翔鶴ねぇ☆オンライン!   作:帝都造営

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とある晴れた日の昼下がり

 私はお茶を淹れることから始めるようにしています。脳神経工学的に言うなら肩から先の各種関節を動かすことは神経の同調を促す大事な「作業」なのですが、寝起きでまず一番初めにすることと言えばお茶を淹れることだと私は思うのです。普段からそうしていますから、これはもう習慣というやつです。

 

 でもその前にお布団を片付けます。西洋ではベッドメイキングとやらをするそうですが、やっぱり部屋を広く使うなら敷布団一択だと思うんです。お部屋も広く使えるわけですし。

 

 あ、そうでした。まずこのお部屋の説明をしないといけませんね。でもその前に電気ケトルを作動させてください。

 簡易な洗面台から水を容器に入れてセット、スイッチオン。こうすれば勝手にお湯が沸きます……なんだかすごい現代チックですが、まあそれはいいとしましょう。

 

 あ、お部屋の説明でしたね。はい、私が今のんびりしているこの部屋はいわゆる物資保管庫(アイテムストレージ)というやつです。実際にはメニュー画面から出し入れできるんですけど、それじゃあ翔鶴としてアイテムを取ったことにはならないんです。

 

 え? おしいれぐらし? なんてこと言うんですか。家具を並べたら立派な部屋です。部屋とお布団と私がいれば数時間は潰せますよ、ええはい。

 まあ、簡易洗面台と畳が同居しているこの空間はおかしいと思うんですが、まあそこは突っ込まないということで。

 

 とかなんとか言っているうちにお湯が温まったことを知らせる音。急須に注いであげれば、あっという間にお茶の完成です。演算の省略とかで細かな調節は出来ませんが、まあそれでもお茶はお茶です。

 

「ふぅ……」

 

 ほっと一息。正直味覚エンジンはかなーり発展途上なので味はなんとも言えないのですが……でも、いいものです。

 

 さあ、そろそろ出かけましょう。出かけるためには着替えが必要です。だって、今の私は寝間着ですからね。そりゃそうですよ、ついさっきまで寝てたんですから。

 

 

 鏡の前に立ちます。絹の寝間着に包まれた翔鶴は、頭のてっぺんから足元まで雪のように白くて……柔らかく微笑んだ私は美しいですね、ふふ。

 おっと、いけませんいけません。私はこれから必要であり一番緊張する場面に突入するのです。

 

 さ、着替えと行きましょう。メニューからさっさと普段着に装備変更(きがえる)ことも出来ますが、それじゃあわざわざVRでやっている意味がありません。まだ体温の移っていない衣服の涼しさや摩擦、敏感なところを守ってくれる下着類。そこまで全部楽しんでこそのフルダイブだと思うのです。

 

 それに、私は女の子ですから、裸を見ることなんて慣れっこですし? ええ、そうですとも。鏡の中の私がゆっくりと寝間着を脱いで、肌に直接外気が当たります。もちろん着替えなわけですから、今着ている下着の代わりとなる新しい下着を――もちろん、戦闘時には装甲にもなる巫女風の装束も準備済みです――確認して……

 

 

「――――それぇっ!」

 

 

 つつぅぅぅぅっ――――と、ちょうど寝間着を外されて無防備になっている背中へと、一閃。

 

「ひゃうっ!」

 

 思わずみっともない声をあげながらのけ反ってしまいます。なな、なんなんですか、ダンツィヒですか? 真珠湾ですか? 空母は奇襲攻撃には弱いんですよ!

 

「ふふーん。やっぱり翔鶴ねぇは背中弱いんだね!」

 

 

 振り返れば、そこには見知った顔。私と同じ紅白の装束に私より大分小さい胸。自身に満ち溢れた顔とかわいく添えられたツインテール。

 

 はい、犯人は初めから分かってたんです。だって私の部屋に入るために必要な鍵――入室権限ともいう――を渡しているのは彼女だけですから。

 

 

 私はちょっと困ったような顔をしながら振り返ります。

 

「もう、瑞鶴ったら……いきなり脅かさないで」

 

「だって翔鶴ねぇが来てるって知ったから入ってみたら、なんと裸になってるんだもん! なにしてたの?! ねぇねぇなにしてたの!?」

 

 目をキラキラさせながら聞かれましても……えっと、なんだかキャラ崩壊しているような気がしなくもないですが、この娘が私の妹、瑞鶴です。はい、もちろんゲームの性質上「瑞鶴」という艦娘はたくさんいるのでしょうが、私にとっての瑞鶴といえばこの瑞鶴です。

 

「私は着替えていただけよ。瑞鶴だって知ってるでしょう?」

 

「知ってるけどさぁ……」

 

 そう含ませげに言いながらじとーとこちらを見る瑞鶴。

 

「な、なあに? 瑞鶴」

 

「翔鶴ねぇは今日もきれいだなぁって」

 

 そうやって微笑む瑞鶴。あぁ、私の愛しの妹。瑞鶴は今日も本当にかわいいです。

 これで中にプレイヤーが入ってなくて、ここが本当の現実(リアル)だったらこれほど幸せな昼下がりもないのでしょうが……まあ、それは無理な相談なわけでして。

 

「もう、瑞鶴ったら」

 

「えへへ」

 

 そして、そう言い返す翔鶴(わたし)も、中に人が――それも野郎が――入っているわけでして。

 なんというか、VRの闇は深いのです。

 

 

 ですが、この楽園を守るのは双方の願い。姉妹の理想。

 

 

 だからこそ、私たちの間にはある不文律があります。

 

 

「瑞鶴もお茶、飲む?」

 

 私は急須を手に取ります。

 

「うん、飲む飲むー!」

 

 私は瑞鶴の目を盗んでコマンドを入力。それをするりと湯呑へ。

 

「はい、どうぞ」

 

「いただきますっ」

 

 そして瑞鶴は湯呑を口にして、一瞬だけ止まってからお茶を飲み干します。それと同時に時計の針が止まりました。決してスタンド能力などではありません。メニューを開けば――野暮ったいのでそんなことはしませんが――電子時計は通常の1/30でゆっくりと時を刻んでいるはずです。

 

「はあ~、おいしい」

 

「そう? よかった」

 

 もちろん瑞鶴も分かっていることでしょう。私がさっきの湯呑滑り込ませたのは思考加速レベルの同期申請――もちろんレベルは最大の30倍速――で、それを瑞鶴はお茶を飲むことで承認したのです。

 ちなみに、思考加速レベルは同期しなくても中央のサーバーが勝手に同期してくれるのですけれど、加速レベルが高い方が長い間瑞鶴と過ごせますし、私は制限いっぱいまでこの最大加速を用いるようにしています。

 

 ですが、そんな事情はおくびにも出しません。

 

「ねぇねぇ、この後翔鶴ねぇはどうするの?」

 

「そうね、皆さんはいらしてるの?」

 

「ううん。だーれもいない」

 

 ここで話す私たちは祖国が誇る翔鶴型正規空母、その一番艦と二番艦。それ以外の何者でもありません。私たちはVRなんて知らない、この世界に住むたった一つの姉妹なのです。

 

「なら、演習場にでも行きましょうか」

 

「うん、行こう翔鶴ねぇ! 瑞鶴のランクアップした戦闘機捌き、見せてあげるんだからっ!」

 

「ふふ、楽しみね」

 


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