聖グロリアーナはいい物だ。   作:ハナのTV

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格闘戦

人一人いないゴーストタウン。あらゆる建築物は荒んでおり、錆びた鉄屑のような印象があった。コロニー内と言うこともあって、超高層ビルはないが、それでもMSがどうにか隠れられる程度のビルはあり、かつて人々が生活していた名残を残しているらしく、廃墟のビルを覗けば朽ちたデスクやチェア、数十世代は前のパソコンが置かれたままであった。

 

かつて、中心街であったであろうメインストリートは植物に浸食され、乗り捨てられたエレカーがそのまま小鳥の巣になっている程であった。不安定な気候のせいか、至る所に水たまりができており(普通のコロニーではまずありえない)、その水鏡が片膝をついて様子を伺う青いサイクロプス、グフを二体反射していた。

 

ミノフスキー粒子を通常の倍以上に散布し、コロニーの外や都市部外との交信は非常に不安定となり、レーダーは完全に死んでいる。近代兵器で武装しているはずのMSが今頼れるのは目と耳という原始的な物で、至る所で聖グロリアーナのMS隊は身をひそめていた。

 

『どうです、ルクリリさん』

「ああ、来ているよ。都市部に続々入ってきている」

 

グフのモノアイがゆっくりと左へと流れていき、敵機の姿を収めた。狭い道路のおかげで三機一組の一個小隊で進むと、縦一列にならざるを得ないようであった。これで、黒森峰お得意の隊列を組んだ射撃だけはどうにか免れる。ルクリリは安堵の息を一つ吐いた。

 

とは言え、ビームライフルの脅威が消えた訳ではない。そして、このコンクリートジャングルもどこもかしくも狭いわけではない。一度相手の得意な場所に釣られれば、グフは反撃も出来ずに、蹂躙される。黒森峰は聖グロリアーナの射撃兵装を弾くことは出来るが、その逆はない。

 

策を弄さねば、まず全滅する。

 

「そのまま来い。そのまま」

 

だからこそ、ルクリリ達は息をひそめた。鋼鉄の甲冑とも言えるMSの奥深くに戦意を隠して、その時を待ち続ける。この時、ルクリリはヘルメットを被らずにいたが、被らないで正解だと思った。

 

汗が止まらない。全身が沸騰したように熱く、ノーマルスーツがサウナスーツのようになっていた。この上、ヘルメットをしていたら、きっと汗で溺れていたかもしれない。しかし、今はその感情を武器にする時だ。

 

敵であるゲルググが次々と戦闘地域に足を踏み入れていく。その中には赤い西住流やトサカの大きいエリカのゲルググMの姿もある。その姿を見ている時、突然近くから鳥達が飛び立った。

 

そして、瞬時にエリカのゲルググMがコチラに向けてMMP80を向けた。

 

『ルクリリさん!』

「待て!」

 

反射的にトリガーにかかった力を抜き、深呼吸をする。

 

落着け――

 

敵は撃ってはいない。銃口から火が出ない限り、動いてはならない。機体を動かさずに一秒、二秒、と時間が経過する。磨かれた銃口はコチラを向いており、鬼のようなモノアイがコチラを凝視しているように見えた。

 

見えているのか、それとも

 

まだ、敵の全てがコチラの領域に入っていない。それまでは動けない。じれったい、本当に焦らされ、ルクリリは奥歯を噛みしめた。

 

落着け――!

 

焦りや恐怖は剣に表れる、それはMSも然り。狼狽えれば、味方に動揺を、そして恐怖が伝染し、戦線は崩壊する。時間通りなら敵の後詰として内壁部の制圧部隊をアッサムが一人で足止めを開始した頃だ。

 

そして、宙域ではローズヒップ達が戦っているに違いない。あのじゃじゃ馬娘は真黒な海を大笑いしながら泳いでいる事をルクリリは想像し笑みを浮かべた。

 

宇宙を飛ぶバカに比べて、自分は地を這っている

 

グラウンドソナーに耳を傾けつつも思った。我ながら何て泥臭いのだろう。隊列を組んだ白兵戦、聖グロリアーナの伝統を封じた今、自分達は何を求めるのか。それは、伝統を守る気品か。

 

違う――

 

勝利の栄光だ。

 

最後のゲルググが足を踏み入れようとしている。ルクリリはスティックを握りしめる。この剣と、MSに誓う。これが後に恥と言われようとも、胸を張って声高に叫ぼう。

 

そして、ゲルググが、敵が全て入った。市街地の奥深くに。自分達の猟場に。

ルクリリは息を大きく、吸った。その意図を察し、かつての青い巨星の愛機たちが一斉に目覚めた。

 

「ラプサン、スーチョン! 撃ち方ぁ! 始めぇ!」

 

その叫びと同時に赤いゲルググとゲルググMがスラスターで急速に後退した。そのほんの僅かな時間の後に、大量の砲弾とロケット弾が甲高く声を上げながら、市街地に振りそそいだ。

 

「ロシアン隊、キャラバン隊! 制圧射!」

 

それに続いて、ロシアン隊、キャラバン隊のグフ二個中隊が後期型ザクマシンガンを握り、グレネードランチャーと120mmのフルオート射撃を見舞った。永い眠りについていた街を叩き起こさんばかりの質量兵器の嵐が吹き荒れた。

 

大口径の砲弾がクレーターを作り、ロケット弾がモールを吹き飛ばす。熱風が吹き荒れて、人工物を覆っていた緑が焼け落ち、その中で18mを超える巨人たちがダンスを踊るかのように回避行動を繰り返し、蠢いている。

 

装薬を減らし、弾道を緩やかにしたマゼラドップ砲と迫撃砲、本来は陸戦型ジムなどが用いるミサイルランチャーなどが黒森峰の頭上を襲う。何機かは被弾し、体勢を崩すも、流石は黒森峰で、すぐに隊を組織し直そうと行動に移る。

 

だが、そこを見逃すほど聖グロリアーナの古参兵達は甘くはなかった。ルクリリ達はスラスターを全力で吹かしたジャンプで急接近し、各クラブメンバーはツーマンセル一組でゲルググ隊へと襲い掛かった。

 

『突撃! この機を逃さないで!』

『こ、この!』

 

通信はすっかり混線し、敵味方入り混じっている。被弾した一機を庇うようにゲルググがビームライフルを構え、突進してくるグフに引き金を引き絞った。完全にロックオンした一撃、初の撃破となったはずであろう一撃は空中で霧散した。

 

『ライフルがかき消された! 何で!』

『まさか!』

『行きますわよぉ!』

 

グフ乗りが咆哮し、後期型ザクマシンガンをゲルググに放った。強烈なマズルフラッシュが焚かれ、発射の衝撃でわずかに残った窓ガラスが散り、子供の頭が入りそうな空薬きょうが辺りに飛んで行く。

 

ゲルググは大型の楯で120mm弾を受け止めつつも、ライフルを二連射するが、いずれもエネルギーの浪費に終わった。圧縮されたメガ粒子が途中で分解され、その破壊力を発揮できない。

 

『ビーム攪乱膜!?』

『堕ちなさい!』

 

距離50mの所まで接近し、ザクマシンガンの弾が切れてマガジンを交換。前面のグフが背中を見せたと思えば、後ろから付いてきていた二機目がフィンガーバルカンを乱射した後に、ヒート剣を片手にゲルググに飛びかかった。

 

『豆鉄砲なんかに……!』

『チェストぉ!』

 

マシンガンで傷つけれたシールドは限界を超えて砕け散り、オレンジ色に光るプラズマ化した刃がゲルググの左腕を斬り飛ばした。オイルが返り血のようにグフにこびりつき、赤黒い油に汚れた刀を払いもせずに、果敢に攻める。

 

『負けるかぁ!』

 

ゲルググは大胆にもビームライフルを投げつけて、後退すると見せかけて、腰からビームナギナタを抜き放ってグフと切り結んだ。青白いスパークが二機の間に走り、睨みあった。

 

『聖グロリアーナがゲリラ戦だなんて! 何故今になって!?』

『無論勝つため!』

『黒森峰が負けるかぁ!』

 

機体のパワーで勝るゲルググがグフを押し出し、よろめかせた。すぐさま、ゲルググはナギナタを振り下ろしたが、グフは身軽にもサイドステップでこれを回避し、がら空きとなった左を狙ってヒート剣を横薙ぎに振った。

 

しかし、それを許さないように一条の光がそれを遮った。グフはバックステップで三歩分飛び、リーチの長いエネルギーの刃を辛うじて避けた。両刃のビームナギナタがコンクリートを引き裂き、ドロドロに溶けた鉄筋を散らかす。

 

『今だ!』

 

隻腕となったゲルググが身をかがめ、後ろのゲルググが武器を構えた。ビームライフルの下部に装備されたグレネードランチャ―の姿が見え、グフ乗りは何を思ったか、スティックを思い切り引き、グフを仰向けに倒れさせた。

 

『やるなら、やりなさい! やれるなら!』

『仰せのままに!』

 

グフ乗りの叫びに挑発され、ランチャーを構えていたゲルググは倒れた方に照準を合わせたが、そこへ、大量の120mm弾が降り注ぎ、ライフルが爆散。間一髪離し、榴弾の炸裂によって右マニュピレーターの破損を防いだ。

 

コンマ単位の攻防の中、その外にいた“最初の”グフが得物のリロードを完了させ、撃ったのだと今更ながら、彼女等は気付いた。ザクマシンガンを持つグフは相棒を引きずりながら後退していくのを二機のゲルググは弾幕で進めず、追撃を諦めざるを得なかった。苛烈な砲火は刀持ちのグフがスモークを投げつけるまで終わらず、二機の主は奥歯を噛みしめて自らの失策を呪い、同時に敵の動きの新しさに驚愕する他なかった。

 

『何て事! グロリアーナが小隊……いや、それ以下の単位で動いている!』

『こんな戦闘は初めてよ! お上品に戦列を組むのに飽きて、ゲリラ戦だなんて!……来るぞ!』

 

話す暇もなく、ゲルググに榴弾が飛来する。二機は狭い市街を縫うように走り、榴弾から逃れるが、その間も戦慄が止むことがなかった。飛び交う通信のいずれもビーム兵器の不調を訴える者が多い。

 

聖グロリアーナのビーム攪乱膜のせいだ。恐らく最初の砲撃の時に混じって撃っていたのだろうことを黒森峰の乗り手は推測した。大半がゲルググか、もしくはそれ以上の高性能機で固められた黒森峰はビーム兵器が主体である。

 

攪乱膜はいわば弱点の一つであり、ゲルググ以降のビーム兵器中心のMSには致命的にも思えた。しかし、これまでがそうであったように、黒森峰の機動力を以ってすれば、戦場のコントロールは如何様にも出来る。

 

攪乱膜を使う暇さえ与えなければいいと言うのが黒森峰の戦術であった。しかし、今回は違う。敵が想定した場所にいないことで戸惑い、それどころか慣れない機体に乗る者も多く、戦場をコントロールするほどの機動力に欠いた。

 

『早く狙撃手を!』

『敵は曲射しているのよ! ビームライフルじゃ、射線が通らない!』

 

砲兵も狙撃できない。故に市街地から抜け出すことも、また然り。高性能、最精鋭、常勝の黒森峰が不可能の連続に追い込まれている。それは受け入れがたい真実であった。

 

『油断したと言うの?……こんな……あんなグフなんかに!』

 

油断。最初のあの遅れがこうも無様な結果を招いた。爆炎と白煙の中を隻腕のゲルググはスラスターで滑るように交差点を曲がり、頭上からの悪魔から逃れようとしていた。追うはずの者が追われる。試合は突如として、開始前の予想から一変していた。一方的な試合となるはずが、混戦となり、隻腕のゲルググの乗り手は息を切らせて、繰り返し回避行動を取り続けた。

 

『こんな、混戦になんか!』

 

焦りは混乱を呼んで、判断を鈍らせた。走らせた先、白煙の中の、ちょうど目の前に一機のグフがいる事に気づくのが遅れた。

 

『何?!』

 

それでも、ゲルググの乗り手は手練れだったのか、ビームナギナタを振るい、眼前の角が白いルクリリ機を排除しようと試みた。光刃が蒼い胴体を輪切りにすると思ったのも束の間、機体に電撃が奔ったと近くした時、右腕が引きちぎられていた。

 

『ひ、ヒート、ロッド……!』

 

ルクリリ機の目が両腕を失ったゲルググを睨んだ。ルクリリはモノアイを通して、その哀れな敵機を見、ヒートロッドで両足を掬い、転ばせた。道路に横転し、アスファルトの砕けた煙の中にあのゲルググが遂に倒れた。ジオン最高の量産機が全く反応も出来ずにグフの運動性に翻弄され、ついにマウントを取られたのだ。

 

「この子の運動性は伊達じゃない。近づけば、ゲルググだろうと勝てるんだ。覚えておけ、圧倒的な機体性能をどう、ひっくり返すかを!」

 

格闘戦に限れば、グフの性能は末期に製造された高性能機相手でも通用する。それに最初に気付いたのはダージリンであったことをルクリリは思いはせつつも、言い放った。それは、大昔――WW2時に二ホンという島国で大空を飛ぶサムライ達が旧型機で大陸の高性能機を屠ったように、自機を知り尽くし、愛した者達だからこそ、真似できた所業。

 

聖グロリアーナと黒森峰の違いがあるとすれば、そこであった。自機を知り尽くし、戦場を知り尽くし、自分の力量に驕らない。基本的だが守るのが難しい戦場のルールをこなしているか否かなのであろう。

 

『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』

 

それがダージリンの伝えたい言葉であったのだろう。

 

ルクリリは押し倒したゲルググの腹部にフィンガーバルカンの銃身を押し付けた。無くした腕を必死に振り回すゲルググを見下ろし、訊いた。その声音は低く、貞淑なお嬢様のモノではなく、誇りを傷つけられたことに憤怒する戦士の様な響きがあり、黒森峰の乗り手は恐怖した。

 

「“豆鉄砲”だったな?」

 

短銃身からの75mm弾がゲルググの腹部を引き裂いた。完全なゼロ距離からの掃射にゲルググは痙攣するかのように悶え、5秒間の弾丸の嵐にはらわたを食い散らかされた後に、その目の輝きを失って白旗が上がった。

 

空薬莢の落ちる音が、勝利への福音となった瞬間だった。それは黒森峰には無形の弾丸となって、衝撃が走り、聖グロリアーナには何よりの鼓舞へとなった。

 

試合開始から29分。遂に逃れられない現実となって黒森峰の機体が撃破され、運命の時間と言われた、その時まで後一分を切っていた。

 




グフと言えば、ラルさんですが、自分はオリジンのラルさんが好きです。故にこの後はちょくちょく、リスペクトした場面を書くかもしれません。

とは言え、最近は鉄血のオルフェンズのアリアンロッド勢も好きで、書きたいものばかりが増えていますが。

感想や助言等ありましたら、ご自由にお書きください。

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