「ほら、ここでやがりますよ」
丹陽さんが俺を連れてきたのは、不思議なところだった。いや別に見た目はただの道場なんだよ。よく見ているから知ってるし。
「ここって?」
「見て分かりやがらねーでありますか」
「えいや、柔道場なのは分かるんだけど……」
そう言いながら足を進める丹陽さん。俺もついて行って、入る直前で一礼。礼儀は大事だ。
「さて、教えてもらいましょうか。あんたはなんの武道をやってやがるんです?」
「へ? 武道?」
武道ってあれだよね。タマネギが乗ってるやつ...…それは武道館か。
ぽかんとした様子のこちらに対して、丹陽さんは指を立てながら言った。
「そもそもでやがりましてね。実際の身体と大幅に異なるアバターを動かすのは難しいのでやがります」
「はあ」
まあそうだよね。そりゃ。だからこそ同身長・同体重と同じ設定のアバターを使うことが推奨されている訳だし。まあこのゲームだとそれが無理なことからも分かってもらえるように、別に同じ体格でプレイしなきゃいけないわけじゃない。
「あんたのリアルの体格は時津風よりもきっと大きいのでやがるのでしょう?」
「ちょっと待ってよ。どうしてそんなこといえるのさ」
「慣れてるならのぼせたりなんてしねーのでやがります」
「いや……確かに……そうだけどさ」
それを言われてしまってはぐうの音も出ない。
「にもかかわらず。あんたは思ったよりも動けてやがりました。今日が初めてのはずなのに」
「ほうほう……」
確かに言われてみると別にこの身体が動かしにくいとか不便だなと思ったことはない。
あ……いや、さっき浴場に置かれてたコーヒー牛乳に手が届かなかったのは不便だったかなぁ。あ、でもVRのコーヒー牛乳は苦みと甘みだけで再現されているのでおいしくないって聞いたことがあるから、じゃあ不便なことはないな。
「これを説明するのは簡単でやがります。要は人間としての動きが分かっていればいい。ヒトの骨格を使いこなせればいいのでやがります。普段の人間が
「ふむふむ……」
俺が神妙に頷くと、丹陽さんは段々と乗ってきたのか指をくるくる回しながら徐々に調子をあげていく。
「つまりでやがります。自身、ヒトの身体の動きをこなせる人間ならなんの障害もなく動かせるのでやがります。それは即ちーーーー」
そして丹陽さんは俺に立ちはだかるように両手を広げる。
「ーーーー武道を極めた者だけ、でやがりますよ」
……。
「えっと……よく分からない」
「なんでよく分からないんでやがりますか! とってもわかりやすかったでしょーが!」
「うーんというかさ。じゃあスポーツ選手とかなら大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってるでやがります。あれもヒトの動きを完璧に動かせるようにしますからね。当然洗練され、研究され尽くした動きをしてやがってくれることでしょう」
「でもスポーツは『武道』じゃないじゃん」
「……」
押し黙る丹陽さん。え、何この間。もしかしてそこまで考えてなかった的なサムシング?
「ねぇ丹陽さん……ホントに分かってるの?」
「わ、分かってやがりますよ」
わ、分かりやすい。
「嘘だ。絶対嘘だ」
「そんなことないでやがります。いま丹陽が言ったことは論文ですらありやがりますよ」
「うそだぁ。絶対丹陽さん読んでないでしょ」
論文ってたしかすごい文書のはず。まさか丹陽さんが呼んでいるとは思えない。
「いやまあ、確かにやってるんだけどさ」
「ほぅらあってやがりました。だから丹陽のいうことは正しいっていってやがるのです! ……で、なにをやってやがるんです?」
む。思いっきり話を変えてきやがったな。この
「柔道だよ」
「なるほど、柔道でやがりますか。ふむふむ……やはりここに連れてきた甲斐があったというものでやがります」
どこか満足げに頷く丹陽さん。
「ちなみに丹陽さんは?」
「え、丹陽でやがりますか? それはですね……」
ところが、そこまで言って丹陽さんは押し黙る。少しの間をおいてから、ニヤリと笑みをこちらに向ける。
「それはでやがりますね……丹陽を倒せたら教えてやりやがりましょう」
「え? なにそれ教えてよ。こっちはただで教えてるのに」
「なにを言ってやがるんですか。これは同時にあんたの実力を品定めする場でもあるんでやがります。それに――――」
あーなんかイラッとした。
俺はなにやらごちゃごちゃ言っている丹陽の胸ぐら……あー正確に言うなら制服の襟っぽいところを掴んで、それからすっと一押し。
「ちょ」
丹陽さんが慌てたところを一気に引き寄せる。一押しされて戻ろうとしたところを一気に引き寄せられたのだから、これはたまらない。丹陽さんはあっという間に倒れる。すかさず固める。
「はい、倒したよ」
俺の袈裟固めにばっちり拘束された丹陽さんは足をバタバタ振る。だけれどバタバタでは抜け出せない。ホントにこのヒト、武道やってるのかな?
「倒したよ、じゃねーでやがります! こんなの反則でやがりますよ!」
「……倒せって言ったじゃん」
「確かにそうですけど! 艤装込みに決まってるじゃねーでやがりますか! 艦これをなんだと思ってやがるんですか!」
「えー」
そう言う俺に「えー。じゃねーでやがりますー!」とどうにか抜けようとバタバタする丹陽さん。その度に俺は押さえる。というか本当に柔らかいね丹陽さんの腕。なんというかふよふよしてる……。こうしてみると丹陽さんって小さいよね。言動のおかげで全くそういう気がしないけど、陽炎型駆逐艦の雪風ってすごいちっちゃい子なデザインだよね。
まあ。
「……」
まてよ。
俺、女の子とこんなに密着するの初めてだ。
「な、なんでやがりますか……?」
「あ、ううん……」
「……と、いう訳で仕切り直しでやがります」
目の前には艤装、艦娘としての装備を背負った丹陽さん。もちろん俺も同じ艤装を背負っている。
ここは演習場と呼ばれているルームらしく、演習をするのにはうってつけの場所らしい。どううってつけなのかは分からないが、とりあえず呉という街がモデルだそうだ。四方を陸地に囲まれた海っていうのなかなか不思議な景色だと思う。瀬戸内海いってみたいなぁ。
「そういえばさー。駆逐艦っていうのは一番弱いんだよね? どうやって戦うの?」
俺はさっきからかなーり気になっていたことを聞いてみる。なんでも艦これに登場する艦娘にはいろいろ種類があるらしいのだ。あいや、種類ぐらいは俺だって知ってますよ? 汎用護衛艦とミサイル護衛艦とヘリ搭載型なんちゃらみたいな感じでしょ……って思ってたらそれ以上に複雑でしかもわかりづらかった。
でもそんな俺でも分かったことがある。
駆逐艦は、不利だ。射程は短いし索敵は出来ないし……。
「……分かってないでやがりますね。駆逐艦はロマンでやがります」
「ろまんー?」
「マロンではないでやがりますよ」
そりゃしってるよ。
「さぁーいくでやがりますよ。駆逐艦丹陽、抜錨!」
あれ? 抜錨って確か「錨」を「抜」ことなんじゃ……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。戦いは始まっている!
「あ……く、駆逐艦時津風! 抜錨!」
名乗りはこれでいいよね。うん、なんかそれっぽい! サマになってたかな?
とにかく俺は海を走り出す。さっきーーあ、さっきっていうのは丹陽さんに助けて貰った時ねーーはいきなり『チュートリアル』とか言われて始めさせられたけど……
「ふふふ……これでもFPSには自信あるんだよね……」
肩から提げた看板みたいな砲を構える。メニュー画面を展開。主砲のページを開いて状態を確認する。装填済み。いつでも撃てるってコトだね。
続いて魚雷のタブへ、四連装魚雷と書いてある。俺の背中に載っている、というか俺が背負っているこのでかーいのが魚雷だね。
最後に機銃。機銃はFPSにて最強! でもこのゲームだと弱そう……。
そんなこんなで加速する俺……でも、向こうから走ってくる丹陽さんを見た瞬間。俺は驚愕に目を見開くことになる。
次回は、VR艦これの戦闘について触れます。
<カットバッセナツガキター,キタイノルーキーナツヤスミー!
水着回やりたい。