聖グロリアーナはいい物だ。   作:ハナのTV

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機動戦

コロニーの外では既に戦端が開いていた。暗黒物質で黒々とした宇宙に爆発の光球がぱっと起こっては消えていく。かつての戦争の名残である兵器の残骸と資源を採掘し終えた岩石が浮き、その間を青白く光る流星が行き来しているように見えた。

 

無論、それらの流星は本物の流星ではない。18mを超える人型機動兵器MSの推進剤を燃焼して出来た光の尾であり、あるいはビームライフルのメガ粒子の輝きであり、ザクマシンガンから放たれた曳光弾であった。

 

それはMS道においては当然の事であった。MS同士の戦闘なら日常茶飯事の事で、別段珍しくはない。しかし、今回は違う。試合カードを見て、誰もが驚かざるを得ない事態が起こっていた。

 

『コイツ等!』

『敵は岩石を利用して防御戦を張っている! 火力に任せて吹き飛ばせ!』

『敵が見えないのよ!』

 

ミノフスキー粒子下においては目視による戦闘が基本となる。このガラクタまみれの宇宙ではかくれんぼ程有効な戦術はなかった。

 

ゲルググキャノンのビームキャノンが火を噴き、極太のビームが三本岩石群を吹き飛ばした。岩の中の水が急速に加熱されて蒸発し、砕けた岩片と白煙が辺りに散らばるが、120mm弾やザクバズーカの280mm砲弾は一切止むことがなく、ゲルググやガルバルティに飛来する。

 

一機のゲルググJが推進力で強引に突破を試みようとするが、激しい十字砲火を前にして前進と後退を繰り返すしか出来なかった。それは他の黒森峰のMSも同様で、正確な敵意位置が把握できず、火力と機動力による突破と言う十八番を潰され、苛立つばかりであった。

 

『ヅダさえ見つけられれば……! マズイ!』

 

二年生の操るゲルググが危機を察知して機体を捻った直後、肩部装甲を徹甲弾が襲い、砕いた。腕部の破損こそ防いだが、黒森峰の校章のど真ん中を貫かれ、誇り高き校名と共に描かれた鉄十字が四散した。

 

『よくもぉ!』

 

乗り手は怒りに駆られライフルを連射しながら後退する。七発の光条が虚空を奔り、何発かがデブリに命中するが、それだけだった。

 

聖グロリアーナと黒森峰が戦闘を開始して、黒森峰が攻めあぐねている状況が起こっていたのだ。それは誰しも予想できなかった事態であった。空間戦闘では2流と呼ばれている聖グロリアーナが黒森峰の精鋭相手に戦えるわけがない。それが30分前の常識であった。

 

何故か、それは聖グロリアーナの唯一の宇宙空間で戦闘可能なMS EMS-10ヅダに起因する。この機体は一定以上の加速をすると空中分解する欠陥機でしかないからだ。そんな機体で一年戦争最高の量産機ゲルググシリーズ相手に戦うなど失笑物でしかない。

 

だが、いざ試合を始めればどうだろうか。

 

岩石を盾に弾幕射撃と135mm対艦ライフルによる狙撃。設定された3つの陣地エリア内をヅダ隊は優秀な機動力を以て行き来し、十字砲火を浴びせ続けている。

 

「もっとよく狙って!」

「弾幕絶やさないで! 私達はあくまで足止めよ!」

「狩りはあの子達の仕事だものね! 分かっていますわ! そんな事!」

 

欠陥はあるが小柄で機動性に富んだヅダにとって、デブリの中での移動は苦ではない。可動範囲の広い土星エンジンのスラスターがフレキシブルな機動を可能とし、小回りではゲルググすら圧倒できるのだ。まして、百戦錬磨のヅダ乗りにとっては本領発揮と言う所だった。絶えず移動し、攻撃パターンを変える。発見されようと、このゴミの多い宇宙で正確に狙撃するにはそれこそ神業的な予知能力がなければ反応できない。

 

これが聖グロリアーナの陣地防御。そして、この防御を司るもう一つの要素があった。それこそ、彼女等とは別行動をする二機の影であった。三機のゲルググキャノンが再びキャノンの一斉者を行い、水蒸気によるスモークを展開し、その間隙に突撃しようとしたゲルググJの真上をスカイブルーの機体が猛禽類のように飛びかかった。

 

「イッヤホゥ!」

 

発射レートを引き上げられたショートバレルのザクマシンガンが嵐のように砲弾を射出し、ゲルググ高機動型のバックパックとスカートを穴だらけにした。推進剤に引火して爆発しバランスを失ったゲルググがフラフラと漂った所をもう一機のヅダがすれ違いざまに対艦ライフルで穿ち、爆炎の渦へと案内した。

 

『なんだ?!』

 

仲間の復讐と言わんばかりに二機のヅダに火力が注がれ、黄色に輝くメガ粒子の奔流が二機を追う。しかし、二機のヅダは互いに競い合うように飛び回り、変則的な動きを繰り返しては、加速。何があろうと加速し、黒森峰の射撃の悉くを嘲笑うように回避する。

 

『その動きは何だぁ?!』

「ヒト呼んで! 聖グロスペシャル! ですわ!」

「やばい! やばいですって! 撃たれまくってますよ!」

 

場違いなほど明るい声が戦場に響いた矢先、サラミス級の亡骸に隠れていたゲルググがビームナギナタを展開し、襲い掛かった。

 

『貰ったぁ!』

「なんのぉ!」

「死んじゃう!」

 

二機はタイミングを同じくしてその場で宙返りし、必殺の一撃を紙一重で避けて見せた。傍から見れば、シンクロナイズドスイミングのようで、少し間の抜けた絵面であったが、避けられた側から見ればたまったものではなかった。ゲルググの眼前に構えられた二つの銃口が火を噴き、あっという間に超鋼スチールの装甲が穴あきチーズにされた。

 

「今のはお尻がキュッと引き締まりましたわね?! 薫子!」

「だから、こんな作戦やめようって言ったじゃないですか!」

「でも笑ってますわよ!」

「笑えませんてば! 後ろ!」

 

対艦ライフルを所持する薫子機が後方から来たガルバルティとゲルググに三連射し、けん制。敵側のビームライフルを反動で回避し、弾倉が空になったところで、すかさずローズヒップ機のマシンガンが乱射し、飛び回る。

 

『クソ! またか!』

『アイツら楽しんでる! 宇宙を“泳いで”いるんだ!』

 

ゲルググ乗りの表現は正しく、まさしく二人は宇宙を泳いでいた。推進剤で飛ぶのとはわけが違う。何であろうと二人は加速に利用し、バタバタと手足を動かしては火器管制の予想の斜め上の軌道を描く。

 

陣地攻略に手を焼いていれば、どこからか襲い掛かる“この二機”に黒森峰のフラストレーションは限界を超えていた。うるさい羽虫程度にしか思わなかったヅダに機動戦で放浪されている――それは黒森峰の生徒として屈辱でしかないのだ。機体性能で優っているのに、勝てないと言うことは技量で負けていることの証なのだから。

 

『あの二機を落として……!』

『挑発に乗らないで!』

『やられっぱなしなんだぞ!』

 

そのせいで、黒森峰の一部は激昂し、二機の追いかけっこに夢中になった。まとまりを欠くこととなった隙は聖グロリアーナにとっては好機であった。

 

「Present!」

「FIRE!」

 

被弾したかと錯覚するほどの白煙と激しいマズルフラッシュが宇宙の闇を一瞬照らした。

対艦ライフルを持つヅダの編隊が戦列歩兵さながらに一斉発射し、135mmの高速徹甲弾が黒森峰の混乱を突いた。

 

砲身が後退し、空薬きょうが白煙と共に排出され、高速徹甲弾がデブリを貫通してはゲルググ達の動揺を引き起こした。その中の一発はマゼランの艦体を貫通して、一機の足を粉々に打ち砕いてすら見せた。

 

吹き飛んだ脚部が回転していき、残っていたミノフスキー粒子と推進剤によって光球へと変わる様を見て、黒森峰のほとんどが歯噛みし、そして例の二機がまたしても飛んでくる。

 

「ナイスですわ! 皆さま!」

「また味方の射線の中に行きますしィ!」

 

荒れ狂う双子星が頭上から、持てるだけの火力を浴びせかけようと、モノアイを光らせた時、ゲルググとヅダの合間を一条の光条が両者を別った。ローズヒップは寸での所で急制動し、コレを回避したが、薫子は一瞬遅れて愛機の足先を焦がした。

 

「狙撃?!」

 

薫子が撃たれた方向を見やり、対艦ライフルを三連射し、ローズヒップがザクマシンガンで更に援護をした。しかし、二人は続く二射目を回避し敵との距離を見て舌打ちをした。

 

「射程外ですわ!」

「例の水色ですね! 赤星小梅!」

 

FCSによる判断では、その射程はヅダの射撃能力の限界を遥かに超えていた。それだけではない、敵は敵味方入り乱れる乱戦の中で正確に狙撃したのだ。この障害物だらけの宇宙のゴミ捨て場で狙撃など普通はできるわけがない。

 

そんな芸当ができるのは黒森峰では二人だけだ。西住まほと赤星小梅。そして、前者はこんな場所には来ないことを考えれば答えは簡単だった。

 

「薫子、退きますわよ!」

「このライフルだって届きます!」

「ダージリン様の命令の方が大切ですわ! お早く!」

「ああもう!」

 

奇襲を止められた以上、ヅダにできることはない。悔しいがそう判断したローズヒップの行動は早く、薫子機を引っ張り上げて続く三射目から彼女を救った。逃すか、と二機は黒森峰の猛り狂ったビームライフルの雨を潜り、デブリの中へと踵を返そうとする。

 

「お二人共! 下よ!」

「何ですって?!」

 

仲間の悲鳴にも似た警告と同時に、ロケットとビームの猛烈な攻撃が下から浴びせかけられ、二機は左右に分断された。ローズヒップはバレリーナを思わせるロールを三度行い、動物的な勘が働く方へとザクマシンガンをフルオートでばら撒いた。

 

その勘は正しく、襲撃者を捉えてはいたが、全て回避していた。そして、ローズヒップの前に下手人の姿が大写しとなった。それは紅と黒の高機動型ゲルググであり、黒森峰の色付き、直下機であった。

 

二機は互いに接近し得物を撃たせまいと絡み合い、互いにヘッドバッドをするようにぶつかり合った。ヅダとゲルググの間に火花が散った。コックピット席に座る二人の少女は衝撃に揺さぶられながらも、闘志むき出しに叫び合った。

 

『韋駄天ローズちゃんかい?!』

「お聞きになるなら、貴女から名乗る物ですわ!」

『黒森峰の直下! 猟犬狩りに参上ってね!』

「オホホ! 負けません事よ!」

 

直下のゲルググはヅダを蹴り飛ばし、ビームライフルを二連射。対するローズヒップは機体をクルリ、と反転させて逃げの姿勢に入り、加速していく。取っ組み合いからドッグファイトへと変わり、星屑漂う海で二機は撃ち合っては互いの間に爆炎の渦を生み出していった。

 

「ローズヒップ!」

 

薫子が叫び、掩護に向かおうとするが、射程外からのビームと二機のゲルググが薫子を追撃しに入ったため、断念せざるを得なかった。

 

「ローズヒップ! すぐ行きますから!」

「お紅茶が冷める前に終わらせますから、構いませんわよ!」

 

二機は離れ、ローズヒップは大胆に言い放っが、相手は黒森峰のキマイラ、直下。一筋縄にはいかない。

 

直線で最短距離をかっとばす直下に対し、ローズヒップは小回りと機体の軽さでかく乱する。接触すれば一撃で大破してしまうデブリのより狭い場所を通り抜けては待ち伏せや制圧射撃で相手のミスを誘発させようとする。

 

だが、狭い戦場と言う利を生かせるヅダの理想的状況下で直下の動きは信じがたい物だった。直下のゲルググの動きは鋭く、バズーカを囮にしては誘い出し、パワーを生かして接近戦を挑もうとする。

 

それでいながら、直下のゲルググは未だデブリの破片にすら衝突を許していなかった。

 

『逃がすか!』

「逃げるとは言ってませんわ!」

 

ビームナギナタを抜き放った直下機に対し、ローズヒップは左腕のシールドに備えられた白兵戦用ピックを展開し、岩石に突き刺し、強引にブレーキをかけると同時に振り向き、ヒートホークによる奇襲を浴びせかけた。

 

「何のぉ!」

 

ヅダとゲルググは同時に振りかぶり、そして空ぶった。二機とも距離が離れていくと思った矢先、ヅダはシュツルムファウストをゲルググはビームライフルを全く照準せずに放っち、双方の間に大爆発が生じた。

 

ビームライフルが弾頭を直撃し、莫大なエネルギーが散らされたのだ。直下とローズヒップは時を同じくしてブラインドショットによって止めを刺そうとし、その結果が互いの死闘を振り出しに戻してしまった。

 

両者は舌打ちをし、ニヤリと笑った。

 

「おやりになりますわね!」

『なら、このままやり合おうか? 私としてもそっちの方がいいんだけど』

「おっことわりですわ!」

 

黒煙をかき分けて二機が飛び出し、今度は斬り合いを始めだした。ヒット&アウェイによる格闘戦をしつつ、二人はぶつかり合うたびに自分の利を主張し合った。

 

「ここを守れとはダージリン様の命令! そして私の辞書に後退だとか、駆け引きだとかのまどろっこしい文字はないのですわ!」

『そういうの馬鹿って言うの! でもいいさ! 貴女のような子とずっとやってみたかったんだ! だから、付き合ってね!』

 

直下にとって、それは本心でもあり挑発でもあった。此処でローズヒップのような厄介なエースを釘付けにすれば、いずれ本隊が防衛戦を突破する。そう言う計算の元での行動であった。

 

エースにはエースを。そんな簡単な事で、性能差で劣る聖グロリアーナはたちまちに圧されることは誰の目に明らかであった。

 

「ここで私を止めれば勝てるとお思いで?」

 

そして13合を超えた剣戟のやり取りの中、突然ローズヒップの言葉が直下に突き刺さった。直下はプレッシャーを感じ取り、ローズヒップの強い瞳を機体越しに見た気がした。

「エースはまだ……いますわ!」

『どこに?!』

「今ですわ! ニルギリさん!」

 

直下の問いに応えるように、黒森峰の本隊の上方にキラリと星が光った。一筋の流星が流れたかと思った時、ヅダを、ゲルググすら遥かに超えた速度でソレは宇宙を駆け、そしてゲルググJの胴体を大きく抉った。

 

何が起こったのか、それを正しく理解できたのは名を叫んだローズヒップのみだった。彼女はただ得物を構え、突撃したに過ぎないと。その機体は聖グロリアーナの象徴であるギャンと同タイプで、バックパックを装備し、馬上槍を思わせるビームランスが特徴的であった。

 

「お前は?!」

「知らないのならお聞きなさい」

 

姿を見せたのは高機動型ギャン。独立部隊として編成されたニルギリの、そして聖グロリアーナの名誉であるギャンの雄々しき騎士であった。

 

「私の名はニルギリ。お覚悟を、皆さま」

 

ギャンのモノアイが発光し、黒森峰を睨んだ。性能差と言う言葉はニルギリには通用しない。そして、改めて黒森峰の生徒達は聖グロリアーナを強敵として見ることとなった。

 

何故なら、試合開始から31分。宣告された運命の時間はとうに過ぎ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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