第四十四話 著雍に向けて
蕞に帰ると、皆が珍妙な顔つきで見てくる。
「あ、あれ……………章覇?」
やがて、そう聞いてくる少年がいた。
甘秋だ。
どうやら、楚人の服を着ていたために警戒されたようだった。
「甘秋? 」
「やっぱり、章覇かっ! 元気だった?」
甘秋が抱きついてきた。
「勿論だとも! お前も大きくなったな!」
「うん! あれからおいらも鍛えたんだ!
どうかな?」
「悪くないな。」
甘秋も甘秋であれ以後、家族を守れるように体を鍛えてきていたようだった。
13才にしては凄い筋肉だと思う。
「中でおっかあとお父も待ってるよ」
「いや、今はいいや。
先に父さん母さんに会いたいし。」
「そうだね。」
甘秋と別れ、僕は自分の家に着いた。
父さんの家は、蕞の戦いの褒賞金で結構大きくなっていた。
部隊長を務めたなどの理由で追加で褒賞金を貰っていたのは言うに及ばないが、これはかなり大きい。
爵位も既に下から6番目の官大夫で、飛信隊の信さんが5番目の大夫、僕が4番目の不更なのに比べても相当高い爵位に進んでいた。
「おお覇か! 随分とまあ大きくなったな!」
家の中に入ると、父さんが出迎えてくれた。
「とにかく、ぶじでよかった…………!」
母さんは僕の姿を見るや、泣き崩れた。
「か、母さん……………んな大袈裟な…………。」
僕は母さんを起こした。
「でも、もうそろそろ戦にまた、行くんだろう?」
「え?」
戦があるのか?
「大王様の弟の成蟜が反乱を起こし、鎮圧されたばかりだが、また戦があるそうだ。
何でも、騰将軍が魏に攻め込むらしい。
目標は著雍だという噂だ。」
父さんが補足する。
「よかったな。 大将。」
喬英の部下の一人、山利がそう肩を叩いてきた。
「ところで、お前、将位はどうなってるんだい?」
喬英が聞いてくる。
「ん。 ああ、百人将扱いにして貰ってあるよ。」
傅抵を撃退した功、大王様の身代わりとなり李牧の兵糧を燃やした功、武関の進撃に従軍した功や、昌平君の推薦などにより、僕の将位は3階級昇進の百人将待遇、爵位も3階級昇進の不更に上がっている。
いきなり百人将をというのも変かも知れないが、廉頗将軍のもとで模擬戦とはいえ、実戦のそれと変わらないくらいの経験は積んでいるし、それだけ僕には時間が無いということだ。
「なら、全員いけるな。 残りの77人はどうする?」
「ひとまず蕞で募集かけてみようかな?
まあ独立遊軍じゃないから、厳しいかも」
独立遊軍だった飛信隊とは違い、どこかの軍に配属されることになるのだろう。
「なら、どっかに配属されることになるってわけかい。」
「うん。 出来れば飛信隊に合流して、そっからと言ったところかな。」
共に戦った経験がある飛信隊ならばやりやすいはずだ。
玉鳳隊に配属…………なんてことは、まあ無いだろうと信じたい。
あの隊は優秀だが、民間からはあまり良い噂を聞かない。
真面目だが融通が利かないとかなんとか…………。
「飛信隊…………あの龐煖とサシで渡り合ったって言う、あの隊長のいる?」
「ああ。三千人隊だったと思うよ。」
「あの隊は楚まで名前が響いているな。
民間出身の兵を率いていながら、その強さは士族の兵にも劣らない………と。」
「やっぱり、流石だよね。
だけど、僕らは彼に並ばなくてはならない。
始めが遅いのは仕方ないにしても、少なくとも楚を討伐する段階に至る頃には並ぶようにしなくては。」
「そうさねぇ。
追いかける目標は果てしなく遠いってわけさね。」
「ああ。 だから、今回の戦で少なくとも三百人将、出来れば千人将を目指す。」
「いけるのかい?」
「行くしか無いでしょ?」
「それもそうだね。
明日、蕞の長官に話をつけて、募兵してみようか。」
翌日
蕞の長官に話をしにいった。
「大王様の身代わりとなって李牧を退けた」というのは蕞では少しばかり有名らしい。
「君がその…………まあ強そうじゃないか。」
「でしたら、募兵の許可を頂いても?」
「ああ構わんよ。」
「ありがたい。」
募兵をしてみると、これまた
「77人、すぐ集まっちまった。」
蕞の子供達の間では、「趙兵を百人以上殺した同年代の子供がいる。」
と言うことで知られていた。
また、飛信隊に合流するつもりと語ったことも功を奏したようだ。
今の子供達の憧れは、六大将軍・三大天よりも飛信隊らしい。
飛信隊ってつくづく凄い。
そして、利用してしまい、申し訳ない。
この借りは戦場で返すことにしようと思う。
「それじゃあ、行こうか!」
「「「おーっ!」」」
僕らは蕞を出発し、魏の著雍に向けて出発した。