邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません   作:ellelle

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化物に仕える幼女

 馬車の車輪がガタガタと荒っぽい音をたてながら、暗い森の中を一生懸命走っていくです。

 尊敬するご主人様を乗せて、シアンは今日も元気いっぱい頑張ってます。

 

 

 

「本社に出勤する」

 

 

 シアンのご主人様は月の始まりと終わりに、決まってこの王都から少し離れた森へと向かわれます。

 本社という言葉をご主人様はよく使うけど、お馬鹿なシアンにはよくわかりませんでした。

 ご主人様は偉い人たちとお話しする場所だって言ってたけど、たぶんとっても難しいお話なんだと思います。

 

 

 ご主人様はカッコよくてとっても物知りだから、きっとその偉い人たちもご主人様を頼りにしてるんです。

 シアンにはそんな人たちの気持ちがわかりました。だって、シアンもご主人様に助けられたうちの一人です。

――――――住む家もなく、親すらもいなかったシアンにご主人様はたくさんのものをくれました。

 

 

 今でもあの日のことはハッキリと思い出せます。雨粒の冷たさやふらふらな足元、脅えるシアンに向けられた温かい手のひら。

 ご主人様と出会ったあの日、シアンはシアンとして生まれ変わることができました。

 

 

 もしもご主人様と出会っていなかったら、きっと今でも路上生活を続けていたです。

 孤児として生まれたシアンは親の顔を見たことがありません。

 物心ついた時から路上にいましたし、そこには同じような子供たちがいっぱいいました。

 

 

 毎日がとっても辛くて、ご飯が食べられない日もちょくちょくあったです。

 大きな家の残飯を漁ったり、綺麗な服を着た人からお金をもらうのがシアンにとっての日常でした。

 シアンにとってはそれが普通のことだったから、今でも常識という言葉がピンときません。

 

 

 余裕なんてどこにもなくて、ただ生きているだけで精一杯の日常だったです。

 神様なんてどこにもいなくて、いつもおなかを空かせながら歩いていました。

 

 

 大通りに出ればたくさんの子供がお母さんと手を繋いで、嬉しそうに笑いながら家へと帰っていくで す。

 だけど、シアンの周りにはなにもありませんでした。帰る家もなければ、手を繋いでくれるお母さんもいません。

 寒さに震えながら一生懸命ご飯を探して、気がつけばいつも独りぼっちでした。

 

 

 なんでこんなにも寒いのかなって……どうしてこんなにも違うのかなって、野良犬たちと一緒にゴミを漁りながらよく考えていたです。

 だけど結局はわからなくて、次の日にはまた同じようにゴミを漁っていました。

 

 

 その日も、本当だったらいつも通りの毎日だったと思います。

 着ている服がずぶ濡れになりながら、それでもシアンはゴミを漁っていました。

 なかなかご飯が見つからなくて、いっぱい……いっぱい歩き回ったです。

 そしてそうやって辿り着いたお屋敷のゴミ捨て場、そこでシアンはご主人様と出会いました。

 

 

 

「ふむ、子供だったか」

 

 

 突然聞こえてきたその言葉に、思わず隠れちゃったことを覚えています。

 少し前にゴミを漁っているところを見つかって、それでその家の人に怒られたことがありました。

 だから気がつけば震えていて、また怒られるかもしれないって――――――叩かれるかもしれないって思いました。

 

 

 

「ほら、そんなものは食べ物じゃない。

 全く、今の統治体制からして前時代的だが……まさかここまで酷かったとはな」

 

 

 初めて出会ったとき、ご主人様はなにか難しいことを言ってました。

 だけどシアンにはそれが全然わからなくて――――――でも、とっても偉い人なんだろうと思ったです。

 たぶんご主人様の第一印象はそんな感じ、なんだかよくわからない不思議な人でした。

 

 

 その日、シアンは初めて温かいスープとカビの生えていないパンを食べました。

 バターを塗って暖かいお洋服に着替えて、案内された部屋のベッドはとてもふかふかでした。

 

 

 初めて見るお風呂は使い方がわからなくて、最初は噂に聞く貴族のおトイレかなにかだと思いました。

 とっても大きくていい匂いがする水たまりに浸かりながら、このときのシアンはたぶん泣いていたと思うです。

 

 

 なにが起こっているのかよくわからなくて……もしかしたらシアンは天国にいるのかなって――――――実はもう死んじゃってるんじゃないかと思いました。

 それがご主人様の優しさだと気づいたのはもっと後のこと、シアンが体験した初めての優しさは少ししょっぱい味がしたです。

 

 

 

「なに? お前名前がないのか?

では出生届はどうした。戸籍は? 個人番号(マイナンバー)は?」

 

 

「ごめんなさい、です」

 

 

 ご主人様の言葉が全然わからなくて、思わずうつむいてしまったのを覚えています。

 そのときは怒られるかもしれないと思って、気がつけば服の裾を握り絞めていました。

 だけど、そんなシアンの頭を撫でながらどこか困ったように、それでいて恥ずかしそうにご主人様が言ったのです。

 

 

 

「では、今日からお前はシアンと名乗れ」

 

「シアン?」

 

 

 よくわかっていないシアンにご主人様は照れくさそうな顔をして、もう一度だけ優しく撫でてくれました。

 シアンがシアンとして生まれた日、この日がシアンにとっての新しい誕生日となったのです。

 もしも神様がいるとしたら、この人みたいに優しくてカッコいい人なんだろうと思いました。

 

 

 

「そう、お前の新しい名前だ。

 こうみえても私はあれこれ考えたりするのが好きで、暇さえあれば物思いに耽っているような人間だ。

 だから思案――――――要するにシアンだよ。

 まあ無理にとは言わないが、さすがに名前がないというのは色々不便だからな」

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

 

「ここまででいい、後は歩いて行くからシアンはここで待ってなさい」

 

 

 お馬さんの鳴き声と共に馬車が止まると、ご主人様はそのまま森の中へと消えていきました。

 暗い森の中でお留守番するのにも慣れてシアンは、最近では屋敷に置いてある魔導書を使ってお勉強をしてるです。

 

 

 ご主人様がシアンに名前をくれたあの日から、シアンは大人のれでぃーになろうといっぱい勉強しました。

 今ではこの通り、馬車も動かせるようになって難しい言葉もたくさん覚えたです。

 だけど、ご主人様の奥さんになるにはまだまだ頑張らないといけません。

 

 

 

「うー、あのばいんばいんめ」

 

 

 この数ヶ月、お仕事が忙しかったご主人様はあまり帰ってきませんでした。

 そのせいでシアンはあの大きなお屋敷で一人っきり、お部屋のお掃除や魔法のお勉強ばかりしてたです。

 

 

 ただご主人様に褒めてほしくて、優しく耳や尻尾を撫でてほしかったからいっぱい努力したです。

 だけど、久しぶりに帰ってきたご主人様はあろうことか違う女性(メス)を連れていました。

 ばいんばいん……そう、あのばいんばいんです。

 

 

 シアンのことが大切だって言っていたのに、いつも思案しているって言ってたのに浮気してました。

 ふん! どうせご主人様の優しさにつけ込んで、あの女がちょっかいをかけたに決まってるです!

 

 

 あの無駄に大きなばいんばいんを使ってご主人様を誑かし、シアンから正妻の座を奪うつもりなのはわかってました。

 そうじゃないと今まであんなにも耳や尻尾、頭だって撫でてくれたご主人様があんなこと言わないです。

 

 

 

「シアン、彼女が目を覚ますまで傍にいてほしい。

 起きたときに私が横にいるよりも、同族のお前がいた方が彼女も安心するだろう」

 

 

 ばいんばいんを連れてきたときのご主人様の表情、それを見た瞬間にシアンは全て悟りました。

 御姫様抱っこしながら大事そうに客室へと運ぶ姿を見て、シアンは思わず持っていた魔導書を落としてしまったのです。

 だって、シアンだってまだしてもらったことがないのに、それをあのメスは堂々と見せつけました。

 

 

 

「ご……ご主人様、その女性は誰なのですか?」

 

 

「ん? ああ、彼女はお前と同じ使用人候補だ。

 少しばかりワケありではあるが……まあ、あまり気にせず仲良くやってくれ」

 

 

 その言葉に疑いは確信へと変わったのです。

 このメスはあのばいんばいんを使ったに違いないって、シアンのご主人様を寝取ろうとしているのはみえみえでした。

 正妻の地位を脅かすほどの圧倒的な物量、あのときの動揺は今も忘れられません。

 

 

 

「破廉恥です! 淫乱です!」

 

 

 その動揺を否定しようと持ってきた魔導書を何度も叩いて、そのたびになぜだかチクチクと心が痛みます。

 こんなところ見られたらそれこそ怒られてしまいそうですが、それでもご主人様だってご主人様です。

 

 

 一番重要なのは形であって、大きければ大きいほど良いわけではありません。

 大きいだけで形が悪ければそんなのは醜いだけですし……うん、醜いだけだもん。

 

 

 

 つるーん、ぺたーん。

 自分の胸を触りながらあいつのそれを思い出して、なぜだかとっても悲しくなりました。

膨らみなんてどこにもなくて、必死に寄せてみたけどなにも変わりません。

 

 

 つる、つるーん、ぺたーん。

 そんな音が聞こえてきそうな……でも、きっとシアンにだって需要はあります――――――ある。あるし。あるよ。あるもん!

 なんだか不安になってきたのでお勉強を再開します。うん、シアンは子供だから大人に勝てないのもしょうがないのです。

 

 

 

「私は選良主義者ではあるが、だからと言って結束主義(ファシスト)どもを馬鹿にするつもりもない」

 

 

 屋敷で働き始めた頃は、よくご主人様がお勉強を手伝ってくれました。

 テーブルマナーだったり言葉遣いだったり、日常的なものから専門的なものまで教えてくれたです。

 ちなみにシアンがご主人様についてもっと知りたいと言ったときの答えが、この呪文のような言葉でした。

 

 

 

 だからこそシアンは魔法を覚えればご主人様に近づけると思って、お屋敷にある魔導書を使ってお勉強しているのです。

 今ではちょっとした炎もだせますし、いつかはご主人様のお仕事を手伝いたいと思っています。

 ご主人様を支えるパートナーとしてその窮地を救えたなら、きっとご主人様はシアンにメロメロになって――――――

 

 

 

「シアン、なにをそんなニヤニヤしている?」

 

「ひにゃ!?」

 

 

 その言葉に読んでいた魔導書を落としてしまい、シアンは慌ててそれを拾い上げました。

 胸がドキドキして顔が熱くなる。かまってもらえるのは嬉しいけど、それでももうちょっとだけそんな夢を見てたかったです。

 呆れたように笑うご主人様を見ながら、シアンはそんな成長した自分を想像して微笑みました。

 

 

 

「セレスト=クロードに関してだが、正式に私の部下として認められたよ。

 一部の人間からは反発もあったが、そこは上手いこと上司が収めてくれた。

 これでお前に続く二人目の部下、まだまだ規模は小さいがそれでも一歩前進した」

 

 

 思わずムッとしたシアンに気づいたのか、ご主人様の温かい手がシアンを撫でました。

 いつの間にか尻尾が反応してしまったけど、そうやって騙そうとしても絶対に許さないです。

 両手で尻尾を押さえつけながらむくれたふりを続けて、もっと撫でてもらえるように首を伸ばします。

 

 

 

「同じ司教座聖堂(カテドラル)の仲間として彼女に仕事を教えてやるといい、使用人としてはシアンの方が先輩だからな。

 私には反抗的でもお前になら心を開くだろうし、頃合いをみて色々試してみるとしよう――――――ああ……それと、次の仕事が決まったので一応伝えておこう。

 これから先、私は学園に通うこととなった」

 

 

 学園? そういえば、ご主人様が学生だというのは聞いたことがありました。

 確かとっても有名な学園に通っていて、入学から一度も行ったことがないけどそこの首席らしいです。

 

 

 学年首席というのがなんなのかはわからないけど、きっとご主人様のことだから凄い称号に決まってます。

 だってご主人様が学校でお勉強だなんて、教える側ならわかるけど教えられる姿は想像できません。

 なんで学校に行かないのかはわからないけど、それにしたってなにか考えがあるんだと思います。

 

 

 

「それに伴ってこれからは馬車を使っての行動が増えるから、いつでも出せるようにその準備だけは常にしておけ」

 

 

 馬車を使うということは、それだけ長い時間ご主人様と一緒にいられる!

 その言葉を聞いた瞬間尻尾が一際大きく動いて、それを抑えるのにとっても苦労しました。

 ここはなんとか我慢して冷静に、この程度で機嫌を直すと思ったら大間違いなのです。

 

 

 

「次はどんなお仕事ですか? ご主人様一番の部下として、シアンにそれを知る権利があると思うです」

 

 

 ふふん、シアンだっていつまでもご主人様が知るシアンではありません。

 あのバインバインとは違って成長期ですし、なにより簡単に尻尾を振る女だと思われるのは心外です。

 

 

 

「どう説明したものか……少々ややこしくて複雑な仕事でな。

 噛み砕いて言うなら優勝することだが、その過程で幾人かの信頼を勝ち取らねばならん」

 

 

 ただ、その言葉を聞いた瞬間やっぱりご主人様は凄いと思いました。

 難しい言葉がいっぱい出てきたけど、それでもなんだかすごいことだけは伝わったのです。

 ご主人様についていけばきっと幸せになれる。優しくてカッコいいご主人様を見ながらシアンはわくわくしていました。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

――――――――――――

 

――――――

 

 

「学園代表戦に於いて圧倒的な力を見せつけろ。

 優勝しろというのはわかるが、圧倒的な力なんて曖昧な定義ではなんとも言えん。

 やはり殺してこそ圧倒的なのか、それとも見せしめに四肢でも削ぐか……いずれにせよその方針は決めておくべきだろう」


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