この出会い編(仮)は暫く続きますのでお付き合いいただければと思います
天江衣は内心失望していた。
贄として連れてこられたのはどう見たって少女で、それも聞くところによれば年下である。
今更年下の娘とどうしろというのだ。仲良くおままごとでもしてろというのか。
衣は圧倒的強者である。
同学年の有象無象なぞ物の数ではないし、透華を含む他の麻雀部の面子も他より手応えがあるとは言え負けることはない。
ましてや年下なぞ大会上位者であろうが負ける気は微塵もしない。
そもそも名前すら聞いたこと無い相手なのだ。
雀荘で生計を立てるような腕に覚えのある連中ですら逆立ちしたって自分には勝てないというのに、ましてや名も知らぬ中学生雀士なぞ相手にもなるはずもない。
(ハギヨシの太鼓判というから期待していたものを…拍子抜けだな)
強者は見ただけでそれと分かるオーラを放っている。オーラにより人を威圧することなど容易である。
雑多の嫌いな衣はそのオーラを人払いに使っていたし、ましてやわざわざ隠す必要など感じなかった。
強者はその堂々たる姿、堂々たる力で弱者を支配するものだと考えている。
故に見た限りオーラを感じぬ眼の前の贄を弱者と切り捨てた。
そしてそれを連れてきたハギヨシと透華に少なからず失望した。
衣は圧倒的強者である。
敗北を知らぬゆえの驕り、身内への失望、それが目の前の存在の力を見誤らせた。
◆ ◆ ◆
(なるほど、生贄か…)
咲は今日、自分がこの場に呼ばれた本当の理由を理解した。
そしてあの時のマスターが何故叫んでいたのかも分かった。
(やってくれるね…あの執事さんも)
目の前の小学生にしか見えない少女から隠す気もなく放たれるのは紛れもなく強者のオーラ。
年齢は聞いていないが透華さんと同年代なのかもしれない。一応年上だ。
ちょっと怒りも混ざったそのオーラは咲を昂ぶらせた。
天江衣、彼女は強者を渇望していた咲にとって、ここ数年で最高の『御馳走』であった。
---------
挨拶もそこそこに、早速部屋に用意されていた卓に着く4人。
「25000持ちの30000返しでよろしいですわね?」
「好きにするがいい」
透華の問いかけに半ば不貞腐れている衣が答える。
それを後目に咲は
(実力を図るためにも最初はあれでもやるかな)
端から負ける気など無いが、1戦目に限っては勝つつもりもない。
(さて、見極めさせてもらおうかな、天江衣さん)
東一局
咲 25000 親
一 25000
衣 25000
透華 25000
配牌を見た時、咲は少し疑問を抱いた。
(あの強いオーラ、間違いなく場に干渉するタイプの支配系だと思ったんだけど、配牌は普通だね…)
そう感じていたものの、その局の終盤に差し掛かり違和感を覚える。
(あれ、向聴数が減らない…)
手が一向聴のまま止まっているのだ。
そして流局から1順前に対面の衣から…
「リーチ」
(ツモ切りリーチ、わざわざこのタイミングってことは…)
今回は下家が鳴いているので海底は対面の衣。つまり…
「ツモ、海底撈月」
最後にツモった一筒にてツモ和了りしてみせた。
(…そういう事か。しかも一筒撈月とはまた味な真似を)
古役の一つに一筒撈月と言うものがある。その名の通り一筒で海底撈月を和了るという特別役である。
点数はまちまちだが、場所によっては役満としていたところもあるそうだ。
この卓では当然採用していない。今回の和了りは『立直、一発、門前清自摸和、海底撈月』の満貫である。
珍しいものを見せてもらったお礼を兼ねて、
「16000払いましょうか?」と言ってみせた。
その一言に衣は少なからず怒りを露わにし
「凡夫が思い上がるでないぞ」と答えた
---------
卓が進み現在は南四局。
咲はここまでの情報を元に目の前の御馳走の解析をしていた。
(当初思っていたとおりやはり場の支配の能力者。向聴数が一向聴から減らなくなる。正確には聴牌するための牌が山から引けなくなる。さっき試したら槓材は問題なく集まるし、槓したら有効牌持ってこれるから私からしたら大した支配じゃないね。後は海底撈月が自由自在ってところか。聴牌を制限して自分は海底撈月で打点を伸ばせる。良い能力だ)
姉である照は一局で相手の打ち方から能力まで全部見通せる照魔鏡とかいうチート能力(咲談)を持っているが、咲は相手の打ち方から能力を見通す事のできる分析力を持っている。さしずめ白眼である。目は白くならないが。
(とはいえこの程度の支配ならここまで強いオーラは出ないはず。本気を出していないのか、本気をだすのに条件があるのか…)
と少し考えた後、
(ま、調整には困らないし、何かあったらそのときに考えようっと)
そう思考を放棄して、点数調整を行った。
「ツモ、1200・2400です」
◆ ◆ ◆
対局終了
咲 30400 ±0
一 15600 △14
衣 37200 +27
透華 16800 △13
衣はこの結果に困惑していた。
久々の透華との麻雀を楽しむため長引かせようとは思っていたが、少なくとも目の前の贄は飛ばすつもりだった。
しかし終えてみれば飛んでないどころかマイナスにすらなっていない。
(手加減しすぎたのか…?)
今夜は満月だが、時刻は昼を少し過ぎた頃。確かに衣の本領を発揮する時刻には至っていない。
だが、例え新月の昼であろうと凡百の雑魚であれば蹴散らすのは造作もない。
(考えを改める必要があるな…やはりハギヨシは嘘はつかぬ男よ)
そもそも何度か和了られたのだ。それだけでも目の前の存在が贄などではなく、自分と戦う資格を持つ存在ということを示している。
衣は目の前の少女に向き合い、
「改めて名を聞かせてくれ」と告げた。
「宮永咲です」
「咲か…どうやら其方に手加減は不要らしい」
「ええ、ぜひ全力でお願いします」
そう応えた咲から先程までは感じなかった圧倒的なオーラが放たれた。
そのオーラを受けて衣は(…そうでなければ面白くない)と笑みを浮かべた。
「其方も本気など出して無かったということか」
「さあ、どうでしょうか」
「戯けが…まあよい、次の宴を始めるとしようか!」
魔王の宴はまだ始まったばかり。
◆ ◆ ◆
その日の出来事を、同席していた龍門渕透華の専属メイド、国広一は後にこう話す。
「透華のメイドになってから時折衣様のお世話もさせてもらうことがあるんだけど、日が浅かったとはいえあそこまで満面の笑みを浮かべていた衣様は見たことなかったよ。笑顔なんだけど雰囲気は凄い怖かったんだけどね」
「まあ、対局自体はもうメチャクチャで、ボクはもう飛ばないようにするだけで限界だったけど…結局何度か余波で飛ばされたし…」
「それであれは、確か日が落ちて月が地平線に顔を出し始めた頃だったかな」
「今まで数局の間、天変地異もかくやと荒ぶっていた衣様と咲ちゃんのオーラが、すーっと収まっていったんだ」
「その時、ボクの前に座っていた透華の目から光が消えていくのが見えたんだ」
「その透華は、今まで見たこともないぐらい冷たくて透き通った雰囲気だったよ」
「そこからの対局は…」
「なんというか、別次元を見た気がしたよ」