邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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現実主義者と哀れな魚

 さて最初にも言ったと思うが、ここで問題となってくるのがセレストの処遇についてだ。

 つまり、私はプライドの仕事を奪っただけでなく、その報酬にあたるセレストも横取りしたと思われている。

 プライドは私の素性を知らないが、今回の一件でセレストが私の部下となったのは知っているはずだ。

 

 

 そして、彼女がサラマンダーギルドに所属していたならその交友関係も詳しいだろう。

 仮に、想像したくはないが彼が私への復讐を考えていたとしよう。

 私への制裁を教皇様に進言したところで許可が出るとは思えないし、だからと言って他の原罪司教を頼るわけにもいかない。

 

 

 私の素性を調べることもできず助力も見込めないなら、もはや彼に残された道は一つしかない。

 それは、セレストを見つけ出して私のもとへと案内させること。

 要するにサラマンダーギルドの冒険者を使って王都に網を張り、彼女を見つけ出してからその行動パターンを調べる。

 

 

 セレストが現れそうな場所に間者(ネズミ)を放つのだから、彼女の生活圏を中心に妹のセシルもその対象だろう。

 そもそもギアススクロールとは便利なものではあるが、それゆえにちょっとした欠陥も含んでいる。

 欠陥というか……欠点?だろうか、そこを衝かれてはどうしようもないのである。

 

 

 私に剣術を教えることが彼女の主な仕事であり、その片手間で屋敷の管理もさせていた。

 外出はギアススクロールを用いて制限し、私に関する情報も縛ってはいるものの不安は残る。

 全てが私の被害妄想であり取り越し苦労であったとしても、そこに誰かの意思が介在するなら慎重になるべきだ。

 

 

 私のカテドラルを大きくするためには欠かせない存在であり、セレストを部下にした時点である程度のリスクも承知している。

 今更手放そうとも思わないし、プライドにしても失態が続くようであればいずれは失脚するだろう。

 あのような軽率な人間がなぜ人魔教団にいるのか、サラマンダーギルドも含めて彼を粛清できたらと心底思う。

 

 

 

「切っ掛けさえあればやりようもあるが……まあ、今はまだ対立すべきではないだろう」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

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 学園の入口にちょっとした人だかりができており、その中心には少々珍しい馬車が止まっていた。

 珍しいと言ってもそれは馬車そのものの話ではなく、それを操っているのが獣人の少女だからである。

 

 

 

「あっ! ご主人様です!」

 

 

 黄色い声が聞こえたかと思えば、その幼女は慌てて尻尾を押さえつけていた。

 シアンに好かれている自覚はあるが、さすがにここまでくると反応に困る。

 言いつけ通りに待っていたことは評価するものの、彼女の大袈裟すぎる反応に思わずため息がこぼれた。

 

 

 

「だが、今日ばかりはそんな振る舞いも許してやろう」

 

 

 先程も話した通り私とプライドの確執からセレストを用いることはできず、それはつまりセシルとの接触に彼女は使えないということだ。

 彼女を使えば交友関係も簡単に築けるだろうが、それではあまりにも危険が大きい。

 そもそも妹の信頼を勝ち取るのに何度連れ出せばいいか、セシルがこっそり会いにでもきたらそれこそ最悪だ。

 

 

 セレストは言うなれば切り札的存在であり、そんな彼女を初手から動かすなど救いようのない阿呆である。

 切り札とは適切な状況に於いて、適切な時間を使い適切な場面で利用するものだ。

 

 

 

「小説を書くときに一番重要なのは構想(プロット)であり、人の心を動かすのは第三者の悪意だと相場が決まっている」

 

 

 この無駄に大きな学園の中でどうやってセシルと知り合うか、セレストは使えないうえにずっと不登校だった私には学友もいない

 たとえばセシルを探し出してそのまま声をかけたとしよう……ほら、なんとも不自然でどこか気持ち悪さすら感じる。

 

 

 なんの脈略もなく話しかけてきた男に喜ぶのは娼婦か、はたまたそれに準ずる売女(ビッチ)だけだ。

 あくまで偶然を装い彼女に興味心を植えつけること、ではどうやってセシルの好奇心を刺激するのか。

 ふむ、なんとも幸いなことに適切な人材がいるじゃないか。

 

 

 この王都に於いて獣人とは特異な存在であり、言うなれば社会的少数派である。

 そんな土地にたった二人で移住してきたのだから、その疎外感はセシルを大いに苦しめただろう。

 しかも唯一の肉親にして頼りになる姉、セレスト=クロードはなにも言わず姿を消してしまった。

 

 

 つまり、彼女は初めて経験するだろう文化の中で孤独に生きている。……さて、ここまで言えば私の狙いにも気づいただろう。

 私がなぜこんな場所で待っているよう指示したのか、シアンという餌をここに配置した理由である。

 

 

 

「少々待たせてしまったか、シアンには迷惑をかけてばかりだな」

 

 

「全然、全く迷惑なんかじゃないです!

 シアンはご主人様と一緒にいられるだけで楽しいですし、それに待っている間はこのお姉ちゃんが話し相手になってくれました」

 

 

 客観的に見ればそれは分の悪い賭けだったかもしれんが、それでも私は絶対に成功すると思っていた。

 いや、正確には成功するまで続けるつもりでいたのだ。

 だからこそあの森の中でシアンにこれからのことを伝え、いつでも馬車が出せるよう言い聞かせていた。

 

 

 シアンが見つめる先を追いかけていけば、案の定そこにはセレストを彷彿とさせる獣人がいた。

 馬鹿とハサミは使いよう……なるほど、幼女と馬車も使い方次第ということか。

 

 

 

「ヨハン……ヴァイス、君?」

 

 

 神様なんてものは信じていないが、無神論者な私も今日という日は有神論者である。

 綺麗な服で着飾って、歯の浮くようなセリフと美味しい御供え物を用意しておくよ。

 まさかいきなり出会えるなんて、代表戦までに間に合うかが一番の問題だった。

 

 

 アーメン、ハレルヤ、キュルケゴール。糞ったれな御姫様やよくわからない小娘とも接点がもてて、今日という日を神様(キュルケゴール)に感謝しようと思う。

 

 

 

「初めまして……で、良かったのかな?

 こうして学園に来るのは初めてで、よかったら君の名前を教えてくれないか」

 

 

 社畜時代に培った営業スマイルを武器に、社交辞令という名の武装で彼女と向き合う。

 物事を円滑に進めるために必要なのはコミュニケーションであり、何億人ものサラリーマンが培ってきた知識を私は持っている。

 

 

 

「私はセシル=クロード、一応ヨハン君のクラスメイトになるね」

 

 

「クロードさんか、これからはちょくちょく顔を出すからどうぞよろしく」

 

 

 そう言って右手を差し出せば彼女は不思議そうな顔をして、その差し出された手をずっと見つめていた。

 固まったまま見つめる彼女と視線が絡み合ったとき、セシルの口から思いがけない言葉が飛び出してね。

 

 

 

 

「学年首席ヨハン=ヴァイス、入学テストの際に何人もの受験生を再起不能にした男。

 学園内序列は二位で、与えられた二つ名は灰色の死神……だったかな」

 

 

 彼女から感じるあからさまな敵意は私としても予想外で、少々困惑してしまったことは認めよう。

 彼女があの試験会場に居合わせた一人であり、数少ない合格者だということは既に知っていた。

 だから私のことを知っていてもなんら不思議ではないし、それ自体はどうでもいいがまさかここまで嫌われているとはな。

 

 

 それにその……なんと言うか、先ほどの恥ずかしい呼称は一体なんだ。

 序列二位? 灰色の死神? 彼女から感じる敵意よりもそちらの方が衝撃的であり、思わず頭を抱えてしまったのは言うまでもない。

 

 

 

「意外、あなたでもそんな顔するんだね。

 だけど私はあなたのことを軽蔑するし、今まで出会ってきた誰よりも狂っていると思う」

 

 

 ほう? 社交辞令のイロハも知らない小娘に説教されるとは、こんな風に言葉を交わすのは今日だけで何度目だろうか。

 主人公君やこの小娘にしても、私としては狂人という定義について議論するつもりはないのだがね。

 

 

 

「君にどう思われようとも一向に構わないが、どうしてそんなにも詳しいのだろうか。

 私すら知らないことをなぜ君が知っているのか――――――ああ、アレか。もしかして君は私のファンかなにかかな?」

 

 

 これは当初の予定を変更して、その都度柔軟に対応した方が良さそうだ。

 正攻法が難しいなら搦手(からめて)を使って、それでも難しいようなら強引にもってくとしよう。

 序列二位だとかそんなくだらない話も脇に追いやって、まずは目の前の小娘に楔を打ち込もうか。

 

 

 彼女の知能がオランウータンレベルでなければいいが、最低限文明人ほどの知性は持っていてほしい。

 さすがの私も類人猿とは仲良くなれないし、なによりそんな人間相手に貴重な時間を浪費したくはなかった。

 

 

 

「あの入学テストの日に私も試験会場にいたから、だからあなたの強さは誰よりも知ってる。

 学年首席というのも妥当だし思うし理解もできるけど、だからといってあなたみたいになりたいとは思わない」

 

 

「なるほど、私を理解しようとしただけあの主人公君よりも優秀だ。

 それに、君は君という一個人で完成されており、それを無理やり捻じ曲げる必要もないだろう。

 セシル=クロードとしての価値観、道徳観念、そして優先順位。

 既に完成されている人格を変えるということは、それはある種の自殺にも等しいからね」

 

 

 

 社畜時代に培った交渉技術、それを使うにあたって最も重要なのは三つの事象だ。

 返報性の法則。一貫性保持の法則。そしてこの二つを締めくくる駆け引きである。

 

 

 

「たとえば君に、自分の命よりも大切な人がいるとしよう。

 その人を助けるためには誰かを殺さなければならないが、君も知っての通り殺人とはとても罪深い行為だ」

 

 

 返報性の法則。第三者から与えられた恩に対して、なにかしらの形で報いたいと思う深層心理である。

 私のような利己主義者はこれを鼻で笑うが、本来であればどんな人間でも必ず持っているものだ。

 

 

 

「さて、ではここからが問題だ。

 どうでもいい人間を殺して大切な人を救うのか、それとも大切な人を見殺しにしてどうでもいい人間を助けるか――――――くだらない建前は抜きにして君の答えが聞きたいね。

 ハハハ、そう身構えなくても大丈夫だよ。

 これはちょっとした悪ふざけ、君があまりにも可愛いから苛めたくなっただけさ」

 

 

 一貫性保持の法則。人は常に矛盾した行動を取りたくないと思っている生き物であり、そういった考えが基となって個人の道徳観念が定まっていく。

 返報性の法則と似ている部分はあるが、その本質は全くの別物だと断言できる。

 

 たとえるならば返報性の法則は個人の価値観であり、一貫性保持の法則は社会通念といったところか

 

 

 

「私は――――――殺す。

 大切な人を救えるならなんだってできるし、それで人殺しになったとしても私は後悔しない

 私達はもう十分すぎるほど苦しんだ。だから、これ以上の理不尽は絶対に認めない」

 

 

「なるほど、だったら私たちは似た者同士ということだ。

 目的のために最善を尽くし、それが非道と罵られようとも己の利益を追求する。

 素晴らしいじゃないか、君も立派な利己主義者(エゴイスト)の一員だ」

 

 

 駆け引き、これに関しては詳しく説明する必要もないだろう。

 鉄のように固い相手を揺さぶることによって判断を鈍らせ、弱ったところで己にとって都合のいい要求を呑ませる。

 

 

 

「なにも知らないくせにやめてよ。あの日のことと、このたとえ話では意味合いが全然違う。

 私はお姉ちゃんのためならどんなことだってできるし、それが人殺しであったとしても躊躇しない。

 だけどそれ以外は普通の学生だし、あなたみたいな異常者と同じにされたくはない」

 

 

「ふむ、私としては分かり合えると思ったがとても残念だ。

 その様子だとこれ以上続けても不評を買うだけか、それならばここは一旦失礼してまた別の機会にお会いしよう」

 

 

 そう言ってわざとらしく馬車へと乗り込み、シアンに合図を出して手綱を握らせる。

 馬車がゆっくりと動き始めて、私が窓を開けた瞬間偶然にも視線が絡み合った。

 睨み続けるセシルに対して、私はできるだけ自然体を装い大きな爆弾をひとつだけ落とした。

 

 

 

「そうそう、君のお姉さんも大変そうだったけど彼女に会ったら伝えてほしい。

 ありがとう世話になった。また機会があれば顔を出してくれないか――――――とね」

 

 

「えっ、待って! どうしてあなたがお姉ちゃんのことを――――」


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