邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
「貴方は自分がなにをしたのか理解していますか、こんなことは長い歴史の中でも前代未聞です」
その言葉と共に入口のドアがゆっくりと開き、暇を持て余していた私のもとへ意外な人物が現れる。
これだけのことをしたのだから学園長自らやってくると思ったが、ふたを開けてみれば学園の生徒が一人だけでね。
知らない人間が来るよりマシだが、それでも彼女と向かい合った瞬間顔が引き攣ってしまう。
まさか数多の職員を押しのけて生徒会長様が現れるとは、これだけでも彼女の地位がどれほどのものか容易に想像できる。
よもや生徒会長という地位がこれほど高かったなんて、できることならあの日に戻って無知な自分に忠告したい。
生徒会長様が来る前にあの男を八つ裂きにしろ――――――これはあの阿呆を殺さなかった私の失態であり、今更弁明したところでこの状況は変わらない。
「確かに前代未聞の大惨事、私としてもあの職員のことを考えただけで胸が張り裂けそうです」
この場を切り抜けるためにはどうしたらいいか、私の持っているカードはあまりにも脆弱だ。
もしも代表戦への出場資格を剥奪でもされたら、その時点で私の出世街道は閉ざされてしまう。
私への風当たりはより一層厳しくなり、教皇様は失望するだろうしプライドも黙ってはいない。
ドーベルマンに求められるのは強さと忠誠心、そしてチワワに求められるのは我慢と愛嬌である。
競争社会に敗れた負け犬共の末路は後者であり、ただ愛嬌を振りまくことしか能のない犬は簡単に処分される。
「胸が張り裂けそう? よくも……まあ、そんな他人行儀なことが言えますね。
貴方の言葉は病的なまでに薄っぺらく、そしてあまりにも軽すぎる」
だからこそ失敗だけは許されない。従うべきは教皇様の御言葉であり、守るべきは私の矜持と立場である。
私はライトノベルに出てくるような主人公ではないし、正義を胸に仲間と共に悪を滅ぼす英雄などでもない。
ただのサラリーマンでしかない私の手足はあまりにも短く、おそらくはこの世界にいる誰よりもちっぽけだ。
見渡す限りの理不尽と溢れかえる非常識、旧時代の遺物が蔓延り時代遅れの秩序が幅を利かせている。
私がいた世界の常識などここでは通用しないが、それでもやりようによっては楽しめるかもしれない。
この世界の全てが私にとっては新鮮であり、おかげさまで動物園には行きたくなくなったからね。
「確かに軽率な発言だったかもしれませんが、それでも私にだって他者を思いやる気持ちはあります。
先程の事故は本当に不運でしたが――――――」
「事故? あれが偶発的なものだと言うつもりですか?……そんな言葉で納得すると思ったら大間違いですし、本当にそう思っていたなら私は貴方のことを買い被っていました。
貴方の言い分には多くの矛盾と欠点があり、ハッキリ言ってその言葉を鵜呑みにするわけにはいきません」
なんとも素晴らしい御方ではないか、生徒会長様の言葉に思わず目を細めてしまった。
まさか生徒会長様がこんなにも知的だったなんて、感情論を持ち出さなかっただけでも評価できるのに――――――矛盾? 欠点? その言われようは少々不愉快だったが、それでも彼女がどんな風に謳ってくれるのか興味が湧いてね。
「まず貴方ほどの実力者があんな生徒に手こずっていたこと、戦姫でもない学生が貴方と対等に戦えるはずがありません。
前回の戦いでは序列七位の戦鬼を瞬殺したにもかかわらず、今回はその倍以上の時間をかけても倒せなかった」
生徒会長様曰く、序列七位の戦鬼を瞬殺した私が二つ名も持たない学生に手こずるのはおかしい。
どうやら初戦で戦った哀れなオランウータンは生徒会の一員らしく、医務室にいる彼から私のことを色々と聞いたらしい。
彼がどんなことを喋ったのかは知らないが、少なくとも私が喜びそうな内容ではないだろう。
オランウータン君の意見を踏まえたうえで、先程の試合を見ていた生徒会長様は不思議に思ったそうだ。
私の戦い方にはあまりにも無駄が多く、試合を終わらせる機会はいくらでもあったのにその尽くを静観していた。
そして職員が斬りつけられた瞬間とそれまでの動き、あの瞬間だけ私の動きが格段に上がっていたという。
初めは私の動きを目で追いかけることもできたが、職員が斬られた際の僅かな間だけなにも見えなかった。
つまりこの三点を踏まえたうえで私を黒だと断じ、こんななにもない部屋に私を閉じ込めたのである。
なんともまあ……生徒会長様を馬鹿にするわけではないが、彼女の言葉に少しだけがっかりする自分がいた。
「なにを仰るかと思えば、それは生徒会長様の個人的な感想にすぎません。
百人いれば百人分の主観と価値観があり、残念ながら全く同じ人間というのは存在しないのです――――――誠に言いづらいのですが、そんなくだらない理由で私をこんなところに閉じ込めたのでしょうか」
彼女が語ったロジックは文字通りの屁理屈であり、それこそ偏見という名の感想文と大差なかった。
私の言葉に震えていたのは憤慨しているからだろうか、やはり生徒会長様といえどもまだまだ子供である。
舌戦に関しては年の功だけ私が有利ということか、さすがに生徒会長様ともあろう御方が脅えたりはしないだろう。
彼女の怒りを抑えるためにもできるだけ穏便に、それでいてオブラートに包んで主張しよう。
数ヶ月前に私が演じた失態を未だに怨んでいるような御方、ここで選択肢を誤ればゲシュタポ並みの迫害を受けそうだ。
一流の社畜とはこの程度では動じない。理不尽な上司に激怒されて過剰なノルマを課せられるより、何兆倍……いや、何京倍も気楽なのである。
さて、生徒会長様の御言葉に私は用意していた言葉で対処した。
彼女の使う術式が見慣れないものだったので迂闊に動けず、そしてそれを破壊するまでは攻撃に転ずることができなかった。
つまり端から彼女自身を狙ったのではなく、魔術壁そのものを破壊するために行動していたと伝えたよ。
そして魔術壁がそれほど危険なものではないと判断し、新たに展開されたそれを一撃で破壊しようとしたとき……そう、あの哀れな職員が飛び込んできたのである。
これを不幸な事故と呼ばずしてなんと言えばいいのか、そもそも教える側の職員が生徒にやられるなんてなんとも情けない。
予想された事故でありいくらでも防げたはずのもの、事実あの職員は己の身を守るために魔術壁を展開していた。
私としては彼の能力を疑うべきではないかと彼女に具申したが、当の本人は両手で肩を抱きながら震えていてね。
そのプライドを傷つけないよう細心の注意を払ったつもりだが、もしかしたら体調がすぐれないのだろうか。
確かにこの部屋は少々冷えているし、私としたことがそこまで気が回らずなんとも悪いことをしてしまった。
「なにが……望みですか」
そうしてやっと口を開いたかと思えば、掠れるような声で睨みつけてきてね。
どういう意味だろうか、あまりにも予想外だったために思わず呆けてしまった。
「おそらく私たちがいくら言い聞かせても貴方は止まらない。
たとえ職員に対する攻撃を禁止したとしても対策としては不十分、次の試合でも平然と誰かを傷つけるでしょう」
彼女の表情を見る限りそれが冗談の類でないことはわかったが、ここでその言葉を口にする意味が分からない。
話の流れから察するに悪い状況でもなさそうだが、生徒会長様がなにを考えているのかがわからなかった。
「ですから取引をしませんか、私と貴方でお互いに相手が望むものを出し合うのです」
「ほう……取引ですか」
要するに私を引き抜こうとしているのだろうか、人魔教団を裏切り生徒会長様の下に就くよう働きかけている。
なるほど、なんとも嬉しい限りだがさすがにあの御方は裏切れない。
敬愛する上司と相談に乗ってくれる仲の良い同僚、少しばかり血生臭くはあるがそれでも辞める気はなかった。
人魔教団は居心地がいい。私達の活動によってたくさんの人間が苦しむだろうが、資本主義に於ける弱者とはそんなものだ。
全ての事象に対する労力と報酬、その釣り合いがこんなにも取れているホワイト企業。
無能な上司に怒鳴られることもなく、過密なスケジュールにより精神をやられる心配もない。
「私があなたに求めるものは二つ。
一つ目は以降の代表戦に於いて流血沙汰は避けること、そして二つ目は数か月後に行われる四城戦で我が校を優勝へと導くこと――――――これを約束してくれるなら貴方の言うことをなんでも聞きましょう」
ちっ、私としたことがどうやら勘違いしていたらしい。
しがないサラリーマンの恥ずかしい妄想、できることなら自己陶酔に浸っていた自分を罵倒してやりたい。
無意識のうちに出たため息はとても深く、私を見つめる生徒会長様の視線が痛々しく感じた。
「望み……ですか、確かにこんな私にもちょっとした望みはあります」
取りあえず状況を整理するとして、生徒会長様から持ち掛けられたこの取引はとても魅力的だ。
全ての厄介事を解決する絶好の機会、これは私にとっても悪い話ではない。
生徒会長様が提示した一つ目の望みに関しては、既にある程度の成果を上げており私の力も知られている。
この部分に関してはそれほど考慮する必要はないし、彼女がそれを望むというならできるだけ努力はしよう。
二つ目に関しても問題はない。生徒会長様の説明では四城戦なる大会が行われるらしく、四大高と呼ばれる学校から選出された生徒たち――――――言うなれば代表選手がこの王都に集まるそうだ。
三年に一度の大きなイベント、王城で開催されるそれはこの国の重鎮だけでなく隣国からゲストも招くそうでね。
チンパンジー共が喜びそうな行事、そんなことに金を使うならもっとライフラインを整備してほしい。
生活水準の引き上げと各種サービスの充実、やるべきことは山積みなのにそれを後回しにしている無能共。
きっとこの国の政治家は人間の形をしたなにかで、毎日バナナを食べながらマスターベーションでもしているのだろう。
個人的にはそんなチンパンジー共の見世物になるのは嫌だが、そうすることで仕事が捗るなら我慢もしよう。
今開催されている代表戦とは言うなれば四城戦の前座、学園の代表選手を決めるためのテストだそうだ。
代表戦に於ける上位四名が一つのチームを組んで大会に出場し、よくわからない名誉や誇りを賭けて殺し合いごっこをする。
要するに生徒会長様は私を使って優勝することで、この名前もハッキリと覚えていない学園の評価を上げたいのだろう。
私に与えられていた仕事は代表戦で優勝することなので、端からその四城戦とやらに参加することは決まっていたわけか。
正式な命令は教皇様から受けていないが、この場合はそう考えるのが妥当だろう。
つまり生徒会長様の申し出は私としても都合がよく、その全てに於いて私の仕事を邪魔するようなものではない。
「わかりました。まだまだ若輩者ですが、生徒会長様の提案を受け入れましょう」
ここで彼女の申し出を断る理由などどこにもないし、仮に仮に新しい仕事と取引内容がバッティングしても前者を優先させよう。
彼女は彼女の目的を果たすために私を利用して、私も与えられた仕事と上司の期待に応えるために彼女を利用する。
なんとも理想的な相互関係、この学園に於ける実力者と手を組めるなんて最高の取引だ。
「私の望みは生徒会長様と同じく二つ、一つ目は私の出席日数や成績に関係なく卒業まで進級させること。
自分よりも劣る者から教えを乞うだなんて、そんな馬鹿らしいことに時間を使いたくありません。
そしてもう一つの望みはとても個人的なもの、生徒会長様ならば私の言いたいこともすぐにわかるでしょう」
ターニャ=ジークハイデンを決勝の舞台で叩きのめせ。どうやって御姫様を決勝戦まで連れてくるのか、それが私に与えられた仕事の中でも一番の問題だった――――――だがそんな無理難題も彼女が叶えてくれる。
これで全ては上手くいく、私は生徒会長様にしか叶えられないだろう二つ目の望みを伝えた。
「生徒会長様には協力していただきます。代表戦に於いて一部の生徒に対する圧力と便宜、八百長と呼ばれるちょっとした権利の濫用。……要するに談合のようなものですよ」