キングダム別伝   7人目の新六大将軍   作:魯竹波

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第三十話 水賊の砦にて 後編

「そーら、よっと!」

 

放り込まれた勢いで、頭をぶつけた。

 

「いったぁ~っ!」

 

壁は冷たく、硬かった。

 

「ギャハハハハハ」

 

賊は退散していった。

 

 

 

 

 

牢は、まさに極寒の地だった。

 

蕞は盆地にあり、夏は暑く冬は寒かったが、これはそれを遥かに上回っている。

 

風邪を引かないように気をつけねば…………。

 

 

 

 

と、その時

 

「ぐすっ…………ぐすっ…ぐす」

 

どこからかすすり泣きが聞こえてくる。

 

気づけば、同じ檻の中から聞こえてきていた。

 

 

って、どっかで聞いたことあるようなないような…………。

 

 

「ね、ねぇ………。」

 

話しかけてみた。

 

「うぇ?   ってお前は?!

やはり水賊じゃなかったんだな。」

 

そいつは顔をあげた。

 

さっき曲刀を投げて、水賊から助けてあげた男装した少女だった。

 

先ほどは遠目で分からなかったけど、この少女も綺麗な顔立ちをしていた。

一目で女って分かる。

 

普通に美少女だ。

先ほどの女頭目も美人だった。

 

甘秋の父さんの甘仁叔父さんが、越の西施をはじめとして江南には美人が多いと言って叔母さんにぶっ叩かれていたのをおもいだした。

 

あれはあながち嘘ではな……………てか、今コイツに失礼なこと言われたな。

 

「れっきとした平民で、親もちゃんといるから。」

 

「あ、そう…………それは済まないことをした。」

 

相変わらず、男ぶった口調を崩さない。

 

「いや、うん…………その、聞こえてたんだけど……

お嬢さん…………でしょ?」

 

「や、やっぱり聞こえてたのね………。」

 

聞こえてたことに落ち込みだした。  

 

バレて落ち込むような出来じゃないと思うのは言わないでおこう。

 

「それにしても、何故、男装をしてまで?」

 

と聞いたところで、悟ってしまった。

 

流民という環境の中では、当然、女子供に対する暴力も起こりうる。男装をしていた方が避けやすいのも納得だ。

 

妙なこと聞いてしまったな………と思っていたら、奇妙な答が返ってきた。

 

「興味があったから。」

 

え?

 

「??」

 

「従兄が行ってる合従軍と秦の奴らの戦いを見てみようと家出して、見に行こうとして、いざ行ってみたら武関の戦いも終了してて…………。」

 

なんだコイツ。 戦を見物目的で見に行こうとした?

 

ふざけてるのか?

 

「見物目的ってことか?  見物目的でわざわざ秦まで行こうとしたのかっ!」

 

大王様が最後の希望をかけて出陣し、自身も重症を負い、蕞の民も10000以上が死んだ。

 

趙の兵士も沢山死んだ。  そんな命のやり取りを見物?

 

怒りがこみ上げてきた。

 

「ふざけんなよお前っ!  アレは見世物なんかじゃないっ! 命と命のやり取りだっ! 生きるか死ぬかの!

生半可な気持ちで見に行こうとするんじゃない!」  

 

「……………!!」

 

ソイツは驚いた表情をした。

 

「ご、ごめん…………。

だけど、武家の娘としては、1回、どういうものなのか、直に見る必要があると思って………。」

 

武家の娘…………か。

 

ならば、将来、コイツの旦那や息子もあるいは、戦に出ることになるだろう。

 

つまり、全く無関係なところから戦を眺めようとした訳ではないということだ。

 

「あ、こっちも言い過ぎた…………ごめん……。」

 

そう思ったら、怒りは鎮まってきた。

 

 

 

「それにしても、行動力があるんだねぇ。

そこまでするなんて」

 

全く無関係とは言えないものの、自ら戦場に出るわけじゃない。

 

「それもそうね。 あはっ。」

 

その女の子はようやく笑った。

 

「けど、さ、さっき怒ってしまったのは、それだけ激しい戦いだったんだ。

武関の戦いは。」

 

「秦のヤツらは負けたら国が滅ぶもんね。」

 

「……………悪いけど、僕、秦人だから。」

 

「え、アンタ秦人なの!」

 

「うん。 武関の戦いでは直に戦ったりもした。」

 

「えっ!!」

 

「あれは激しい戦いで……………」

   

僕は一通りの話をすることにした。

 

 

 

 

 

一通り話した後。

 

「へぇ…………………そんなに激しいとは思いもよらなかったよ。

 

でも不思議だね。

こうして話してみると、秦人も楚人も、あまり変わらないなんて。」

 

「そうだよ。

この蕞と武関の戦が、僕にとっての初陣だった訳だけど、この一連の戦で僕は……………どうしても、自分が手にかけた、兵士にも家族がいるんじゃないかという思いが、頭の中からどうしても離れなくて。

 

だから、だから僕は、戦を終わらせられるような大将軍になるために、楚に、会いに来たんだ。」

 

「…………誰に?」

 

どうにも、この女の子は誰に会うつもりか、心当たりがあるようだ。

 

「廉頗将軍に。」

 

だからか、廉頗、という回答に女の子は意外な表情を見せた。

 

「項燕将軍にではなくて?」

 

「廉頗将軍に勝る戦歴を持つ将軍を僕は知らないからね。

 

あ、そうだ、 あの刀、知らない?」

 

信さんから貰った曲刀について、僕は聞いてみた。

 

「盗られちゃった……………ごめん。」

 

「……………いいよ。」

 

 

僕らはその後、話題に詰まってしまい、会話しなくなっ

てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




越の西施………中国四大美女(西施、王昭君、貂蝉、楊貴妃)の一人。

「臥薪嘗胆」の、「臥薪」の逸話で知られた呉王・夫差を誘惑し、越が呉を滅ぼすのに貢献した。

心臓が悪く、手で胸を抑える有様が「西施捧心」という故事成語になっている。

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