邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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現実主義者と狂った物語

「あの……ご主人様、この御菓子食べちゃってもいいですか」

 

 

「ああ、だから少しだけ静かにしていなさい」

 

 

 相変わらずというかマイペースというか、備え付けの御菓子を頬張る姿はシマリスを彷彿とさせた。

 きっとこの御菓子と同じ大きさのダイヤがあったとしても、シアンはそのダイヤに興味すら示さないだろう。

 彼女の生い立ちを考えればそれも無理からぬこと、このまま静かにしてくれれば私としても嬉しいのだがね。

 

 

 

「御取込み中申し訳ないのだけど、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

 

 

 そう言って話を切り出したのは意外にも彼女の方からであり、よほどセレストの事が気がかりなのだろう。

 餌をおあずけされた動物とはこんな感じなのだろうか、今にも飛びかからんばかりに涎を垂らす姿はどこか可愛らしくもあった。

 この様子ならば彼女から情報を引き出すことはそう難しくもないし、セレストのことを話せば今履いている下着の色だって教えてくれるだろう。

 

 

 

「ああ、私とてさっさと終わらせてほしいからな。

 そもそも誤解されたままでは居心地が悪いし、なによりなぜ君があんなことをしたのか興味がある」

 

 

 こうして始まったのは案の定セレストに関する質問、全ては私の予想通りであり反吐が出るほど美しい姉妹愛だった。

 なんとも有意義で文明人らしい一時(ティータイム)、そこには無粋なやり取りや暴力的思考は存在しない。

 張り合いがないほどのテンプレート、セシルからあのときの伝言について徹底的に聞かれたよ。

 

 

 私とセレストとの繋がりや消えた原因とその居場所を知っているか、笑ってしまいそうなほど私の予想は当たっていた。

 既に物語の設定とその構想は固まっており、こんな小娘に看過されるほど私も甘くはない。

 社畜時代に様々なプロジェクトを立ち上げた私にとって、彼女が納得させることなど赤子の手をひねるようなものだ。

 

 

 嘘を大声で、十分に時間を費やして語れば人はそれを信じるようになる。

 これは以前にも紹介したとある独裁者の名言であり、私という人間を構成するうえでとても為になった言葉だ。

 ちょび髭おじさん、彼がもう少し理性的であったなら世界の在り方も変わっていただろう――――――少々話がそれてしまったか、要するに私は彼女の問いに対して以下のように答えた。

 

 

 

 まずはセレストとの関係性について、以前私は魔術の実験に必要な薬草を手に入れようとギルドを使ってね。

 そのギルドこそがセレストの所属するサラマンダーであり、ギルドから派遣された冒険者こそがセレストだった。

 戦闘能力はあるものの薬草に関する知識が浅い私は、セレストの知識を借りて薬草の採取と調合を行っていたのさ。

 

 

 セレストの仕事はとても丁寧でわかりやすく、私はサラマンダーに依頼を出すときは常に彼女を指名していた。

 そうして何度も依頼していくうちに私達は顔見知りとなり、お互いに個人的な話をするような仲となってね。

 その際にセシルのことやお金に関する相談を受けたのだが、どうにも彼女の於かれている状況は厳しそうだった。

 

 

 彼女の能力を買っていた私は色々と援助を申し出て、定期的にクエストも発注していたが最近は引き受けてくれなくてね。

 あの伝言の意味も見かけなくなった彼女が気がかりだったわけで、私と彼女との関係は要するにそんなものだということだ。

 暇ならまた手伝ってほしいという思惑があったのは否定しないが、忙しいなら忙しいで一言ほしかったというのが本音である。

 

 

 

「ふふふ……あっ、ごめんなさい。

 まさかヨハン君がそんなことを考えていたなんて、なんだか意外というかちょっと面白くて」

 

 

 そこまで説明したところでセシルの表情が若干やわらぎ、口元を押さえたかと思えば小さな声で笑っていた。

 おそらくは私のような人間がそんなことを言うとは思えなくて、ギャップ?と言うか……まあ、あまりにも意外で面白かったそうだ。

 クスッと笑った表情はなんとも年相応で、もはや私への敵意は微塵も感じられなかったよ。

 

 

 

 私の作り話に一喜一憂する姿はとても見応えがあり、暖かい視線を注ぐ姿はなんとも好感のもてるピエロだった。

 こうも簡単に信用されるとは思わなかったが、所詮は人の悪意に鈍感な小娘ということだろう。

 所詮は騙される方が悪いのだと、同情もするし可哀想だとも思うが助けたいとは思わない。

 

 

 

「じゃあお姉ちゃんがいなくなった理由も、今どこにいるのかもわからないよね」

 

 

「申し訳ないが、セレストさんが失踪したというのも初耳だからな。

 なるほど、道理で顔を合わさないと思ったらそういうことだったのか」

 

 

 言葉を選びながらできるだけ親身になれば、彼女は素敵な勘違いと共に底なし沼へと足を踏み入れるだろう。

 順調だ。これ以上ないというほど順調に進んでいる。

 たとえるならばWinWinの関係、私もハッピー彼女もハッピーみんなみんなハッピーである。

 

 

 

「ふむ、では微力ながら御手伝いさせていただこう。

 こう見えても私の懐には余裕があるし、なによりいなくなったのはクラスメイトの姉であり私の友人でもある。

 ギルドを頼るにしても君一人では少々不安だが、よく利用している私ならば彼らも聞いてくれるだろう」

 

 

「えっ! 本当ですか!?」

 

 

 話を聞いているときの彼女はどこか落ち込んでおり、その表情もどこか諦めているようだったけどね。

 だがそれも私が助力を申し出る前までの話、気がつけばお互いの息遣いがわかるほど身を乗り出していた。

 私が困ったように笑うとセシルは慌てて席に戻ったが、我を忘れてしまうほどその言葉が嬉しかったのだろう。

 

 

 彼女の頭からは湯気が立ち上り、恥ずかしさからかうつむいていたよ。

 その大袈裟な反応には苦笑いしかできなかったが、これはこれで最高の反応ともいえる。

 なにからなにまで私の目論見通りに進んでいき、むしろ順調すぎて少し怖いくらいだった。

 

 

 

「君がどう思っているかは知らないが、セレストさんには私も随分と世話になった。

 だから手を貸すこともやぶさかではないが、その見返りとして一つだけ頼みごとを聞いてほしい」

 

 

「お金、ですか?」

 

 

 変な勘違いをしているセシルに盛大なため息を吐き、そんなものに興味はないと言わんばかりに否定する。

 この世界に於ける平均年収こそ知らないが、それでもそこら辺の貴族よりかは裕福であると断言できた。

 私のことをなにも知らない彼女からすれば当然の発想だが、申し訳なさそうに視線を泳がす彼女は見ていて飽きない。

 

 

 

「そろそろ馬鹿にするのはやめてくれないか、いくら温厚な私でも限度というものがある」

 

 

「違います! 違うんです! その、別にヨハン君を馬鹿にしてるわけじゃなくて――――――」

 

 

 利他主義者の思考など単純明快であり、そのコロコロと変わる表情も含めてからかい甲斐があった。

 人の感情とは雲のように掴みどころがないが、こうやって一人の人間に狙いを定めればそれほど難しくもない。

 感情の誘導や思考の操作がこれほど愉快だったとは、きっと目の前にいる女の子は愚直なまでに誠実なのだろう。

 

 

 

「勘違いされるのには慣れているが、まさかそんな風に思われているとはな。

 私のお願いとは君と同じちょっとした質問であり、さして重要でもなければそれほど難しいものでもない」

 

 

 返報性の法則。セレストの捜索を手伝う代わりに必要な情報を引き出す、たとえ全ての黒幕が私であったしても全く問題ない。

 交渉相手である彼女がどう思っているかが重要であり、バレなければ魚の骨だって金に匹敵する価値がある。

 自ら協力を申し出た私は類い稀なる人格者であり、八方ふさがりだった彼女からすれば正に救世主だろう。

 

 

 行方不明の姉を一緒に探してくれる頼もしい仲間、唯一の欠点はその仲間がチャールズ=マンソンに似ていることだ。

 人とは他者から与えられた恩を返したいと思う生き物であり、彼女のような利他主義者は特にその傾向が強い。

 つまり彼女に恩さえ売れれば後はどうでもよく、口先だけの約束と引き換えに欲しい情報を手に入れるのさ。

 

 

 この学園にいるという七人の戦鬼たちについて、後は主人公君とマリウス先生に関して教えてもらおう。

 返報性の法則を利用したモデルケース、なんとも合理的で文明人らしいやり方だ。

 利己主義者である私には全く理解できないが、それでもその博愛精神は御立派である。

 

 

 

「これからの代表戦を有利に進めるためにも、できればどんな教師や生徒がいるのか教えてほしい」

 

 

 そこから先の時間はとても有意義であり、私の質問に対して彼女はなんの疑いもなく答えてくれた。

 ずっと不登校だった私を元気づけるように、馬鹿な小娘が文字通り尻尾を振りながら教えてくれたのさ。

 

 

 

「序列一位はこの学園の生徒会長ニンファ=シュトゥルトさん、その二つ名は絶零の刃だったかな。

 序列二位のヨハン君にとっては一番の強敵だけど、あの人にはシード権があるから試合に出てくるのは決勝トーナメントからだと思う」

 

 

 なるほど、生徒会長様が序列一位なのはなんとも妥当である。

 入学テストでの出来事を未だに怒っており、あの方ほど怖い女性を私は見たことがなかった。

 マリウス先生に関しては授業が違うこともあって、セシルもそこまで詳しくは知らないそうだ。

 

 

 ただ、生徒会長様とマリウス先生は古くからの付き合いだそうで、二人が一緒にいるところをよく目撃するそうでね。

 その間柄まではわからないが、少なくとも色恋沙汰といったものではないらしい。

 

 

 

「他にも灼眼の魔女ことターニャ=ジークハイデン、序列三位の戦姫である彼女も要注意でしょうね。

 強力な炎を操る魔法剣士にしてこの国の御姫様、ターニャさんは多彩な魔法で攻撃してくるからとっても厄介なの」

 

 

「そういえば彼女と仲の良い生徒がいたな――――――確か……そう、アルフォンス?だったか」

 

 

「アルフォンス=ラインハルト、彼はターニャさんの幼馴染だったと思う。

 彼自身は貴族でもなんでもないけど、彼のお姉さんがとあるギルドの有名な冒険者らしいわ」

 

 

 ほう、つまりはその有名人とやらが二人を繋げたわけか。

 主人公君と御姫様を引き合わせた張本人、大方そのお姉さんとやらを雇った際に知り合ったのだろう。

 どういう経緯で二人を引き合わせたのかは知らないが、その結果としてあのよう関係が生まれてしまった。

 

 

 

「本人は腐れ縁だって言っていたけどね――――――それと、ターニャさん曰く彼は召喚士の家系らしいの。

 みんな彼の剣技が物凄いから勘違いしてるけど、本当は召喚獣を呼んで二人で戦うんですって。

 ただ誰もその召喚獣を見たことがないらしくて……ほら、彼って一人でも十分強いでしょ?」

 

 

 セシルが本当のことを言っており尚且つそれが事実であったなら、あのときの敗北もただの偶然ではないのかもしれない。

 日本刀が折れてしまった理由とその原因、召喚士という意味深な言葉に私は反応していた。

 もしかしたらあの男は私の想像よりも遥かに器用(クレバー)であり、あのときの模擬戦でもなにかやっていた可能性がある。

 

 

 セシルが教えてくれた情報は思った以上のものであり、その中でも主人公君と御姫様に関する内容はとても参考になった。

 彼女曰く御姫様に勝てるだろう生徒は三人しかいないそうで、私を除けば生徒会長様と主人公君が残りの二人だそうだ。

 だがそれほどの実力者である彼がなぜ戦鬼ではないのか、セシルも私と同じような疑問を抱いて直接聞いたらしい。

 

 

 しかし彼の反応はあまり芳しくなく、その話になると本人が嫌がったので聞かなかったそうだ。

 生徒会長様が得意とする魔法は絶対零度(アブソリュートゼロ)と呼ばれており、文字通りどんなもので凍らせてしまうらしい。

 あの御方とはできれば戦いたくないが、トーナメントの組み合わせによっては序盤であたる可能性も否定できない。

 

 

 そもそも御姫様をどうやって決勝戦まで連れてくるか、彼女の対戦相手を闇討ちするのはさすがに効率が悪い。

 幸いにも序列三位の実力は伊達ではないらしく、今のところ順調に勝ち進んでおり本選出場は確実だそうだ。

 なんとも複雑な気持ちではあるが、取りあえず彼女の試合を見ながら様子を窺うとしよう。

 

 

 

「それで……その、お姉ちゃんのことなんだけど――――――」

 

 

「ん? ああ、どこまでできるかはわからないがそれでも失望はさせない。

 まずは馴染みの冒険者に事情を話して、それからサラマンダーを通して情報を集めるとしよう」

 

 

 そう言って微笑みながら右手を差し出せば、前回とは打って変わって柔らかい感触が伝わってくる。

 全ての下準備が整いピエロは壇上に上がった。嘘で塗り固められたガラス球を、まるで宝石のように扱う姿が実に面白かったよ。

 幸せとは人それぞれであり千差万別、一人として同じ人間がいないように幸せの在り方とて同じではない。

 

 

 一人が幸せになるには十人の犠牲が必要であり、十人であれば百人の、百人であれば千人以上の犠牲が求められる。

 世界とはそうやって回り続ける回転翼機のようなもの、ではセシルが幸せになるためにはどうすればいいのか。

 ふむ、私は彼女の手を握りながら極めて悪辣に笑っていた。

 

 セシル=クロードの信頼を勝ち取れ――――――突拍子のない言葉に初めは困惑もしたが、今となってはこれほど面白くて楽しみな催しものもなかった。


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