邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
合理主義者の屈辱
「言われた通りマリウスを待機させていますが、その理由をお聞きしてもよろしいですか。
私としては貴方がなにを恐れているのか、そこが気になって仕方ありません」
ヒーロー君との戦いを前に私は生徒会長様と談笑していた。談笑といっても御互いの親睦を深めるようなものではなく、端的に言えば今後の打ち合わせである。
生徒会長様の尽力によって私の計画は順調に進んでおり、おそらく私だけではここまでやれなかっただろう。
対戦相手の排除や意図的な不戦勝、教職員の介入及び生徒達への
そしてその集大成と言うべきものがこのトーナメント、出場選手の組み合わせと仕組まれた八百長である。
要するに出場選手の組み合わせを操作することによって、私と生徒会長様の手で御姫様の障害となり得る者を排除するのさ。
実力者たちを一ヶ所に集めて私達の手で潰し、肝心の御姫様には明らかに力不足な生徒をあてがう。
順当にいけば準決勝で生徒会長様と当たるのだが、その件も含めて彼女は了承している。
思えば私が言いだしたことではあるが、まさかここまでやってくれるとは思わなかった。
正直、彼女の手際も含めてその合理性には惚れ惚れする。
なんとも理想的な相互関係、とても分かりやすくて尚且つ強固なものだ。
彼女は私を利用して名誉を手に入れ、私は彼女を利用してノルマを達成する。
効率的にして合理的な方法、まさに文明人らしい取引である。
やはり手を組む相手は自分と同等とそれ以上の者、どこぞの蛮族みたいに好きだ・嫌いだで動かれてはたまらない。
時には泥をすすり自らの手を汚すことも厭わないのが人間、ただ貪欲に利益を欲する姿こそ生き物の本質である。
たとえばとある男を殴ったら一億円貰えるとしよう。暴力、それは決して許されない行いである。
しかしこの誘いを断れる人間が何人いるだろうか、二割? 三割?……いや、私は断言しようそんな奴は全体の一割にも満たない。
人間とは本質的に己の利益を追い求めており、どんなに綺麗な言葉で取り繕ってもそれだけは変わらない。
つまりどうして茨の冠を与えられた男が有名なのか、それは彼が類い稀なる利他主義者だったからだ。
磔にされても他者の幸福を願う……なるほど、その異常なまでの高潔さは確かに救世主である。
だが私たち凡人には彼の考えが理解できないし、たとえ理解できたとしてもそれを実行する者はまずいない。
なぜなら私たちが正常な人間であり、その磔にされた男の方が異常だからである。
一応断っておくが、私は十字架を掲げる人道主義者たちを馬鹿にしているわけではない。
そもそも大工の息子がここまで有名になるなんて、それだけでも十分信仰の対象となり得る。
だがそれを羨ましいと、彼のようになりたいと思う人間は全体の数パーセントだ。
その数パーセントの人間が正常か、それとも異常なのかは諸君の想像にお任せしよう。
それでは改めまして日本の皆さまこんばんは、この日を一日千秋の思いで待っていた原罪司教とは私のことです。
長ったらしい紹介から個人的な主観を垂れ流したこと、まずはそれを社畜の皆様に謝罪したいと思う。
要するに私が言いたかったことは社会人としての心得について、利己主義者こそが人間の本質にして本来の姿なのだ。
先程の説明を聞いて少しでも利他主義者たちの異常性、それに気づいていただけたなら私としても満足である。
さて、状況説明も兼ねて少しばかり話を戻すとしよう。
試合が始まる前に生徒会長様と連絡を取っていた私は、彼女にこの控室の護衛を頼んでいた。
理由は簡単、この学園に潜んでいる狂犬への保険である。
私は動物愛護団体の人間でもなければ保健所勤めでもないし、そういった手合いと戦うのはあまり得意ではない。
適材適所。発狂した人間には御医者さんが必要であり、狂った生徒には頼りになる先生が必要だ。
「理由と言われましても少々複雑な事情がありまして、申し訳ないのですがとても個人的なことなので説明することはできません」
「わかりました。そういうことであれば余計な詮索は止めましょう。
貴方の指示通り全ての手筈は整えましたし、私はこの控室の中で貴方の帰りを待たせてもらいます」
生徒会長様の配慮に少しばかり心が痛む、頭が上がらないとはまさにこのことである。
そもそも私がこうもすんなり勝ち上がれたのは彼女と、そして生徒会が裏で手を回してくれたおかげでもあった。
彼女曰く、やるだけ無駄なら最初からやらなければいい――――――ふむ、全くもって生徒会長様の言う通りである。
短い期間で私の要望を叶えた才能、生徒会長様の手腕には驚かされてばかりだ。
「貴方ほどではありませんが、アルフォンス君も突出した人材ですし切り捨ててしまうのはあまりにも惜しい。
前にも言ったと思いますが、貴方ならば私の考えもわかってくれると信じております」
そしてこの試合に関しては特に念を押されていた。個人的には片腕の一つでも切り落としてやりたかったが、取引相手である生徒会長様の信頼を裏切るわけにもいかない。
代表戦に於いて無用な流血沙汰は避けること、彼女がそれを望むなら私は我慢しなければならない。
私は生徒会長様に頭を下げるとそのまま踵を返し、そのまま馬鹿共が集うアリーナへと向かう。
アリーナの中は立ち見の生徒までいるようで、彼等の喧騒に思わず苦笑いしてしまったよ。
ヒーロー君に対する声援や私への罵倒も含めて、もはやちょっとした動物園かサファリパークである。
ここにいるほとんどが時間を持て余した負け犬たち、代表戦の敗者にして声だけは一人前のチワワ達だ。
要するに負け犬共のなれ合い、
群れることでしか己を主張できない人間など、もはや大衆という名の付属品である。
これ以上ないというほど愚かであり、その主張にしてもくだらない理想論ばかりだ。
「僕はあの模擬戦の日からずっと考えていた。どうしてそんなにも好戦的で流血沙汰を好むのか、君ほどの実力があればいくらでもやりようはあるとね。
だけど、どんなにも考えてもその答えは出なかったよ。
苦しんでいる人を嘲笑う感情、平気で人を傷つける価値観――――――だから、それを終わらせるためにも僕は剣を振るう。
君という人間を理解するために……いや、僕が君という人間の抑止力になるためにね」
「なるほど、君が
これはいよいよもって度し難い、今すぐ病院に行くことをお勧めしよう。
残念ながら私は同性愛者でもなければセラピストでもないし、そういった相談は専門の機関を頼るといい」
開始の合図とともに鈍い光を放つ刀身が揺れて、目の前にいるバーバリアンは怒りから顔を歪めていた。
どうやら冗談が通じないタイプか、この程度のことで取り乱すとはなんとも情けない男だ。
剣を構えながら突っ込んでくる姿は迷いがなく、一応私との戦いを想定して練習でも積んできたのだろう。
攻撃に主軸を於いた戦術、持ち前の剣術と徹底した攻勢により反撃の隙を与えない。
あのときとは違った積極的な攻勢に驚かされたが、どうやら考えもなしに突っ込んできたわけではないようだ。
剣術の差を活かした合理的な戦い方、私の刀は彼の剣によって受け流されてしまう。
そして私が刀を振るうたびに彼の手数が増していき、より苛烈な打ち合いへと進化していく。
打ち合うことによって剣術戦を強要し、一定の距離を保つことによって私の攻勢も封じる。
己の長所と私の短所を理解したうえで戦うか、バーバリアンにしては中々考えたものだ。
しかし……残念かな。君がどれだけ頑張っても私には届かない。
剣術では劣っているが体術の方は私の方が圧倒的であり、結局のところ当たらなければどうということはない。
そもそも彼はとても大事なことを忘れている。彼の戦術、攻撃面に於いてはそう悪くない判断だ。
相手の短所を衝くのは戦いに於ける常套手段、だがヒーロー君の戦い方はあまりにも無謀すぎる。
なぜならこれ以上ないというほど防御面が疎かであり、前回の戦いからなにも学んでいない。
あのときのことを忘れたのかそれとも誘っているのか、いずれにせよこの状況で私にできることは限られている。
「あのときの痛みと屈辱的な一撃、忘れたというなら思い出させてあげよう」
では――――――このチャンバラごっこも終わらせるとしよう。
体術を駆使して彼の動きを圧倒し、そしてあのときと同じように一撃くれてやればいい。
試合が始まってからまだ数分しか経っていないが、私は勝負を決めるべく彼へと悪意を向ける。
彼我の力量は圧倒的であり、それならば変に長引かせるよりもさっさと終わらせるべきだ。
技術には力で思惑には直感で対処しよう。前回と同じように彼の脇腹目がけて私の悪意が牙を剥く――――――はずだった。
「残念だけど、もう僕にその攻撃は通用しない」
それを……その感覚をなんと呼ぶのか私にもわからない。ただ多くの人間を倒し殺めてきたからこそ気づけた変化、これを風向きが変わったというのだろうか。
ある種の違和感が私の心を蝕み、そしてそれは私にだけ聞こえる警報となった。
おかしい。これは――――――さすがにおかしすぎるのだ。
私達の実力差は彼が一番わかっているのに、なぜヒーロー君の表情は変わらず迷いすら感じないのか。
鳴り響く警報に私は蹴撃の軌道を捻じ曲げて、少しでも距離を取ろうと後方へ飛んだ。
前回の戦いで私も少なからず学んでいる。慢心は最悪を招き油断は死を招く、私は彼が嫌いでありその姿を見ただけでも気分が悪くなる。
しかしだからと言って彼を過小評価しているわけでもないし、むしろ代表戦に於いて最も警戒すべき相手だと思っている。
あの模擬戦で私は彼に敗北した。どんな思惑があったにせよ敗北は敗北、それならばこちらも細心の注意を払うべきだ。
初めての反応初めての後退にアリーナは一段と活気づく、馬鹿共が口々に出来もしない理想を垂れ流している。
なるほど、どうやらセシルの言う通り好かれてはいないらしい。
「あれを避けるなんてさすがはヨハン君、だけどさっきみたいな動きはもうやめた方がいい」
蹴撃を放った右足の一部が赤く滲んでおり、それを見ながらヒーロー君の言葉に軽く舌打ちした。
足を伝う滴は地面へと流れ出て、赤色の水たまりが私の足元を汚す。
ああ……なんと、なんとも爽快な気分である。
私の血を見て歓声に沸くアリーナや、どこか満足そうに一息ついているヒーロー君――――――素晴らしい。ああ、これ以上ないというほど素晴らしい状況だ。
この世界に来てから初めて流しただろうそれ、こんな私でも血の色は赤かったらしい。
私という人間は少々特殊だからね。たとえ血の色が緑だったとしても驚きはしなかった。
ただこんな男に不覚を取るとは、この怪我を同僚に見られでもしたらいい笑い物である。
今すぐにでもその首を捻じ切って観客席に投げつけたいが……全く、君は生徒会長様の温情に最も感謝すべき人間だ。
「ふむ、それにしても不可解だな。
今の攻撃が私には見えなかった。君の剣が私よりも速いというならさっさと倒せばいいのに――――――これはどういうことだろうか」
私の質問に対して彼はバーバリアン流の返答、御丁寧にもその剣で答えてくれた。
なんとも独特な解説方法だと、そう言わざるを得ないのがとても残念だ。
彼の剣を避けながら私は考えを巡らせる。彼の行動はあまりにも矛盾しており、その自信満々な雰囲気も不可解である。
そもそも私に見えないほどの速度で振るえるなら、このやり取りに意味はなく決着もついている筈だ。
お得意の剣術で私を圧倒すればいいだけ、避けることのできない私はあっという間にローストチキンだ。
しかしまたしても彼はこのどうでもいいやり取り、無駄な時間を私に求めてきた――――――なぜだろうか、このやり取りになんの意味があるのだろう。