「せいぜい感謝しやがることですね。この
そう言うのは
タンヤンというのはユーザー名なのかそれともリアルネームなのかは知らないが、少なくとも日本人ではなさそうな名前だ。
どことなく中国っぽい感じがするけど……まあ艦これは第二次世界大戦ころの艦艇をモデルにしたそうだから、中国は艦艇なんて持ってないはず。つまりユーザー名だろう。下手に自国の色を持ち込んで冷ややかな目で見られるのはネトゲ界ではよくあること。
俺も反面教師にしなきゃ。
「いやほんとにそれは、ありがとうございます」
「……」
ちなみに、
「あ、あの……」
「……初めてでやがりますか」
「え?」
「この世界は初めてでやがりますかって聞いてるんです」
えと……つまり、この艦これというVRゲームをプレイするのが初めて……という意味だよね?
「は、はい」
「……」
じっとこちらを見てくる
な、なにか……話を逸らす策は……。
「えっと、その。私? は初めてなんで……その、このゲームをレクチャーしてくれたりしてくれないかなー……なんて」
「……」
「いやその。丹陽さんの動きがキレッキレでしたので……」
すると丹陽は、大袈裟にため息をついて見せた。
「……しょーがないですね。この中華民国総旗艦、丹陽サマが面倒を見てあげましょう」
や っ た ぜ 。世の中言ってみるものだ。ガッツポーズ。
「わぁい! ……って、中華民国?」
中華民国ってなんだっけ? そう首を傾げる俺に、丹陽はさらに大きく肩を落とした。
「そんなことも分からねーでやがりますか……いいですか、中華民国というのは……」
ああ、なんで俺はゲームしに来てるのに歴史の授業を受けているのだろう。
「……で、分かりやがりましたか?」
「はい、分かりました……」
「ホントに分かってやがるんですかね?」
丹陽さんがジト目で見てくる。わ、分かってますよ……俺これでも社会は4評価ですよ? まあ、ウチの学校は十段階評価なんだけど。
「ま、いいでやがりますよ。丁度編成する駆逐隊がなくて困ってたんでやがります」
「わあい!」
まあきっと無邪気に喜んでいいよね。うん。
「じゃ、いきますよ」
そういって丹陽さんが俺の手を取る。
「え? 行くってどこに?」
「決まってるじゃないでしょうが」
「うわぁ……」
なんというか。すごい。丹陽さんに連れられてきた場所はなんというかすごい場所だ。
「え、ここってどんなところなんですか? 箱根? 草津?」
「……そんな豪勢な場所じゃねーでやがりますよ。血と鉄にまみれた我々艦娘の身にさらなる汚れに染め上げる場所です」
……? よく分からない。
「でもここすごいよ! すごーい!」
そう言いながら俺は飛び込む! だってやったことなかったんだもの! 露天風呂とかいくと親はすぐに静かにしろとかうるさいし、いつも誰かがいて俺のことを見張ってるし。だけど今ならやりたい放題!
「……まったく。子供でやがりますか」
「丹陽さんだってこどもでしょー!」
「フン。私は台湾海軍総旗艦でやがります。年季が違うんですよ年季が」
「えーだって同じ年に見えるんだけど」
丹陽さんとは背丈も一緒だし、艤装も似てるし……
「そりゃそうでやがりますよ。同型艦なんでやがりますから」
そう言いながらゆっくりお湯に入ってくる丹陽さん。む、なんか落ち着いた感じだなぁ。
「……それに、VRでその質問は御法度でしょーが」
まあ確かにそうだけどさ。VRゲームというのはプレイヤーの容姿や声を反映しない。反映されるのは喋り方だけ……そしてそれは演劇とかやっていれば問題なくごまかせるはず。つまり丹陽さんが実際にどんな人なのかは分からない。
「で、どうでやがりますか? 効能としては体力の回復、各種バッドスキルの解消があるはずでやがりますが」
「体力の回復?」
むむむ。それはどうだろう……まあ言われてみれば身体がホカホカしてきた気が……いやこれは温泉だし。当然か。
「ここは
「犬?」
「それはあんたのことでやがります」
なんだそれは、失礼な。
「犬じゃないし!」
「……ともかく艦娘は軍艦です。まあ駆逐艦は厳密には軍艦ではねーのでやがりますが、とにかくそういうのを修理するのがドックなわけでやがります」
「んぅ?」
なるほど分からん。
「つまりアレでやがりますよ。RPGでいう宿屋」
「ああなるほど! 最初からそう言ってよ!」
「世界観を重視しやがりたかったんでありますよ!」
そう両腕を振り上げる丹陽さん。
「わ、私はダメージなんて受けてねーでやがりますからもう上がりますよ。メニューのステータスで体力が全快したのを確認したら、とっとと上がって来やがってください」
そう言いながらさっさとお湯から飛び出していく丹陽さん。駆けだしていく。
「……」
残されたのは俺だけ。静かな露天風呂。ゆらゆら昇る湯気。
「なーんだ。いい人じゃん」
というかとってもカワイイ。なんだあの娘。始めは怖い人かと思ったけど、なんかすごいカワイイ! 俺はおっぱい大きい方が好きなんだけど、ああいうのも好みかなぁ……。
「……あれ?」
そう言えば、とても今更ながらだけどさ。いや考えないようにしてただけだけどさ。
……今の俺、
周りを見回す。丹陽さんはずっと前に出て行ってしまって、ここには誰もいない。
「……」
そ、そういえばなんの躊躇いもなく入っちゃったけどさお風呂。これって女の子の裸だよね……。
まじまじと見るけど、別に膨らんでいるようすはない。あ、うんそーだよね。だって気にしなくてすむからツルペタで良かったって思ったもん。そりゃそうだよ。
「でも……こうしたら少しあったり、なんて」
両手を胸に当てて、お椀を持ち上げるようにぎゅっと引き上げてみる。こうしたらおっきく見えるかなぁ……
「……ひっ!」
な、なんか来た。なになに今の。
「え……っと」
もう一回同じ動作。肌からピリッと走るような不思議な感覚。さっきより強くて……その、なんて言えばいいんだろう。危なそうな感じ。
「こ、これってもしかして……」
よーし俺、科学者たれ。かがくはじっけんにより成されるらしい。湯船に浸かった俺の小さな胸に手を当てる。
も、もう一回だけ。もう一回だけ……
★ ★ ★
「……で、のぼせたと。なにをやってやがるんですか」
「はい……すみません丹陽さん」
結論から言うと、丹陽さんに助けてもらいました。
「全く。これだから駆逐艦は困るんでやがります」
丹陽さんの中では俺がのぼせたってことになってるけど、実際にはのぼせたというかいきなり丹陽さんが様子を見に来て驚いた俺がお湯の中に頭ごと滑り込んじゃったんだよね。あれはやばかった。本当に沈んでしまうかと思ったよ。
「……で、一人で何してヤがったんですか?」
「え? ううんううん! ナニもしてないよ!」
「……」
やばいこれバレてる? というかもうちょっと上手く誤魔化せよ俺! なんでこんなどう考えてもバレそうな言い方になっちゃうの? これがアレか、友人の言ってた「
「ええと違うんだよ丹陽さん。別にね? 変なことしてたわけじゃないんですよ」
「身体が気になったと」
「そう!……じゃなくて!」
うわああこれあれだ、口開けば開くほど墓穴掘るやつだ。ヤバい。
ところがこんな俺を見つめる丹陽さんは、急に吹き出した。
「え?」
それからおかしくなったみたいに少しふふふと笑い声を漏らした彼女は、ゆっくりと俺に向かっていった。
「……変らないもんですね。時津風は」
「へ?」
「さ、着替えたらとっとと行くでやがりますよ」
「え待ってよ、どういうこと?」
何のことだが分からないこちらは追いかけながら聞く。
「別に、こっちの話です」
その眼は、今日見た中でも一番寂しそうだった。