邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者の宣言

 なんと素晴らしい人材だろうか、この一撃を受け止めた彼女に私は称賛を贈りたい。

 これはちょっとした心理ゲームのようなもの、彼女は結界内に入った私を見てこう考えたはずだ。

 これが最後のチャンスかもしれない……これを逃せばもう後はないとね。

 

 

 だがそれは青酸カリがトッピングされたショートケーキであり、希望なんかとは程遠い最低の代物だ。

 そもそもこんな結界(モノ)で私達の実力差は埋まらないし、先ほどのような不意打ちももはや通用しない。

 セレストの情報を重視したせいで彼女に対する認識、そして私の対応が甘かったことは認めよう。

 

 

 この点はこの戦いで学んだ教訓であり、セレストというフィルターを通して彼女を見ていた私のミスだ。

 しかしそう悲観することもない。なぜならそこまでやっても彼女の剣は私に届かなかった。

 つまり彼女の結界ではこの実力差を覆せないということ、この戦いは彼女が剣を振るった時点で始まりそして終わったのである。

 

 

 あのときに躊躇していなければ……なんて、そんなことを言っても時間の無駄だろう。

 私を怒らせてしまったことが彼女の不運、そして私に取っての幸運だったかもしれない。

 この戦いはあくまでも通過地点であり、最終的には彼女を降参させるつもりだった。

 

 

 私の目的は可愛い子犬(セシル)をゲージの中へと誘導すること、彼女が踊り出した時点でその目的は達成されている。

 感動的なクライマックスを迎えるために、セシルには舞台(ゲージ)の中で踊り続けてもらおう。

 季節外れの新人研修。こちらにも色々と事情があるわけで、私のカテドラルを強化するためには君たちが必要なのだ。

 

 

 拒否権は認められないがその分待遇は保証するし、働きによってはセレスト再び暮らせるよう手配しよう。

 少しばかり血生臭い会社ではあるが、安心安全の終身雇用であり大好きなお姉ちゃんとも一緒にいれる。

 

 

 

「ねぇ、私はなにを信じればいいのかな?」

 

 

 こうして季節外れの新人研修が始まったのである。セレストから聞いた情報に個人的な見解もプラスし、アドバイスという名の下に彼女の自尊心を叩きのめす。

 私という存在を大きく見せたうえで、彼女の中にあるはずの残像を絶対的なものとする。

 私に対する好意が彼女の人格を狂わせるのだ。好意というフィルターを通したとき、人間とは自分にとって都合の良い部分しか見ようとしない。

 

 

 散りばめられたパンくずを拾った彼女は、その断片的なヒントから必死に答えを探していた。

 私が何を考えているのか、その思考を読もうとして考え、悩み、そして染まっていったのだよ。

 お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いている。ドイツの哲学者が残したこの言葉はとてもユニークであり、実存主義に於ける代表的な言葉だと私は思う。

 

 

 

「ほう、面白いじゃないか」

 

 

 正面から突っ込んでくる彼女に私は呟くと、そのまま剣を構えて同じように走り出した。

 この状況を好機だと思っているなら、残念ながらそれは大きな勘違いだ。

 私は合理主義者だからね。費用対効果や時間対効率を誰よりも重んじているし、目的のためならなんだって利用しよう。

 

 

 ではそんな男が何も考えずに行動するだろうか――――――答えは否、だ。

 彼女の性格と結界の性質上その攻撃は単調なものが多く、長時間の打ち合いにはあまり慣れていない。

 それこそ学生風情が相手では一方的にあしらわれて終わり、相手が結界内に入った時点でその勝敗が決まってしまう。

 

 

 つまり接近戦が得意といってもその経験は少なく、ちょっとした罠や予想外の反撃には対処できない。

 立体的な動きには体がついていかず、先ほどのような至近距離での戦闘にも弱い。

 大方あそこまで近づかれたことがなく、結界の中で打ち合うのも初めてだったはずだ。

 

 

 それならば私のやるべきことは決まっている。正面からの攻撃で彼女の一刀を誘い出して、それが振り下ろされた瞬間に双剣を弾き飛ばそう。

 意味深長な言葉と圧倒的な力、思い通りにいかない焦りが彼女の思考を鈍らせる。

 直線的な動きから立体的なそれへと、フェイントを入れてからの一撃でこの試合も終わりだ。

 

 

 

「やっぱり、ヨハン君が正面からくるなんておかしいと思ったもん」

 

 

 だが、その一撃に彼女は対応してみせた。最初のフェイントには見向きもせずに、本命の一撃を受け止めた彼女はどこか嬉しそうだった。

 御互いの息遣いがわかるほどの距離で微笑む彼女、予想外の状況に思わず苦笑いしてしまったよ。

 おそらくは私の性格とあの言葉を信じて、それでこの一撃に全てを賭けたのだろう。

 

 

 ここから先は戦いではなく教育だ――――――だからこそ正面からくるのではなくなんらかの形で双剣を奪いにくると読んだ。

 どう足掻いても私に勝つことはできないが、それならば一秒でも長くこの試合を長引かせよう。

 彼女が今もこうして立っているのは、その執念がもたらしたささやかな奇跡である。

 

 

 勝つことを諦めたからこそ気づけた選択肢、あのバーバリアンとはわけが違う。

 これ以上の戦いは無意味だと彼女は知っている。事実、私の考えを裏付けるように彼女は動こうとはしなかった。

 結界を展開するわけでもなく、だからといって私から離れようともしない。

 

 

 剣も振らずにただ黙って最後の瞬間、言うなれば私の攻撃を待っているようだった。

 なるほど、どうやっても勝てないならいっそのこと投げ出してしまおう……か。

 このまま戦ったところで結果は明白、それならば最初から無駄な抵抗はせずさっさと終わらせよう。

 

 

 彼女の目的は代表戦に優勝することでも、ましてや四城戦に出場することでもないからね。

 あくまでも私とセレストとの関係を知ること、そして唯一の家族と再会することの方が重要なのである。

 それこそこんな試合なんてどうでもいいと、そう思えるほどに彼女は欲しているのだ。

 

 

 ほら、なんとも美しい家族愛じゃないか。

 御立派な地位や名誉なんかには見向きもせず、セレストと過ごす平凡な日常を取り戻すために戦う。

 他者のために自らを犠牲にできる稀有な存在であり、だからこそ私は君という人間を評価する。

 

 

 

「セシル、私は君の覚悟を侮っていたかもしれない。

 今の君はどんな貴族よりも気高く、そして今まで出会ってきた誰よりも美しい。

 セシル=クロード、私は自分以外の人間に対して初めてこんな感情を抱いた。

 たとえ何千、何万、何億の人間が君のことを否定しようとも関係ない――――――私が君という人間を評価してやる。

 だから誇れ……そしてこれ以上私を失望させるな」

 

 

 

 欲しい。そんな君が是非とも欲しいのだよ。

 人の感情とはアニメや小説のように単純なものではないし、そこには無量大数分の選択肢と可能性が存在する。

 複雑な人間関係と個人の感情、様々な利害関係が個を形成してそれが全へと変わる。

 

 

 だが人は誰しもある種の願望や欲望、劇的な変化を無意識の内に欲しているのだ。

 人心を掌握する術について、彼のちょび髭オジサンはこう語っている。

 

 

 

「私は説得によって全てを作り出した」

 

 

 ここはちょび髭オジサンをお手本に、目の前にいる間抜けな小娘を扇動してやろう。

 私はため息を吐きながら背を向けると、そのままセシルが喜びそうな言葉を使って心を揺さぶる。

 それこそ絶対的な強者を気取りながらガッカリだと言わんばかりに――――――そうすれば……ほら、彼女は私という人間に心酔することだろう。

 

 

 先ほどとは打って変わって輝きを取り戻した瞳、君はヒーロー君のような偽物ではなく本物の御人好しだ。

 正真正銘の利他主義者、今の彼女は己の浅はかさを悔やんでいるはずだ。

 セレストのことが気になるのはわかるが、だからといって私をないがしろにしないでほしい。

 

 

 

「君に対して敬意を払おう。私はセレスト共に人魔教団と敵対するもの、セシル=クロードのクラスメイトであり仲のいい友達だ」

 

 

「うん、私もヨハン君と同じ気持ちだと思う。

 ただ認められたくて……貴方に追いつきたいからこそ私は戦う」

 

 

 

 そしてそんな感情に乗じて最後の狂言、言うなれば最大のパンくずを落としてやる。

 ここから先は試合が終わった後、特別ゲストも交えてゆっくりと話し合おうか。

 私の誘いに彼女は喜々としてゲージの中へと飛び込み、その様子を見ながらこれ以上の会話は無粋だと悟った。

 

 

 ブルーカラーとして働かせるにはセレストは危険だし、今の内にセシルの実力をある程度把握しておきたい。

 誰かのために自らを犠牲にできるなんて……ああ、君は本当に素晴らしい人材だよ。

 彼女が大切とする人間の中に加わったなら、それこそ私としても今後の計画を安心して進められる。

 

 

 研ぎ澄まされた二つの感情と儚く揺れる二つの双剣、私達の視線が重なり合った時周囲は静寂に包まれた。

 あれほどうるさかった雑音が聞こえなくなり、数え切れないほどの視線がその瞬間を待っている。

 今の私には彼女がなにを考えているのかがわかった。戦いが長引けば長引くほどに彼女の勝機は失われていく、それならば最初の一撃に己の全てをかけるしかない。

 

 

 

「いい、やはり私の目に狂いはなかった」

 

 

 案の定展開された結界はかなり大きく、おそらくは全ての魔力をこれに注いだのだろう。

 自滅覚悟の特攻。それは最も合理的で称賛されるべき一手であり、これで時間稼ぎをすることもできなくなった。

 それは覚悟という名のあからさまな挑発、可愛らしい子犬がケージの中で叫んでいる。

 

 

 私は結界の中へと入るとそのまま一気に駆けていく、ここで小細工を弄するほど野暮でもないからね。

 魔力を使い果たしてしまったのか、彼女は剣を構えたままそこから動こうとはしなかった。

 身体・精神的ダメージを負っているにもかかわらず、そんな状態でも彼女は諦めていない。

 

 

 しかし、現実はどこまでも残酷であり、数秒後には私の剣だけが振るわれていた。

 セシルの双剣が砕け散りその体から力が失われていく、それはまるでスローモーションのようにゆっくりと……それでいて着実に時を刻む。

 わかりきっていた光景、なんの面白味もない結果がそこに広がっていた。

 

 

 ただ、私は倒れゆく彼女にどうしてあんなことをしたのだろう。

 咄嗟に伸ばした手は彼女の手を掴み、そして自分の方へと引き寄せていたのさ。

 砕け散った刃が光を反射しながら二人を包み、そんな煌びやかな空間の中でセシルを抱いていた。

 

 

 

「ほら、やっぱり君は優しいね」

 

 

 私の目の前で彼女は嬉しそうに微笑んでいた。もしかしたらこれを狙って……なんて、そんな馬鹿らしいことを想わず考えてしまう。

 しかしそんな妄想も終了の合図と共にかき消され、満足そうに眠っている彼女を見ていたらどうでもよくなった。

 むしろ私にとっての戦いはここから始まるわけで、学園の近くで待機しているはずのゲストをどうやって連れてくるかが問題だ。

 

 

 駆けつけた職員に彼女を引き渡した私は、そんな彼らを見ながら当初の予定を変更すべきだと思ってね。

 取りあえずは生徒会長様に協力を仰いで医務室の人払いをし、そして学園の裏口がどこにあるのか聞き出すとしよう。

 

 

 

「ん? なんだ――――――」

 

 

 なんと言うか……これからのことを考えていたせいで、私は私自身の足並みが遅れていることに気がつかなかった。

 いつもの喧騒を取り戻したアリーナの中で、有り体に言えば私の悪い癖が出てしまってね。

 いつもならこんな鬱陶しい場所に長居はしないのだが、そのせいで聞き捨てならない言葉を聞いてしまったのさ。

 

 

 

「全く、やっぱり動物じゃ勝てねぇよな」

 

「所詮は犬っころ、俺は最初から負けると思っていたね」

 

 

 今までならば私と戦った相手に対して、その全てに称賛を送っていた馬鹿どもが野次を飛ばしていた。

 初戦で戦った戦鬼や名前も知らない女生徒、そして糞ったれなヒーロー君は称賛するのに彼女は違うらしい。

 そうか、私が認めたセシルではなくあんなゴミ共が好みなのか。

 

 

 なるほど……なるほど、本当にどうしようもない馬鹿どもでもある。

 それが獣人に対する偏見なのか、それとも私に対する当てつけなのかはわからない。

 だがそれでも私と戦うだけの勇気もない有象無象が、彼女を罵っているという事実だけで十分だった。

 

 

 

「さて、ここで私からちょっとした注意事項がある」

 

 

 騒がしいアリーナの中心で私はできるだけ目立つように振る舞った。周囲を見渡しながら双剣を地面に突き刺して、そのうえで不快感を隠そうともせずに叫んだよ。

 

 

 

「セシル=クロード、彼女を侮辱する者に私は容赦しない。

 彼女は私が認めた人間であり、貴様らの何兆倍も美しくて価値のある存在だ。

 私は貴様らが何百、何千、何万人に死んでもかまわない。……もう一度言うぞ? 私は貴様らがいくら死んでもかまわないのだ」

 

 

 こんな馬鹿共に、私が認めた彼女を貶されることが不愉快だった。

 

 

「彼女に触れた者はその部位を削ぎ、馬鹿にした者はその舌を削ごう。

 殺しはしないから安心してくれたまえ。ただ削ぐ――――――削ぐだけで終わりだよ諸君。

 四肢を削いで達磨にして、そしてそのまま新しいオブジェとして飾ってあげよう」

 

 

 こんなゴミ共に、私が欲した人材を中傷されるのが不愉快だった。

 

 

 

「貴様らのような馬鹿にはわからないだろうが、彼女は私と同じかそれ以上の可能性を秘めている。

 彼女は私のものだ。私だけの……私が欲した女なのだよ。

 そんな彼女を馬鹿にする? ほう、私を敵に回してもいいならやってみろ」

 

 

 柄にもなく声を張り上げたこと、馬鹿な大衆と会話することが不愉快だった。

 

 

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