邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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例外の本質

「質問なのですが、学年首席にはどうやったらなれるでしょうか?」

 

 

 突然立ち上がったひとりの志願者、彼の第一声はとても衝撃的なものでした。

 八百人近い受験生がその言葉に反応し、彼に対して並々ならぬ敵意を向けている。

 正直気の毒とすら、この時点で彼の合格は絶望的だと思いました。

 

 

 毎年こういったタイプの受験生は出てくると、そう先任の方からは聞いていました。

 自分の力量を知らない……いえ、過大評価している人間。言うなれば井の中の蛙。

 コスモディア学園の入学テストは過激なことで有名で、主に受験生同士を争わせるバトルロイヤル方式が採用されています。

 

 

 勿論大怪我をする者も出てきますし、命に別状はないものの後遺症が残った例もあります。

 この国に住まう者ならば承知の事実ですが、他国から来た受験生などは時々後悔していましたよ。

 

 生半可な気持ちで挑んだために手痛いしっぺ返しを受けた。

 入学テストで負った怪我が元で足が不自由となり、二度と戦闘行為が行えない体となった……etc

 

 

 これが政治や軍事に於ける有力者の家系、所謂おぼっちゃまでなければ良かったのですが――――――

 やはり貴族社会が幅を利かせているこの国では、そういった方達の御子息を危険に晒すのは禁止(タブー)なのです。

 それに、次期当主となられる方々が大怪我を負ったとなると、それはそれで学園経営にも支障が出てしまう。

 

 

 だからこそ一部貴族や豪族の方々はここにはおらず、ここに集まっているのはいわゆる平民なのです。

 この学園に於ける一学年の定員は百五十名、その内五十名は貴族や豪族の中から選ばれます。

 

 

 大貴族。豪族。果ては有名武門の御令息・御令嬢。簡易的な魔力測定と職員による実技テスト、安全なテストにパスした者たちの技量など底が知れる。

 それならば少しでも優秀な人材を集めようと、そう思い至ったからこそこのテスト方法が導入されました。

 

 

 平民の家庭から有力な者を選りすぐることによって、落ちてしまった平均値を少しでも底上げする。

 ここにいるのはそういった思惑によって集められた学生たち、己の才能に絶対の自信を持っている哀れな子羊。

 そういった学生たちを集めた弊害でしょうか、そのせいでちょっとした問題も生まれていました。

 

 

 貴族のそれとはまた違った。……言うなれば慢心・思い上がり、自分こそが一番強いという傲慢。

 彼は清々しいほどプライドが高く、それでいてどうしようもないくらい世間を知らない。

 そんな蛙たちがひしめきあう空間の中で、彼は間接的に喧嘩を売ってしまった。

 

 

 これを哀れといわずなんと言えばいいのか。

 この集団の中で自分こそが一番だと言い切ったわけですから、おそらくはテストの開始と同時に狙われるでしょう。彼という餌を求めて蛙たちが集まってくる。

 いくら自信があったとしてもこれだけの人数を相手に、実戦経験の乏しい学生が勝てるとも思えません。

 

 

 

「そうですか、ありがとうございました」

 

 

 

 とても礼儀正しく無駄のないその仕草には、私としても少なからず好感を持ちました。

 それは先輩としての余裕でしょうか、心の中でその青年を応援していたのです。

 これだけの人数を相手に大見得を切ったところ、その度胸に関しては評価できましたからね。

 

 

 正直こういったタイプの人間は嫌いではありませんし、むしろ好ましい部類だと思っております。

 己の強さに絶対の自信を持っていたとしても、それをこの場で公言するのは難しいでしょうからね。

 だからこそ彼が合格してくれたなら少しだけ話してみたいと、そんなちょっとした好奇心が湧いたのです。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 しかしそれも彼が両隣にいた受験生の……その、肩から下を切り落とす前までですが――――――

 それは本当に一瞬の出来事で、私も含めて大勢の人間がその凶行を見ていたことでしょう。

 試合の開始を待たずに斬りかかるなんて、しかも腕輪のためだけに四肢の一部を削いだのです。

 

 

 彼を中心とした悲鳴の渦はその大きさを増していき、その悲鳴の数だけ無数の肉片が宙を舞いました。

 初めは両隣から……次は前後、果ては付近の受験生へと彼の敵意は広がっていったのです。

 死神を連想させる巨大な大鎌。漆黒のそれを器用に振り回しながら彼という台風は、受験生に対してなんの躊躇もなく悪意を振り下ろす。

 

 

 

「今すぐやめなさい! まだテストは始まっていません!」

 

 

 それを止めようと何度も叫びましたが、結局その声は怒号によってかき消されたのです。

 彼を中心として巻き起こった混乱、その火種が全体に飛び火するまでそう時間はかかりませんでした。

 既に会場は異様な熱気に包まれており、もはや私の言葉では止まらないでしょう。

 

 

 当初、彼を潰そうと何人もの受験生が徒党を組んで挑みましたが、それに対して彼は真っ向からそれをねじ伏せたのです。

 彼の大鎌が振るわれるたびに腕が宙を舞い、それを目にした別の受験生が悲鳴をあげる。

 血だまりに突っ伏して脅える者から我先にと逃げ出す者まで、その光景はあまりにも無惨でした。

 

 

 そして、彼はそんな切り落とした腕には目もくれず、すぐに違う人混み多い場所へと駆け出すのですよ。

 もはや彼と戦おうとする者はどこにもおらず、自ら腕輪を外す者や投げつける者が続出しました。

 

 

「こんなのは戦いではなく、それこそ一方的な蹂躙に近い」

 

 

 彼のせいで予定よりも早くに始まった戦闘、その喧騒を聞きつけて待機していた職員が駆けつけてくる。

 会場は強烈な血生臭さに包まれており、既にその犠牲者は二十人を超えていたと思います。

 なんとか彼の凶行を止めようと動きましたが、受験生たちの戦闘が激しくて思うように近づけない。

 

 

 そしてそれは我が校の職員も同じなようで、一部の職員は倒れている受験生を、もう一部は彼を止めようと動いてはいました。

 しかし八百人もの人間が戦っているともなれば、たとえそれが子供であっても容易ではありません。

 事実、不幸にも何人かの受験生は職員の手によって眠らされ、彼等の保護は完全に後回しとなったのです。

 

 

 まずはこの混乱を生み出した張本人、彼という狂戦士(バーサーカー)を止めなければならない。

 受験生たちでは返り討ちにあうだけでしょうし、なによりこれ以上の怪我人は許容できません。

 三十人以上の腕を刎ねながらも止まらない彼に、私も含めて多くの職員が恐怖したことでしょう。

 

 

「おや? これは生徒会長様、どうしてこんなところまでお越しに?」

 

 

 幸か不幸か、彼と最初に接触したのは私だったのです。

 全身を真っ赤に染めながらも平然と振る舞う姿、その落ち着いた口調と礼儀正しい態度に言葉が出ませんでした。

 彼の瞳にはなんの迷いもなく、この様子だと私がやってきた理由もわかっていない。

 

 

 ええ、このとき初めてその異常性に気づきましたよ。

 失禁している受験生に大鎌を振りあげながらも、彼という人間は全く動揺していませんでした。

 私が来なければあの子も片腕を切り落とされて、おそらくは血だまりの中で鳴いていたことでしょう。

 

 

 

「貴方の実力は十分わかりました。ですから、今すぐその武器を下ろしなさい」

 

 

 それは御世辞などではなく、私という人間の本心だったと思います。

 私が生徒会長に任命されたのは今年からで、その際に先任の会長から色々なことを聞かされていました。

 学生同士の私闘や貴族同士の派閥争い、ですがこれほどの惨状は聞いたことがありません。

 

 

 有名武門の御令息・御令嬢であればできるかもしれませんが、そういった者は最初から呼ばれておりません。

 一般入試と呼ばれるこのテストに参加できるのは平民だけで、一定以上の家柄を有する者は安全なテストに回されるのです。

 それに、仮にそういった方が混じっていたとしても、こんな短時間でこれほど暴れられるとも思えない。

 

 

 受験生の血だまりと肉片が会場を埋め尽くし、その惨状はとても学園の中だとは思えませんでした。

 彼の実力は本物ですよ。ええ、明らかに突出しております。

 むしろ突出しているからこそここまで一方的であり、彼をこれ以上戦わせるわけにはいかないのです。

 

 

 

「貴方が奪い取った腕輪の数は三十を超えており、これ以上戦ったところでなんの意味もありません。

 今すぐ戦いを止めて会場の外へ向かうこと、出口にいる職員に腕輪を渡せばテストは終わりです」

 

 

 

「わかりました。生徒会長様がそう仰るのであれば――――――!?」

 

 

 

 それは不幸な事故だったのか、それとも無謀な挑戦だったのかはわかりません。

 私達の会話を邪魔するかのように飛んできた魔法、その巨大な火球を前に彼は大鎌を振るいました。

 火球を一閃したにもかかわらずその表情はどこか浮かなく、そして返す刀で走り出したのです。

 

 

 

「待ちなさい! これ以上戦う必要なんて――――――」

 

 

 

 なんの躊躇もなく火球が飛んできた方向へと駆けていく、彼は私たちを攻撃した者の顔を正確に捉えていました。

 彼の道を阻む者がいればその腕を切り落とし、そして切り落とした腕や悲鳴をあげる受験生には見向きもしない。

 

 

 そもそも彼の向かう先には常に複数の腕輪が存在しており、彼と同様に奪う側の受験生が多かったように思います。

 有り体に言えば強者でしょうか。この会場に於ける本命たちを見定めると共に、彼はそういった受験生とばかり戦っていました。

 

 

 

「落ち着けニンファちゃん! 今は私達に任せて、君は救護班と共に怪我人の搬送を――――――」

 

 

 

 駆けつけてくれた職員の顔を見て、そのひとりが私の顔なじみだったことにホッとしてしまう。

 彼は救護班に指示を出すよう言ってきましたが、私はその提案をハッキリと拒絶したのです。

 

 

 生徒会長としての初仕事、入学テストという大舞台で私は失敗してしまった。

 それをこのまま放置して自分だけ逃げるなんて、そんなのは私が嫌っている貴族となんら変わらない。

 責任者だからこそ一番危険な場所で、誰もが嫌がる役目を率先してやらなければならない。

 

 逃げたくなかった。……自分だけ安全な場所にいるなんて、そんなのは絶対に嫌だった。

 

 

 

「大丈夫です。おそらく副会長が指示を出しているでしょうから、今はこの場の責任者として私にも行かせてください。

 ここで逃げ出すなんて、そんな恥知らずなことは絶対にできません!」

 

 

 

 それは見栄だったのかもしれません。もしくは懺悔というか、おそらくはそういった感情に近かったでしょう。

 入学テスト史上最大の惨事を前に逃げ出すなんて、そんな情けない生徒会長にはなりたくなかった。

 困った表情で私を見つめる職員、マリウス=ヴォルフガンフに対して私は正直な気持ちを伝えたのです。

 

 

 

「わかった。だけど少しでも危ないと思ったら意地を張らず、ただ自分だけのことを考えて逃げること……これ、約束できる?」

 

 

 

 マリウス=ヴォルフガンフ。私が幼かった頃からの付き合いで、当時から色々と相談に乗ってくれました。

 私がこうして生徒会長となれたのも、彼が生徒達の誤解を解いてくれたからに他なりません。

 私はこの学園の校長にしてこの国の大貴族、シュトゥルト家のひとり娘でしたからね。

 

 

 学園長の娘ということで心ない噂や、変な評判をたてられていた私を彼が支えてくれた。

 生徒会長として立候補したときにしても、彼が対立候補の不正を暴いてくれたから当選できたのです。

 今の私がいるのは彼のおかげであり、彼がいなければ私なんて親の七光りで終わっていたでしょう

 

 

 

「勿論ですわ。さあ、取りあえず先を急ぎましょう。

 これ以上の怪我人は許容できませんし、なによりこんなのはもうテストではありません」

 

 

 

 失った腕を押さえながら泣きわめく受験生、それはもはや戦いと言うよりも一方的な蹂躙でした。

 既に多くの受験生が棄権を申し出ているので、他の者からすれば規定の数を集めるのはほぼ絶望的。

 火球を放った受験生にしても、彼を倒すことで全てを奪い取るつもりだったのでしょう。

 

 

 

 彼が奪い取った全ての腕輪、そして学年首席という魅力的な地位です。

 だからこそ彼が油断している隙を狙ったのでしょうが、残念ながらそんな思惑も彼には通じなかったようで。

 あの程度の魔法で倒せるならばどれだけ良かったか、その程度の人間であったなら私も苦労はしません。

 

 

 おそらくはその者なりの全力だったのでしょうが、私に言わせれば明らかに火力が足りていない。

 火球を放った受験生は慌てて逃げ出しましたが、結果としては彼を不機嫌にさせただけでした。

 

 

 あのときの彼はとても落ち着いていましたが、その表情は明らかにゆがんでいたと思います。

 凄まじいほどの戦闘スキル、私なんて比べものにならないほどの経験を積んだのでしょう。

 一度(ひとたび)武器を握れば全く躊躇せず、冷たい瞳で敵を刈り取る姿は正に死神でした。

 

 

 ハッキリ言って、とても学生を目指しているようには見せません。

 たとえば高名な戦士だとか、有名なギルドチームのメンバーだった方が納得できます。

 

 

「ちっ、遅かったか」

 

 

 珍しく悪態を吐いているマリウスを横目に、私はその惨状を前にして体が震えましたよ。

 私達に火球を放った受験生の両肩、その肩から先が無惨にも切り落とされていたのです。

 そしてそんな哀れな受験生に説教をしている人が……ええ、彼という狂人がそこにはいました。

 

 

 至って普通の、礼儀正しすぎるくらい低姿勢に話しているんです。

 まるで出来の悪い人形劇をみているような感覚――――――異常ですよ。これ以上ないというほど狂っています。

 もはや彼が同じ人間だとは思えませんでした。きっと、この時の光景を私は一生忘れないでしょう。


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