9話 @
高橋君が行方不明になって、1週間が経つ。
1週間なら行方不明というには大げさだけど彼のことが騒ぎになっているのは目撃情報も何もないということだ。
電車にいたということしかわかってない。
いつ出たのか、いつからいなくなってたのか全くの不明。
目撃者はみんな口を揃えて一瞬で消えたと言っていた。
残っているのは彼が身に付けていた腕時計だけ。
その腕時計は杉元君が身に付けている。
高橋君の親から持っていて欲しいと言われたものだ。
高橋君と小学生の頃からの付き合いらしい。
高橋君はクラスでは大人しめであまり交友関係は広いタイプではなかった。
だが、クラスの雰囲気は前よりも暗い。
騒がしいのは進学校には珍しい、いわゆる不良グループの人たちだけだ。
チャイムが鳴り、先生が入ってくる。
今日の伝達事項を伝えて、ホームルームを終える。
先生が去ると皆思い思いに話し始めた。
「ねぇ安藤さん。古典の宿題やってきた?」
「あ、うん。一応」
「ごめん、少し見せてくれない?」
「いいよ」
宿題を谷口さんに渡す。
彼女はありがと、と言って自分の席に戻っていった。
しばらくしてチャイムが鳴り1限が始まる。
1限は現代文。谷口さんの席を見ると私の宿題を一生懸命写していた。
それを見てつい笑ってしまう。
杉元君はノートに何か書いてるようだ。
前までは本当に酷く落ち込んでいた。
自慢の綺麗な茶髪の髪質が少し悪くなってるように見える。
時々腕時計を見ては遠い目をする。
私は高橋君とはそれなりに仲は良い友達だった。
試験が近づくと杉元君を含めて3人で図書室で勉強したり、たまに3人で帰る途中で買い食いしたりとそれなりに良好な関係だった。
彼は両親や知り合いに迷惑をかけることを酷く嫌うタイプの人だ。
私は、高橋君は直ぐに発見されるのではないかと思っている。
だからそんなに落ち込んでいない。
先生が今黒板に書いた文章に黄色いチョークで線を引く。
試験に出すから書いとけとみんなに言う。
みんなは急いで書き写す。
私も今書いた文章に線を引いた。
昼休みになった。
谷口さんは無事に間に合って提出することができ、杉元君は宿題を忘れたと正直に言って先生に怒られてみんなに笑われていた。
私もつい笑ってしまった。
杉元君は放課後居残りになってしまった。
「はぁ、めんどくさいなぁ」
「言えば見せたのに」
「家に置いてきちゃったんだよねー。徹夜して終わらせたのに。はぁー、勿体無い」
「私も手伝おうか?」
「頼んでいい?」
「いいよ。大した手間じゃないし」
「サンキュー。帰りになんか奢るわ」
弁当を食べながら当たり障りのない会話をする。
高橋君がいないからかどこか寂しさが残る。
杉元君がチラッと腕時計を見る。
2万くらいする、高校生にとってとても高い時計だ。
高橋君がバイト代全てを使って買ったと言っていた。
「多分、そのうち帰ってくるよ」
「そうだな」
と杉元君は寂しそうに笑った。
食事が終わり、次の授業の準備をする。
昼休みはあと10分で終わる。
不良グループは相変わらず騒がしい。
高橋君がいなくなったのをなんとも思ってないようだ。
杉元君は彼らを睨んで言う。
「少しは静かにできないものかねぇ。いつも騒がしいったらありゃしない」
「しょうがないよ」
外で昼を食べてたクラスメイト達が教室に戻ってきた。
授業開始5分前。みんなが着席する。
ご飯を食べたばっかだからかとても眠い。
周りを見ると、結構みんな寝ている。
私も寝ようとして違和感に気付く。
本当に全員寝ている。誰1人起きていない。
しかも食べたばっかにしては眠すぎる。
どんどん眠くなってくる。
頭を抑えて隣の席の橋本ちゃんを起こそうと揺らしてみる。
起きる気配はない。
私もついに耐えきれなくなり、寝てしまった。
眼が覚めるとそこは教室ではなかった。
周りにはローブを着た人や鎧を着た兵士みたいな人たちが私達を囲っている。
クラスメイト達は数人しか起きていない。
ほとんどはまだ寝ている。
杉元君は起きているようだ。
なぜかテンションが高い。
起きた私に気付いたのだろう。近付いてくる。
「おお、起きたか。どこか怪我してないか?気持ち悪くはないか?」
「大丈夫だけど……。ここはどこ?どう言う状況かわかる?」
「多分だけどこれ、異世界転生っていうやつじゃないか!」
「異世界転生?」
「ネット小説とかでよくあるジャンルだよ。
ガチで体験できるとはな。人生何があるかわからないもんだ!」
「そ、そう」
そろそろみんな起きたようだ。
困惑した様子で、周りを見渡している。
ローブを着たお爺さんが涙を流しながら言う。
「よくぞいらっしゃいました!私達の世界をお救いください、勇者様!」
は?
「これって異世界転生?」
「え、まじで!」
「俺たち転生しちゃった系?」
「俺の時代クルー」
結構みんな異世界転生について知ってるようだ。
頭の中が?で埋め尽くされている。
ローブのお爺さんが言う。
「ついて来てください。王様のもとへお連れします」
一旦外に出て、城に向かう。
城は結構大きく、中に入るとその荘厳さにざわめきが起きる。
床はレットカーペットだ。
そんな私達を見て兵士達も笑顔になる。
階段を登ったりしてしばらく進むと、王様の元に着く。
王様は玉座に座っていて見た目は優しそうなお爺さん。髭は胸のところまで伸びている。
服装もザ・王様チックで威厳すら感じるようだ。
「王よ。勇者様をお連れしました」
「ご苦労」
王様は立ち上がり、言った。
「ようこそ、勇者様。あなた達にお願いがございましてこうして我が城に召喚させていただいた次第でございます。」
こうして私達は非日常に足を突っ込むことになる。