邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者の尻尾と牙

 貴方が無口なのは知ってるけど、今日だけは本当のことを話してほしい。

 ヨハン君が正しかったのかそれとも私の方だったのか、なにを信じればいいのか自分でもわからなくなっていた。

 学園代表戦の準々決勝。その舞台で私は誰よりも混乱していて……なんていうか、私の意思はこんなにも脆かったのかな。

 

 

 あんなにも怒って、そして泣いた筈なのに未だに私は迷っている。

 ヨハン君とアルフォンス君との試合中、私の足はいつの間にか動き出していた。

 クロード家の紋章が刻まれた双剣、お姉ちゃんが持っているはずのそれを彼が使っていたからだ――――――ただ単にその理由が知りたくて、どうやって控室に向かったのかは私も覚えていない。

 

 

 

 あのときの記憶は酷く曖昧で、私の体は黒い感情によって突き動かされていた。

 怒りや悲しみ、そこに少しばかりの悲しみを混ぜて出来上がったもの。……私がハッキリと思い出せるのはそれから少し後の、どこか悲しそうに微笑むニンファさんに呼ばれてからだ。

 そこでやっと私はここが生徒指導室だと気づいて、自分がなにをしたのか彼女から教えられた。

 

 

 

「セシル=クロードさん、今回の件に関する処罰を言い渡します」

 

 

 感情を持て余してしまった私は、あろうことかマリウス先生に攻撃したらしい。

 混乱する私を尻目にニンファさんの表情は険しく、そして近くにいるはずの彼女がとても遠かったの。

 淡々と告げられる内容が他人事のように思えて、どうしてもその実感が湧かなかった。

 

 

 私の心に芽生えた感情は徐々に体を侵食していき、その全てが黒く染まるまでそんなにかからなかったと思う。

 彼の体に剣を突き立てて一秒でも早く真実が知りたい。こんな感情は生まれて初めてだったし、できることなら今すぐにでも彼を問いただしたかった。

 だけどそのたびにお姉ちゃんの笑顔が脳裏を過って、そんな私を何度も押し留めてくれたの。

 

 

 私のわがままでこの学園に入学したのに、ここで退学にでもなったらお姉ちゃんに顔向けできない。

 少しだけ取り戻した理性に私は悶々とした感情を募らせて、彼に対する憎しみが日に日に殺意へと変わっていく――――――そして今日という日を私は迎えたの。

 

 

 

「あんなにも憎んでいたのに……なんで、どうしてこんなにも虚しいのかな」

 

 

 この数日間ずっとこの瞬間を待ち望んでいたのに、気がつけば彼のことを信じたいと思っている。

 なんで……どうしてヨハン君はそんなにも遠いの。

 ヨハン君の足が速すぎて私には追いつけそうにないから、だからそんな風に意地悪しないでよ。もっとゆっくり歩いてよ。

 

 

 困る……困るんだよ。どんなに悩んでも答えは出ないし、なにを信じればいいのかも私にはわからない。

 貴方がわからない――――――どんなに考えても私にはわからないんだよ。

 

 

 

「ねぇ、私はなにを信じればいいのかな?」

 

 

 気がつけばその答えを彼に求めていた。短い付き合いだったけどそれでも彼という人間について、少なくともその笑顔が魅力的だというのは知っている。

 彼の欠点は彼自身を基準として他人にもその才能を求めるところ。彼が誤解されがちなのもそれが原因で、相手にも自分と同等かそれ以上の理解力を求めてくるの。

 

 

 究極に口数が少ない究極の口下手。それでも彼の言葉を注意深く聞いていれば、一応なんとなくだけど理解することはできる。

 お姉ちゃんが無事だということ、それに親しい間柄だというのは私にもわかったよ。

 お姉ちゃんに信頼されているのもわかったし、今思い返せば私の処罰が軽かったのも貴方のおかげなのかもしれない。

 

 

 

 だけど……だからって納得できるわけないよ。

 ヨハン君が伝えたかったことはなんとなくわかったけど、だからってあの時の感情を忘れることなんてできない。

 私は凡人だもん。私は貴方が考えているほど凄い人間じゃないし、お姉ちゃんみたいに強い人間でもない。

 

 

 私はヨハン君とは違ってどうしようもないくらい幼くて、それと同じくらいに聞き分けも悪いの。

 この学園の誰よりも貴方の事を理解しているつもりだし、君が浅はかな行動を取るような人間じゃないのも知ってる。

 わかってる。わかってるよ?だけど一度芽生えたこの感情は治まりそうになくて――――――

 

 

 

「ここから先は戦いではなく、どちらかといえば教育に近いかもしれない。

 個人的な見解ではあるが、今の君はセレスト以上に危うい存在だからね」

 

 

 お姉ちゃんから私の能力について、その全てを聞いているならそれ以上の力をみせてやる。……なんて、そう思ったからこそ私はその情報を逆手に取った。

 なにも教えてくれない彼に一矢報いたくて、私の成長を知らない今ならばその一撃は絶対避けられない。

 

 

 私の予想は正しかったよ。だけどそれと同時に最悪の結果も招いたの。

 倍速(アクセル)のことを知っているなら更なる倍速で、発動条件を知っているなら強引に突破すればいい。

 そうして生まれた唯一の勝機を、私は己の感情を制御できずに逃してしまった。

 

 

 手元が狂うなんて、そんな言葉では表現できないほどにその切っ先は乱れていたの。

 振るわれた剣は彼の頬を掠めただけで、慌てた私は思わず後ろに下がってね。

 この醜態を彼がどう捉えるかなんて、そんなのは今のヨハン君を見れば簡単だったよ。

 

 

 いつもの口調で淡々と……そう、淡々と話しかけてくるところがとても怖かった。

 たぶん、この瞬間から私は勝つことを諦めていたと思う。

 初めは彼が憎かった。次に彼を信じたくなった。それから彼が怖くなって――――――そして気がつけば認められたいと思った。

 

 

 私はなにをしたいのか、彼とどうなりたいかなんてわからない。

 なにも、どんなに考えてもその答えは出なかったと思う。

 彼を信じたい自分がいて、それと同時に彼を疑う自分もそこにはいたの。

 

 

 

「まず初めに、君は己の弱点を知らなさ過ぎる。

 君の能力は結界を媒介として相手の五感を操るものだが、それはつまり結界内でしか能力を使えないということだ。

 そしてその能力は君自身が速くなったのではなく、あくまで相手の五感を操っているに過ぎない。

 それならば最初から結界内には入らず、その外から攻撃すればなんの問題もない」

 

 

 そう言いながら結界内に入らないよう一定の距離を保つ彼に、気がつけば翻弄されている自分がいた。

 こんな短時間で私の能力について、その弱点を的確についてきた彼に私は唇を噛んだ。

 ヨハン君の立ち回りに全くついていけず、そんな私を見ながら彼は楽しそうに笑っていたの。

 

 

 彼の凄さは知っていたけど、それでもこの状況にはさすがにへこんだかな。

 まさかこんなにも実力差があったなんて、今までの努力を全否定されている気がしてさ。

 私自身の弱点から能力に関するダメ出しまで、こんなにも残酷なアドバイスは生まれて初めてだった。

 

 

 

「結界の維持にはかなりの魔力を消費するだろうし、今の君にはそれを行えるだけの魔力がないからね。

 ずっと維持していてはあっという間に魔力切れを起こして、肝心な時に大事な切り札が使えないかもしれない。

 だから魔力を節約しながら戦わないといけないわけで、それと同様の理由で他の魔法も使うことができない」

 

 

 そして彼の右手が一瞬光ったかと思えば、双剣の片方が私の足元に突き刺さっていた。

 私の結界は相手の五感を操るものであり、自我のある生物に対してその効果を発揮する。

 だからこういった攻撃の前には役にたたないし、だからと言って魔術壁を展開するわけにもいかない。

 

 

 彼の言う通り私の魔力はそんなに多くはなくて、無駄遣いしていてはあっという間に魔力切れを起こしてしまう。

 だからこそ私はお姉ちゃんから剣技を教わり、ある程度の護身術も身に着けていたの。

 ヨハン君の推測は全て当たっていた。地面に突き刺さった剣を見ながら額の汗を拭って、その動揺を隠すためにも彼を睨みつけようとしてね。

 

 

 

「これで一度目、動揺しているのはわかるがもっと演技力を身につけろ」

 

 

「えっ!?」

 

 

 背後から聞こえてきた言葉と冷たい感触、そのチクリとした痛みに変な声が出てしまう。

 咄嗟に結界を展開して振り向きざまに一閃、そして彼の姿を探してみたけどどこにもいなくてね。

 もう一度注意深く辺りを見渡すと、いつの間に移動したのか地面に突き刺さった剣を回収して結界の外に立っていた。

 

 

 

「違う、こんなので勝ったなんて言わせない!」

 

 

 その言葉と共に私は真っ直ぐ駆けていき、それに対して彼はその双剣で応えてくれた。

 よし、正面からぶつかり合ったら私だって簡単には負けない。

 さっきは油断していたけど、これならば結界の外へ逃げることもできない。

 

 

 四本の剣が激しくぶつかり合ってその衝撃に火花が散り、御互いの息遣いがわかるほどの接近戦となった。

 私は結界の範囲を広げて彼を包み込み、その五感を操ることでこの状況を覆そうとしてね。

 このままだと私の方はじり貧だし、なによりこのまま終わるなんて絶対に嫌だった。

 

 

 

「さて、これは君の能力というよりは君自身が抱えている弱点だ。

 君の能力は接近戦に於いて強力なアドバンテージとなる。しかし、接近戦とは速さだけではなく、最低限の腕力も求められるのだ。

 何度も言うようだが君の能力は相手の五感を操るだけであり、決して君自身が強くなったわけではない」

 

 

 わかる。ヨハン君の言いたいことは私にもわかる。……だって今の私は身動きが取れずにいたから、彼の腕力が強すぎるせいで剣を振るうどころか離れることすらできなかった

 彼の剣を受け止めるのに精いっぱいで、このままでは押し切られてしまう。

 かろうじて耐えてはいるけどいつまで持つか、この時ばかりは自分の非力さを呪いたくなったよ。

 

 

 

「なるほど、ここで体術を使わないのはその心得がないからか。

 ではこのまま押し切るというのも芸がないし、私が最も得意とする技を見せてあげよう」

 

 

 ヨハン君の言葉が聞こえたかと思えば、いつの間にかリングの端まで吹き飛ばされてね。

 両膝を地面につきながら痛む脇腹を押さえて、私が咳き込むたびに口元が赤く染まった。

 呼吸するたびに肺が痛むし頭もふらふらだったけど、そんな状態で立ち上がれたのは相手がヨハン君だったからだと思う。

 

 

 そんな私を知ってか知らずか、彼の足取りはとてもゆっくりとしていたの。

 向かってくるヨハン君を見ながら私の心は不思議と昂っていた。このままなにもできずに終わるなんて絶対に嫌、彼を失望させたままではその背中に追いつくことなんてできない。

 

 

 

「これで二度目か、まだ戦えるならば続けるが……どうするかね?

 個人的にはもう少し戦いたいところだが、そんな状態の君に無理強いしても意味がない。

 試合が終われば私とセレストの関係について、今の彼女がどういう状況に於かれているかも全て話そう」

 

 

 私は結界を最大限まで広げて少しでも時間を稼ごうとした。彼が立ち止まってくれたらその分だけ休むことができる。

 だけど彼の足は止まるどころか更に速まったような気がして、私はその時点で幾つかのことを諦めたの。

 彼が結界内に入ったと同時に痛む体を無理やり動かし、そしてくだらない意地を張り通すと決めた。

 

 

 思い通りに動かない心と体に苦笑いして、私は同じ失敗を繰り返さないためにも剣を握った。

 私の戦いはまだ終わっていない……むしろ始まってすらいないの。

 未だに私はまどろみの中を泳ぎ、そしてその答えを見つけ出せずにいる。

 

 

 だからこのままなにもできずに終わるなんて、そんなのは絶対に許されないし許さない。

 彼が剣を振るうよりも先に剣を振りぬき――――――そしてその先へと駆け抜けるんだ。

 

 

 

「全く、窮地に陥ったときこそ直線的な攻撃は控えるべきだ。

 短絡的な答えを求めるのではなく、必要なものとそうでないものを見極めて行動する。

 なにを優先すべきか考えてみれば……ほら、自然とその答えは見えてくる」

 

 

「そうだね。ヨハン君の考えていること、わからないことも多かったけどちょっぴり――――――ほんの少しだけわかったと思う」


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