これは球技大会が迫ってきた放課後の話である。
「芦屋ぁ!俺んとこの助っ人として来てくれ!」
「そっちは男子多いでしょ。混合リレーのチームでいいから、ね?」
「いやいや、こっちの方なら待遇をよくするって先輩言ってた!」
ああ、球技大会の時期がやってきたな。本当にこういう時はモテるんだよな。
芦屋新志という男は運動系のイベントでは引っ張りだこである。自分で言うのもなんだが元々の身体能力が現役の部活動をしている人より上回っていると言われることがたまにあるほどだ。
野球だと内野でも外野でもボールが手に渡ると正確にコントロールしてアウトにさせたり、ドッジボールも一度に3人連続で当てるのを3連続したりという伝説じみた事を言っていた。
上記の事は本当に成し遂げたことだが、それでも本気ではないのは俺しか知らない。
中学校の頃は全般的に強すぎて中学最後の球技大会は運営から「その、本当に申し訳ないけど、出場は、諦めてくれない、かなぁ?」なんて震え声で頼まれたくらいだ。
『約束された勝利の助っ人』と呼ばれたこともあった事をふと思い出した。そこまで大層なもんじゃないがなぁ…………
まあ、そういう話をどこかで聞きつけたらしく部活動が盛んなウチの学校では俺の引き抜きに躍起になっている。
もうこれはある種のパニックになっていた。しかし、先手はもうすでに打たれていたことを打ち明けよう。
「いやー、誘いは嬉しいんだけど無理だな」
「えー、何でー?」
「生徒会に出場は控えろって言われた。文句は生徒会に言ってくれよ?」
「マジかよ!生徒会め!」
「…………ちょっと抗議してくる」
「俺も行くぞ!寂しい思いをさせるな!」
いや、単に勝ちたいんだろうとツッコミをしたくなったが苦笑いだけで済ませておいた。止めても止まらないんだろうというのは一目で分かるからな。
そして即座に却下されるという未来が見える。千里眼なんて必要ないほど分かりやすい。
「…………引っ張りだこですね」
一気に人がいなくなった瞬間にぴょこっと現れたのは塔城さん。当然だが彼女はオカルト部として出場する。
絶対にあの部が負けることなんてないだろう。だって普通の人間をはるかに超す力を持つ悪魔しかいないんだから。
正直なことを言うと、何処かのチームに入ったとしても俺1人でオカルト部の面々と対決しなきゃならん場面に持ち込まれるだろうな。
つまり、どちらも本気を出さないが数の利で負けてる俺の苦労が多すぎて対処しきれない。
「オカ研は昼休みと放課後に野球の練習してるな」
「…………部長が勝ちにいってるから」
「ああ、あの件が響いてるのか。まあ、無理もないか」
名前は忘れたが不死鳥の名を継ぐ三男坊との戦いで負けた事がとても悔しいと話をするたびに聞いた。
不死鳥は文字通り不死だが、遥か格上の攻撃だと倒される上に精神的な傷は治らないため搦め手に弱いという弱点を持ってるというのも聞いた。
兵藤先輩がよく倒せたなと思う。例のバランスブレイカーという名前のおかげだな。いや、神殺しと称される神器の潜在能力は計り知れないな。
「…………参加しないのがちょっと残念」
「いやいや、そこは普通の人間だよ。俺の取り柄は弓だけだからな」
「…………本当に?」
「何でそこで疑うのかな…………」
これは思わず苦笑いをしてしまう。俺の力については弓が撃てる以外に何も喋ってない。堕天使陣営からはたまに電話かかって来て隙あらば、という風になっている。
悪魔側にもいつかはバレるだろうな。いや、天使側にも目をつけられてるから厄介な事になりそうだ。
そこは人間なんとかなる理論を立てて置いとくが、今は心配な事がある。
「今からオカ研の練習行くんだろ?俺も見に行くぞ」
「…………やっぱり」
この時期は部活動としての手伝いを頼まれるのはほとんど無く特にする事もないから暇なんだ。あと、ここの部を見てるだけでほっこりするシーンがあるからいつも行くんだよな。
〜●〜●〜●〜●〜
場所は変わってグラウンド。ここでオカルト研究部がノックの練習をしている。
何人か除いて、とてもいい動きをしてる。塔城さんなんかホームランばっかり打つもんだから他の部は勝ち目なんてないじゃないか。
「はぅ!あぅあぅ…………」
「アーシア!取れなかったボールはちゃんと取ってくるのよ!」
「は、はいっ!」
グレモリー先輩はかなり気合い入っているな。こうして見るたびに思うが、試合に負けた事がかなり悔しかったのが分かる。内情を知らなきゃ張り切ってる理由が見えないもんな。
まあ、分かるようにさっき言った何人か除いての部分にアルジェント先輩が入る。問題はもう一人の方なんだが…………
「……………………」
心ここに在らずという風に棒立ちの木場先輩の頭にフライのボールがコーンという音とともに落ちた。それでもまだぼーっとしている。
「木場ぁ!シャキッとしろよ!」
兵藤先輩の叱責に対しても全く聞いていない様子だ。間違いなく自身の心の闇について考えてる感じがする。ただ、俺はその内容までは踏み込むことはできない。
「あっ、すみません。ぼーっとしてました」
最近はずっとあんな感じだ。会っても話しかけても反応がかなり薄い。いくらなんでも放置しっはなしは出来ない。一度聞くべきだろうな。
しかし、本人がそう簡単に口にしてくれるか?繊細な部分でもあるだろうし、どうしたものか…………
「いったい何を恨んでるのやら…………」
ポツリと呟いた俺の言葉は誰にも届かない。だが、その原因が俺が、いや、俺だけでなくこの力の持ち主も知る聖剣だという事を知るのは球技大会が終わってからの話だった。