邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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学園代表戦(結)
合理主義者の司教座聖堂


「全く、随分と待たせてくれる」

 

 

 鼻をくすぐる薬品の匂いと、この白を基調とした独特の空間が私は嫌いでね。

 思い出したくもない過去がよみがえり、私は無意識のうちに舌打ちしてしまった。

 なんとも大人気ないというか……目の前に怪我人が寝ているというのに、彼女に対する配慮が欠けていたと思う。

 

 

 

「え……っと、ここは――――――」

 

 

 そう言って辺りを見渡す彼女は混乱しているようだったが、状況が状況なだけにそれも仕方ないのかもしれない。

 目を覚ますとそこはカーテンで仕切られたベッドの上、しかもその横には彼女に怪我を負わせた張本人がいる。

 彼女の視線に思わず苦笑いしてしまったのは、この不思議な状況に対するささやかな抵抗である。

 

 

 私が説明しなくとも彼女は気づくだろうし、なによりそんなことに大切な時間を使いたくはなかった。

 ここがどこなのか、そして彼女の身に一体なにが起こったのか――――――ふむ、少し考えればそこら辺の小学生にだってわかる。

 

 

 

「そっか、やっぱり私負けちゃったんだ」

 

 

 そう言って微笑む姿はどこか満足そうで、なんでこんなにも嬉しそうなのか私にはわからなかった。……まあ、わかりたいとも思わないし興味もないがね。

 そしてそんな私たちの視線が絡み合ったとき、そこから見えた一瞬の輝きに私は混乱してしまう。

 今まで数多くの人間と言葉を交わしてきたが、彼女のそれは見たこともないような色をしていてね。

 

 

 

「あの……」

 

「ん? どうしたのかな?」

 

 

 喉まで出かかった言葉を何度も呑み込んで、考えがまとまったかと思えば再び黙ってしまう。

 おそらくは私に対する罪悪感が彼女の喉を潰し、そして積みあげられた(しがらみ)がその感情を抑え込んでいる。

 個人的には鬱陶しいことこの上ないが、ここで私の方から切り出すわけにもいかないからね。

 

 

 あくまでも彼女の意思を尊重し、そのうえで間違った方向へと誘導しなければならない。

 私が描いたにしては上出来のラスト、可愛らしい子犬は見事(セレスト)の居場所を突き止めたのである。

 

 

 

「お姉ちゃんのことを教えて――――――ヨハン君との関係も含めて……全部、私はなにがあったのか全部知りたい」

 

 

 彼女の言葉に私は悪辣な笑みを浮かべ、その真っ直ぐな瞳が黒い塊に覆われていく。

 そんな風に見つめられてもなんとも思わないというか、残念ながら私の感情はこれっぽっちも動かない。

 私の良心は燃えないゴミの日に捨ててしまったからね。今更良心の呵責に苛まれることやあのときのような失敗はありえないのだよ。

 

 

 

「さて、どこから話したものか――――――」

 

 

 そうして始まった確認作業という名の答え合わせ、私自身の口から嘘だらけの物語が語られる。

 物語の始まりはあのテラスで話した私たちの関係、私とセレストとの出会いを確認するところから始まった。

 

 

 私とセレストとの出会いに関して、それはギルドを通して薬草の採取を依頼したからである。

 そのときにやってきた冒険者がセレスト=クロードであり、私たちはサラマンダーギルドを通して何度も取引を行った。

 それはセレストが失踪するその直前まで続き、彼女への依頼が滞り始めたので私はギルドへと向かった。

 

 

 なぜこんなにもギルド側の対応が遅いのか、彼女はまだサラマンダーギルドの冒険者として活動しているかが知りたくてね。

 だがギルド本部を訪れた私は予想外のことを教えられた。それはセレストがよからぬ連中と付き合っていたこと、そしてそのせいで冒険者としての資格を剥奪されたという内容だ。

 最初は同姓同名の別人であることを疑ったが、残念ながらその可能性は否定されてしまった。

 

 

 

「人魔教団、この名前を聞いたことはあるかな?」

 

 

 初めはちょっとした好奇心だったと思う。セレストがこの国でも珍しい獣人だったから……なんて、そんな不純な動機で彼女の足取りを追った。

 ギルドの言うよからぬ連中とは一体誰なのか、なぜ登録を剥奪されてしまったのかが気になってね。

 そして想像以上に彼女が追い詰められていたこと、人種差別や文化の違いにセレストが悩んでいたことを知った。

 

 

 

「人魔教団とは闇ギルドの元締め的な組織、言うなれば最低最悪の連中だ。

 要人の暗殺から民間人の拉致や人体実験まで、彼らはありとあらゆる犯罪に手を染めている。

 私は彼女の足取りを追う過程でなぜ資格を失ったのか、そしてこの件に彼らが関わっていることを知った――――――」

 

 

 おそらくはこの国では珍しい獣人だったから狙われたのだろう。彼女は見栄えも良くて腕も立つし、彼らが欲しがった理由も納得できる。

 精神的に弱っているところをつけ込まれて、そのせいで彼女は道を踏み外した。

 私がセレストを見つけたとき、彼女は人魔教団が運営する闘技場の中で非合法の戦いに身を投じていた。

 

 

 久し振りに見た彼女は着ている服もボロボロで髪も汚れており、付き合いの短い私が見ても辛そうでね。

 見世物の一環として殺し合いを強要され、下衆な観客たちが対戦相手を殺せと叫んでいた。

 哀れな奴らだよ。自分たちが非力で無能だからこそ、金を払って殺し合いを安全な位置から眺めている――――――なんと言うか、そんな彼らを私は心の底から嫌悪したね。

 

 

 

「だからこそ私は徹底的に破壊した。それは比喩や言葉遊びの類ではなく、文字通り徹底的にやらせてもらったよ。

 こんな場所でセレストが戦っている……いや、戦いを強要されていることが許せなかった。

 あんなくだらない施設を造った人魔教団や、観客席で笑っているクズ共も全員許せなかった」

 

 

 そこから先は彼女を救い出して私の屋敷で匿うことにした。セレストを助けるためにかなりの無茶をしたから、このまま人魔教団が引き下がるとも思えなくてね。

 ある程度落ち着いてきた彼女に全ての経緯を話すと、セレストは私の屋敷で働きたいと言ってきたのさ。

 一応断っておくがこれは私が言い出したのではなく、あくまでもセレスト側からの提案だ。

 

 

 君をこの件に巻き込みたくないからと、彼女が使用人として働きたいと言ったのも君の……その、学費?を稼ぎたかったそうだ。

 仮にセレストが君のもとへ帰っていたなら、おそらくは二人とも殺されていただろう。

 なぜこんなにも大事なことをずっと黙っていたのか、それは君を信じ切れなかった私の失態でね。

 

 

 セレストは君のことを信用できると言っていたが、私はその言葉を疑ってしまったのだ。

 これは私の悪いところなのだが、私は私自身が見たものしか信じられない質でね。

 だからこそ私は君という人間を試したのだが、少しばかりやりすぎだと彼女に怒られてしまったよ。

 

 

 だがそのおかげで君のことを知ることができたし、個人的にはやって良かったと思っている。

 だけどそのせいで何度も君の気持ちを踏みにじり、更にはこんな怪我まで負わせてしまった。

 君を傷つけた私が言うのもおこがましいが、君は――――――

 

 

 

「君はセレストの言う通り素晴らしい人間だった。君を疑ってしまった馬鹿な私を許してほしい」

 

 

 その言葉を一区切りとして、私は彼女の反応を窺ったのだがその表情は悲しげでね。

 人を説得するときはそれっぽい感情を織り交ぜて、そのうえでできるだけ大袈裟に振る舞うといい。

 適切な場面に於いて、適切なタイミングを見計らって適切な言葉で御話ししよう。

 

 

 これは私が社畜時代に培った対人スキルであり、初対面の人間と話す際にはなんの問題もなかった。

 大抵の奴らは私の言葉を信じて疑わない。なぜなら私の行動には一貫性があり、表面上は全く矛盾していないからだ。

 だが私の性格をよく知る者は例外であり、彼女ならばその中にあるちょっとした違和感にも気づくだろう。

 

 

 

「嘘つき、ヨハン君は嘘を衝いてる――――――だって、どんなときでも冷静なあなたがそんなことするはずないもの。

 なんの考えもなしに暴れるなんて、私の知っているヨハン君はそんな風に流されたりはしない。

 それに……その、人魔教団?について、なんでそんなにも詳しく知ってるの?」

 

 

 セシルならば話の流れやその経緯ではなく、あくまでも私という個人を取り上げると思っていた。

 私が誰かのために身を投げ出すなんて、それこそなにかしらの思惑がなければありえないだろう。

 北の独裁者がノーベル平和賞を受賞するか、それとも彼の国に星条旗が掲げられるくらいにありえない。

 

 

 

「話の経緯は理解できたし、私たちがヨハン君に助けられていたこともわかった。

 だけどどうしても納得がいかないの。……だから教えて、私を信頼しているなら全部教えてよ」

 

 

 そもそも闇ギルドの元締め的な存在を、どうして私なんかが知っているのだ。

 人魔教団のことを説明する際の口振り、学生とは思えぬほどの実力も含めて疑問に思っただろう。

 しかしそんなセシルの感情すらも織り込み済み、彼女は彼女自身を閉じ込めている悪意(ケージ)の存在に気づいていない。

 

 

 

「確かに、君の言う通りセレストを助けたのはついでだった。

 もしかしたら彼女を助けるという口実を利用して、ただ単に復讐したかっただけかもしれない」

 

 

 ここからが物語の中核を成す部分、私がセシル=クロードを買っている理由である。

 なぜセシルに人魔教団の情報を与えたのか、それは彼女を使ううえで最も効率が良いからだ。与えられたノルマを達成するため――――――というのはただの建前に過ぎない。

 私はカテドラルの在り方について、その主軸をどうするかでずっと悩んでいてね。

 

 

 プライドに関してはサラマンダーギルドがその主軸であり、スロウスはギアススクロールの影響下にある人間たちである。

 では私の方はどうだろうか。……ふむ、実はセレストを部下に加えた時点である程度の構想は固まっていた。

 残念なことに私にはこれといった組織もなく、特別な術式を生成するだけの知識もない。

 

 

 だが新参者であるがゆえにある種の禁じ手というか、私にしかできない最高の方法が存在する。

 できるだけ多くの実績を積むために、最も効率が良くて比較的安全なプランだ。

 

 

――――――それは人魔教団と敵対する組織(ギルド)、そのギルドマスターに私が就任することである。

 

 

 これがなにを意味するのか、そんなことは今更説明するまでもないと思う。

 人魔教団と敵対する組織の内情、それを内側から調べるだけの簡単な御仕事だ。

 危険人物のリストアップからライバル企業への情報操作まで、ローリスク・ハイリ―タンとは正にこのことだろう。

 

 

 人魔教団が犯した事件を誰かになすりつけて、そのうえで敵対組織の内部分裂を謀ろうか。

 有能な人間を殺したり彼等の技術を盗んだりと、その方法はいくらでもあるしいくらでも作れる。

 そして一番のメリットは人魔教団の大司教である私が、彼らという野蛮人の標的にならないことである。

 

 

 無論正体がバレてしまえばその限りではないが、それまでは私が望む安心安全な生活が送れるだろう。

 人魔教団を憎んでいる者たちを集めてギルドを作り、そのギルドをカテドラルの主軸としよう。

 私たちを憎んでいる者が私たちのために働く、それこそが私の思い描く安心安全な邪教徒ライフ。

 

 

 そしてそんな彼らに最高の舞台を提供するために、彼女たち姉妹を利用して架空の実績をでっちあげよう。

 人魔教団の手から救い出したセレストと、そんな彼女を慕い私に恩義を感じているセシル、なんとも微笑ましくてわかりやすい関係だ。

 君たち姉妹が私の身分を保証してくれるわけで、人魔教団と敵対する組織に私の能力を宣伝してくれる。

 

 

 少しばかり物足りないかもしれないが、私に言わせれば大した問題ではない。

 人魔教団の原罪司教、憤怒を司る私が教団の者を捕まえることなど簡単だ。

 要するに実績など簡単に積めるのだよ。人魔教団最高幹部の一人、同じ原罪司教を生贄にすれば私の地位も自然と上がるだろう。

 

 

 実績も積めて教団内での地位も上がる。ほら、出来の悪いライトノベルにありがちなストーリーじゃないか。

 最強の味方が最悪の敵に……なんて、別に驚くようなことでもないだろう。

 教皇様には私のカテドラルについて、ある程度のことは言ってあるしその許可も頂けた。

 

 

 ただどうやってそんなギルドを作るのか、そのプランまでは伝えていないけどね。

 仮に正体が露見したとしたときは、敵対組織の情報を手土産に本社勤務を願い出よう。

 徹底的にライバル企業を陥れて、意味深長な書類と出鱈目なリストを使って疑心暗鬼にさせる。

 

 

 時間対効率ここに極まれり。露見したところで夢の本社勤務、どう転んでも私の生活は安泰である。

 それに私が人魔教団と敵対する組織の、その最大勢力ともなれば教団内でも重宝されるはずだ。

 

 

 

「私がどうしてこんなにも人魔教団について詳しいのか……正直に言うと私と彼らには色々な因縁があってね。

 人魔教団には大きな借りがあるわけで、それを返さないことにはこの悪夢から解放されない。

 私は私をこんな風にした彼らを許さないし、彼らも彼らで私という人間を狙っている」

 

 

 さて、もう少しだけこの物語を続けようか――――――ちなみに先ほどの発言も含めてそのほとんどが嘘であり、全ては可愛らしい子犬への躾である。

 人間を殺すのに必要なのは鋭い悪意であり、人間を騙すのに必要なのは(なまく)らな悪意である。

 嘘を吐くときのコツはその中に真実を織り交ぜること、そうすることによってちょっとした矛盾やある種の罪悪感が解消される。

 

 

 

「それは……どういう――――――」

 

 

「申し訳ないが、私にだって思い出したくない過去はある。

 セレストを調べる過程で人魔教団の存在に気づき、そしてその居場所がわかったからこそ行動した。

 ただそれだけ……しかし私にとってはそれだけで十分だった。

 こんなことを言うのはあまり好きではないが、君のような人間はとても恵まれているんだ」

 

 

 それに少しばかり含みを持たせた方がこの手の人間には効果的であり、こちらとしてもなにかと都合が良い。

 可愛らしい子犬が申し訳なさそうに口を噤み、それを見ながら未来の飼い主が苦笑いする。

 私のような人間にそんな顔ができるなんて、その感情をコップ一杯分でもいいから捨ててほしかった。


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