邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者の決勝戦

 諸君は赤い皇帝と呼ばれた男を御存じだろうか、近代社会における独裁者という言葉の定義を確立したような人間だ。

 生前、彼はこんな言葉を残していた――――――たった一つの死は悲劇的だが、百万の死は統計に過ぎない。

 この言葉だけでも彼の人間性というか、その本質を垣間見ることが出来るだろう。

 

 

 彼の掲げる旗がなぜ赤かったのか、それは彼自身が人間というものに興味を示さなかったらだ。

 おそらくはブランド物の靴を汚したくなくて、死体の上に布でも敷いてその上を歩いたのだろう。

 彼ほど決断力と自己保身に長けた指導者はいなかったが、その晩年は疑心暗鬼と言う名の怪物であった。

 

 

 彼の軍隊はとても貧弱であり、軍装にしても彼の有名なちょび髭オジサンとは比べものにならなかった。

 だがそれを補って余りある程の兵数を有し、攻めてきた鍵十字を返り討ちにしたのは有名だろう。

 後に世界大戦と呼ばれた戦いに於いて、物資が不足していたことを理由に彼が下した命令はとても独特である。

 

 

 二人一組のチームを組ませた上で、各チームに一丁のライフルと僅かばかりの弾倉を配給してね。

 そして無駄にカッコいい行進曲(マーチ)で祝福しながら、砲煙弾雨の戦場に笑顔で放り出すのさ。

 なんとも個性的なピクニックだが、兵士達からすればK2に夏服で挑戦するようなものだ。

 

 

 逃げようとした者はその場で撃ち殺されて、弱音を吐いた者は反逆者として収容所に送られる。

 余計な手間を省くために軍法会議どころか、弁解の機会すら与えられないというオプション付きだ。

 これだけでも素敵すぎるのだが、更に悪質なのがその指導者自身である。

 

 

 彼は己の立場を守る為に自分よりも優秀な人材、軍の中枢を担う者から政治家までありとあらゆる人間を粛清するか投獄した。

 彼の命令に従わなければ粛清されるし、たとえ命令を達成しても収容所送りである。

 平凡な人間を粛清するのはわかるが、自己保身の為に優秀な人間まで殺したのはいただけない。

 

 

 だが利己主義というものを極限まで追求したなら、おそらくは彼のような人間になるのだろう。

 疑わしき者は拷問し、自分より優れている者は殺す。

 少々やりすぎかもしれないが、それでも粛清された者達とは違って彼は脳卒中で死んだ。

 数百万人もの人間を殺しておきながら歴史に名前を刻み、今でも独裁者の代名詞として教科書の中で生き続けている。

 

 

 

 さて、以上の点を踏まえて彼から学ぶべき教訓はなにか。

 それは――――――大勢殺せば大した罪にはならないということ、殺人はその数によって神聖化されるのである。

 

 

 

「ヨハン=ヴァイス、やっとあんたと戦うことが出来る。

 アルフォンスやコンちゃんを傷つけこと、その報いを今日ここで受けさせてやる」

 

 

 それでは改めまして御挨拶を、大貴族の一人娘を排除した事で少々面倒な事になってしまった学生とは私のことです。

 あの試合が終わった日から数日間、何人もの人間に色々な事を聞かれましてね。

 どんなに調べたところで証拠なんて出て来ないのに、それでも一生懸命探偵ごっこを続けていた彼等に同情するよ。

 

 

 私を疑っている筈の彼等がその無実を証明し、そしてこの事件が偶発的なものであると結論付ける。

 未だに目を覚まさない彼女には悪いが、これも私が幸せになる為の尊い犠牲である。

 少し前で大きな病院に移動したらしいが、機会があれば着払いで花束でも送ってあげよう。

 

 

「なんというか、君は少しばかり勘違いしていると思う。

 彼の傷はそこまで深くはないし、なによりあの召喚獣(こども)だって両手を負傷しただけだ。

 そもそも召喚獣とは術者の道具であって、そんな道具に感情移入する方が間違っている」

 

 

 アリーナを埋め尽くす大観衆は口々に私の対戦相手である彼女、ターニャ=ジークハイデンの名を叫んでいてね。

 あの年で処世術に関する基本的概念、それを理解している彼等はなんともしたたかである。

 時の権力者に媚びる事は当然であり、むしろそういった人間に反抗する方が異常なのだ。

 

 

 量産型のライトノベルにはありがちだが、それを現実に当てはめるとわかりやすい。

 要するに彼等は御姫様を応援する事で己の立ち位置をアピールし、この国の王族である彼女と交流を持ちたいのである。

 なんの取り柄もないからこそ少しでも目立とうと努力し、それが御姫様の目に止まれば彼等にも価値が生まれる。

 

 

 名前を持たない有象無象にとって、一国の姫君というのは最高の人脈でありアクセサリーだからね。

 なんとかお近づきになろうと出来るだけ声を張り、平凡な人生から脱出しようともがいている。

 これぞ社会の縮図にして大多数の人間が辿るであろう末路、社会とは一割の特権階級を支える為に九割の犠牲が必要なのだ。

 

 

 鬱陶しい雑音が辺りを埋め尽くし、無数の瞳が私という存在を見つめている。

 見渡す限りの敵意と好奇心、そんな中で一際熱烈な視線を向けてくる者がいた。

 学園内序列第三位、灼眼の魔女ターニャ=ジークハイデンである。

 

 

 彼女は自分と同等かそれ以上の大剣を片手に、飢えた猛獣のような目つきで睨んできてね。

 大剣に刻まれているのは王家の紋章だろうか、その御大層な模様がより一層私の心を煽る。

 なるほど、柄に施されている装飾もそうだがおそらく特注品なのだろう。

 

 

 

「使えない道具などただの粗大ゴミだし、私だって危うくローストチキンになるところだった。

 それなのに貴女は粗大ゴミである彼女を庇い、そして人間である私を貶すのか……なんともまあ、世間知らずの小娘にはありがちな考え方だ」

 

 

「コンちゃんがゴミ?ああ……そう、あんたに話しかけた私が馬鹿だったわ。

 召喚獣をただの道具としか思っていない人間に、コンちゃんの良さを伝えてもわかるわけないもの」

 

 

 開始の合図が鳴らされたと同時に、目の前に閃光が走ったかと思えば彼女の大剣が発火する。

 その炎は御姫様のように激しく、それでいてある種の神々しさを感じるものだった。

 そして大剣から発せられる熱気も凄まじく、正攻法で戦っては少々分が悪い。

 

 

 大剣を受け止めてもあの炎に焼かれ、炎を避けたところで今度はあの熱気である。

 彼女の言動は単細胞のそれだが、その戦術に関しては実に考え込まれている。

 長時間の接近戦は無謀であり、体術を得意とする私に取ってこれほど嫌な相手もいないだろう。

 

 

 

「アルフォンス、悪いけど貴方との約束は守れそうにない。

 だって私は……どうしてもあいつが、コンちゃんをゴミ呼ばわりしたあの男が許せない」

 

 

 ここで教皇様から与えられた仕事に関して、その内容をもう一度振り返ってみよう。

 まずは圧倒的な力を見せつけて代表戦に勝利しろ。ふむ、これに関してはなんの問題もないだろう。

 そしてセレスト=クロードの妹に当たるセシルの信頼を勝ち取れ。これに関しても姉のセレストを手元に置いている限り、彼女は無条件で私の言葉に従う筈だ。

 

 

 最後にターニャ=ジークハイデンを決勝戦で叩きのめせ。私の敬愛する上司は彼女との戦いにおいて、御姫様を傷つけずにそのプライドだけを砕けと言っていた。

 つまりは降参させるのがベストであり、それを踏まえた上で彼女を追い詰めなければならない。

 

 

 

「初めに言っておくけど、私が勝ったらコンちゃんに謝ってもらう。

 そしてもう二度とあんな真似はさせないし、誰かを傷つけることだって許さない。

 あんたのそれはただの暴力であって、相手への思いやりが微塵も――――――」

 

 

「申し訳ないのだが、私は正義の味方ごっこに付き合うつもりはないのでね。

 君のくだらない独白にも飽きてきたし、そろそろ始めようじゃないか」

 

 

 彼女の言葉を聞きながら私は宗教の始まりについて、その一部を垣間見たような気分だった。

 一方的な正義を他者に押しつけて認めさせようとするやり方、これぞ正に宗教勧誘の手口である。

 信じる者は救われる。……なるほど、このことわざを考えた人は信仰心だけで御腹がふくれたのだろう。

 

 

 しかし彼等のような有神論者と私では、その人間性からしてかなり違っているからね。

 たとえば神様に自動車をねだるとしようか、それを毎朝祈り続けても自動車はおろか自転車すら手に入らない。

 だが私はたった一度の祈りで自動車だけでなく、自転車すらも手に入れる事が出来る。

 

 本当に全知全能の神様がいるなら簡単だ。要するに自動車を盗んだ後で神様とやらに、その罪を許してもらえばいいのである。

 

 

「温室育ちの小娘にこの私が教えてあげよう。世の中には君の事をなんとも思っていない人間がいる事を、君は所詮ターニャ=ジークハイデンという入れ物に過ぎないのだ」

 

 

 彼女の歩みと共に激しく揺れる炎、振りかぶられた大剣が火花を散らした。

 まずはどの程度の実力を持っているのか、それを把握してから仕事に取り掛かるとしよう。

 私の言葉に逆上した御姫様が突っ込んできたが、その短絡的な思考は相変わらず残念である。

 

 

 彼女の剣捌きはセシルより早いがとても乱暴で、それ単体では私の敵ではなかっただろう。

 だがやはり問題なのは大剣を覆う炎であり、それを補って余りある程の能力を発揮していた。

 単純な能力であるが故に戦いづらいというか、大剣そのものの大きさだけでなく炎も考慮しなければならない。

 

 

 そうなると必然的に御互いの距離が離れてしまい、そのせいで私の攻撃が御姫様に届かなくてね。

 つまり私よりも大きな武器を使っている彼女だけ、間合いの外から一方的に攻撃してくるのである。

 一応危険を承知で接近戦を挑み、彼女を痛めつけるという手もあるにはある。

 

 

 だが彼女を痛めつけたところで意味はなく、むしろ逆効果になる可能性の方が高い。

 そもそも五体満足の状態で倒す事が条件であり、私の目的は彼女を痛めつける事ではなくそのプライドを砕く事にある。

 仮に手元が滑って彼女に大怪我でも負わせたら、それこそ私の出世街道は閉ざされてしまう。

 

 

 それならば彼女の実力を見極めた上で、出来る限りその体力を消耗させるべきだろう。

 私は強烈な熱気と鉄塊が行き交う空間、彼女の間合いへと自ら進み出て刀を抜いた。

 振るわれる大剣に注意を払いながら強烈な熱気に耐えて肉薄する。……更に一歩、その無駄に大きな刀身を弾いて踏み出しところで――――――

 

 

 

「甘い!その程度で私に近づけると思ったの!」

 

 

 彼女の言葉と共に私の足元から炎が噴き出した。なんとか避ける事は出来たが、激しい勢いで噴き出すそれはいつの間にか巨大な壁となってね。

 魔力によって生み出された炎が幾重にも重なって、そうして生まれたのがこの鬱陶しい代物である。

 

 

 おそらくは狙っていたのだろうが、おかげさまで更に面倒な状況となってしまった。

 基本的には間合いの外から大剣を使って攻撃し、私が近づいてきたら壁を作りだして距離を取る。

 大剣を使っての攻撃が主軸だろうが、体勢を崩した私をそのまま見逃すとも思えない。

 

 

 

「まだまだ、この程度じゃまだ終わらない!」

 

 

 その言葉と共に現れる無数の火球、私の頭上に現れたそれが無秩序に降り注ぐ。……なるほど、私という点ではなく面を攻撃した事は褒めてあげよう。

 だがそれでも私を捕まえるにはまだ足りない。降り注ぐ火球を避けながら目の前の壁に関して、あの鬱陶しい障害物をどうするか私は考えていた。

 

 

 強引に突破する事も出来るだろうが、そんな強硬手段は二流の発想である。

 そもそもあの壁を維持するのにどれだけの魔力を消費するか、そんな事は魔術に疎い私にだってわかる。

 私を近づけさせない為のもの、謂わば障壁として使っているなら既に目的は達成されている。

 

 

 しかし、戦術的価値の失われたあれを彼女は費用対効果(コストパフォーマンス)に関係なく維持している。

 少しでも魔力を温存しておきたいこの場面で、そんな馬鹿げたことをするほど単細胞でもないだろう。

 ではこの状況が何を意味するのか、そんな事は今更言うまでもないと思う。

 

 

 

「ハハ、その気概だけは褒めてやろう」


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