キングダム別伝   7人目の新六大将軍   作:魯竹波

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第十八話 蕞防衛戦七日目③ 蕞の奇跡

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時は遡り、僕達は南壁に辿り着いていた。

 

「何人かの秦兵を俺と、俺を捕らえた趙兵に化けさせて、それらを使い、敵の兵糧を焼き払うだと?」

 

「はい。  李牧はここ、蕞で足止めされる可能性を想定せずに蕞攻めに入りました。

咸陽が戦場になったことがない以上、咸陽防衛の想定はあまり為されていないため咸陽を落とすのは難くないと考えているはず。

ですから、余分に兵糧を持ってきていないと考えます。

兵糧を燃やしたなら、李牧のことですから兵士の飢えを恐れて撤退するでしょう。

そして、大王様捕縛という報せを李牧は待ち望んでいるはずです。

蕞陥落よりも、むしろ、大王様捕縛の方が李牧にとっては大きい報せ。

我々が難なく本陣近くの兵糧庫に近づくには一番良い口実になるでしょう。」

 

「だが、問題は兵糧庫の場所だよ。

どこにあるのか分からないんじゃ?」

 

河了貂さんはそう尋ねてくる。

 

「いえ、それは問題ないはず。

戦で一番基本な要素は補給だと先生は常日頃からおっしゃっていただろう?

だから、李牧も自分の目の届く本陣近くに置いているはず。

 

……………おそらく、アレらが兵糧の貯蔵庫だよ。」

 

蒙毅と名乗る少年が指し示す。

 

幸いにも李牧本陣近くには、四方の軍の貯蔵庫が密集していた。

 

兵糧が戦争一番の基本要素であるため、自ら管理していたためであった。

 

「だが……………だがそなたはどうなる?

章覇?

そなたは無事では済まないぞ。」

 

そう。体格的に大王様に一番近い僕が大王様に化けることになっていた。

 

「確かに僕は無事では済まないかもしれません。

ですが、それでどれだけの命を救えるでしょうか?

命は数ではないという考え方もありますが、国や家族の為に戦って死んだ皆さんの命を無駄にはしたくないのです。」

 

「そうか………………恩に着るぞ 章覇。

生きて無事に帰ってこい。」

 

大王様は僕に服と鎧を渡す。

 

「あとは髪止めを切れば、姿形は似るだろう。」

 

「ありがとうございます。 」

 

 

 

 

 

 

僕はその後、東壁に戻った。

 

「………という訳です。

だから、ごめんなさい父さん。

馬に乗って戦うわけにはいきません。」

 

「……………わかった。

勝つために行動するということはとても大事なことだ。

 

しかし、必ず生きて帰ってこい。

この私を置いて逝くなんて親不孝はしてほしくないからな」

 

「はい。  」

 

「では、代わりに私が城下の予備隊200を率いるとしよう。」

 

「大丈夫なの?」

 

「分からんが、やるしかないだろう。

勝つために、生かすために何かをするということはとても大事なことだからな。」

 

 

「わかったよ。」

 

 

 

 

その後、僕は100人を分けてもらい、趙兵の服を着させ、自ら大王様に化けた後南壁に行き、兵糧庫の場所を教えると東壁に戻って化けさせた趙兵に捕まったふりをした。

 

趙兵に化けた味方は、無事に貯蔵庫に火をつけまくった。

 

穀物はとてもよく燃えると、兵糧そのものも残りが少なかったのとで、全焼までにさほど時間を要さなかったようだ。

 

そして、僕は今、李牧に縛り付けられている。

 

 

 

 

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「攻撃を再開しろ!   今日中に落とさねば後がないぞ!!」

 

李牧は即座に攻撃再開命令を出した。

 

だが、攻撃が一時停止した間に蕞の兵士は陣形を立て直してしまっているから、落城まではもう少し時間がかかるだろう。

 

そして、夜がきたその時。 李牧軍は退却せざるを得なくなるその時まで、持ちこたえてくれたなら。

 

僕等の勝利が訪れるのだ。

 

 

「どうですか?  僕の作戦は?

李牧さんのような軍略家に評価して貰えたら嬉しいんですけど」

 

僕は李牧に話しかけてみた。

 

「この作戦は君が?」

 

「はい。」

 

「そうですか……………年端もいかぬのに。

してやられましたよ。」

 

「ええ。  本当は別の手で勝ちたかった。

けれど最後に貴方を出し抜けて良かった。」

 

「だが、年端もいかぬくせして、命を捨ててまでやろうとする姿勢には感心できませんね。

君はもっと命を惜しむべきだ。」

 

李牧は怒気を孕んだ口調で言った。

 

「李牧さんも戦は嫌いですか。

実は僕もです。

だけど、そんな僕を駆り立てたのは貴方です。」

 

「……………。

だが、何故、そんな君がそこまで命をなげうてるのですか?」

 

「大王様……………今の秦王にそれだけ、人の心を動かす力があるということだと思います。」

 

大王様の抗戦の演説、そして李牧の侵略はここまで僕を変えてしまった。

 

そして何十、何百の命を葬った。

 

もはや、平穏な生活は送れないのかもしれない。

 

「……………それだけではないと私は思いますよ。

大戦は人の成長を大きく促すものです。

貴方はその抗えぬ流れに流された。

そんな気がします。」

 

李牧はそう語った。

 

「………………。」

 

沈黙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、蕞防衛戦7日目は日暮れを迎えた。

 

たびたび雄叫びが聞こえ、階段を降りられ蕞は落ちかけたがギリギリ持ちこたえたようだった。

 

おそらく父さんの200騎。

アレのためだろう。

 

李牧は大きくため息をついて。

 

「カイネ。  その少年を解放してやって下さい。

これ以上の殺生は無益です。」

 

「し、しかし………っ!」

 

「この少年の為に我々は兵糧の大半を失い、もはや戦闘継続が困難な状態にあるということです。

全軍に撤退の用意をするよう、伝達して下さい。」

 

「………わかりました…………。」

 

「………………予想外な事態の連続。

果たしてこの状態は、起こるべくして起こっているのか、それとも……………。」

 

李牧はそう呟いていた。

 

 

 

 

 

程なく、僕は解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして蕞防衛戦7日目 真夜中。

 

李牧軍は撤退した。

 

 

 

 

 

 

 

史記趙世家における

 

始皇六年(紀元前241年)

 

龐煖将趙楚魏燕之鋭師、攻秦蕞、不抜

 

 

 

 

 

蕞防衛戦は秦国軍の勝利に終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………かに見えた。

 

 

 

 


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