邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
今回の代表戦は波乱が多く、二つ名を持つ戦鬼達のほとんどが予選落ちでした。
決勝トーナメントまで勝ち上がった者も、その組み合わせを操作したので残ってはいません。
ターニャさんが戦っていた準々決勝なんて、あまりの試合内容に思わず苦笑いしましたよ。
それほどまでに分不相応というか、その試合に勝った筈の彼女が一番気まずそうでした。
そういった生徒を勝ち上がらせたのは私ですが、さすがにやりすぎてしまったと後悔しています。
ですから準々決勝で敗れた生徒達に関して、クロードさんならばなんの問題もなく勝てるでしょう。
それこそこの試合でエレーナさんが勝利するくらいの、その程度の可能性はあるかもしれません。
ですがそんなものを考慮していてはなにも出来ませんし、なによりそんな事が本当に起こったら私は笑うでしょうね。
私は大多数の生徒が戦う事を拒否した彼と戦い、更には一矢報いたクロードさんを尊敬しますよ。
確かに私達は彼等に対して圧力をかけましたが、それでも最終的に決めるのは彼等ですからね。
私達は戦う事を迷っていた彼等の後押しをし、そして助言と言う名の逃げ道を作ったにすぎません。
「なるほど……では、生徒会長様は不測の事態に備えてください。
学園側の安全管理には不備がなかったと、そう思えるほど厳重にしてもらっても結構です。
貴族の御令嬢になにかあっては一大事ですし、私なんかにはわからないようなしがらみもあるでしょう」
「そうですね……ただ、わかっているとは思いますがこれ以上の譲歩はありません。
あくまでエレーナ=アドルフィーネに関する事故だけで、それ以外は一切認めませんし許容も出来ません」
ただ、あんな流血沙汰を見せられたらしょうがないですね。
一般の生徒は当然として、二つ名を持つ戦鬼達だって嫌がりますよ。
最初の試合では対戦相手の片腕を切り落とし、次の試合では警備の職員に重傷を負わせた。
ですから負けるとわかっている戦いに臨んだ彼女、セシル=クロードさんを私は評価していました。
学園内で唯一彼と交流のあった彼女ならば、あの理不尽なまでの強さに気づいていた筈です。
それでも戦おうとしたのですから、彼女の四城戦にかける意気込みは本物なのでしょう。
セシルさんがマリウスに剣を向けた時、さすがの私もどうするべきか悩みましたよ。
彼に言われるがまま処分を言い渡し、そうして迎えた準々決勝の事は今でも覚えています。
久し振りに見た彼女は鋭い殺気を放ち、普段の姿からは想像も出来ないような顔をしていました。
そんな姿を見た私は慌てて警備の職員を増やして、更には複数の医療班を待機させたのです。
結局は杞憂と終わったのですが、今思えば少し大袈裟だったかもしれません。
試合が始まる前はどうなるかと思いましたが、時間の経過とともに彼女の表情も軟化していったのです。
「あの時の私は少しおかしかったって言うか――――――ヨハン君って不愛想で言葉足らずだし、それで私の方が早とちりしちゃったんです。
ハハハ、なんて言うか私って本当に馬鹿ですよね」
先日、彼女の病室を訪れた時に私はその疑問をぶつけました。
優等生の貴女がどうしてあんな事をしたのか、そして彼との間で一体なにが起こったのか聞いたのです。
それに対する彼女の答えがこれ……ええ、こんな間違いだらけの解答でした。
「あっ、一応誤解も解けましたからもう大丈夫です。
生徒会長さんにまで迷惑かけちゃって、これからはこんな事がないように――――――」
許されるならばこの事を彼女に……彼に騙されているのだと伝えたい。
どこか照れくさそうに話す姿を見ながら、その直感は間違っていないのだと教えたかった。
貴女が彼に抱いている感情はまやかしであり、これ以上深入りしてはいけないとね。
「そうですか、それならば私としても安心です」
だけど――――――そんな事言えませんよ。それを彼女に伝える事など、彼の共犯者である私には出来そうもありません。
それを教えれば全てが明るみとなり、シュトゥルト家の家名に泥をぬってしまう。
学園の名声は地に落ちて、更には学園長である御母様にも迷惑がかかる。
ですから、それはだけは出来ない。……出来ないのですよ。
彼と手を組んだ時点で他の選択肢、言うなれば彼と対立する道は閉ざされてしまった。
失うものが多すぎるが故に、失うものの少ない彼とは戦えない。気がつけば入学試験の際にマリウスが言った言葉、その忠告が私の心を揺さぶっていました。
――――――あんな風に歪んだ人間を見ていると、知らず知らずの内に自分まで歪んでくるものさ。だから、君のようなタイプは特に関わるべきではない。
「それよりも……その、私は生徒会長さんに相談したい事があるんです。
お見舞いに来てくれたクラスメイトから聞いたんですけど、私が気を失っている間に彼が告白?てきな事をしたらしくて、だからどうすればいいのかなーって……ハハハ」
どうしてあの忠告に耳を貸さなかったのか、なんであんな取引を彼に持ち掛けたのでしょう。
頬を赤くしている可愛い後輩を見ながら、私は人間として最低な事をしようとしている。
セシルさんには入学試験の時に色々と助けられたのに、その時の恩を私はこんな形で返したくはない。
「いやいや!別に、ちょっと気になっただけですよ!ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけです!」
でも、喉まで出かかった言葉をこの場にいない筈の彼が封じているのです。
この空間には私達しかいないのに、それでも私の中にあるなにかが警告してくる。
ここで彼を裏切ったらどうなるか、全てを捨てて彼女を救う事になんの意味があるのか――――――と。
「あの……どうして生徒会長さんが泣いてるんですか」
クロードさんの言葉に私はなにも言えず、そしてその事について彼女も聞こうとはしなかった。
私はこの気まずい空気をなんとか打開しようと、震える唇を必死に動かして無理矢理笑ったのです。
彼女に全てを話せばどうなるかなんて、そんなのは考えるまでもありません。
「なんでもないの……ただ、自分の不甲斐なさを思い知らされてね」
笑っている彼女を絶望に追いやり、学園の評判は地に落ちて御母様は罷免される。
私はまとわりつく罪悪感を振り払う為に言い訳を繰り返し、まるで自己暗示のように言い聞かせていたのです。
それこそクロードさんに気づかれない事を祈りながら、私は私自身の良心を何度も殺しました。
「私も直接聞いたわけではないのだけど、おそらくそのクラスメイトはあの時の事を――――――」
そこから先は当たり障りのない言葉を選んで、出来るだけ彼女の相談に乗ってあげました。
ですが私が泣いてしまった事実はかわりませんし、今更取り繕っても遅いかもしれません。
クロードさんが勘違いしてくれればいいのですが――――――たとえば私も彼に好意を抱いていた……なんて、さすがに楽観的すぎるかもしれませんね。
しかしクロードさんは彼のどこが良かったのでしょうか、恋愛経験の乏しい私には全く理解できません。
ただ試合後の彼はどことなく変というか、私の知っている彼とは別人のようでした。
クロードさんへの告白もそうですが、私が気になるのはその後の行動に関してです。
あの頼みごとが今の彼女とどう関係しているのか、医務室の人払いはともかく学園の裏口を聞いてきたのはなぜでしょう。
どんな手品を使って彼はクロードさんを説き伏せたのか、目の前で嬉しそうに話す彼女を見ながら私は考えていました。
少なくとも彼にはなにかしらの思惑があること、そして今の状況を彼が望んでいる事はわかったのです。
「それこそ問題ありませんよ。この試合はすぐに終わるでしょうし、生徒会長様は私を信じてここでお待ちください」
そんな事を考えたところで答えなんて出る筈もないのに、それでも気になってしまうのはなぜでしょうか。
ここが控室の中だという事を忘れてしまうほどに、私はクロードさんとのやり取りを思い出していました。
私の知らないところでなにかが起きているという不安、もしくは私も彼女と同じように利用されているかもしれないという恐怖、彼の言葉に我に返った私は震えていたと思います。
「なかなかどうして、私も嫌な人間になったものです」
彼がいなくなった事で少しだけ静かになった空間、そこであまりの情けなさに両目を拭いました。
底なし沼に入り込んだような感覚、彼を利用するつもりが逆に使われている。
控室まで聞こえてくる歓声は試合の始まりを告げて、これから起こるであろう不幸な事故に目を閉じる。
試合を見物している生徒の大半は彼の敗北を望んでいます。新入生でありながら圧倒的な力を持ち、尚且つどこまで血生臭い彼に恐怖している。
そう……彼の強さに憧れるのではなく、ただひたすらに恐怖しているのですよ。
彼がおとぎ話の住人であったなら、私はそんな世界から彼を連れ出した間抜けと会ってみたい。
これ以上ないという程の悪夢、私は彼と関わったこの数ヶ月を一生忘れません。
徐々に変化していく歓声と時折聞こえてくる怒号、その大半が悲鳴に変わった時は思わず両腕を抱きました。――――――ええ、その悲鳴がなにを意味するのかは知っています。ですが、わかっていても止まらないのが人間なのです。
「やめて……お願いだから震えないで」
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――――――
結局、監督していた職員の善処も虚しくその事故は起こりました。
これは試合を間近で見ていた職員、監督役の人から聞いたのですが試合は一瞬で終わったそうです。
開始の合図とともに彼は距離を詰めて、突然の事に驚く彼女に一度だけ拳を振るった。
そして振るわれた拳は彼女の下腹部を捉えて、その衝撃で彼女は後方へと吹き飛びました。
リングの端まで吹き飛ばされた彼女はそのまま壁に激突し、彼はその光景を見ながら小さく笑ったそうです。
彼は追撃せずにそのままゆっくりと距離を詰めて、それ以降攻撃する事はありませんでした。
職員もその時点では大したダメージではないと判断し、エレーナさんが立ち上がると思って試合を止めなかったそうです。
序列五位の彼女がこの程度で倒れると思えない。事実、序列入りすらしていないアルフォンス君やクロードさんは立ちましたからね。
ですが倒れたまま動かない彼女に不安を覚え、異常に気づいた職員が慌てて駆け寄りました。
「なるほど、実に有意義な時間だったよ」
動かない彼女を見下ろしながら彼はそう呟いたそうです。職員がどれだけ呼びかけても反応せず、駆けつけた医療班もエレーナさんの容態に困惑していました。
医務室へと運ばれていく彼女は死んだように動かず、その様子を見た何人もの生徒が悲鳴をあげたそうです。――――――結果ですか?それこそ考え得る限り最悪の結末、意識が戻るかどうかもわかりません。
脳挫傷。壁に激突した際に頭部を強打し、そのせいで脳に深刻なダメージを負ってしまった。
本来であれば魔術壁を展開する事で衝撃を和らげるのですが、それをエレーナさんは怠っていたそうです。
魔術壁を展開せずに叩きつけられて、更にはその打ちどころも悪かった。
幾重にも重なった不幸が彼女に最悪の結果をもたらし、そして彼の目論見通り最高の結果が生まれたのです。……そう、これ以上ないというほど完璧ですよ。
それこそ彼という人間の本質を知らなければ、エレーナさん自身に事故の原因があるのだと勘違いするでしょう。
武器を持っていないと高を括って、そのせいで手痛いしっぺ返しを喰らってしまった。
言うなれば完全なる自業自得であって、それを理由に彼を責める事など出来ません。
たとえアドルフィーネ家の者がどれだけ調べても、結局は身内の恥じを晒すだけで終わるでしょうね。
ただ少しばかり気がかりというか、彼に対して個人的に思うところもあるのです。
それはこの事故が彼の狙い通りだというなら、どうやってエレーナさんを植物状態にしたのか。
彼女は頭部を強打した事によって脳挫傷を引き起こし、そして体を動かすどころか喋る事さえもできなくなった。
脳にダメージを負ったのはあくまでも偶然であり、壁にぶつかっただけなのだから威力を調整する事も事出ません。
ではその偶然をなぜ彼は知っていたのか、どうやって成し遂げたのでしょう。
彼の攻撃は一度だけで、しかもその拳は頭部ではなく腹部に当たっている。
どうして腹部なのでしょうか、正確を期すなら頭部を狙う筈です。それにすぐさま追撃しなかったのはなぜか、あの時点では勝敗すら決まっていません。
「違う。私はなにか…とても重要な事を見落としている――――――」
そこまで考えたところで私はとある答えに行きつき、それと同時に激しい恐怖に襲われました。
一番有りえない筈の可能性が現実味を帯びて、私はそれを認めたくなくて必死でした。
数少ない彼の試合を振り返る事で、なんとかその可能性を否定しようとしたのです。
序列七位のモリッツ=ミッターとの戦いで見せた一撃、そして職員に重傷を負わせた次の試合で彼がどんな風に戦っていたか。
アルフォンス=ラインハルトとの試合で見せた剣技や体術、更には先日行われたセシル=クロードとの試合内容を振り返ったのです。
そして私は私が見聞きした限りの情報を思い出して、その可能性が一番現実的だと気づきました。
「私は彼が魔法を使っているところを、この数か月間一度も見た事がない」