キングダム別伝   7人目の新六大将軍   作:魯竹波

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第二十五話 戦後に

こうして、僕たち、いや大王様は、山の民の援軍という本来の切り札を使うことなく、李牧軍を撃退した。

 

呂氏四柱に数えられており、大王様の政敵の呂不韋の最側近である昌平君までもが大王様と力を合わせて戦うに至った。

 

降伏する算段であった蕞の民、昌文君、壁三千人将、信さん、飛信隊士の皆さん、そして昌平君、大王様に合流した南道諸城の兵士。

 

みなが大王様を信じ、期待し、力を合わせたからこそ得られた勝利だ。

 

 

「大王様!」

 

「大王様!」

 

「大王様っ!」

 

商の民までもが大王様を称える喜声を発している。

 

誰もが信じられないのだろう

 

二十歳にもならない、加冠前の大王様が国を救うために自ら戦ったことに。

 

 

 

 

僕たちはその日の夜は商の城で過ごした。

 

蕞の兵士や飛信隊、昌平君の精鋭は忽ち眠りについた。

 

緊張の糸が切れたからだ。

 

 

 

僕は眠れなかった。

 

よくよく思い返せば、この13日間に僕は大きく変わってしまった。

 

降伏に賛成し、ひたすら事なかれを祈っていた少年は、数百の敵兵を殺めた殺人鬼と化してしまった。

 

 

 

 

まだ偶に兵士の死に顔が夢の中に出てくる。

 

僕が殺した数百人にも妻が 母が 家族が 子があり。

 

数百人の死の陰には、数千の涙があるんじゃないのか?

 

 

数千の涙を産んだ僕は、もはや善良な市民には戻れないのではないか。

 

 

そんな思いが頭の中を離れず、眠れなかった。

 

 

 

 

寝付けない僕が城壁にのぼると、そこには大王様が護衛をつけずに一人、いた。

 

「大王様……………。」

 

大王様は僕に気づいて

 

「あ、ああ。 章覇だったな  覚えている。」

 

「大王様も寝付けないのですか?」

 

「ああ…………。

今、ここにいる民の笑顔を守れた、国を守れたのは事実だ。

だが、俺は、代わりに何万もの民を死なせてしまった。

一重に、俺が国を守るよう、たき付けたせいでな。

ある意味、強制するよりも質が悪い。」

 

「大王様…………。」

 

「ところで、章覇。  お前は、このような現実をどう思う?」

 

「無論、なくすべきです。」

 

「そうだ。  そして、俺の夢は、戦をこの中華から亡くすことだ。

他ならぬ武力で…………だ。」

 

つまり、中華、統一 ………。

 

「その過程ではまた更に数十万にも及ぶ亡国の民の悲劇、血の悲劇が中華を覆うことになる。

だが、俺はそれをする。

暴君と後世、蔑まれ、恐れられ、非難されようと、構わん。

中華に、500年もの間、失われていた平和が訪れるそのためならば。」

 

大王様の考えていることは、僕ごときが及ばないところを見据えている。

 

だが、中華統一後の平和。

 

見てみたい。

 

平和で、戦のない未来を。

 

そして、僕達の子や、孫には、二度と、戦による涙を流してはほしくない。

 

悲劇を味わっては欲しくない。

 

他ならぬ僕達の代で、戦を終わらせるべきだ。

 

ならば、僕に何が出来るだろう。

 

 

 

 

ふと、その時。

 

武力を使うということは、より優秀な将軍や軍が必要だ。

 

信さんも確か………天下の大将軍になると言っていたし。

 

そんな考えが脳裏をよぎった。

 

 

そうだ。  

 

 

大将軍になろう。

大将軍を目指して、大王様の軍としてより多くの手柄を立て、立てに立て続けたならば、その先に待っているのは、中華が統一された先に広がる平和な未来だ。

 

 

 

 

「大王様っ!!」

 

「ん? どうした」

 

「平和な世の中を僕も見てみたいです。」

 

「ああ。 そうだな。」

 

 

 

 

やりたいことが見えてきたその日の夜は、こうして過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大王様は商の民に惜しまれながらも、流民や兵士を率いて咸陽目指して帰還した。

 

 

 

 

民は続々と元いた都市に帰っていき、民も残るは僕達蕞の民のみとなり、蕞にあと少しというところで。

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

奇妙な格好をした騎馬隊が僕達を待ち構えていた。

 

仮面を被った、異民族と覚しき騎馬隊に、僕等は得物を手に取るが。

 

「武器をしまえぃ!」

 

昌文君の一喝で武器を仕舞う。

 

 

「遅くなって済まなかった。 嬴政。」

 

凛とした張りのある高い声が響くや、騎馬隊の先頭の人が仮面を取った。

 

綺麗な女の人で、僕達の視線は釘付けになった。

 

 

 

大王様は臆することなく。

 

「気にするな。  楊端和。

来てくれただけで充分ありがたい。」

 

女の人=楊端和に恭手する。

 

「そうか。

だが、次こそは必ずや間に合わせよう。」

 

「ありがたい。 次はおそらく………。」

 

大王様は耳打ちする。

 

楊端和は

 

「そうか………。

相分かった。」

 

「感謝する。」

 

「では、者共、いくぞ!」

 

楊端和と山の民の騎馬隊はすぐに帰っていった。

 

援軍に間に合わなかった申し訳なさから、歓待を受けるのを避けたのだろう。

 

「さて、 いよいよそなた達ともお別れだな。」

 

大王様は僕達蕞の民に向かってそう呟いた。

 

「大王様っ!」

 

「大王様っ!」

 

「大王様ー!」

 

蕞の民は涙しながら別れを惜しんだ。

 

「すまない。 

本来ならば、皆の労を一人づつ労いたいところだが、俺としてもこれ以上、王宮を留守にする訳にはゆかぬのだ。

では、還るぞ 咸陽へ」

 

 

 

 

こうして大王様は咸陽に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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