邪教の幹部に転生したけど、信仰心はありません 作:ellelle
例外の始まり
さて、ごきげんよう諸君。
そちらは今、木枯らしが吹きつける寒い冬だろうか?
それとも眼がくらくらするような夏の炎天下だろうか?
こちらかい? こちらは新生活がスタートする季節とだけ言っておこう。
「新入生の皆さん初めまして、当学園の生徒会長を務めておりますニンファ=シュトゥルトです。
まずは数ある魔導学園の中からここ、この王立コスモディア学園を選んで頂き――――――」
真新しい制服に身を包んで興奮冷めやらぬ生徒たち、そんな中に三十も中頃を過ぎた私が混じっていた。
犯罪じゃないか?……失礼な。
この状況を私自らが望んだなどと、そんな素敵すぎる勘違いだけはやめてほしい。
それに見た目に関しては年相応というか、周りの学生たちに混じっていても違和感はないだろう。
日本人にはあるまじき灰色の瞳に、髪の毛の色もそれに近い灰色をしているがね。
ん? それはおかしいだろうって?
確かに大の大人がそんなに幼いはずがないと、そう思う諸君達の意見はもっともである。
だが、世の中にはたくさんの例外が溢れている。
私だって好き好んでこの世界に来たわけでもないし、なによりこんな茶番に付き合わされるのは甚だ遺憾だ。
ここまでの経緯を話すととてもややこしいので、ここでは一旦省略させていただこう。
要するに心は三十中頃の大人だが、見た目に関しては高校生くらいだと思ってほしい。
少々無理のある設定だとは思うが、事実としてそうなのだから私としても困っている。
「どうして当学園には入学テストがないのかと、御集りの皆さんは不思議に思われたことでしょう。
曲がりなりにも王立を謳っている当学園が、どうして全ての志願者を受け入れているのか不思議だった筈です。
皆さんも知っての通り、この学園はレムシャイトでも有数の名門校です。
心・技・体。その全てに於いて一流の人間を教育するため、我がコスモディア学園は幅広い人材と資金を有しております」
まさか知らない世界でまたこうして、一から高校生活を送るとは思わなかった。
しかも魔導学園? ハハ、呆れるというよりも笑えてくるよ。
巨大な学園ホールとでも言えばいいのか、そこで始まる入学式というのも大概である。
それこそ量産型ライトノベルのような世界、この世界は私の元いたそれとは遠くかけ離れている。
人種、文化、そして価値観。正に悪夢のような世界だ。
「当学園の基本理念はただひとつ、それは弱肉強食です。
学園側が生徒に求めるのは強さと結果だけ、確かに過酷ではありますがその分見返りもあります。
卒業後の将来性は当然として、上手く立ち回れば相応の対価も夢ではありません」
少し話を戻そうか。要するに私はとある学園の入学式、それに参加させられているのである。
私をこの世界に呼び出した元凶にして、今の勤め先でもある会社の上司だ。
彼の指示でこんなくだらない茶番に参加し、椅子を温めながら彼女のくだらない話を聞いている。
「ですが、どんな事柄にも許容量はあります。
名誉にも、人脈にも、もちろん将来性にだってそれは存在する。
それは当学園に於いても例外ではなく、ここにいる全ての者を入学させるほど我々も優しくはありません」
彼から与えられた指示はこの学園、王立コスモディア学園の学年首席になれというもの。
初めは自分の耳を疑ったが、業務命令に逆らうほど私も愚かではない。
いつの時代もやりたいことを選べるような、そんな会社は存在しないのである。
こんなふざけた世界で生き残るためにも、せいぜい有能な部下を演じて
会社という後ろ盾がなければ私なんて、それこそあっという間に野垂れ死ぬだろう。
今は使い捨てにされないよう実績を積みながら、後々はホワイトカラーとして本社勤めを願い出よう。
「ここには八百人ほどの志願者が集まっていますが、残念ながら当学園に於ける一般生徒の定員は百名です。
つまりは七百名あまりがここで脱落、その入学を認めるわけにはいきません。
では、どうやってこれだけの大人数を
騒ぎ出す若者たちを横目に私は夢の後方勤務、その順風満帆な人生に胸を躍らせていた。
正確にはただの妄想に過ぎないのだが、それでもそのくらいの夢はみさせてほしい。
生徒会長様の言葉にピリピリとしている青年たち、さながら大企業の面接を受けてきた新卒のようだ。そんな彼ら・彼女たちを見ながら私はあくびを噛みころす。
この程度のことでプレッシャーを感じるなんて、彼らの精神構造は豆腐のように
営業マンとして商社に勤めていた私に言わせれば、こんなのはゴールデンウイーク明けの挨拶である。
黒を通り過ぎて白く見えてきそうなほどの会社、そんなオーバーワークを務めあげてきた社畜を舐めないでほしい。
定時退社? ふむ、そういった都市伝説があるのは知っていたがね。
私の職場ではもっぱらノルマという名のギロチン、デスマーチという名の運動会が横行していた。
サービス残業という舞台で鍛えあげられた精神、彼らのような豆腐メンタルには務まらない仕事だ。
「入学希望者は会場の入り口に於いて、職員にこの腕輪を渡されて装着したはずです。
これはあなた方の受験番号が組み込まれた魔具、言うなれば受験票のようなものです。
生半可な攻撃では絶対に壊れませんし、なによりとても大切な物ですから丁重に扱うことをおすすめします」
ああ、確か胡散臭い教員に渡されて嫌々つけたが、これがそんなにも大事な物だったとはね。
無機質なただの金属。表面はつるりとした光沢のある銀色で、その内側にはびっしりと文字が刻まれている。
文字の意味は全く分からないが、これと同じような物を会社で見かけたことがある。
確か……高名な魔法使いの皮膚?を使った魔導書だったか。ドラゴンの血で書かれた文字に、そのブックカバーはワーウルフの毛皮だと言っていたな。
話を聞きながら感心していた私だったが、仲の良い同僚によるとどうやら特別仕様らしい。
一般的には紙とペンを使うらしいのだが、この辺りは私のいた世界と同じなのだろう。
「どんな手段を使っても構いません。
自分の所持しているものとは別で六個、自分の腕輪を守りながら他の志願者から奪い取ってください。
それが当学園に入学するための条件、言うなれば力ある者のみが当学園の生徒を名乗れるのです。
一応、万が一に備えて職員が待機しているので、怪我の治療に関しては全く問題ありません」
さすがは一流企業だと、この会社に転職?……いや、ここは皮肉も込めて転生か。
それができて良かったと心の底から思っている。
ライバル企業からは邪教徒などと揶揄されて、そのせいで世間の風当たりはとても厳しいがね。
だが、それでもその力と資金力には驚かされた。
たとえ本当に邪教徒だったとしても、私の衣食住を保証してくれるなら構わない。
重要なのは給料と、そして仕事内容やその拘束時間である。
給料や拘束時間に関しては全く問題なく、むしろホワイトすぎてこちらが困惑しているほど。
「計七個の腕輪を出口で待機している職員、あの方に渡していただければテストは終了です。
その時点で入学テストは合格、晴れてコスモディア学園の生徒ということです。
私たち生徒会、及び教職員一同あなた方を心より歓迎いたします」
ただ、問題なのは仕事内容に関してだ。
無理難題を押しつけられるのには慣れているが、なにぶんこの世界に来たばかりで要領がわからない。
この世界の文化、もっと言えば今いる国の知識すらないのである。
機会があれば会社にある古い文献でも漁ってみようか、同僚曰く会社の保管庫?は宝の山だそうだ。
「リタイアされたい方は腕輪を外していただければ、その時点で受験資格を失った者として救助いたします。
怪我人に関しては会場で待機している職員の――――――あら? そこの君、急にどうしたの?」
まずは私の有能さを上司に教えなければ、最悪私の居場所がなくなってしまうかもしれない。
結果を上げ続けることこそが安全であり、私の
リストラされるだけならまだいいが、そのまま文字通り首を斬られては敵わない。
「質問なのですが、どうやったら学年首席になれるでしょうか?」
私は立ち上がりながら大きな声でその疑問を、生徒会長であるニンファ=シュトゥルトに投げかけた。
私の目的は学年首席の地位であり、この学園に入学するのはその大前提である。
初仕事に失敗するなど言語道断。それならば主席となる為にはどうすればいいのか、その条件を聞いておかなければならない。
ただ――――――その時、この会場に集まっている八百人近い若者たちの視線、それが私という一個人に向けられたのさ。敵意という名の感情を含んでね。
やれやれ、この程度で敵対心を持つなんてカルシウムが足りていない証拠だ。
平常心、平常心だよ諸君。君たちのようなお子様には難しいかもしれないが、最低限のエチケットは守っていただかないと。
「そうですね。――――――二十個、腕輪を二十個も集めれば学年首席の、その審査対象に加わることはできるでしょう。
この学園の基本は実力主義、それだけの腕輪を集めたなら認められるはずです」
「そうですか、教えてくださいましてありがとうございます」
さて、では方法もわかったことだし始めるとしよう。
両隣にいる志願者の腕輪の位置を確認して、そしてその肩から下――――――その腕ごと切り落として行動を開始する。
付近の志願者たちから悲鳴が聞こえたが、こういうものは先手必勝と相場が決まっている。
少しばかりフライング気味かもしれないが、生徒会長様御自身が明言したことである。
手段は問わない。……そう、手段は問わないのだよ。
つまりはその開始が告げられる前に攻撃すること、彼等の腕輪を手に入れることこそもっとも合理的である。
それこそ簡単に手に入るだろうし、なにより時間効率がとても素晴らしい。
私の行動を見た周りの若者たちが触発されて、それぞれがそれぞれの武器や魔術で応戦してくる。
私を起点として始まった混乱は急速に広がり、そしてそれはあっという間に会場をおおいつくした。
生徒会長様がなにか叫んではいたものの、今更そんなことに耳を貸す奴もいないだろう。
それぞれがそれぞれの戦いに集中しており、彼女がいくら呼びかけても徒労に終わっていた。
少しばかり気の毒ではあるが、結局はそれだけ……その程度の感情でしかないのである。
ただ、私を中心として広まったその敵意も、結局は私を中心として収束していったがね。
なんてことはない、私が少しばかり強すぎただけの話である。
魔術の知識もなければ剣術の知識もなく、それこそこの世界に来る前までは普通の会社員だった。
だが、今は会社から与えられた力――――――正確には上司か、彼から与えられた力があるからね。
「受け取れ、貴様にピッタリの武器だろう」
その武器は――――――死神を彷彿とさせる大鎌だった。
尊敬する上司から手渡された武器はよく馴染み、なんの知識も持っていない私にはとても扱いやすかった。
やはり持つべきものは理想の上司だと、その計らいには思わず涙が出そうになったよ。
与えられた武器を力の限り振るい、なにも考えずただひたすらに志願者を排除していく。
この武器に限って言えば剣術の知識は必要なく、それこそ変に考えるよりも振り回した方が効果的だ。
真っ黒で禍々しい形をしたそれを振り回しながら、私は生徒会長様が言っていた二十個を集める。
付近にいた十数名の肩から下を切り落とした後、再び私は次なる人混みへとその身を投じたのだった。
個人的にはその倍は回収したいところだが、この様子だとそこまで難しくもなさそうだ。