聖グロリアーナはいい物だ。   作:ハナのTV

6 / 8
グロリアーナの盾

試合開始15分経過――まほ率いる黒森峰のMS隊はコロニーの内壁を制圧をほぼ完了しつつあった。これと言った抵抗もなく、ただ内壁内の通路を散歩しただけに終わったので黒森峰の乗り手たちは味気なさを感じると共に失望を露わにしていた。

 

『敵影なし……もぬけの殻ね』

『ゲリラ戦を選ばないとは、聖グロリアーナも耄碌したわね』

 

パイロットである以上、勝ちたいと同時に良い戦闘をしたいと思うのは性であるのだろうか。敵側にとって当然の策を選ばなかった事は即ち愚策をとったことになる。期待した者達は鼻白み、この先の試合が圧倒的勝利に終わることを疑わなかった。

 

接近戦を挑まないグフなど恐れるに足りない。機体の正しい運用を実践できない相手など、素人以下だ。こうなれば、聖グロリアーナなど兎だ。逃げることも出来ない、狩られるだけの兎でしかない。

 

それこそ聖グロリアーナの伝統の隊列を組んだ白兵戦術など、斉射三連で片がつくだろう。

 

評論家の予想通り、30分でケリがつくだろう。

 

『敵影なし。狭くて嫌になるわ』

『聖グロめ。グフ乗りしかいないくせにどういうつもりなのかしら?』

 

二機のゲルググJのモノアイカメラが左右に動き、狭い通路の中を索敵していく。頭高20mを超え、大きく肩が張り出しているゲルググにとっては、この内壁部は狭く、二機のパイロットは悪態を吐きながら進んでいた。

 

『微妙に二機が横並びに出来ない幅しかないだなんて、ホントにムカつくわ』

『それより、他はどこ行ったのよ』

『隊長と逸見は先に行ってたでしょ? 全く最新鋭のウチらばかりこんなしょうもない索敵に駆り出させて、旧型共は街に先に行くだなんて……』

 

二人は不満は遠距離の通信が届かないことをこれ幸いにと不満を述べていった。新型を任せられた自分達が先陣を切る名誉を授かりべきだと信じて疑わなかった。それに、相手が聖グロ程度では先陣以外に功績を立てることは不可能。

 

内壁内に残ったガルバルディαやゲルググJなどの新型8機の乗り手たちは功績を得る機会を奪われた形となったと考え、やっかんでいた。後背に敵を残すことはない、と分かっていてもまほを恨まざるをえない。

 

獲物の一番おいしいところを取られた猛獣の気分だった。

 

二機は進み、資材搬入口のエレベーターの傍まで来ると、そこにはガルバルディαが突っ立ていた。ライトグリーンの痩せたゲルググの様なボディが目に入り、二機は暇そうにしている友軍機を前にして、手を振った。

 

『峰子じゃない。何やってんのさ、試合中にさぼっているとどやされちゃうぞー』

『こんな仕事暇なのも分かるけど、さっさと終わらせて聖グロを狩りに行かないと、取り分なくなるよ』

 

緊張感に欠いた声で呼びかけたが、峰子の機体は反応を示さなかった。背中を見せたままで、応答しようとしない。通信機の故障か? 先行していた一機が歩み寄り、肩に触れようとマニュピレータを伸ばした。お肌の触れ合い通信なら声が聴ける、とそう判断したからだった。

 

ゲルググJの赤い腕が機体に触れて、乗り手は聞きだした。

 

『おい、ちゃんと返事しな――』

『首狩り兎ってご存じ?』

 

その時、ゲルググJのコックピットに聞いたことのない少女の声が響いた。ゲルググJは何事かと思って、ガルバルディのボデイを引き寄せた。そこには、コックピットを器用に焼かれ、白旗を上げた無残な姿があり、その陰に怪しく光る一つ目があった。

 

『に、逃げ……!』

 

峰子の声が反響し、ゲルググに衝撃が走った。ガルバルディの胴体から生えて来たオレンジ色の片刃の剣が左マニュピレータ―を切断したのだ。ゲルググJは驚きの余り、二歩分下がり、後ろの僚機と衝突する。

 

『ちょっと!』

『て、敵よ! 敵が!』

 

こんな所に隠れているとは思わなかった新型機の乗り手たちは判断が遅れ、その隙を相手は見逃さなかった。ガルバルディの死体を押し倒し、白い敵機が猛然と走って来た。歪曲したツノ付きのショルダーでタックルをし、下段に構えていたヒート剣を斬り上げる。

 

ゲルググJはタックルで吹き飛ばされるのを利用してスラスターで急速後退し、二撃目を回避。プラズマ化した大剣の餌食からは逃れたが、後ろのゲルググJを内壁の壁とでサンドウィッチしてしまい、前と後ろの両方の衝撃に乗り手は喘いだ。ショックで脳がシェイクされて、視界がぼやける中、その敵影をどうにか捉え、彼女は怯えた。

 

盾に描かれた「shield of glory」の文字。純白の機体カラー、間違いない。ノーブルシスターズの一人、アッサムのグフカスタムであった。

 

『し、白いグフカスタム! ノーブルシスターズが……何でこんな所に!』

 

こんな所に居ていいはずが無い敵エースに慌ててビームライフルを向けるが、ライフルをすぐに構えることが出来なかった。何故、と焦るが機体の制御事態に問題はなく、ますますパニックに陥り、彼女が発砲する前にグフカスタムが先に撃っていた。

 

左腕に装備された三連想のガトリングガンがビームライフルの長銃身を吹き飛ばし、鉄くずとなったソレをゲルググJはプログラム通り律儀に構えた。

 

「こ、このバカMS!」

 

グフカスタムはそんな事情などお構いなしにガトリングガンを連射しつつ、再び距離を詰めていく。砲弾は機体の上体を狙っており、装甲が弾きモノアイカメラの前で火花が踊り、白煙がもうもうと立ちこめていった。

 

――眩しい! 見えない! 

 

ゲルググJは身をよじり、続く斬撃を偶然ではあったがいなした。小振りに振られているのか、威力自体は高くはないがゲルググの戦闘能力を着実に奪っていく。振り下ろし、横薙ぎ、突き、余熱の残った黒い狂刃が装甲を削り、関節部へと過大な負荷を与えてくる。

 

耳障りな金属の悲鳴と警告音が聴覚を支配し、それが止まない。

 

まさに猛撃。何とかビームサーベルを持とうとサーベルラックに手を伸ばすが、刀の柄尻で吹き飛ばされてしまい、更に腕部関節に鈍器のような一撃が走った。何故、こんな旧型機に! 乗り手は恐怖と屈辱に顔を歪ませて、グフカスタムを睨むが、それは一瞬で吹き飛んだ。

 

息が出来ない。目が離せない。黒森峰で最高の機体に乗っているはずなのに、機体が“重い”

 

グフカスタムの気迫が怯えとすくみを生み出し、彼女の、ゲルググJの性能を抑え込んだのだ。

 

『ちょ、ちょっと! 離れてよ! 撃てない!』

『む、無理……!』

 

けたましいアラーム音と味方の怒声。自棄になって、スティックを思い切り押し倒し、グフカスタムの右腕部を抑えた。互いの頭部がぶつかりあい、モニターのノイズが走った後にグフカスタムの悪鬼めいたモノアイが大写しになる。

 

『押し相撲は趣味ではないのですけど』

『こ、このロートルが!』

 

押し返してやる! 力一杯スティックを押し倒し、グフを押し倒そうとする。最初こそ、グフカスタムがやや押され気味になり、脚部からスチームが吹かれた。だが。徐々に。徐々にそれが逆転していく。グフカスタムのモーターが凄まじい回転音を放ち、ゲルググJのフレームを軋ませていく。

 

先ほどの格闘のダメージが――!

 

過大な負荷を与えられたことでゲルググが弱ったのだ。じりじりと迫りくる刀の紫電に心臓が凍り付いて行くのを感じていった。まるでドライアイスの刃を少しずつ刺されていくような、そんな錯覚を覚えて乗り手は必死に操作した。

 

スラスターを吹かせて強引に押し出そうとし、ようやくマウントを取りつつあった。

 

「ロートルめ! このまま轢きつぶしてやる!」

『あらそうですか』

 

何の焦りも感じない声を聞いた時、彼女の視点がグルリと回った。何が起こったのか、頭部を動かすと自分の真上にグフカスタムが逆さに立っていた。いや、違う。逆さなのは自分だと気づいた時、ゲルググJは床に叩きつけられ、加速した勢いで地面を這うようにして転げ回った。

 

『では、お一人でどうぞ』

 

アーク溶接のような光でモノアイが完全にホワイトアウトし、パニックのままゲルググJは沈黙しているガルバルディと共にエレベーターへと頭から突っ込んだ。

 

「こ、こいつゥ!」

 

僚機は射線を確保できた事を喜ぶまもなく、復讐に憑りつかれてライフルを構えた。味方を“背負い投げ”したグフカスタムはまるで獲物を狩った余韻に浸っているようにすら見え、頭の血管をブチ切れさせた。トリガーに全神経を注ぎこんで、渾身の一撃を繰り出そうとした。

 

だが、視界を覆ったのはロックオンしたグフカスタムではなく、頭部に真っ直ぐ飛んで来た小さなかぎ爪がついた円筒状の物体であった。

 

グフカスタムのヒートロッドが真っ直ぐ、二機目のゲルググJの頭部へと発射され、その勢いでカメラを含めた頭頂部を根こそぎ奪った。

 

「メインカメラが!」

 

視界を奪われた! トリガーが引かれてビームライフルからメガ粒子の光線が飛び出たが、エネルギーの奔流はグフカスタムの1m上を通過し、エレベーターの方へと突き刺さって爆発する。

 

その事を知ったのはサブカメラに切り替え、カメラに映し出された無傷の敵機を見ることで乗り手は知り得た。

 

『すくみなさい! 怯えるがいいですわ! 機体性能を生かせないまま、堕ちなさい!』

 

アッサムのグフカスタムは早く、ほんの一瞬で距離を詰める。限定空間内でのグフは手ごわいとはまさにこの事と言えよう。ここでは大推力を誇るスラスターや貫通力に特化したビームライフルより、単純な脚力と原始的な格闘兵装が物を言う。 

 

ヒート剣の連撃がゲルググの装甲に叩きこまれ、距離を離そうとバックステップを多用しても尚、グフカスタムから逃れられない。二歩下がれば、更に三歩。四歩下がれば、五歩追い詰められる。猪武者とも言える力技の連続に黒森峰の精鋭がパワー負けし、それはゲルググJの乗り手の怒りを更に煽る形となった。

 

「嘗めるなぁ!」

 

だが、ヒートサーベルの錆びにされる程、黒森峰も腐ってはいない。取り回しの利かないライフルを捨て、ビームサーベルを引き抜き、迫る黒刃を受け止めた。

 

メガ粒子が飛び散り、散った光の粒がお互いの装甲を焦げ付かせ、シミを作り出す。両機の間にスパークが走り、一つ目の巨人同士が巨体をぶつけあった。つばぜり合いをする事で、互いに押し相撲を取る形となり、それは数秒も膠着した。

 

奥歯を噛みしめる乗り手にアッサムの楽し気な笑い声が響く。

 

『楽しませてくれますわ』

「このォ!」

 

たかが、マイナーチェンジのグフの癖に! 聖グロリアーナの癖に! 

 

5ダース程の苦虫を噛み潰したように、忌々しいグフに怒りの感情をゲルググJの一つ目に込めて、発光させる。・

 

機体のパワーで上回ったゲルググJが押し相撲に勝ち、グフカスタムを押しのける。四歩分下がったグフカスタムにゲルググJがお返しと言わんばかりにサーベルを振ろうとする。しかし、グフカスタムは、アッサムはすぐさま踏ん張りを利かせると、驚くべき行動に出始めた。

 

刀を握る腕を力をため込むようにしたと思うと、思い切りスイングしたのだ。

 

「何?!」

 

アッサムはゲルググに向かってヒート剣の投擲をした。気でも触れたか! ゲルググJは左腕で弾き、無手となったグフカスタムに突撃を敢行しようと踏みこむ。20mの巨人が鋼鉄の床を蹴り、スラスターの轟音と共に突進する。

 

狙うは心臓とも言える胸部装甲。ビームサーベルを真っ直ぐに構え、白い仇敵相手に加速する。グフカスタムはスラスターで急速後退しつつ、悪あがきをするように三連ガトリングガンを乱射する。35mm弾でゲルググの装甲は抜けない。狙いも甘く、白煙が上がるだけで意味がない。

 

「終わりよぉ! 白いのぉ!」

 

散らばった空薬きょうを蹴飛ばして、立ちこめた白煙に見えた黒いシルエット目がけビームサーベルを突き立てた――

 

捕った! 確かな手ごたえを感じ、その狩った獲物を前に舌なめずりをした。

 

『な、何で――?』

「えっ」

 

そして、白煙が晴れた時、眼界に見えたのは自分と全く同じ機体であった。片腕を斬り飛ばされた友軍機に光の剣が突き刺さっており、白旗が間抜けな音と共に上がった。

 

フレンドリーファイア。こともあろうに彼女は自ら進んで共食いをしてしまったのだ。回らない頭のまま立ち尽くしていると、機体に衝撃が走った。

 

サーベルを持った腕が吹き飛ばされ、宙を舞ったのが見えた。目で追えば、投げたはずのヒート剣を握ったグフカスタムが真横で血の様な赤い目でコチラを凝視していた。全てが罠。そう、乗り手は悟った。あの35mm弾は狼狽え弾などではない。視界を潰すための煙幕であり、集中を反らすための釣り餌だった! 

 

ヒート剣がその証拠だ。敵機はヒートロッドで巻きつけ、回収するタイミングすら謀っていたのだ!

 

エレベーターから這い上がって来た僚機のタイミングを知り得た上での策。しかし、気付いた時に遅い。天高く掲げられたヒート剣の地獄の炎の様なきらめきが彼女の目一杯に映し出される。

 

『――応答しろ! こちらコロニー……隊! 敵の……抵抗激しく!――乱戦に――』

 

ミノフスキー粒子が薄くなったのか。通信機のレシーバーから声が聞こえてきたが、まともに反応することが出来なかった。 此処で、彼女は、彼女等は初めて理解した。

 

奴らはウサギではない。そして、目の前のコイツは間違いなく――

 

「コイツは……エースだ」

 

力のない呟きの後に、ゲルググJの胴体はヒート剣に両断され、コックピットブロックのみを残して、地に伏せた。

 

試合開始から25分。予想された運命の時間まで、あと五分となっていた。

 




戦闘描写は難しいですね。
上手く書けている事を願うばかりです。

次回から文字数が増えると思います。
感想や助言を頂けますと嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。