価値のあるものだとは思えなかった。

 なにに使うのかよくわからなかったので、ついつい手を伸ばしたがなんの反応もない。

 

 

「ん?どうしましたか?」

 

 

 だが、これを見た瞬間のスロウスの表情が気がかりだった。

 先程の叫び声には無反応だったのに、この水晶を見た瞬間あからさまに雰囲気が変わったのだ。

 周りにある武具や魔導書に比べれば明らかに見劣りする水晶、そんなものにどうしてスロウスが動揺したのだろう。

 

 

 

「その魔道具の正式名称はフォールメモリー、赤い水晶を押し当てる事によって対象の記憶を破壊する。 もう一つの青い水晶はその逆で、赤の水晶によって破壊した記憶を復元することが出来る。

 ただあくまでもそれはフォールメモリーに似せたレプリカ、その効果は本物とは違ってかなり限定的だね」

 

 

 フォールメモリーとは対象の記憶を破壊する魔道具、赤と青の水晶はそれぞれその効果が異なるそうでね。

 本来のそれは破壊する期間を任意に選べるらしいが、レプリカであるこれにはそこまでの力はない。

 破壊出来る範囲は最高でも一年間であり、それ以上の記憶を消そうとすると魔道具が融解するそうだ。

 

 

 スロウスの説明はとても淡白なものであったが、先程感じた動揺は気のせいではないだろう。

 この魔道具になにかしらの思い入れがあるのか、それとも痛い目にでもあったのかは知らないがね。

 だが私という人間にとっては使い勝手が良く、なにより他者の記憶を破壊出来るなんて素敵じゃないか。

 

 

 ここにあるどんな武器よりも強力であり、使い方さえ選べば最高の盾にだってなり得る。

 私は二つの水晶を木箱に戻すと蓋を閉めて、そのまま指輪と言う名の便利グッズに収納する。

 その光景を見ていたスロウスは読んでいた本を元に戻して、近場にあった双剣を弄びながら笑っていた。

 

 

 

「他の武器や魔導書には目もくれないで、そんなものを欲しがるなんて相変わらず変わってるよ。

 初めて出会った時もそうだったけど、あの時の君には本当に笑わせてもらった。

 君がこの世界にやってきた夜――――――ほら、教皇様に聞かれて君はこう答えたんだ」

 

 

 それはこの世界にやってきた初めての夜、生き物が燃える独特な臭いと断末魔がこだます生き地獄。

 燃え盛る炎は容赦なく建物を焼き、積み重なった死体がこの世の理不尽を主張する。

 広大な大地は赤いペンキによって染め上げられ、時折聞こえて来る悲鳴がどこか虚しかった。

 

 

 巨大な魔法陣の中で目を覚ました私は、咽かえるような死の匂いに顔を歪める。

 夜だというのに辺りは昼間のように明るく、見渡す限りの地獄絵図は私の世界とは似ても似つかない。

 あの男に刺された脇腹を確認しても傷跡はなく、身体中血まみれではあるがどこにも外傷はなかった。

 

 

「ああ……そうか、やっぱり地獄に落とされたか」

 

 

 数秒前まではもっと大きかった筈なのに、私の身体は痩せ細り声も甲高くなっている。

 まるで思春期の少年みたいだと苦笑いし、中々現れない獄卒共に悪態をついていた。

 子供の姿で甚振るなんて良い趣味をしている。呆然とその時を待っていた私に、背後からとある二人組が声をかけてきてね。

 

 

 

「ハハハ、残念ながら地獄というよりは煉獄ですね。

 ここまで大規模な生贄は初めてですが、そのおかげであなたを造る事が出来ました。

 五人の原罪司教と教皇様を相手に戦い、それでも生きているのですからここの領主は優秀ですよ」

 

 

 大きな音と共に建物が崩れ落ちて、人間の形をしたなにかが無惨にも押しつぶされる。

 不気味な仮面をつけた人間がこの惨状を語り、燃え盛る炎が彼の言葉に呼応した。

 後に私はこの男の事をスロウスと呼び、この世界に関する知識と技術を教えられる。

 

 

 

「スロウス、喋っている暇があるならあの犬どもを追い立てろ。

 これは私達に喧嘩を売ったあいつへの報復、仲間の一人が処刑されれば少しは大人しくなるだろう」

 

 

 そして男の横に並び立つ小さな人影、大人びた口調ではあるがその声はとても可愛らしい。

 炎に照らされて浮かび上がった素顔はとても幼く、そしてその雰囲気はあまりにも出来過ぎているように思えた。

 可愛らしい顔の裏に張り付く狂気と愉悦、きっとこの童女は最低最悪の人種だろう。

 

 

「初めまして名無し君、私は貴様をこの世界に転生させた魔法使いだ。

 突然の事に驚いているだろうが、くだらない説明は後日スロウスの奴から聞いてくれ。

 この場で重要なのは貴様の願いがいかなるものか、そして我々の仲間に加わるつもりがあるかどうかだ」

 

 

「……願い?」

 

 

「そうだ。金・女・権力、貴様が望むものを全て用意しよう。

 我々の仲間となるなら貴様の於かれている状況や、この世界を取り巻く環境についても話してやる。

 言え、私はまどろっこしいやり取りが嫌いなのだ」

 

 

 これが私と教皇様との初めての会話、この時点ではまだ彼女と言う人間を見誤っていた。

 脳裏を過る生前の記憶はどれもこれもくだらないものであり、気がつけば私の口はとある言葉を発していてね。

 それはあの男に刺された時から考えていた事、冷たい道路に横たわりながら来世ではこうありたいと願っていた。

 

 

「私は――――――」


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