邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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合理主義者の報復

「そういえば君は召喚士の家系らしいが、それは本当の――――――」

 

 

 先ほどまでの余裕はどこにいったのか、彼は当たらないとわかっていながらも剣を振るう。

 思えばあの模擬戦にしても不審な点は幾つかあった。

 どうして受け流されただけの刀があんなタイミングで折れたのか、折れないよう細心の注意を払ったにもかかわらずあの結果だ。

 

 

 なんの力も受けていないはずなのに、これ以上ないというほど絶好のタイミングで折れてしまった。

 なんと言うか……そう、偶然にしては少しばかり出来過ぎだろう。

 世の中の事象には必ず何らかの因果関係、つまりはその結果に至るまでの工程が存在する。

 

 

 

「おかしい、これはどう考えてもおかしいとは思わないかねヒーロー君。

 なぜあの女生徒のように魔術壁を展開しないのか、端から攻撃一辺倒で守ろうとすらしない。

 仮に君があの戦術を彼女に教えたというなら、それならばこのモヤモヤも少しはスッキリするのだがね」

 

 

 それでも彼は答えない……いや、その表情を見るからに私の予想は当たっているのだろう。

 なるほど、仮にヒーロー君が教えたならこれほど愉快なことはない。

 とても合理的で尚且つ利己的な判断だ。私という人間と戦うにはあまりにも情報が不足しており、そのディスアドバンテージを補うために彼女を利用したのである。

 

 

 

「そうか、どうやら君のことを勘違いしていたよ。

 要するに君は魔術壁が私に通用するのかどうか、それを確かめるためにあの女生徒を使ったわけか」

 

 

「違う! 僕はそんな人間じゃない!」

 

 

 やっと口を開いたかと思えば出てきた言葉がこれだ。なにを怒っているのか私には理解できないが、少なくとも彼という人間が破綻していることはわかる。

 私のような文明人が彼を理解できないのは当然であり、その思考が理解できるのはバーバリアンくらいだろう。

 いやはや本当に申し訳ない。彼を理解するということはその同類になるということ、私のような感情よりも理性を優先するタイプには難しい。

 

 

 仮に親切心から彼女にその戦術を教えたとしよう。彼女と私との戦いを通して彼は学習し、防御壁に頼るのではない違う戦術が必要だと知ったのだ。

 それはつまり彼女という人間を踏み台として、この試合を有利に進めているということである。

 

 

 

「僕はあの子を守りたかった! 君との戦いに脅えていた彼女を勇気づけるために、僕は精一杯の努力をしただけだ!」

 

 

 彼の言葉と共に豹変する攻撃のリズムとその剣撃、そんなバーバリアンらしい変わりように私は思ったのさ。

 彼が蛮族ではなく合理主義者ならば全てが繋がるのではないか。この無意味なやり取りや見えなかった一振り、彼の家系が召喚士だというセシルの言葉も無視できない。

 

 

 全ての事象はなにかしらの工程を踏んでおり、物事を考えるときは第三者の視点に立って考えなければならない。

 なにを信じてどれを疑うべきか、私の持っているカードを一枚一枚確認してみよう――――――そうすれば……ほら、自ずとその答えは見えてくる。

 

 

 

「ああ、そう考えれば全ての行動に納得がいく」

 

 

 そうしてとある仮説を思いついた。それを実証するにはもう一度彼を攻撃して、その反応を確かめなければならない。

 あまり気は進まないがここは割り切るとしようか、私の考えを気取られては全てが無駄だからね。

 先程と同じように彼の剣撃に合わせて動き、その一瞬の隙を衝いて脇腹へと蹴撃を放ったよ。

 

 

 

 結果? 無論私の右足は赤いテープでラッピングされて、それこそローストチキンのような有様だった。

 動くたびに感じる激痛に顔が歪む。だがこんなものはすぐに治るし、なにより今感じているこの痛みだって瞬間的なものだ。

 なぜなら私は喰人魔造(ホムンクルス)と呼ばれる特別な存在であり、そのことでプライドから何度貶されたかわからない。

 

 

 

「さすがの君でもその足では戦えないはずだ。降参してくれないか、大人しく降参してくれればこれ以上傷つかずに――――――」

 

 

「ふむ、ではお遊びはここまでにしようか。

 ここから先は私の素質を疑われかねんし、なにより貴様のようなガキにやられ放題というのは面白くない」

 

 

 しかしこれで私の仮説は実証されて全ての舞台は整った。

 この世界で広く普及している魔道具と呼ばれる便利グッズ。その中でも唯一私が持ち歩いているそれ、物を収容できる指輪の中からとある武器を取り出してね。

 そうして私は今まで使っていた刀とそれを入れ替えて、律儀に待っていてくれた彼に微笑んだのさ。

 

 

 実戦で使うのはこれが初めてだが、この状況ではこの武器が一番適しているはずだ。

 それにこの試合を見ているだろう彼女も退屈だろうし、ここはその聞こえるはずのない声援に応えてあげよう。

 

 

 

 

「君が双剣を使うなんて驚きだ。その構えを見ているとクロードさんを思い出すけど……ああ、そういえば君と彼女は仲が良かったね」

 

 

 この人格破綻者を倒す過程でもう一つの目的も果たそう。

 セシルは今どんな表情をしているだろうか、どんな気持ちでこの私を見ているのだろう。

 痛み? 悲しみ? それとも絶望かな? 彼女の心境を想像しただけでも心が痛むよ。

 

 

 自惚れでなければ彼女は私に好意を抱いており、そうでなくてもある程度の信頼関係はあるはずだ。

 しかし私が欲しいのはそんな中途半端なものではなく、どんなことがあっても決して揺るがない忠誠心だ。

 大日本帝国が組織した特高のような、鍵十字を掲げる国が組織したゲシュタポのようなそれだよ。

 

 

 セシル=クロードの信頼を勝ち取れ。つまりは絶対的な上下関係を作り、彼女を服従させればいいだけの話だ。

 ではどうやって彼女の忠誠心を私に向けさせ、その思考をコントロールするのか――――――簡単だよ。これ以上ないというほど簡単である。

 

 

 

「残念ながらその情報はもう古い。既に彼女との関係は崩れてしまったし、そもそも君の想像しているようなものでもないからね。

 この時この瞬間から私と彼女は敵同士、だけどここから私達の関係が始まるのだ」

 

 

 今までとは違って私の手元には強力なカードがあり、その背後には頼もしい味方もついている。

 そもそもそのための舞台そのための茶番劇、そしてこの紋章が刻まれた双剣もその小道具の一つだ。

 代々クロード家の当主にのみ帯刀を許された双剣、言うなれば由緒正しき鉄くずである。

 

 

 本来であればこれを持っているのはセレストであり、クロード家となんの関わりもない私が持っているのはおかしい。

 この意味とその経緯を考えれば行きつく答えは一つだけ、要するにセレストを殺して奪ったと考えるのが妥当である。

 

 

 

 没落貴族の紋章剣を手に込み上げてきた感情、それを堪えるのに私は必死だったよ。

 あの小娘はどんな表情をしているだろうか、どんな感情を私に向けているのだろう。

 困惑しているのだろうかそれとも怒っているのだろうか、信じていた者が実は敵だったかもしれないなんて――――――面白そうだ。ああ、とっても面白そうじゃないか。

 

 

 

「さて改めまして御挨拶を、君とは永遠に分かり合えないだろう男ヨハン=ヴァイスとは私のことだ」

 

 

 

 私が双剣を構えたと同時に彼は向かってきてね。相変わらずその行動原理は理解できないが、それでも今回だけは同情してあげよう。

 ああ、誤解がないよう言っておくが彼に対して同情するのではない。

 正確には彼が召喚したのだろう薄汚いペットに、この世界でいうところの召喚獣とやらに同情するのだ。

 

 

 彼の狙いは悪くないし理にも適っている。だが二度の攻撃で私を倒せなかったこと、その実力不足が今回の敗因である。

 馬鹿の一つ覚えに同じことを繰り返す彼はどうしようもない低能であり、私を侮ったことを後悔させてあげよう。

 なんてことはない。……そう、なんてことはないのだよ。

 

 

 

 一度目にその違和感を見抜き、二度目にその核心に迫ってから三度目に全てを叩き潰す。

 私の仮説が正しければ彼は待っているはずだ。私が反撃してくるだろう瞬間を、数少ない勝機を逃すほど彼も馬鹿ではない。

 全てはヒーロー君に私の意識を集中させるための囮、私が思っていた以上に彼は合理的だった。

 

 

 私に速さでは敵わないとわかっていたからこそ、彼は幾つもの罠を仕掛けていた。

 私の思考を分析してそのうえで待ち構えていた。まずは強引な攻勢によって私の集中力をかき乱すところから、おそらく無駄な剣撃を私に強要するのもそれが理由だ。

 模擬戦の際に私の剣術が劣っていることは知っていたし、突破できないとなれば私は戦い方を変えるだろう。

 

 

 

 剣術は彼の方が上だが体術では私の方が優っている。だからこそ私に体術を使わせたうえで攻撃を、私に負傷させられた脇腹への一撃を彼は引き出したかった。

 つまり私の性格を読んだうえでこの戦術を選んだのだ。模擬戦のときに負傷した脇腹への攻撃、彼が一番苦しむだろうそこを狙ってくれると信じてね。

 そして私は彼の思惑通りに動き、知らず知らずのうちに引っかかっていたのである。

 

 

 

 私の注意を逸らしたうえでその隙に獣人が襲い掛かり、あくまで彼がやったように見せかけて再び潜伏する。

 ここまで言えば彼の召喚獣が持つ特性、その一番厄介なところに諸君たちも気づいただろ。

 そう――――――彼の召喚獣は透明になれる。

 

 

 

「阿呆が、私の返り血で姿が丸見えだ」

 

 

 この試合に関してヒーロー君はとても合理的だった。まずはあの女生徒を使って魔術壁の有効性を試したこと、そしてその召喚獣の特性を安易に用いなかったことからもわかる。

 仮にその召喚獣を使って私の背中を切りつけたらどうなっただろうか、無論私は気づくだろうしここにいる馬鹿共もさすがにおかしいと思っただろう。

 

 

 そもそもその一撃で勝てる保証もなければ、激昂した私が力ずくで突破するかもしれない。

 情報とは時に命よりも重く、手品とはネタが割れてしまえばその時点で使えないのである。

 ではそこまでわかっていながらどうして二度目の攻撃を受けたのか、それはヒーロー君のペットに綺麗な目印をつけたくてね。

 

 

 私の周りをこそこそと歩き回っているだろう獣に、血という名の首輪をプレゼントしたかったのさ。

 多少の怪我は負ったがその見返りは上々であり、哀れなペットは私のつけた目印にも気づかずのこのこと現れてね。

 そうやって誘い出されたペットの目印へ向かって、私はその悪意と共に双剣の片割れを振り下ろした。

 

 

 この一刀がどこを貫くのかは私にもわからないが、そんなことはハッキリ言って些細な問題である。

 これは私の感情と生徒会長様の思惑をすり合わせた妥協案、私達が交わした取引には全く抵触しない。

 私にヒーロー君は殺せないし傷つけることも許されない。それならばこの行き場のない感情をどう発散すればいいのか……ふむ、よくよく考えればそう難しいことでもない。

 

 

 彼の精神面に攻撃を加えるなりそんな方法いくらでもある。取りあえずは彼を試してみようか、彼が本当に利他主義者なのかとても気になるのでね。

 目の前にいる君にはわからないだろうけど、今の私はこれ以上ないというほど怒っている。

 

 

 

 

「待て、コン逃げろ!」

 

 

 振り下ろされた剣は小さな手のひらを貫き、その小娘を地面に縫い付けていた。

 私はそのままヒーロー君を蹴撃によって黙らせると、必死に抜け出そうとしているそいつへ視線を向けた。

 

 

 巫女装束に身を包みこちらを睨みつけてくる彼女……いや、幼女といった方が正しいかもしれない。

 頭の上に生えた耳やその尻尾は獣人たちとよく似ており、銀色のそれからは輝きというかなにかしら神聖なものを感じたよ。

 

 

 

「初めまして御嬢さん、私は君がローストチキンにした足の所有者だ。

 ほら、見てくれたまえ……今も痛くて痛くてたまらない」

 

 

 その姿はなんとも不憫であるが、だからと言って助けたいとも思わない。

 私の言葉に肩を震わせたかと思うと、もう片方の手で短刀を構えて必死に抵抗してきたがね。

 だけどそんな抵抗をしたところでもはや無意味であり、私はそんな鬱陶しい彼女を蹴り飛ばして黙らせたのさ。

 

 

 

 全く、そんな物騒な物を持ち歩くなんて親の顔が見てみたい。

 呆れながら私はゆっくりと彼女を貫く剣の頭、その柄を踏みつけながら体重をかけてね。

 すると剣は肉を切り裂いて小さな御手手を侵食していき、それが根元まで辿り着いたところで私は足をどけたのさ。

 

 

 

「くっ……あぁぁ、うぅ」

 

 

 蹴り飛ばされたヒーロー君はまだやってこないが、その間はこの子で遊ばせてもらおう。

 綺麗な銀色の耳と尻尾を生やしたどことなく神聖な存在。彼女を見下ろす私が邪教徒であること、それがこの女の子の唯一にして最大の不幸である。

 生憎と神聖なものを敬う精神など持ち合わせていないので、ここから先は今までのような扱いは期待しないでくれ。


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