邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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例外の恐怖

「私はいいとしても生徒会長様を狙うとは、その恥知らずな根性を叩き直してやろう。

 おい、まだ寝てもらっては困るぞ――――――」

 

 

「そこまでです! 今すぐその武器を捨てなさい!」

 

 

 既に気を失っているその者の胸ぐらを掴み、彼は淡々と同じことを言い聞かせていました。

 彼の声や表情にしても至って普通で、とても冗談を言っているようにはみえません。

 時折出てくる言葉は私に関する単語ばかりで、どうして私が出てくるのかそこがまた不気味だったのです。

 

 

 

「わかりました。生徒会長様がそう言われるのであれば……ほら、二度目はないと思えよ」

 

 

 まるで出来の悪い喜劇を見ているような感覚に囚われましたが、彼は拍子抜けするほどあっさりその手を放しました。

 その仕草にはなんの迷いもなく、それこそ家畜を相手にしているような態度でした。

 彼はこの受験生の両腕を切り落としておきながら、まるで牛や豚を刻むかのように罪悪感を抱いていない。

 

 

 

「なにを……いえ、なぜ貴方はこんなことをしたのですか」

 

 

「なぜ? 申し訳ありませんが、生徒会長様の質問の意図がよくわかりません。

 それはなぜ彼を殺さなかったのか、生徒会長様に泥を塗っておきながらどうして生きているのか――――――そういう意味での質問でしょうか?」

 

 

 綺麗な言葉で取り繕ってはいますが、その内容は明らかに常軌を逸しています。

 彼の言い分を理解するまでに時間がかかり、やっと気づいたときには思わず困惑してしまった。

 どうして生きているのか――――――つまりこの受験生が私を攻撃したと勘違いして、彼はその報復の為に両腕を切り落としたのです。

 

 

 そして私が叱責している理由を、彼はそれだけでは物足りないのだと解釈してしまった。

 これだけの惨状にも興味を示さない彼が、まさかこんなにも慌てるとは思いませんでしたよ。

 彼からすればこの会場は屠殺(とさつ)場かなにかで、周りの悲鳴も豚や牛のそれと同じなのでしょう。

 

 そうでなくてはこんな狂った勘違いで慌てたり、こんな真面目な顔で悩んだりすることもありません。

 

 

 

「なぜニンファちゃんが怒っているのか、君はその理由を正しく理解しているのかな?」

 

 

「はい。生徒会長様に牙を剥いた愚か者を、御二方の到着よりも前に誅さなかったせいで不評を買っております。

 今更許されるとも思いませんが、もう一度チャンスをいただけたなら――――――」

 

 

 マリウスも私と同じ気持ちだったのか、彼の答えに言葉を失っているようでした。

 彼の中ではこの惨状さえも些細な問題にすぎず、目の前にいる受験生にしたって頑丈な玩具くらいにしか思っていない。

 私の不評を買うくらいならばなんの躊躇もなく、彼はその両腕ではなく受験生の首を刎ねたでしょう。

 

 

 

「じゃあ、この惨状を目の当たりにしてもなにも感じないと?」

 

 

 マリウスの言葉に彼はその真意を測りかねているのか、口元を押さえながら思い悩んでいるようでした。

 マリウスの言葉を聞いても考えなければいけないなんて、この時点でどれだけ狂っているかがわかるでしょう。

 そうやって自分の落ち度を探さなければいけないほど、彼は自分の行いが正しいと思っているのです。

 

 

 

「感じませんね。私は生徒会長様が言われた通り、規定の範囲内で手段を選ばず戦いました。

 確かに多少の不手際はあったかもしれませんが、それはあくまで時間対効率を重視した結果です。

 個人的には百個以上集めたかったのですが、私が不甲斐ないばかりに達成できませんでした」

 

 

 時間対効率。これだけの惨状を作っておきながら、彼はその一言で全てを終わらせました。

 これこそが彼の狂った価値観であり間違っている部分、言うなれば欠落した人間性です。

 更には百個集められなかったことに対して、彼は本当に悔しそうな素振りをしていました。

 

 

 自分のも含めて七個集めればいい腕輪を、なぜか彼は百個も集めようとしていたのです。

 百個……百個ですよ? 百人の腕を切り落とすまで戦うつもりだったと、そう自ら認めて悔しがっているようなものです。

 

 

 

 これが異常でないならなにが正常なのか、彼と比べれば人魔教の人間だって聖人に見えますよ。

 私達との会話を続けながら周囲を警戒しているのは先ほどの失態を考慮してか、それとも新しい獲物を探しているのかは私にもわかりません。

 出来れば前者であってほしいのですが、狂人の考えなど理解するだけ無駄でしょう。

 

 

 

「では最後に、どうして受験生の腕を切り落としたのか教えてくれ。

 君ほどの実力があれば相手を傷つけず、もっと簡単に奪うこともできたはずだ」

 

 

「それはごもっともですが、私はあくまで倫理的思考に基づいたまでです。

 ひとつひとつ生真面目に回収していては、それだけ時間と労力を消費してしまうでしょう。

 それならば腕を切り落とすことによって効率を上げて、戦いやすい戦場を作るためにも恐怖心を植えつけようと考えました」

 

 

 彼の理論はあまりにも一方的で異常なのに、どうしてこんなにも堂々と胸を張れるのか。

 私と彼との間にあるこの巨大な隔たりを、この青年はどう捉えているのか教えてほしかった。

 どう思っているのでしょうか、少しは憂慮している?……いや、それすらも彼にとっては些事なのかもしれない。

 

 

 事実、彼は私たちとの会話を終わらせたいと思っていました。

 ここで時間を取られては目標の百個に届かない……なんて、彼はそんな風に考えているのかもしれません。

 このときばかりは彼の考えていることが私にも、不本意ながら理解できてしまったのです。

 

 

 

「私が台風の目となることによってこの会場を支配し、全ての受験生に影響を及ぼすことこそ肝要です。

 戦いが始まった時点で目ぼしい奴らは排除しており、私の邪魔をする者もいなくなりました。

 それにそういった者は腕輪を複数所持していたので、効率よく集められたと自負しております」

 

 

「もういい! 貴方は合格です!

 学年首席の地位がほしいと言うならば、私の権限で上に掛け合いましょう――――――ですから、今すぐここから出て行ってください!」

 

 

 彼の狂った価値観を直視したくなくて、気がつけば言葉の語尾が強くなっていました。

 どうして彼のような人間がここに来たのか、今更学校に通ってなにを学ぶというのでしょう。

 その人間性は別としても、彼の戦闘能力は我が校の職員よりも高いはずです。

 

 

 格下の人間に教えを受けてなんの利点(メリット)があるのか、私にはなにか違う思惑があるとしか思えません。

 これならば高名なギルドにでも登録して、Sランク冒険者とパーティを組んだ方が勉強になります。

 彼が誰かと助け合う姿は想像できませんでしたが、このときばかりは本気でそう思いましたよ。

 

 

 

「わかりました。……ですが、もしも私に至らない点があったのなら――――」

 

 

「いやいや、別に君が悪いわけではないさ。

 ただ……そうだな。ちょっとばかり相性が悪いだけであって、君の活躍には私も期待しているよ」

 

 

 おそらく私と彼とではその人間性に於いて、これ以上ないというほど相性が悪いのです。

 たったこれだけの会話で気づけたのですから、どれくらい私たちの価値観がずれているのかわかるでしょう。

 そこから先の会話は頭に入ってきませんでしたが、どうやらマリウスが上手くやってくれたようでした。

 

 

 マリウスに言われるがまま踵を返して、そのまま会場を後にする彼を見ながらとある衝動にかられる。

 それはこの学園の生徒会長として……いえ、人としてあるまじき行為でしょう。

 年下の、しかもこれだけの激戦を戦い抜いた彼に対して、私は凄まじい敵意を抱いていました。

 

 

 これだけの惨状を作り出しておきながら、会場を埋め尽くす嘆きには目もくれない。

 泣く者。後悔する者。恐怖する者。そして、狂う者。

 その全てを生み出した元凶である彼が、何食わぬ顔で立ち去ろうとしていたのです。

 

 

 

「ニンファちゃん、大丈夫かい?」

 

 

「少し……ほんの少しだけ休ませてもらっても良いわよね。

 なんだかとっても疲れたみたいで、情けない話だけど今は動けそうにないのよ」

 

 

 人の痛みを理解出来ない彼には良心があるのか、それとも良心はあるものの理解出来ないのか。

 私はマリウスの胸に顔を預けながら、その湧き上がってくる黒い感情を必死に抑えました。

 生徒会長である私が一時の感情で動いていては、それこそ他の生徒に示しがつかないからです。

 

 

 ですが、この惨状を前になにも感じないのかと聞かれれば、私は全力でその言葉を否定するでしょう。

 人の皮を被った化物。その礼儀正しさの下にはなにが隠れているのか、彼を知るためにもまずは近づかなければなりません。

 

 

 

「ニンファちゃん、ひとつアドバイスをしてあげよう。

 あんな風に歪んだ人間を見ていると、知らず知らずのうちに自分まで歪んでくるものさ。

 だから、君のようなタイプは特に関わるべきではない。

 わかった? それが一番大事、この言葉を絶対忘れないでね」

 

 

 何が狙いでこの学園にやって来たのか、彼の本質は一体どこにあるのでしょう。

 私は彼が嫌いです。そうハッキリと断言できるほど、私は彼に対して嫌悪感を抱いていました。

 ただ、そんな感情と共にある種の好奇心――――――興味が湧いたのも事実です。

 

 

 それは怖いからこそ興味があって、恐ろしいからこそ覗いてみたいのです。

 もう一度言いますが、私と彼の相性はこれ以上ないというほど最悪です。

 しかし、好奇心というのはそういったものとはまた別もの。言うなれば欲求……人間の性とでも言いましょうか。

 

 

 

 だからこそマリウスは心配しているのです。

 私の性格を知っているからこそ、彼に近づいてはいけないと忠告してきた。ですが、その忠告を聞き入れるわけにはいきません。

 

 懸案事項として。私が生徒会長としての任期を終えるまでは、彼との関係をなによりも優先すべきでしょう。

 彼という化物を飼いならせるか否か、そのときこそ私という個人が試されるのです。

 

 

 今年の新入生は各界の要人が特に多いので、今日の失態を取り戻す機会は十分にあるでしょう。

 大貴族の御令息・御令嬢からこの国の御姫様まで、その顔触れはここ数年でもっとも豪華でした。

 そしてそこに現れた予想外の存在、彼をどう扱うかが今後の課題となってくる。

 

 

 

「マリウス、ひとつ聞きたいのだけれど」

 

 

 九か月後に控えた四城戦に向けて、まずはこの学園の代表を決めなければなりません。

 学園代表戦、今のうちにその対策を進めておいた方がいいでしょう。

 私の任期中は誰も殺させませんし、なによりあの男を必ず飼いならせてみせます。

 

 

 

「ハハ、聞かれると思ったよ。

 彼のことだろう? ニンファちゃんの考えている通り、彼の入学はほぼ確実だろうね。

 たとえその人間性に問題があったとしても、四城戦を控えた今となっては些細な問題だからね」

 

 

 マリウスの言葉に苦笑いしてしまったのは、おそらく己の卑しさを誤魔化したかったからです。

 表面上は彼を叱責している癖に、心の中では彼という人間を認めていました。

 彼がいれば四城戦で優勝できるかもしれない――――――なんて、そんな浅ましい事を考えていたのです。

 

 

 他人を利用して己の願いを叶えるなんて、そんなのは卑しい人間の発想に他なりません。

 これでは自己満足のために多くの受験生を傷つけた彼と同類か、もしくはそれ以上に最低ななにかでしょう。

 

 

 四城戦、そしてその前哨戦でもある学園代表戦。

 彼をどこのクラスに配属して誰をその担任とするか、クラスメイトの割り振りから授業に至るまでその問題は山積みです。

 

 

 

「ヨハン=ヴァイス、人の皮を被った化物」

 

 

 そして多数の怪我人を出した今年のテストは、たった三人の合格者を出して幕を閉じました。

 既に合格していた五十人とこの地獄を戦い抜いた三人、今年の新入生は計五十三人となったのです。

 この異常事態に学園はちょっとした騒ぎとなり、新学期が始まった当初はその対応に追われていました。

 

 

 本来なら百五十人はいるはずの新入生が、今年はその三分の一しかいなかったのですからしょうがありません。

 噂が噂を呼んで、彼が配属されたクラスには連日多くの学生が押しかけました。

 しかしクラスを訪れた者は皆一様に肩を落とし、日に日にその人数は減っていったのです。

 

 

 噂の中心人物である彼が学園に、ただの一度も登校しなかったのですから仕方ありません。

 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎても彼は姿を現しませんでした。まさかあの男が不登校だなんて、正直驚きましたよ。

 そしてその噂も忘れ去られた頃になってようやく、彼は独特の口調と血生臭さを撒き散らしながら現れました。

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

 

 

 学園代表戦。四城戦の前哨戦とも言える大会で、彼は半年ぶりにその強さをみせつけました。


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