少女を守っていた純白の盾は
ぱきんと
儚い音を立てて砕け散る。
自分にとってなくてはならない存在だった【彼/彼女】が目の前で砕け散ったことに呆然としている少女の顔を彼は掴みあげ――――
その幼い体躯に貫手が突き刺さり、ぶちぶちと嫌な音を出しながら引きずり出されたのはどくどくと脈打つ心臓。
そして、彼は勢いよく心臓を毟り取った。
少女は胸から夥しい量の鮮血をこぼしながら床に沈む。
彼は毟り取った心臓を口に近づけ――――
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
迷宮と言えばF.O.E、F.O.Eといえば迷宮。
といったふうに俺は考えているのだが出てくるのは雑魚ばかり。
ししょーから教わった盾殴り【シールドスマイト】の一撃でセピス残して爆散してしまって歯ごたえがない。
「・・・・来た道戻ってみるか」
俺はため息を吐きながら戻ってみることにした。
◇
斬撃が奔る、火の玉が飛んでゆき魔獣の身体に当たって弾ける。
大きく仰け反った魔獣の喉に槍の鋭い一撃が突き刺さる。
「崩したっ!」
「追撃行くぞっ!」
「止めだ!」
槍を突き出したガイウスが魔獣から槍を引き抜くと、魔獣は血を吹き出しながら崩れ落ち淡い燐光と七耀石の欠片を残して消え去った。
「だんだん慣れてきたね!リィン。」
「ああ。最初はどうなるかと思ったけど」
「連携も幾分か上手くなって来たな。」
一番最後に大広間を出てきたリィンたちは最初の戦闘を危なげなく終わらせ、現在は迷宮の半分ぐらいまで到達していた。
―――カサ
「ん?」
「どうしたのリィン?」
「いや、なんでもない。」
「それにしても、二人はすごいよね全然疲れてないみたいだし。僕はちょっと疲れが出てきたみたいで……」
よっこいしょ とエリオットは迷宮の床に腰を下ろす。
「まぁ、俺とガイウスは故郷が自然に近いからか魔獣と戦う機会が多かったみたいだし」
「そうだな、直に慣れるさ。」
「そうだといいけどね…」
―――ブゥゥゥゥン、ブゥゥゥゥゥン
「!」
「おい…!」
「え……」
リィンたちがいた場所の上の通路から魔獣が現れる。
その姿は大まかに言い表すなら蟷螂だった。
大きさはおそらく8メートル前後。
灰色の甲殻に身を包み、触れただけでこちらが斬られてしまいそうな大鎌を持っていた。
「くっ、新手か!」
「エリオット下がれ!」
「う、うん」
臨戦態勢をとる三人の前に悠然と降りてきた魔獣は猛然と突っ込んできた。
すぐさま三人は散開してそれを避けた。
攻撃を避けられた魔獣はそのまま直進し壁を『削り取り』ながら旋廻した。
『!?』
それを見たリィンたちは驚愕する。なぜなら先ほどまでの戦闘で武器が床や柱に当たっても弾かれるだけで傷などつけることはできず、それは魔法も同様だった。
驚く三人をよそに魔獣が再度突進してくるリィンとガイウスが避けるが、エリオットは一瞬遅れてしまい、それが悲劇を呼び出す。
エリオットの腕を魔獣の身体が掠り、一瞬で服が裂け腕に骨まで見えるほどの裂傷を作り出す。
「あ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
エリオットは激痛に泣き叫ぶが、それを見て蟷螂は喜ぶかのように鎌を摺合せ猛然と追い打ちをかけてくる。
「え、エリオットッッッ!!!」
リィンはエリオットを抱えて横に転がる。
ガイウスは飛んできた魔獣の腹に槍を振るうが当たった瞬間、槍の穂先があっけなくへし折れる。
「なっ!?ガッ!」
そんなガイウスに魔獣が体当たりを仕掛ける。
かろうじて避けたガイウスだが衝撃で壁に叩き付けられる。
「ガイウスッ!」
魔獣は矛先をエリオットからガイウスに変更する。
こちらに飛んでくる魔獣にガイウスが死を感じたそのとき。
パァン
轟音と共に魔獣の身体が強制的に軌道を外れ通路の奥に吹き飛んだ。
「君たちッ!大丈夫か!?」
ライフル銃を持ってこちらに走ってくるのはマキアス・レーグニッツとエリオットの叫び声を聞いて走ってきたエマとアリサとラウラである。
「ひどい怪我ですね。今すぐ治療します!」
エマはそういうと治療用の魔法をすぐさま発動させる。
青白い光がエリオットの腕に降りかかりすぐさま傷をふさぎ癒してゆく。
その向こう側ではガイウスがアリサによって治療用のアーツを掛けられて、なんとか持ち直しマキアスに肩を支えられていた。
「何があったのだ?」
「ああ……」
リィンはラウラにこの状況を説明した。
魔獣を倒してひと段落して休んでいたら唐突に巨大な鎌を持つ魔獣が現れたこと。
その魔獣はとてつもなく硬質な迷宮の壁を抉り取るほどの頑丈さを以ていること。
エリオットの腕にかすっただけでエリオットは腕に重傷を負ったこと。
マキアスが駆けつけなければガイウスが死んでいた可能性があること。
それを聞いたラウラたちは疑問を呈した。
「なぜ、サラ教官は我々をここに攻略させたのだ?そのような危険な魔獣がいたのならばここでオリエンテーリングをしようとは思わなかったはず。
ということは、知らぬうちにその魔獣はこの迷宮に入り込んでいたということか……?」
ところで、話は変わるがガイウスの槍をへし折るほどの甲殻を持つ生物が通常のライフル銃の銃弾ごときで死ぬだろうか?いや、そんなことはない。
彼らはすぐに其の場から離れるべきだった。
魔獣が戻ってくる前に。
―――ブゥゥゥゥン、ブゥゥゥゥン
その音にいち早く気づいたのはエマだった。
「ッ!!!みなさん逃げますよッ!!!」
「なっ!?」
マキアスは驚いた。
通路の奥へ吹き飛んで行った魔獣の甲殻には銃創が一切なかったのだから。
「みんな急いで撤退するぞ!」
リィンはそう叫びエリオットを担いで駆けだす。
ラウラはガイウスに肩を貸しながら逃げる。
アリサとマキアスは弓と銃を撃ちまくって牽制しようとする。
当然彼らの意識は魔獣に向いており床に落ちているものには気づかなかった。そう気づいていなかった。
「きゃ…」
アリサが何かに蹴躓くアリサの足元にあったのは先ほどへし折れたガイウスの槍の穂先だった。
「あ……」
アリサの顔が絶望に染まる。マキアスが手をのばそうとしているが、間に合わない。あとほんの数秒でアリサは胸を貫かれ即死するだろう。
アリサの脳裏に走馬灯が映る。あぁ、自分はここで死ぬんだとあきらめが浮かぶ。
そんなアリサと魔獣の間に筒が投げ込まれ、爆発的な光が迸った。
「ギリギリセーフ」