邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
現実主義者と第一回戦
利己主義とは、自己の利益を重視して他者の利益を軽視する考え方。
利他主義とは、自己の利益よりも他者の利益を優先する考え方。
つまり他者を利用して肥える者と他者に利用されて痩せ細る者、対人関係に於ける倫理とは大凡この二つに分けられる。
しかし、中にはこのどちらでもない
彼等の主張は感情的であり尚且つ生産性の欠片もないが、その宗教家に多く見られる兆候を諸君は知っているだろうか?
快楽主義。自己の快楽と幸福をなによりも優先させて、己の悦を至上とする迷惑極まりない考え方。
彼らの頭に
利益と快楽。利潤と幸福。
天才と馬鹿は紙一重と言うが、知性と狂気もまた紙一重なのだろう。
では、改めましてごきげんよう。
徹夜で熟考していたために隈ができてしまったサラリーマン、悪の組織で働いている新参者とは私のことです。
あの模擬戦を行った日から代表戦が始まる今日まで、この私としたことが自堕落な日々を送っていた。
できることなら学園に足を運んで色々と調べたかったが、セシルと出くわす可能性を考えるとそういうわけにもいかなかった。
あの日、私が去り際に放った言葉は彼女の心を揺さぶったはずだ。
どうして私がセレストのことを知っているのか、なぜあんな伝言をわざわざ託したのか。
それは時間をかければかけるほど彼女を蝕み、そして無意識のうちに迷宮へと迷い込む。
一向に出てこない答えとは人にある種の希望を抱かせて、それはいつしか期待という名の願望に変化する。
今頃彼女は姉を探しながら私の伝言を思い出し、そして見つかるわけのない答えを探しているはずだ。
私とセレストとの関係がどんなものか、もしかしたら姉が消えた原因を知っているのではないか――――――
ふむ、なんとも健気でとても美しい家族愛だ。
私が当事者でなければ拍手を送っていたが、残念ながらその両手は既に真っ黒である。
取りあえずもう一度接触するためにも、まずはわかりやすい場所に目印を置こうか。
おそらくはセシルも私のことを探しているだろうし、この間と同じ場所にシアンがいれば喜々として飛びつくだろう。
いなくなった姉の手掛かりを掴む絶好のチャンス、それを見逃すようでは彼女の実力も底が知れている。
シアンの馬車に乗って学園までやって来た私は、そのまま入口で待っているよう伝えて歩き出す。
先日代表戦の日程に関する書類が屋敷に届いたので、私はそれを片手にあの模擬戦を行ったアリーナを目指した。
アリーナの中は人も疎らで閑散としており、私は近くにいた職員に声をかけると控室の場所を教えてもらってね。
そうやって辿り着いた部屋の中には誰もいなくて、私は試合が始まるまでの間ずっと暇を持て余していた。
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
「要するに戦闘の継続が困難な相手、及び降参した相手への攻撃を一切禁ずる――――――なるほど、そういうことなら私も納得です」
控室の中で無為な時間を過ごしていた私だったが、突然部屋の中に現れた職員から注意事項が伝えられる。
その実体のない体は反対側が透けており、おそらくは魔法を使って投影でもしているのだろう。
「ええ、一方的な殺傷行為及び敗者に対する追撃の禁止。
この二つが主な禁止事項であり、その他の行為に関しては常識の範囲内でお願いします」
職員が言っていた要点をまとめると、最も重要なのは二つの禁則事項である。
戦闘の継続が困難な相手に対する追撃と殺傷の禁止、そして降参した相手に対する攻撃の禁止だ。
教えられた内容を私なりに整理して聞いてみると、その職員は満足そうに言葉を返してきた。
なんとも曖昧で急な説明だが、それならば禁則事項に抵触しない範囲で戦うとしよう。
圧倒的な力を見せつけろ――――――私の脳裏を過るあのときの言葉、本音を言えばもう少し具体的に言ってほしかった。
私の価値観とこの世界の価値観は大きく違うし、それも踏まえたうえで考えろと言うなら答えは決まっている。
「ああ……それと、武器の持ち込みは許されていますので――――――」
そうして私は試合が始まるまで説明を受けて、やっと解放されたかと思えばすぐにその時がやってきた。
予選第一試合、それは私にとって本来の力を見せつけるいい機会でもあった。
ある意味本選よりも重要な戦い、私が出世するためにも対戦相手には犠牲になってもらおう。
「おや? もう時間ですか、ではあなたの御武運を御祈りしています」
その言葉を最後に控室は元の静けさを取り戻し、職員の姿はあっという間に消えてしまった。
私は腰に差している日本刀の感触を確かめながら、控室を後にしてアリーナの中央へと向かう。
アリーナの中は控室と同じくらい静かであり、リングへと進み出た私はあの時とのギャップに驚かされた。
「ずっと不登校だったあんたが来るなんて、序列二位の死神さんと戦えるなんて光栄だ」
「ん? 申し訳ないが私は君のことをよく知らない。
君だけが一方的に知っているというのは不公平だし、できれば自己紹介でもしていただけると助かるのだが――――――その、君が私の対戦相手だろうか?」
私と正反対の方向から現れた生徒、大きな戦斧を担ぐ彼からは知性を感じない。
見るからに教養のない姿は脳筋と呼ぶに相応しく、思わず辟易してしまうほど野蛮だった。
一応開始の合図は鳴らされていたが、彼のあまりにも無防備な姿勢に混乱してしまう。
もしかしたら先程の音は聞き間違いではないのか、そんな風に思えてきた私は周囲に目を向ける。
そしておそらくはこの試合の
確か彼は……そう、入学テストのときに生徒会長様と一緒にいた男だ。
私の視線に気づいたのか手を振り返してきた彼に合図を飛ばし、既に試合が始まっているのかどうかを教えてもらう。
「応とも! 生徒会長には止められたが所詮は一年坊、悪いが今回の代表戦は運がなかったと諦めてくれ」
なるほど、結局私の問いに対する答えは肯定であり、やはり聞き間違えではなかったらしい。
では目の前の彼はどうしてこんなにも余裕なのだろうか、もしかしたら私を誘い出すために敢えて道化を演じているのか――――――有り得る。……いや、それ以外に考えられない。
対戦相手と悠長にお喋りだなんて、どう考えても不自然であり合理性にも欠ける。
それならば彼の目的はお喋りそのものではなく、それとは別のなにかだと考えるのが妥当だろう。
「ふむ……そういうことか、この私が騙されるとはなんともお恥ずかしい」
要するに彼はこのやり取りを通じて、私という存在を見極めようとしているのだ。私が主人公君にやったようなことを、彼もまた私に対して行っている。
もしもこのまま突っ込んでいたら、きっと手痛いしっぺ返しを喰らっていただろう。
その方法まではわからないが、あの自信満々な態度は警戒すべきだ。
それならば最初は小手調べとして、外堀から埋めていくことこそ肝要である。
彼がどう反応するのかも含めて、まずは利き腕ではない方の手首を切り落とそう。
これはあくまでも様子見であり、少しでも難しいようなら的を変えればいい。
よくわからないことを延々と話し続ける彼を見ながら、私は呼吸を合わせることでそのタイミングを狙っていた。
あのときの模擬戦で色々と学んだからね。主人公君から教えてもらった教訓、慢心と油断こそが最も警戒すべき敵である。
「いくぞ新入生!
学園内序列七位モリッツ=ミッタ―、二つ名は黒斧の――――――っ……れ?」
その瞬間男の左手首が宙を舞った。間抜けな叫び声と降り注ぐ鮮血、視界を赤く染めながら私の表情はなおも険しい。
無反応にして無抵抗、こんな男に警戒していた自分がなんとも哀れだ。
出来の悪い漫才を見ているような気分、目の前の男は正真正銘の阿呆だった。
正に愚劣、それでいて愚鈍。
彼の頭の中はオランウータンと同じか、又は脳みその形をしたポップコーンなのだろう。
驚愕する本人に冷ややかな視線を向けながら、私の感情はこれ以上ないというほど冷めきっていた。
「モリッツ=ミッタ―君、悪いが私のために死んでくれないか」
控室で代表戦に関する禁則事項を伝えられてから、どうしてもよくわからない点がひとつだけあった。
それはあの職員が口にしていた言葉の意味、戦闘の継続が困難な相手に対する殺傷の禁止についてである。
どの程度の負傷でそう判断されるのか、その辺りを私なりに考えてみたが答えは出なかった。
戦闘の継続が困難な相手……か、なんとも曖昧で分かりづらい表現ではある。
しかし、それも少しだけ視点を変えてみれば、戦闘の継続さえ可能なら殺傷行為も許されるということだ。
つまり目の前にいる彼は武器を手放さず降参もしていないので、あの職員が言うところの禁則事項には当てはまらない。
本来であれば開始と同時に首を刎ねようと思っていたが、私が至らぬばかりにその機会は失われてしまった。
だがこの様子ならば当初の予定通りなんの問題もなく、彼という哀れなオランウータンにとどめがさせるだろう。
やはり圧倒的な力とは相手を殺してこそ圧倒的であり、力を見せつけるという点に於いてはこれが正攻法である。
未だに混乱しているオランウータンを尻目に、私は聞き足を軸にして刃を返すと冷たい殺意を振り下ろす。
肉を切り裂くあの独特な感触と舞い散る鮮血、その全てを予想して私は少しだけ微笑んだのさ。
「全く……私がいたからいいものを、なんの躊躇もなく学友を殺そうとするなんて前代未聞だよ」
だが、私の一振りはなんの感触も与えぬまま空を切った。
日本刀の刃先が綺麗な弧を描いて地面へと突き刺さり、私とオランウータンとの間に先ほどの職員が現れる。
少しだけ軽くなった刀身を見つめながら、なにが起こったのか理解できず私は固まってしまった。
「それじゃあ話を聞こうかヨハン君、代表戦のルールは知っているはずなのにどうしてこんなことをしたのかな」
なにか得体の知れない生き物に出会ったような感覚、私には目の前にいる職員の動きが全く見えなかった。
叩き折られた日本刀と突然現れた職員、全てを理解した瞬間背中に冷たいものが流れる。
「申し訳ありませんが、その前に貴方の名前を教えていただけませんか」
「ああ……そうか、確かにあの時は自己紹介する暇がなかったからね。
私の名前はマリウス=ヴォルフガンフ、この学園で働いている只の教師だよ」
こうして誰かに日本刀を折られるのも二度目か、折られた刃先が光に反射して綺麗な波紋が浮かび上がる。
こういった物に詳しくない私でもわかるほどの美しさ、どこからどう見ても一級品のそれをこうも簡単に破壊するとはね。
手首を押さえながら苦痛に悶えるオランウータン、そんな騒音をバックミュージックに私は緊張していたと思う。
それは恐怖心とは少し違った感情、強いて言うなら彼という人間に対する好奇心。
人間とは己の感性で推し量れないものに出くわしたとき、恐怖心よりも先に好奇心を抱くと私は思っている。
「マリウス=ヴォルフガンフさん――――――」
「マリウス先生でいいよ。なんて言うか、フルネームで呼ばれるとどうにもむず痒くてね」
だからこそここは変に取り繕わず、堂々と自らの主張を貫き通せばいい。
私は禁則事項に抵触しない範囲で戦っただけであり、端から後ろめたい点などありはしない。
隠し立てする必要もなければ叱責される謂れもなく、行動の是非を問うているならその正当性を主張するまでだった。
「ではマリウス先生、むしろどこが問題だったのか是非とも御教授ください――――――」