邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者の共犯者

「その……本当にごめんなさい」

 

 

「ハハハ、君にそんな顔をされたら私も気まずいのだがね。」

 

 

 意味深長な言葉で彼女の好奇心に釘をさして、私はそれ以降の会話を全てはぐらかした。

 話の主導権を私が握っている以上、彼女は自身の罪悪感から逃れることはできない。

 私に対する罪悪感が彼女の足を引っ張り、そのせいで彼女は最後の一歩を踏み出せずにいた。

 

 

 思慮深い彼女だからこそ疑わずにはいられない。私にはセシルがなにを考えているのか、その感情が手に取るようにわかった。

 私の言葉をそのまま受け取ってもいいのか、それとも私の過去も含めて全てをハッキリさせるか。

 私たちは誰よりも身近な赤の他人であり、その距離感は蜃気楼のように近くて遠いものだ。

 

 

 明らかに学生の領分を超えた内容、それを前にして彼女はどうすべきか悩んでいる。

 それならばこのためだけに連れてきたゲスト、私の切り札を特別にお見せしよう。

 百聞は一見に如かず。生徒会長様の協力を仰いだうえで、君が喜ぶだろうと思ってわざわざ連れてきたのだ。

 

 

 

「取りあえずここから先は私ではなく、君自身がお姉さんに直接聞くといい。

 私が話すよりも納得できるだろうし、なにより彼女と会うことが君の望みだった」

 

 

 その言葉と共に最後の一人、私の切り札であり物語の重要人物が姿を現す。

 医務室のドアがゆっくりと開かれ、セシルのお姉さんであり私の部下でもある彼女がそこには立っていた。

 妹を守るために必死に笑顔を取り繕って、セレスト=クロードは私の命令通りに動いている。

 

 

 

「そんな……うそ、なんで――――――お姉ちゃん!」

 

 

 セシルの頬を伝う一筋の滴、彼女が発した言葉はとても暖かくて嬉しそうだった。

 もしもこの場に私がいなかったら、きっとセレストに抱きついてその胸で泣いていたはずだ。

 その証拠に立ち上がろうとした彼女に私は注意して、そのまま近くにあった替えの包帯を手渡した。

 

 

 セシルの方は大袈裟だと言っていたが、急に動いて怪我が悪化でもしたら私が困る。

 四城戦を視野に入れた新しい計画、その第一手から躓きたくはないのでね。

 生徒会長様と交わした取引、そして個人的な思惑も含めて彼女の体はとても大切だ。

 

 

 

「さて、セシル君も落ち着いたようだから私も席を外そう。

 久し振りの家族水入らず、御互いに思うところもあるだろうからね」

 

 

 そう言って私は踵を返すと、セレストとのすれ違いざまに彼女の肩を叩いた。

 余計なことを喋らないようギアススクロール用いて、確認の意味も込めてもう一度命令したのさ。

 あれを使うときはちょっとした手順が必要であり、それを満たさなければ彼女の魂を縛ることはできない。

 

 

 セレストには私がやろうとしていることについて、その大筋は伝えてあるしなんの問題もない。

 私が話したことと同じ内容を彼女が口にすれば、さすがのセシルもそれ以上踏み込んではこない。

 そして私が信用できる人間だと勘違いし、有りもしない恩義を感じてより従順となる。

 

 

 

「セレスト、後は打ち合わせ通りに話せ」

 

 

「……はい」

 

 

 適切な状況に於いて、適切な時間を使って適切な場面を利用する。

 たとえどんなに理不尽な内容であっても、セレストは私の命令に逆らうことができない。

 私が望めば彼女もそれを望み、私が否定すれば彼女も同じように否定する。

 

 

 それが隷属関係というものであり、私の命令は彼女の人間性すらも歪めることができる。

 セレストの声が震えているのは再会を喜んでいる……のではなく、おそらくは妹に対する罪悪感からくるものだ。

 しかし私の庇護下に入ったことで生活面に関して、特に金銭的にはかなりの余裕が生まれたはずだ。

 

 

 彼女からの仕送りでセシルは学園を追い出されずに済み、その労働時間も大幅に改善されている。

 確かに自由意志はないかもしれないが、それを補って余りあるほどのメリットを提供しているつもりだ。

 なにかを手に入れるということはなにかを捨てるということ、個人的には最高の労働環境だと思うのだがね。

 

 

 

「ご主人様! ご主人様!」

 

 

 医務室を出た私を呼び止める声、徐々に近づいてくる小さな人影に私は微笑む。

 初めて見る学校にこのちびっ子は興奮しているのか、その瞳はキラキラと輝き尻尾が左右に揺れていた。

 私はそんなシアンの頭に手を伸ばして、はしゃいでいる彼女をなんとか落ち着かせてね。

 

 

 

「なにか良いことでもあったですか? 今日のご主人様、なんだかとっても楽しそうです」

 

 

 私の周りに獣人が多いのはただの偶然なのか、それともあのときの彼らが助けを求めているのか。

 この世界に召喚されたあの日、私は巨大な魔法陣の中で私は数え切れないほどの死を目撃した。

 もしかしたら私の体を構成している無数の魂、つぎはぎだらけの彼らが呼び寄せているのかもしれない。

 

 

 

「別に、ただちょっとだけ面白い玩具が手に入ってね」

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「そんな……そんなことできるわけがありません!」

 

 

 それは準決勝が始まる直前、いつも通り控室で待っていた私に彼は言いました。

 この代表戦を根本から否定するような内容、それは要望という名の脅迫に他なりません。

 私にはこの悪魔がなにを考えているのか、その片影すらも理解することができませんでした。

 

 

 

「四城戦の代表選手に追加で一名、セシル=クロードという生徒を加えて頂きたい」

 代表戦とは四城戦への参加資格を賭けた大会であり、文字通り代表選手を決めるための戦いです。

 決勝トーナメントの組み合わせは彼の要望通り操作しましたが、結局勝ち残れるかどうかは本人次第であり、既に四城戦に参加する生徒も決まっていました。

 

 

序列一位の私、ニンファ=シュトゥルト。

序列三位の御姫様、灼眼の魔女ターニャ=ジークハイデン。

序列五位の大貴族、硝子の旋律エレーナ=アドルフィーネ。

そして序列二位の彼、灰色の死神ヨハン=ヴァイス。

 

 

 

 準決勝まで勝ち上がったこの四人が代表選手としてチームを組み、コスモディア学園の誇りと名誉をかけて戦います。

 この四城戦はとても大きな大会であり、各界の大物たちだけでなく国王様も観戦しますからね。

 そこで学園の品格を下げるわけにはいきませんし、そんな大舞台で醜態を晒せば御母様にも迷惑がかかってしまいます。

 

 

 だからこそ四城戦が行われる年は特別な試合が設けられ、その順位は誰にも覆すことができません。

 いくら私でもできることとできないことがありますし、ましてや準々決勝で敗れたクロードさんを出場させるのは難しい。

 だから私は彼にこう言ったのです。一度負けてしまった彼女は他の誰かが出場権を失うか、又は代表選手を辞退しなければ無理だとね。

 

 

 

「それでは今から行われる準決勝の舞台で、仮に私の対戦相手が重度の障害を負ったら……その場合はどうなるのですか?

 私としてもこんなことは言いたくありませんが、一応予備知識として――――――」

 

 

「貴方は! 貴方は自分がなにを言っているのか、それを理解しているのですか!」

 

 

 悪魔のような笑みを浮かべながら平然と宣う彼に、私はどうしても我慢できなかった。

 まるで朝食の献立でも決めるかのような態度、ピクリとも動かないその表情に身震いしましたよ。

 重度の障害? 予備知識? そんな言葉を信じるほど私は愚かではありませんし、そもそもそういった行為は最初の取引で禁じていました。

 

 

 邪魔な人間は排除してしまえ……なんて、それこそ質の悪い大人か子供の発想です。

 目障りだったという理由だけで他者を傷つけ、そのことに対してなんの罪悪感を抱いていない。

 ハッキリ言って異常ですよ。善悪の概念がない人間なんて、質の悪い化物とそう大差ありません。

 

 

 

「これは……なんというか、生徒会長様がそんなにも怒るとは思いませんでした。

 ですが誤解だけはしないでほしい。私は可能性の話をしているだけであって、貴女と反目するつもりなどございません」

 

 

 

 彼とは幾度となく言葉を交わしてきましたが、結局ヨハン=ヴァイスという人間を操ることができませんでした。

 しかしそれでも彼という人間の価値観、そしてその行動理念は理解しているつもりです。

 彼が憶測や推測で動くような人間ではないこと、無意味な言動を嫌っているのは知っていました。

 

 

 可能性の話?……笑わせないでくださいよ。普段の貴方ならばそんなことではなく、おそらくはターニャさんに関する情報を聞いたはずです。

 つまりそれをしないということはそれだけこの話題が重要であり、どうやって代わりの選手を決めるのかが知りたかったのでしょう。

 その程度のことは私にだってわかりますし、なにより彼の良識は明らかに欠如している。

 

 

 

「たとえば試合の最中に頭部を強打し、そのせいでなんらかの障害を負った場合です。

 私としてもそのようなことがないよう最善を尽くしますが、それでもなくならないのが事故というものです。

 生徒会長様の不安もわかりますし、私もこの戦いで武器を使用するつもりはありませんが――――――」

 

 

 彼の対戦相手は序列五位エレーナさんでしたが、私がいくら説得しても彼は譲らないでしょう。

 そしてそれと同様に代表選手を辞退するよう彼女に忠告したところで、あのエレーナさんが聞いてくれるとも思えない。

 貴族としては名門のアドルフィーネ家。元々シュトゥルト家とアドルフィーネ家は仲が悪く、その一人娘である彼女と私もその例外ではありませんでした。

 

 

 確かアドルフィーネ家が管理していた領地と利権、それを私達が違法に占拠しているというのが彼らの言い分であり、両家の仲がここまで悪化した原因だったと思います。

 そしてそれを見かねた国王陛下が両家の仲介に入り、その結果彼らの言い分は退けられたのです。

 本来であればここでこの話は終わりなのですが、どうやらアドルフィーネ家の方々はこの裁定に納得していないようで、この裁定を境に両家の中は悪化の一途を辿りました。

 

 

 それは両家の次期当主である私たちも同じで、私は気にしていないのですがエレーナさんは少し違ったようです。

 生徒会長選挙のときも私の対立候補として出馬し、その際に彼女から様々な嫌がらせを受けました。

 彼女と仲の良かったグループに酷い噂をたてられて、何度も馬鹿にされたことを覚えています。

 

 

 彼女たちの嫌がらせを私は黙殺していましたが、それが面白くなかったのか遂には御母様のことまで中傷するようになって、気がつけば彼女とすれ違った際に魔法を放っていました。

 当然学園内での私的な争いは禁止されていますし、そのせいで私は自宅での謹慎処分を言い渡されたのです。

 

 

 もはや生徒会長選挙も絶望で、唯一の対立候補であった彼女が勝利するのも時間の問題でした。

 しかし選挙の最中に彼女の不正に気づいたマリウスがそれを暴き、最後の最後でエレーナさんはその権利を失ったのです。

 私にとってのエレーナさんとは御母様を侮辱した敵であり、友人としてもあまり好きなタイプではありません。

 

 

 

「良いでしょう……ですが、御節介ながら一つだけ忠告させてもらいます。

 この件に私は一切関与しませんし、それが本当に不幸な事故であったなら――――――学園側は貴方に対してなんの処罰も下しません。

 不幸な事故ならばしょうがない。貴方ならばこの言葉の意味、それを理解してくれると私は信じています」

 

 

 最悪の事故を回避できないのであれば、こちらとしても相応の考えがあります。

 この件を譲歩することによって恩を売り、この先の最悪をできるだけ防ぎましょう。

 エレーナさんを人柱とすることで貸しを作って、それを盾に彼という人間を大人しくさせるのです。

 

 

 ふふふ、そうですね……ええ、私は最低な人間だと思います。

 結局どんなに取り繕っても私の下した決断、言うなれば彼女を見捨てたという事実は変わりません。

 ですが、言い訳が許されるなら私の言葉を聞いてほしい。

 

 

 私は聖人君子ではありませんし、なによりエレーナさんは私の御母様を侮辱しました。

 どうしてそんな人間を助けなければならないのか、私は全ての人間に対して優しくできるほど強くはありません。

 私は謝りませんよエレーナさん、御母様を侮辱した時点で貴女は敵となったのです。

 

 

 

「相手は国内屈指の大貴族であり、今までのような屁理屈は通用しないでしょう。

 私たちはどうしてそんな事故が起こったのか、それを調べたうえで彼女の親御さんに報告しなければなりません」

 

 

 アドルフィーネ家の現当主である彼女の父親は、おそらくどんな手段を使ってでも介入してくるでしょう。

 私たちのことを良く思っていないからこそ、彼らは様々な繋がりを利用して報復してくる。

 次期当主がそんな状態ともなれば、自然とアドルフィーネ家の地位も揺らぎますからね。

 

 

 それならばせめてもの抵抗として、シュトゥルト家を道連れにしようとするでしょう。

 具体的な方法まではわかりませんが、一人娘を傷ものにされて黙っているとも思えません。

 

 

 

「仮にエレーナさんが身体的な障害を負った場合、学園側は彼女の出場資格を剥奪して再び代表戦を行います。

 この場合は準々決勝で敗れた者たちを戦わせ、その勝者を新たな代表選手にするでしょう。

 ちなみに準々決勝で敗れた者は四人いますが、その中に序列入りしている生徒はいません。

 これはあくまでも個人的な意見ですが、おそらくクロードさんに勝てる生徒はいないでしょうね」


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