邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
震える彼女を見下ろしながら、怖がらせないよう穏やかな口調で話しかける。
私なりに気を遣ったのだが、もしかしたら逆効果だったかもしれない。
まあ、変に期待させるよりかはよっぽど誠実である。
「さてどうしたものか、幼女を
なんとか抜け出そうとする姿は健気ではあるが、根元まで突き刺さったそれはびくともしない。
あの細い腕では引き抜くこともできないだろうし、肝心の飼い主さんもなかなか現れない
取りあえずはこれからのことについて、私はちょっとした親切心から彼女に忠告したのさ。
不幸中の幸いとは正にこのこと、私のような常識人に捕まった君は運がいい。
もしもプライドのような男に捕まっていたらどうなっていたか、それこそ事前通告もなしに拷問されるよりはマシである。
ちゃんとした手順を踏んでから実行された方が覚悟もできるし、なにより相手が子供なのだからできるだけ真摯に対応しよう。
「ただ、借りを返す前に個人的な質問がいくつかあってね。
君が私の質問に答えてくれたら、そのときはこれ以上手荒な真似はしないと――――――」
「ふん、誰が! わっちはアルフォンス様を……!?」
全く、ヒーロー君はこの幼女をどんな風に飼っていたのか。
飼い主なら飼い主らしく最低限の教養、少なくとも義務教育レベルの躾は施してほしい。
目上の人に対する態度やその言葉遣いも含めて、これではシアンの方が数倍まともである。
利他主義者が聞いてあきれる。彼女の態度があまりにも酷いので、少しばかり痛みを与えてみたのだが――――――ふむ、残念ながらそれほどの効果はなかったようだ。
声にならない悲鳴をあげながら巫女装束を赤く染めて、その大きな瞳から頬へと伝う一筋の輝き。
「最初に断っておくが、私はこのようなくだらないやりとりが嫌いだ。
君は聞かれたことを素直に答えればいいのであって、それ以外の言葉を口にした瞬間ペナルティーが発生する。
私の質問には明確に、それでいて簡潔に答えてくれたまえ」
「助けて……アルフォンス様――――――」
これではまるで悪人ではないか、なぜ私がこのような扱いを受けている。
事の発端はこの幼女が私の右足を斬りつけたこと、それが最大の原因であり全ての始まりだ。
そもそもこの場にいる時点で彼女も攻撃の対象であり、彼女自身もこういう状況を予想していたはずだ。
それ相応の覚悟はしていたはずであり、今更青少年保護法を盾に私を糾弾するのは間違っている。
大前提としてカビの生えた法律や身分制度、そんなものを採用しているのはこの国である。
人の命がちり紙のように軽く、傷害罪などあってないような野蛮な世界だ。
そんな世界で生きてきたくせに文明人の真似事か、小娘が考えたにしては中々ユニークな冗談だ。
しかし誰に保護を求める?――――――人権団体か? それとも動物愛護団体かな?
残念ながらそういった類いの組織はこの世界にはないし、あったとしてもこのカビ臭い国では無力である。
殴ったら殴り返されて、刺そうとしたら刺されるだろう。
撃ったら撃ち返されるし、殺そうとしたら殺されてしまう。
因果応報。そんなことは誰だって知っているルール、だから子供であっても特別扱いはされない。
悪いがその手の常識は通用しないし、むしろそれを求めたのは君とこの世界である。
「きっ……貴様ァァァ!」
ああ、そういえば君の存在をすっかり忘れていたよ。
そんな馬鹿げたことを平気で主張してくるだろう人物。私を傷つけてもなにも感じないくせに、身内が傷つけられると途端に怒り狂う哀れな野蛮人。
それこそなんという理不尽か、私を殴るのはいいが殴り返すのは許さない。
要するに私にサンドバッグにでもなれと、そう遠回しに言っているようなものだ。
だが私は十字架を崇拝する団体でもなければ、インド出身の大物政治家でもないからね。
己の命と財産を守るために戦うし、その点に於いては誰よりも平等であり
幼女や青年だって、女性や男性……果ては赤ちゃんだって私は躊躇なく殺せる。
平等に殺すし平等に戦おうじゃないか、全ては私が幸せになるための正当防衛である。
「お前だけは絶対に許さない!
僕のコンに、お前は……お前は! それが人間のやることか!」
「君は馬鹿か? ここはそういう場所で、その戦いにあの子を連れてきたのは他ならぬ君だ。
君の命令であの子は戦い、私はそれに対して少しばかり手荒な反撃を行った。
つまりは立派な正当防衛、少なくとも君にそれを言う資格はないよ」
突然現れたヒーロー君はとても怒っているようで、突っ込んでくる彼にため息がこぼれた。
きっとこのときの私は酷く呆れたように……それでいてとても冷たかったと思う。
ここまで矛盾した人間を見たことがなくて、呆れるというよりも哀れに感じていただろう。
既に彼の戦術は破綻しており、唯一の勝機であった切り札は私に奪い取られた。
身動きの取れない幼女など足手まといでしかなく、彼女という戦力はもはやゴミ同然である。
「君に勝つことが無理だって、そんなことはあの模擬戦のときからわかっていた。
だけど僕はそんな勝ち負けじゃなくて、ただ単に君を理解したかっただけだ。……君が傷つけてきた多くの人たち、その痛みと苦しみを教えたかっただけなんだ。
人を傷つけてばかりの君に、それが如何に愚かな行為かを伝えたかった」
だが、ここまで追い詰められてもなお降参しないのはどうしてか。
彼の中にあるプライドが邪魔しているのか、それともまだ勝つつもりでいるのか――――――いずれにせよ試合はまだ終わっていない。
もはや無謀としかいいようのない攻撃に少しだけ付き合ったが、これ以上なにもないのであればただのチャンバラごっこである。
私は隙だらけの攻撃にタイミングをあわせて、彼にとどめの一撃を与えようと動く……だが、その際にまたしても妙な違和感を覚えてね。
あんなにも助けを求めていた幼女、あれほどうるさかった小娘が急に静かになった。
視界の端に映る姿は相変わらずだったが、ヒーロー君の動きにしてもどこか不自然でね。
小娘を助けようとするわけでもなく、避けられるとわかっているのに無謀な攻勢を続ける。
その剣捌きも酷いものだったが、彼はこの状況で考えもなしに動くような人間ではない。
結局考えられる要素は二つだけ、むしろそれ以外の選択肢は有りえない。
まずは彼女を助けるために敢えて怒ったふりを装い、私の隙を衝いて解放しようと考えた。
だがこの考えはあまりにも無謀すぎるし、なによりこの強引な攻勢を説明することができない。
彼が私の想像通りの人間ならばそんな無意味なこと、たとえここにいるのがあの御姫様だったとしてもやらないだろう。
今更このペットを解放してもなんの戦力にもならない。要するに解放したところで勝機はないし、それならば今すぐ降参した方がより安全に解放できる。
しかしそれをしないとなると残る選択肢は一つだけ、あの幼女を使ってダメ押しの一撃を狙っている。
ふむ、こんな状況にもかかわらずヒーロー君は勝つつもりなのだろう。
御立派な事を口にはしているが、その本心は勝つことを諦めてはいない。
なるほど、なんともわかりやすくてこれ以上ないというほど納得できる。
そうなるとその狙いも自ずと見えてきた。……そうか、あの小娘は攻撃魔法も使えるのか。
「悪いけど、これで終わらせてもらう!」
要するに彼は小娘の射程圏内まで私を追い込み、そこでより確実な一撃を与えたかったのだろう。
それならば彼等の思惑を逆手に取って、これ以上ないというほど最悪な結末をみせてやる。
「ほう、それは私としても楽しみだ」
それは巨大な火球だった。幼女が放った魔法はただ真っ直ぐ、一直線に私の方へと飛んできてね。
彼の言葉を信じるならその威力は申し分ないだろうし、あれを食らったらさすがの私もただでは済まない。
だが、これを紙一重で避けたらどうなるだろう。
そもそもそれが飛んでくる寸前まで私に気取られず、更には足止めをしなければならない。
それがヒーロー君に課せられた役目であり、彼等に残された唯一の勝機だろう。
では私がその場から離脱したとき、その先にいるだろう可哀想な人間は誰だろうか――――――ふむ、君は本当に哀れな男だよ。
「アッ……アルフォンス様!」
まさか味方である筈の小娘に攻撃されてしまうとは、あれが直撃したにもかかわらずそれでも立ち続ける気概は認めてあげよう。
自らの剣を支えとしてかろうじて立っている姿はとても凛々しく、おそらくは火球が直撃する寸勢に魔術壁を展開したのだろう。
なるほど、彼の柔軟な思考と多種多様な戦術は評価できる。……だが相手が悪かった。
ヒーロー君を一瞥した私は踵を返して歩いていく、そしてその幼女を見下ろしながら微笑んだのさ。
「まさかあんな奥の手があったとは、驚きよりも先に感心してしまったよ。
君の行動はとても勇気あるものだと、この私が君という阿呆を認めてあげよう。
では誠に残念ではあるが、私を狙ったことに関してまずは一つ目のペナルティーだ」
己の主人を気遣う姿はとても美しく、少しでも近づこうと必死に暴れる姿はとても健気だ。
剣を引き抜こうと必死に頑張り続ける小娘、だが根元まで突き刺さったそれはあまりにも無情である。
その忠誠心を評価して少しだけ手加減しようか、彼女を怖がらせないよう優しい口調で話しかける。
なんの打ち合わせもなく彼の動きを見ただけでその意図、そしてタイミングをあわせたことは評価しよう。
なんとも心の通じ合ったパートナーじゃないか、人魔教団にいる同僚たちに教えたいくらいだよ――――――だけどそんな関係も今となっては足手まとい……か。
パートナーの攻撃によってその御主人様はボロボロ、当の本人はうるさいことこの上ない。
「わっちが……わっちのせいでアルフォンス様が――――――」
ヒーロー君の名前を叫びながら謝り続ける彼女、心の通じ合ったパートナーが健気に鳴いている。
そんなに罰してほしいなら手伝ってあげようか、泣き崩れる彼女に近づくともう片方の手を掴んでね。
もはや抵抗する気力もないのか実に素気なかったが、一人の大人として交わした約束は守らないといけない。
掴んでいた手に剣を突き立てて振り下ろし、その小さな御手手を二つとも地面に縫いつける。
これで理解してくれると助かるのだが、両手を貫く剣や頬を伝う涙はなんとも人間らしかった。
全く……悪い子はお仕置きされるものであり、本来であれば保護者である彼がやるべき仕事だ。
「申し訳ありません、アルフォンス様。……そんな、こんなことって――――――」
もっと泣き喚くかと思えば、その反応が大人しかったので拍子抜けである。
だがこれで余計な邪魔は入らないし、ヒーロー君だって黙ってはいないだろう。
大好きな身内がここまでやられて、それでなにも言わずに引き下がるほど大人ではないからね。
「それじゃあちょっとしたゲームでもしようか、この私に一度でも攻撃を当てたら棄権してあげよう。
ただし制限時間内に当てられなければここにいる彼女、召喚獣とやらにペナルティーが与えられる」
そして希望を抱かせるような言葉で彼の逃げ道を塞ぎ、降参という選択肢を排除させる。
希望とは時に人の判断を鈍らせる。ここで降参でもされたら消化不良も甚だしく、この感情を持て余しそうだからね。
「右足から初めて次に左……この首は最後まで取っておこう。
私は召喚獣という存在についてそれほど詳しくはないが、これといって気にする必要もないはずだ。
能力を知られた時点でこの子に戦術的価値はなく、それこそ別の召喚獣と契約した方が君のためにもなる」
彼を挑発するようなことを言って、更にその判断能力を鈍らせるとしよう。
一撃、たった一撃当てただけで勝てる……なんて、そんな幻想に囚われた時点でゲームオーバーだ。
なぜなら自分の利益だけを考えて彼女を軽視する行動、それは利他主義者の概念から完全に逸脱している。
要するに自分が勝つために他者を見捨てたという事実、ペットを見殺しにした彼の行動は立派な利己主義だ。
私はただ彼が偽善者だという事実を、私と同じ側の人間であることを証明したいのさ。
そのついでヒーロー君の心を完膚なきまでに砕く、それこそが私のちょっとした悪意であり復讐でもある。
「さぁ、第二回戦といこうか」
「……する」
だからこそその言葉がよく聞こえなかった。……いや、正確には聞こえていたのだが受け入れたくなかった。
気がつけばあれほどうるさかったアリーナが静まり返り、全ての視線が彼の一挙手一投足に集中していた。
まさかこんな終わり方が……ふざけるな。こんなふざけた最後を認めるわけにはいかない。
「僕は、降参する」
彼は利己主義者の筈だ。他人を食いものにして利益を追求する人格破綻者――――――そんな彼がここにきて諦めるというのか。
このときの私はこの場にいる誰よりも激怒していた。皮肉なことにその一言が最も私を動揺させ、そしてこの試合を終わらせてしまったのである。