上を読んでない方は前話からどうぞ。
『次の一族の長はお前だ。わかったな』
そう父親に言われた時
一番始めに心に浮かんだのは、否定の言葉だった。
◇ ◇ ◇
その場は何時になく静かで、自分の呼吸の音だけが響いているように感じた。
「なんだか久し振りにあんたの顔見た気がするよ」
乗っけから本題になど入れる訳はなく、とりあえず思ったことを口に出してみた。
「・・・・・・」
返事はなし、か。
何となくそんな気はしてたけど、やっぱり悲しい。
弟はさっきからずっと無言で下を見ている。
私は今あんたの目の前にいるのにね。
「ねぇ、なんか言ってよ。久し振りの会話なんだからさ」
そしてあわよくば、私に話してほしい。あんたが何に悩んでいるのかを。
そう心の中で続ける。
暫くの無言。
きっと言ってくれる。そう信じてひたすら待つ。
辺りはいつの間にか暗くなり初めていて、オレンジ色の光が私達の影を伸ばす。
いつからか、弟が目を合わせなくなった。
いつからか、喋る機会が減っていった。
最後にあんたの笑った顔を見たのは何時だったかな?
覚えてないくらいには前の話だ。
戻りたい。笑ってほしい。
辛いなら、相談くらい乗らせてくれたっていいじゃない。
私に姉らしいことさせてくれないだろうか。
助けさせてよ、あんたのこと。
そして弟がゆっくり口を開く。
「別に、言いたいことは何もない。・・・先に戻ってる」
なにかがプチンと切れた音が、微かに、でも確かに聞こえたんだ。
そのまま後ろを向く弟。
一歩を踏み出そうと片足をあげる。
待って、まだ行かないで。
話は終わってないよ。
まだあんたは助かってないでしょ!?
今あんたは、なにを考えている?
その顔は、今どんな表情を浮かべてる?
━━━きっと、あんたの想像以上にひっどい顔してるよ。
「そこに直れぇっっっ!!!」
思いのままに勢いよく叫ぶ。
私の大声が反響して、木々がザワザワと揺れた。
はは、ここまで叫ぶのは前世を入れても初めてかも。
弟も目を丸くしてこっち見てるし。
でも私、これで終わらせる気は毛頭ないので。
「刀持って。手合わせしよう。私が勝ったら質問に答えてね」
「は」
は、じゃないよ。
あんたの腰にあるその刀を取れって言ってんの。
「あんた、最近の自分がどれだけ酷いかわかってる?気付いた時にはぼーっとしてるし、修行中も全然集中出来てないし。人の話は聞かないは失敗は増えるは、もう散々だよ。今も凄い顔してるしね。・・・その表情ほんとやめて。気持ち悪いし迷惑」
「なっ」
嫌われたくない、とか。
言ってくれるのを待とう、とか。
もう、どうでもいいや。
「今の状態のままでいられたら、私だけじゃなくて周りの皆にも迷惑だよ。わかってる?」
「・・・っ好きでやってる訳じゃない」
「あ、そう。でもそんなの関係ないよね。剣の修行とかもやる気ないなら止めちゃえば?」
「・・・それ以上は、いくら姉さんでも許さない」
「いいんじゃない?私止める気ないから」
あんたの意思なんて関係ない。
「ほんとマヌケ面晒しちゃってさ。いつまでバカやってるつもりなの!!!」
「ね・・・姉さんに何がわかる!!!」
勝手に助ける。姉のプライドに懸けて。
◇ ◇ ◇
太陽は沈み、月が少しずつ顔を出す。
光が刀に反射して地面をキラキラと照らす様はとても綺麗で、何故かいつかの朝に見た光景を思い出した。
「ねぇ、もう終わり?ちょっと情けなさすぎない?」
そう言って目線を向けた先には、刀を杖がわりにしてしゃがみ、肩で息をしながら私を睨み付ける弟の姿があった。
弟の身体には所々傷があって、私は無傷。
今までの手合わせがどんなものだったかなんて、言わなくても解るだろう。
・・・嫌だなぁ、その目。
前世でよく見た目。私の大っ嫌いな目だ。
あんたも私にその目を向けるんだね。
私のこと、本当に嫌いになっちゃったのかな。
辛いなぁ。もうやめちゃおうかな。
でも、弟が辛いほうが嫌だなんだよなぁ。
なんという矛盾。
前世であんなにも嫌で嫌で堪らなかったものがあって、それなのにもっと嫌な事ができてしまった。
それはきっと大切なものが増えた証だ。
そうだ、大切なんだ。
大嫌いな目を向けられようと、この弟は私の大切なモノだ。
だからまだ頑張れる。助けるまで止まらない。
「あーあ、ねぇ何時まで座ってんのさ。早く立ってよ」
「・・・こんなことに、何の意味がある」
「さぁねー。無いって思ってたら無いんじゃない?少なくとも私には、あんたから話を聞くっていう大事な意味があるけどね」
「・・・姉さんなら、スキルを使えばすぐ解るだろう。なんでそうしないんだ?」
少し間を置いて弟が聞いてきた。
「・・・わからない?結構単純な答えなんだけど」
現在の私の愛刀である黒い双剣の片方の刃の腹を指でなぞる。
相変わらず綺麗な刀だ。
最近は二刀流も大分モノになってきたと思う。
頑張ったからね、弟がうだうだしてる間にも。
「・・・俺は、姉さんが思ってるほど強くないし、賢くもない」
「・・・」
「だから、姉さんが今なにを考えているかもわからないし、スキルを使わない理由だってわからない」
「・・・」
「こんな手合わせを仕掛けてきた理由も、態々嫌われるような発言をしてる意味も」
「俺はもう、なにもわからない」
「なーに当たり前なこと言ってんの」
「!?」
「私の考えてることがわからない?そりゃそうだよ。だって私は考えてること何も言葉にしていない」
少しずつ、弟との間を詰める。
一歩ずつ、一歩ずつ。
「でも、それはあんたも同じだよね。いつからかよく考えこむようになって、一人辛そうな顔して。あんたが悩んでる理由、私もずっと考えてたけど、結局答えは出なかった」
あと三歩。
「さっきの質問の答えだけど、それは私にとってあんたが大切な存在だからさ。スキルで結果だけを知るんじゃなくて、あんたの口から、あんたの意思で選んだ言葉で聞きたかった。それが理由」
あと二歩。
「辛いときは側にいる。道がわからなくなったのならちゃんと教えてあげる。そうして支えあって生きていけるのが、"姉弟"ってモノなんじゃないの?」
あと、一歩。
「ねぇ、話してよ。私、あんたの言葉が聞きたい」
さぁ、着いたぞ。
しゃがんで、目線を合わせて。
その心に、どうか届け。
「力になりたいんだ。他の誰でもない、大切な弟のために」
そして、安心させるように笑った。
静寂が訪れる。
でも、最初の時より苦しくない。
弟の目は嘗てないほどに見開かれていて、ちょっと痛そうだ。
・・・目の下、よく見たら隅になってる。
寝れなかったんだね、辛かったね。
そんなに悩んだんだ、もうそろそろ楽になってもいい頃だよね。
「・・・一つ、聞いてもいいか」
静寂を破ったのは弟のほうだった。
「いーよ。答えてあげる」
「・・・・・・、姉さんにとって、俺はどんな存在なんだ?」
・・・何を言い出すかと思えば。
「大切な弟ってだけじゃ足りない?」
「そういうわけじゃ、」
「はいはい。そうだねー、なんて言おうかな」
「んー・・・家族で、負けたくないライバルで、仲間、かな」
「ーー!!」
家族も。
ライバルも。
仲間も。
もちろん、弟も。
前世では、何一つなかった。
何度だって言おう。
私は、貴方が大切なんだと。
「・・・俺は、まだ、強くなれる、だろうか」
本当にちっぽけな声。少しでも邪魔が入っていたら絶対聞こえてなかった。
でも、ちゃんと聞こえたよ。
たった一文、ほんの少しだけだけど。
あんた自身の言葉が。
ポン、と。
弟の肩を叩く。
それからちょっと強めに頭を撫でた。
言葉にしないとわからないって、さっき私は言ったね。
でも、声に出さなくたって伝わる想いってのも、確かにあるのさ。
久々に、本当に久々に弟の笑った顔を見た。
今までとは違う、憑き物が取れたような穏やかな表情だった。
◇ ◇ ◇
それは、劣等感というものだったと思う。
俺の姉は本当に凄い。
里一番の剣士である師匠に、スキルありとはいえ唯一勝てる存在。
いつも修行に真剣に取り組んでいて、常に前を見据えている。
困っている者がいるとほっとけない、優しい鬼。
それが俺の姉だ。
姉さんは俺にとっての憧れで、目標で、でもそれと同時に届かない壁のようにも感じていた。
いくら修行に励んでも、いくら勉強しても。
何時までも近づく所かどんどん開いていく差に、俺は焦っていたんだろう。
だからだろうか。
あの日、早朝に楓の木の下で見た、若と姉さんの600回目の手合わせ。
あの姉さんに本気を出させ、「楽しかった」とさえ言わせた若に、なにかモヤモヤしたものを感じた。
俺が一族の長になると伝えられた日、はじめに思ったのは「俺なんかでは到底無理だ」ということだった。
「なんで姉さんじゃないんだ」、とも思った。
昔、まだ修行をはじめたばかりだった頃、若と二人で立てた「いつか必ず姉弟子を超える」という誓いは、今だって忘れた訳じゃない。
けれど、何時までも背中の見えない姉と、強くなっていることが目に見えてわかる若を見て、とにかく不安になったんだ。
俺では一生姉に追い付けないのではないか、それどころか若にも置いていかれてしまうのではないか、と。
姉さんにはこんなこと話せるわけがなかった。
自分の弱さを見せたくなかった。
貴女の弟はこんなにも弱いだなんて、知ってほしくなかった。
だけど。
『辛い時は側にいる。道がわからなくなったのならちゃんと教えてあげる。そうして支えあって生きていけるのが、"姉弟"ってモノなんじゃないの?』
『力になりたいんだ。他の誰でもない、大切な弟のために』
『んー・・・家族で、負けたくないライバルで、仲間、かな』
なぁ、姉さん。
俺はまだ、諦める必要はないのだろうか。
頑張れば貴女の隣に立てるようになれるって、信じていてもいいのだろうか。
姉さんが俺の力になりたいと言ってくれたように。
俺も、何より大切な貴女の力になりたいから。
次から話が進んでいきます。
とりあえずまずはアイツを出さねば。